決着
剣士同士の闘いにおいて大事なものの一つに間合いというものがある。
相手の間合い、そして自分の間合いを意識しながら剣を交えるのである。
つまり何が言いたいのかというと、
相手の剣の間合いがわからないという事は、迂闊に踏み込めないという不利を背負うことになるという事だ。
ギルの心は今二つの感情に支配されていた。
未だに戦う意思を見せてくるセイへの困惑。
そして僅かばかりの期待である。
(なんだあの剣は………。刀身がない?いや、そうじゃねえ。俺の勘があれはそんなちゃちなもんじゃないと痛えほど伝えてくる。……面白えじゃねぇか)
「俺は手加減が苦手でな。殺すつもりはねえが、万が一って事もある。そうなっても……恨むんじゃねえぞッ!」
ギルが力強く地面を蹴る。
珍妙な剣を手にしたセイに向かって。
なんの迷いもなく。
「安心しろギル」
額に脂汗を浮かべ、肩で息をしているセイはどう考えても限界が近い。
それでもセイは笑みを崩さなかった。
「その前に……俺がギルを斬るから」
ギルの高速の振り下ろしを最小限の動きで躱す。
服と剣が擦れるほどギリギリで。
返しの剣で俺はギルに斬りかかる。
斜め上からの袈裟斬り。
ただ今の体力を使い果たしたセイの剣はあまりにも……遅すぎた。
「悪りぃなセイ。もうお前の剣が俺に届くことは無い」
余裕でギルの防御が間に合ってしまう。
セイはそれを視界に収めながら、構わず振り抜いた。
「お前……一体何をしたッ!?」
明らかに防御は間に合ったにも関わらず、ギルは膝をつく。
手に持った大剣がやたらと重く感じた。
いつのまにか自身と剣にかけた魔力での強化が切れたのだ。
(ああ、この感じはあれだ)
魔力欠乏。
ギルの魔力量は実際それほど多くない。
だがその天才的とも呼べる魔力操作で極限まで無駄を省くことで、持久戦も可能にしていた。
こんなに早く魔力欠乏の症状が出るなんてあり得ない。
(どうなってる……俺は確かに防御したはずだ。セイの振り切った剣よりも早く………ん、待て。振り切っただと?剣ごと俺が斬られたとでもいうのか?)
ギルは剣や自身の体を確認するが、そんな傷はどこにもない。
(おかしい。まさか本当に刀身がないのか?いや、そんな訳がない。なら……)
セイは一体何を斬ったんだ?
初めてギルの心に焦りが生まれた。
ギルの考えた一つの仮説。
もしそれが本当なら早めに決着をつけないとまずい。
ギルはフラつく頭を抑えながら、剣を杖代わりに立ち上がった。
剣を構え、油断なくセイを見据える。
間合いの分からない、効果も謎という剣を前にしては、流石のギルでも迂闊に踏み込めない。
「来ないのか?ならこっちから行くぞ」
先程の意趣返しかのように、セイはギルに向かって一直線に駆け、剣を振るう。
間合いがわからない以上、後ろに下がって避けるのは危険だ。
完全に軌道から外れるようにギルは大きくそれを避ける。
幸いセイの剣速は遅い。
注意していれば避けることは難しくない。
それから繰り広げられたのはお互い剣を使っているにも関わらず、一合も打ち合わない異様な光景だった。
お互いに躱し、躱される。
当たれば致命のその一撃を、喰らわないよう神経をすり減らす。
一種の硬直状態。
その様は踊っているようにも見える。
しかしその時間も長くは続かなかった。
ガクンっとセイの視界が下がる。
地面に足を取られたのだ。
足元に目をやると、少し前にギルが大剣で地面を抉ったところだった。
眼前に大剣が落ちてくる。
それがセイの中でスローモーションのように流れた。
「はぁぁぁぁぁッッ!!!」
セイは無理やり身を捩る。
なんとか致命傷は回避したが、脇腹を浅く斬りつけられた。
鮮血が宙を舞う。
セイは激痛に顔をしかめながら、片手で無理やり剣を振り、ギルの手を斬りつける。
直後ギルを大きな倦怠感が襲う。
たまらずギルの手から大剣がこぼれた。
ドクドクと買ったばかりの服が赤く染まる。
血を流しすぎたのか、頭がボーっとし視界が霞む。
一方ギルはギルで途方も無い倦怠感に襲われていた。
もう魔力はすっからかんだ。
全身に力が入らず立ち上がることすらままならない。
いつ気絶してもおかしくない状況だ。
「はぁはぁ………やっ……ぱり…な」
二度セイの剣をその身に受けたことで、ギルはその正体を見切っていた。
「はぁ……はぁ……。その剣は俺や剣を斬ってるんじゃねぇ。魔力そのものを斬って吸収しやがる……ッ」
