阻む者
視界の先で宵闇に煌めく金閃が踊り、鈍い銀閃が空気を引き裂く。
お互いの横薙ぎの一撃が両者の中央でぶつかり合った。
……斬れないッ!?
アティーマとの決闘の際いとも容易く剣を両断したカリナだったが、ギルの剣はそうはいかなかった。
よほど良い剣なのだろうか?
拮抗したのも束の間。
勢いを緩めず振り抜かれたギルの剣に押され、俺の全身が浮き、数メートル吹き飛ばされる。
なんて馬鹿力してんだよッ!
なんとか受け身をとった俺だが態勢は崩れた。
その隙を見逃すほど甘い相手ではない。
本当に大剣を持ってるのかと思うほどの速度でギルが接近してくる。
そして俺を間合いに収めると再び横薙ぎ。
俺は態勢を崩していたのを利用し、這いつくばるように地に伏せて躱す。
剣を振り切ったのを確認し、体を起こして反撃を試みようとしたが、既に眼前には上段からの振り下ろしが迫ってきていた。
俺は慌てて横に転がり、それを避けながら距離を取る。
ドガァァ!とシャレにならない音と共に、地面が抉られた。あれ、ここ石畳のはずなんだけどおかしくない?
あんな乱暴な使い方をしておいて、ぱっと見剣が傷ついた様子はない。
俺の顔に引き攣った笑みが浮かぶ。
ギルの剣を受けた腕には若干の痺れが残っていた。
「おいおい。どうした?逃げ回ってるだけか?」
再び剣を肩に担いでギルが分かりやすく挑発してくるが、そんな安い挑発に乗る奴なんてどこにーー
(ちょっと!あんたなんで逃げてばっかなのよ!早くあんな奴やっつけなさいよ!私までショボいと思われるじゃない!)
ああ、ここにいたわ。
(いやいやいや。あんな馬鹿力とまともに打ち合えるわけないだろ。というかギルの剣はなんであんなに丈夫なんだ?そんなに良い剣なのか?)
(はぁ。まあ、あいつがそこそこ強いってのは認めるけど一つ間違ってる。あいつが凄いのは力じゃない。魔力操作よ)
(魔力操作?)
(ええ、あいつは自分の身体を魔力で強化してる。それだけなら、ある程度のレベルの剣士になれば珍しくないけど、あいつはそれに加えて剣すらも魔力で強化してる)
(それってそんなに凄いことなのか?)
(剣に魔力を纏わせるのって自分の身体に比べて遥かに難しいの。込めすぎたら剣にダメージを与えるし、込めなさすぎても意味がない。そもそも剣って魔力が通りにくいしね。かなり精密な魔力操作が必要になるはずよ)
(なるほど、あの馬鹿力はそのせいか。で、俺はどうすれば良いんだ?)
(そんなの自分で考えなさいよ!)
(ここにきて丸投げ!?)
「来ねえならこっちから行くぜ?」
ギルの足下が爆ぜ、唸りを上げて大剣が迫ってくる。
(まともに受ければ、腕を持ってかれるわ!だからーー)
受け流すッ!
上から迫り来る大剣の腹にカリナを沿わせ、滑らせる。
派手な音を響かせながら大剣が地面に激突した。
「なっ!?」
俺はその隙をつこうとしたが、慣性など投げ捨てたかのような軌道で、大剣がカリナを弾く。
「いくらなんでも早すぎだろ!?」
唸りを上げて左右上下から大剣が乱舞する。
息つく暇もなく俺はそれを受け流した。
こんなモノをまともに受ければただでは済まない。
カリナから借りた過去の剣士達の研鑽によりなんとか受け流せてはいるが、俺自身の体力はそのままだ。
実際息が上がってきて腕が重くなってきた。
「………ッ!?」
角度をしくじった!
