戦闘開始
年中24時間休まず営業しているギルド、それが冒険者ギルドである。
何故ならもし緊急事態が発生した時、ギルドはお休みでしたじゃ話にならないからだ。
そして夜間も営業しているという事は、夜間に王都から出る冒険者も数は少ないがいるという事である。
そのため王都には、夜間も開いている冒険者ギルド専用の入口があった。
「すまん、こんな時間で悪いが指名依頼を頼みたい」
フードを目深に被った人物を連れ立ってギルドに入ってきた大柄な獣人が、受付嬢に話しかける。
流石に時間も時間なのか、数人が酒を飲み交わしているだけでギルド内は静かなものだった。
基本この時間酒を呑んで騒ぎたい奴は、もっと本格的な酒場に行くためだ。
「指名依頼ですか?依頼内容は何でしょうか?」
「護衛だ。サグラダへ行くまでの護衛を頼みたい」
サグラダというのはオーランド帝国に入って一番最初に辿り着く街のことである。
「かしこまりました。ただ、指名という事なので本人が承諾するかどうかの確認に少しお時間を頂きますがよろしいですか?」
「ああ、それなら問題ない」
男はニッと口角を上げながら、隣にいたフードの人物の肩を叩いた。
「俺はこいつを指名する。本人の許可はすでに取ってある」
「………承知しました。失礼ですが冒険者カードを提示して頂けますか?」
受付嬢は顔の分からない人物を訝しみながらもカードを受け取る。
カードに目を通した受付嬢の顔が驚きに染まった。
その驚きは何に対するものなのだろうか。
冒険者のランクか、それとも今巷を賑わせている二文字の名前だろうか。
「そちらの冒険者はFランクですが、問題ありませんか?」
「ああ問題ない。こいつの実力は知ってる」
本来なら下位のランクに任せるような依頼ではない。
だが依頼主は隣の人物の実力を高く評価しているようだった。
「なるほど。報酬は如何なさいますか?」
「報酬はすでに貰ってるから大丈夫」
そこで初めてフードの人物が口を開いた。男としては少し高い少年のような声だ。
「かしこまりました。それで出発はいつにいたしますか?」
「これからすぐ出発するつもりだ」
「……夜中は視界も悪く、魔物も多く出没します。あまりお勧めはしませんが」
「急ぎなんだ。出来るだけ早く出たい」
「……わかりました。それではこの通行証を門番にお渡しください。それで門を開けてくれます」
「悪いな」
「いえ。それとこちらの依頼達成書もお渡ししておきます。サグラダに着きましたらギルドに提出してください。それで依頼完了となります」
「分かった」
「それではお気をつけて行ってらっしゃいませ」
二人は受付嬢に見送られながらギルドを出た。
ドスッと、女の子としてはあまりよろしくない音をたてながら受付嬢は座った。
受付嬢はその夜、聖剣に選ばれた少年がその日の内に王都を去るというニュースをツマミに友人と呑み明かしたいが、勤務中の為ギルドを離れられず悶々とする羽目になった。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「依頼はこれでよし。それじゃあ俺は一旦宿に戻って荷物をまとめてくる。セイ達は先に門に行って話を通しておいてくれ」
「分かった」
俺とガルクはギルドの前で待っていたステラ、カリナと合流し、ガルクは荷物をまとめるため一旦宿に戻っていった。
「じゃあ俺達は門に行こう」
「うん」
「ええ」
俺達は会話も少なめに早足で門へと向かった。
あたりは耳が痛くなるほどの静寂だ。
数分で門が見えてきた。
俺が入ってきた門より小さく、大型の馬車がギリギリ通れるぐらいのサイズだ。
「門が見えてきたぞ」
少し先行していた俺は振り返りながら、二人に話しかけた。
ステラは少し強張った顔を、カリナは鼻歌を歌っている。
「よぉ」
それはまるで道端で偶然知り合いに出会ったかのように調子の軽い声だった。
俺は驚きと共に前に向き直る。
「少し見ねえ間に可愛い子を二人も連れて隅に置けねぇなぁ、セイ」
振り返った先にいたのは、気のいい門番だった。
「ギル……」
「ちょっと今立て込んでてな。誰も外に出すなって上から言われてんだわ。だからすまねえが今日は宿に戻ってくれねえか?」
あくまでニコニコと。
気さくに友達と話すような口調。
ただしその目だけは笑っていなかったが。
「それはできない」
「ああ?」
「俺達はすぐにでも王都から出ないといけない。だからそこを通してくれないか、ギル」
「わかんねぇかセイ?」
はぁっと呆れたようなため息をギルはついた。
「見逃してやるって言ってんだぜ?」
額からツーっと汗が一本の筋を作った。
すごい圧力をギルから感じる。
気を抜くと腰が抜けてしまいそうだ。
それでも、
「やっぱりそれはできない」
俺一人だけだったらまだ良い。
だけどここで引いたらステラやガルクにまで危害が及ぶかもしれない。
だからここは引けない。
はぁっともう一度ギルはため息をつく。
今度は口を笑みの形に歪めながら。
「俺はお前を通すわけにはいかない。だがお前はここを通りたい。なら、もうこれしかねえよな?」
新しい玩具を買ってもらった子供のように、カラカラと邪気のない笑顔を浮かべながらギルは肩にかけた馬鹿でかい剣に手をかける。
全長は多分俺の身長と同じぐらい。
ギルは一思いに引き抜いたそれを片手で肩に担ぐ。
凄い力だ。
「セイ」
「何だ?」
「あいつ……強いわよ」
カリナは初めて見せるような真剣な表情をしていた。
「なんだ、心配してくれるのか?」
「はあ!?そ、そんなわけないでしょ!あんたになんかあったら次の持ち主を探すのが面倒なだけよ!」
「そうか……勝つのは難しいか?」
「冗談。私の力を使えば余裕に決まってるじゃない」
ニヤリと、自信に満ちた笑みを見せつけてくる。
普段ならイラっとするが、今はそれが頼もしい。
「なら良かった。力を貸してくれるか?」
「あんたってやっぱり変なやつね。一々剣にそんなこと聞くなんて」
「そうか?まあカリナってあんまり剣って感じしないしな。で、どうなんだ?」
「……はぁ、仕方ないから力を貸してあげる。貸し一つだからね」
……この世界に来てから色んなところで貸しが増え出る気がする。
「俺に出来る範囲でな」
俺とカリナは手を繋ぐ。
カリナは剣に。
俺は使い手に。
俺はその黄金の切っ先をギルへと向けた。
ギルを殺す気は無い。というか殺したくない。
だから狙うのはアティーマの時と同じ……
武器破壊。
「あっそうだ、冒険者ギルドで登録したからこの仮身分証はもう必要ない」
俺はギルに向かって仮身分証を見せ、ギルに向かって投げる。
片手で掴んだギルはそれを軽く確認すると、雑にポケットへ押し込み代わりに銅貨を取り出した。
「そうか。ならあの時貰った金は返さねえとな」
それだけ言うと、ギルは指で銅貨を弾いた。
クルクルと回りながら銅貨は放物線を描く。
「セイ……」
今にも消えそうな小さな声がした。
心配するなと。
そう言うようにヒラヒラと後ろに向かって手を振る。
銅貨が放物線の頂点を過ぎ、緩やかに落下を始める。
俺は短く息を吐いた。
チャリーンッ
俺とギルは同時に地面を蹴った。




