逃亡
気がつくと、窓から差し込んだ光が部屋を赤く照らしていた。
もうこんな時間か。
「セイは……」
「ん?」
「セイはこれからどうするの?」
「これからか……」
思えばこの世界に来てから、あまりしっかり考えた事なかったな。
何かを願うようにも、何かを諦めたようにも見えるステラの瞳。
そういえば、どこかに言っちゃうような気がするって言ってたっけ。
「まだしばらくはこの街にいるつもりだ。金にはまだ余裕があるけど、いつまでも持つわけじゃないから金を稼げるようになりたい。そのために冒険者ギルドでランク上げかな」
本当は金稼ぎのためだけじゃない。
俺の本当の目的、元の世界に帰るためだ。何処へでも行けるような強さ、地位が欲しい。
「そっか。………もし…もしいつか……どこかへ行くならわたーーー」
「ちょっとストップ」
ステラが何か言いかけたが、カリナが突然遮った。
どうしたのかと目を向けると、カリナは扉の方を向き険しい顔をしていた。
「セイ。あんたさっきこの街にしばらくいるって言ったわね?」
「あ、ああ。それがどうした?」
「それは少し難しいかもしれないわ」
背筋に悪寒が走った。
カリナの言葉にはからかうような響きが一切無く、あくまで事実を述べているに過ぎないと、そう感じられた。
「いったい何が……?」
「今のステラなら感じられるんじゃないかしら?」
「私?」
「ええ。自分の魔力を周囲に薄く広げる事ってできる?」
「やってみる。でき……た?何だか少し遠いところで邪魔されるような感触がある。それに移動してる」
「一発でできるなんて流石ね。それは探知の魔法って言って、その感触はそこに生き物がいるって事よ。生き物は常に微弱の魔力を垂れ流しているわ。それが自分の魔力とぶつかると邪魔される感じがするの」
「へえ、便利な物だな。でもそれに俺と何の関係があるんだ?」
「この動き、魔力の感じからして多分こいつら暗殺者か何かね。人が普段から出してる魔力にしては弱すぎる。これは確実に意識して漏れ出さないようにしているわ」
「暗殺者!?なんでそんな奴らがこんなとこに!」
「なんでって、人を殺すために決まってるじゃない」
察しの悪い俺でもここまで言われれば流石に気づく。気づかざるを得ない。
「殺すって……まさか」
「そうね彼らが向かってるのは恐らく……この部屋よ」
☆☆☆☆☆☆☆☆
「今回は随分と楽そうな仕事だなァ」
「無駄口を叩くな。さっさと標的を片付けるぞ」
王宮の通路に風が吹く。
すれ違ったメイドは突如吹いた風に不思議そうな顔をするが、二人に気づいた様子もなく作業に戻る。
当然だ。何せ二人の姿は見えていないのだから。
軽薄な口調の二人組の片割れ、キョウには珍しい魔法が使えた。
自分自身と触れているものを透明にするという魔法だ。
これまでにこの魔法を使い、数多の標的を屠ってきた。
今回の標的はまだ年端もいかぬ少年だと言う。
それなのに依頼の額は膨大。笑いが止まらなかった。
「ここかァ。それじゃあちゃっちゃと終わらせようぜェ」
キョウではないもう一人が静かに指を3本立て、1本ずつ折っていく。
全ての指が折れた瞬間二人は躊躇なく扉を開け放った。
そこで彼らが目にしたのは、無人の部屋と風に靡くカーテンだけだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「はぁ、はぁ。死ぬ……マジで死ぬ」
「もう煩いわね。あんた男でしょ?根性見せなさいよ!」
「あんな高いとこからロープもクッションも無しで飛び降りたら誰でもこうなるわ!」
あの後俺達は、窓から飛び降りる事で部屋から脱出した。
多分10メートル以上はあったと思う。
行ける行けるみたいな軽いノリで、カリナに腕を掴まれ一緒に飛び降りさせられた。
先に着地したカリナが俺をお姫様抱っこの要領でキャッチした為、怪我などはせずに済んだが本気で死ぬかと思った。
飛び降りるなら先に言え!