手首から腕全体にかけて重い衝撃が走った。
危うく剣を落としそうになる。
「随分辛そうだなぁセイ!」
汗をダラダラ垂れ流している俺とは対照的に、涼しい顔をしているギル。
「グゥッ!」
今度こそ完全に受け損なった。
ほとんど真正面からギルの剣を受けてしまった。
残り体力の少ない俺は踏ん張りが利かず、大きく吹き飛ばされる。
「ガハァッ!!」
吹き飛ばされる勢いのまま俺は壁に叩きつけられる。
「セイ!」
タッタッタッと小さな足音が近いてきた。
そのままステラが俺の頭を抱き抱える。
あれ?左目が見えない。
ゴシゴシと手の甲で左目を擦る。
ぬるりという嫌な感触と共に、血がこびりついた。
どうやら額を切ったらしい。
「もう……もういいよ。もうこれ以上セイが傷つく必要ないよ………」
「あーなんだ。セイ、今からでも良い。やめにしねえか?」
「……あ?」
「俺だって別にお前を殺したい訳じゃねえ。今からでも大人しく宿に戻れば、これ以上何もしねえ」
そう諭すようにギルは言った。
いや諭すようなのは口調だけだ。
俺を見下ろすその目は明らかにこう言っている。
お前にはがっかりだと。
「結構期待してたんだぜ。あのバカ王子との決闘の時、俺は感動したんだ。この歳でここまで剣を扱える奴がいるのかって。実際さっきあの速度で来られたら俺は斬られてた。だがお前はいざ俺に剣が届くという時に著しく剣が鈍った。お前、人を斬る覚悟がないんだろ?ならそいつを持つのはもうやめとけ。中途半端な覚悟は誰も幸せにしねえ」
右目でステラの顔をちらっと見た。
これ以上ないくらい心配そうな顔をしている。
ああ、なんだ。そういうことか。
確かに俺のは借り物だ。
俺自身には技術も力も無い。
平凡にのうのうと生きてきた俺が、厳しい世界で日々努力してきたギルに敵う訳がないなんて事、俺が一番よく分かってる。
でもさ。
それでも、
それはステラが泣いて良い理由にはならないよな。
俺はフラつく身体に鞭を打ちながら立ち上がる。
「ああ?」
俺は荒い息を落ち着かせながら、カリナを正眼に構える。
(あら。良い目になったじゃない。できたの?あいつを斬る覚悟が)
(いや。ただ……絶対にギルは殺さないって事だけは決めてる)
(あんた……本当にお人好しね)
(悪いか?)
(さあどうかしら。殺したくないと願う心は確かに美しいかもしれないけれど、人によっては悪く思う人もいるでしょう。本気で闘う事を望む大剣使いの男とかね。ただ……私は嫌いじゃないわ、そういうの)
僕もだよ。
僕は君の事が気に入った。
この力を使うと良い。
不意にそんな声が脳裏に響いた。
カリナとは違う優しげな男の声。
(今のは……?)
(…………昔こんな男がいたわ)
彼はひどく臆病で、人を傷つける覚悟も、傷つく勇気もなかった。
彼自身はそのままで良かったのだけど、周囲がそれを許さなかった。
貴方は選ばれたのだからと。
周囲は彼に剣を握らせ、戦場に立たせた。
彼は優しかった。
それは味方に対してだけじゃなくて、敵に対しても。
味方が敵の剣に斬り伏せられるのを見ても、まだ彼は迷った。
そんな時だったわ。
彼の愛する人が敵に捕らえられたのは。
彼は彼の大切な人を守るために剣を振るわなければならなかった。
彼が涙を流しながら敵を斬ろうとした時、一振りの剣が彼の目の前に現れた。
(………そうね。あんたならこの力を使いこなせるかも)
(この力?)
(ええ。其の剣は肉を斬るにあらず。其の剣はーー)
魔を斬る。
さあ受け取って。
この剣はきっと君の願いを叶えてくれる。
さあ呼びなさい
其の剣は、魔王すら殺し得る魔を喰らう剣。
其の名はーー
「魔王殺しァァァッッ!!!」
「何だ……それは」
俺の叫びと同時にカリナがその姿を大きく変えた。
自己主張の強かった金色の刀身が消失する。
傍目には鍔から先がない、歪な剣。
「いや、あるのか……そこに」
「ああ」
そう、刀身が消えた訳じゃない。
ただ透明になっただけ。
「さあ、第二ラウンドと行こうぜ」
俺は見えない切っ先をギルに向けながら、ニヤリと不敵に笑った。