「はぁ……はぁ……ご名答」
俺は青白くなった顔でなお不敵に嗤う。
そう、魔王殺しは敵の魔力のみを斬り無力化する不殺の剣だ。
魔力が少なくなると目眩や倦怠感に襲われ、完全に枯渇すると数日寝込む羽目になる。
それだけ魔力とは大事なものなのだ。
この剣は本来本人しか干渉できない筈の魔力に直接干渉し、削り取る。
結構エグい武器である。
「まあ何にせよ決着はついた。お前は魔力が枯渇して身動きが取れない。悪いがここは通してもらうぞ」
そう言って歩き出そうとすると、体がふらついて転びそうになった。
「セイ大丈夫!?」
すかさず側まで来ていたステラが肩を貸してくれる。
俺達はゆっくりとギルの横を通り過ぎる。
「ちょっと待てよ」
その声に振り返ると、立ち上がったギルが獰猛な獣を思わせる眼光でこちらを射抜いていた。
「誰が動けないって?はぁ……はぁ……俺はまだ負けてねえぞッ!!」
……話が違うんですけどカリナさん。
実は俺が魔王殺しを手にしてから、こんな会話をカリナとしていた。
(二撃よ。あいつの魔力の量からして二回あいつに攻撃を当てれば倒せるわ。一撃目はこっちの能力を知られてないから当てるのは簡単。問題はーー)
(二撃目か)
(ええそうね。何としても死ぬ気で当てなさい。それが出来ればあいつもあんたも死なずに済むわ)
(ああ)
結果は脇腹思いっきり斬られたし、滅茶苦茶痛いけどそのおかげで二撃目を当てることができた。
それなのに、
(二回で倒せてねぇじゃねーかよ!どうなってんだよ!)
(私が聞きたいわよ!あいつの魔力はもうほとんど空っぽの筈なのに何であいつ動けてるのよ!?)
(あーもう、肝心な時に使えねえなこの変態!)
(むきー!いつまでそれ言うつもりよ!あんたがあいつの剣を受ける瞬間に力貸すのやめるわよ!?)
(ごめんなさいそれだけはマジで洒落にならんからやめてください!)
そんなくだらないやり取りをしている間にもギルから感じる圧力はどんどん高まっていく。
実際ギルの魔力はカリナの予想通りほぼ底をついていた。
それでもギルが動けているのは、耐性があったためだ。
ギルは最初から今のような緻密な魔力操作が出来ていたわけではなかった。
それこそ血の滲むような努力で今の技術を会得したのである。
その過程で何度も魔力欠乏になった事があるため、ギルは他人に比べてこの状態に慣れていたのだ。
「ステラは下がってろ」
「………わかった」
意外と素直にステラは引いてくれた。
少しはごねるかと思ったが、今はそれがありがたい。
「ふらふらじゃないかギル。大人しく寝といた方が良いんじゃないか?」
「テメェにだけは言われたくねえよセイ。お前こそ足ガクガクじゃねぇか」
ハッと。
お互いに相手の言葉を笑い飛ばす。
それがどうしたと。
ギルがこちらに向かって走り出した。
その速度は魔力で体を強化してない事もあり今までよりも数段遅く、その身に纏う気迫は今までの比じゃない。
(カリナ、元の状態に戻れ!)
俺がそう念じると鍔の部分からスーッと美しい金色の刀身が伸びていく。
今の俺にはもうギルの剣は避けられないからな。受け流すしかない。
お互いが間合いに突入する。
ギルはこの闘い中何度も繰り出してきた横薙ぎの一閃、俺は受け流すべく剣を構える。
ギルは腰から上半身へ身体ごと回すように剣を振るう。
全身の力を集約させたその一撃は、今までのものと比べても遜色ない威力を秘めていた。
そしてその剣速は俺の予想を上回る。
どこにそんな力隠してんだよ!?
予想していたタイミングより早く、このままでは受け流せない。
それどころか例え剣で防御したとしても、これだけの威力なら今の俺にとって十分致命的だ。
剣と剣が交わった瞬間、咄嗟に俺は剣を手放した。
カリナが俺の後方に吹き飛んでいく。
何やら念話で叫び声のようなものが聞こえた気がするが気のせいだろう。
カリナを当てたおかげでギルの剣の軌道がずれ、紙一重で躱す事に成功する。
もうギルに先程までの超人的な動きは出来ない。
つまり今のギルは隙だらけだ。
俺は拳を大きく振りかぶる。
驚きに顔を染めているギルと目があった。
わざと剣を手放すなんてとんでもねえ事しやがる。
そうか?
ああ。くっくっく、強いじゃねえかセイ。
俺は滅茶苦茶力を借りてやっとこれだ。
自力で強くなったギルの方が凄えよ。
そいつはどーも。
……楽しかったぜ……俺の負けだ。
俺は渾身の右ストレートをギルの頬に叩き込んだ。