ちなみにステラはさすが獣人と言うべきか、綺麗に受け身を取っていた。
今俺達3人は宿に戻るために町の中を歩いている。俺はステラに変化の魔法をかけてもらい姿を変えている。
黒髪って目立つし、俺の姿は多くの人に見られているため、居場所がバレる危険があるからだ。
そうこうしているうちに宿の前まで戻ってきた。辺りにはすっかり夜の帳が下りており、朝ここを出たのが随分前の事のように感じる。
扉を開けると、目の前にガルクがいた。
「おお、やっと帰ってきたか!遅いから心配して……どうした?何だか顔色が悪いなセイ。それにそっちの子は一体……」
「ごめんお父さん。聞きたいことはいっぱいあると思うけど、後でもいい?3人で話さなきゃいけない事があるの」
「え、ああ。それは構わんが……」
「じゃあとりあえずセイの部屋に行こう」
ポカーンとしているガルクを横目に、俺達は部屋に向かった。
「改めて聞くわ。これからどうするの、セイ?」
カリナは扉に寄りかかる。扉がぎしっという音を立てた。
誰だか知らないが、命を狙われてる以上ここにはいられない。
候補としては………アティーマ王子が一番あり得そうだな。
「そうだな、ここから一番近い国ってどこだ?」
「それだったら王都から南に下っていけば、ローランド王国っていう国があるよ。……そうだよね、こんなことがあったらもうこの国にはいられないよね」
ステラが悲しそうに目を伏せる。
結果的にだけど、ステラの言う通りになってしまったな。
俺がステラになんて声をかけようか迷っていると、
「ここにセイという男が泊まっているな!?」
という声が入り口から聞こえてきた。
俺達は静かに部屋を出て、階段から顔をのぞかせる。すると甲冑を着た兵士とガルクが何やら話しているのが見えた。
「セイ?そんな奴はここにはいないが」
「しらばっくれるんじゃない。犯罪者を庇うとお前も罰を受けることになるぞ!」
「そのセイって奴は犯罪者なのか?」
「そうだ!勲章を与えるという陛下の慈悲を踏み躙り逃げ出したのだ。これはこの国そのものに対する侮辱だ!断じて許すわけにはいかん!」
誰のせいだ誰の!
思わずそう叫びそうになったが、こちらに気づいたジルが出てくるなというように手のひらを向けてるのを見て少し冷静になる。
「そんな事を言われても、ウチにはセイなんて奴いねえよ」
「では部屋を確認させてもらっても構わないな!」
兵士達がガルクの制止を振り切り宿に入ってくるのが見えた。
俺達は顔を引っ込め、慌てて部屋に戻る。
「くそっこんなに早くバレるなんて。どうすれば……」
「私が変化の魔法をかけて誤魔化そう!」
「それだ!」
☆☆☆☆☆☆☆☆
コンコンッというノックの後、返事も待たず乱暴に扉が開かれた。
「この部屋にセイという人間はいるか!?」
威圧的な声を出しながら、兵士は部屋を見渡す。
「ここには人間なんていません。見ればわかるでしょう?」
「ふんっ、獣人風情のくせに生意気な奴だ。まあいい、一応身分を証明する物を見せてもらう。早く出せ」
俺達は全員頭から猫耳を生やしていた。
ステラの変化の魔法である。
ちっ、見た目を変えただけじゃ切り抜けられないか。
仕方ない、こうなったらプラン変更だ。
「カリナ!」
俺はカリナと手を繋ぐ。
次の瞬間には俺の手に金色に輝く一振りの剣が収まっていた。
油断していたのか、全く反応できていない兵士の無防備な腹を柄で殴り気絶させる。
入ってきた兵士は3人だ。
残り二人はようやく状況を把握し始めたのか、咄嗟に剣を構えようとしたが、それよりも早く1人を剣の腹で吹き飛ばし壁に叩きつけ、もう1人は後ろに回り込んで首に手刀を落として気絶させる。
やってみると意外と出来るもんだな。
全くカリナ様々だ。
廊下に出ると、騒ぎを聞きつけた他の兵士達が集まってきていた。
こんな狭い廊下では味方を気にして碌に剣を振れない。
俺は敵が躊躇している隙に全員無力化した。
「こいつら殺さないの?そっちの方が確実だと思うけど」
戦闘を終え、人状態に戻ったカリナにそう言われたが俺は首を横に振った。
「俺は人を殺したくない。ここは気絶で十分だろ」
「甘いのね」
カリナはどうでも良さそうに呟く。床に倒れている兵士に目をやると全く起きる気配はない。これなら問題ない。
「うおっ全員倒したのか!?これ全部セイがやったのか?」
武器のつもりだろうか。フライパンを持ったガルクが階段を上がってきた。
「いや、これは俺の実力じゃない。そんな事よりもガルク、すまない。宿を滅茶苦茶にしてしまった。どう謝っていいか……」
「ふむ。まあ丁度いいかもな」
「丁度いい?」
丁度いいとはどういう事だろうか。
宿でこんな騒ぎを起こしたら、もう獣の集いは続けていけないはずだ。俺が言うのも何だが大事件だと思う。
「ああ。そろそろ俺達はこの王都を出て、もっと獣人の住みやすい所に行こうかと思ってたんだ。セイももうこの街にはいられないだろ?どうだ、一緒に行かねえか?」
思わず涙腺が緩みそうなった。
何故……何故こんなに優しくしてくれるのか。
全て俺のせいなのに。
「俺を責めないのか?」
「責める?どうしてだ?」
「だって俺のせいじゃないか!兵士が宿にきたのも!騒ぎを起こしたせいで宿を続けられなくなるのも!」
「ああ?」
ガルクは困った様子でぽりぽりと後頭部をかいた。
「まず前提が間違ってるぞ。俺は何があったか知らないが、お前は別に悪い事をしたわけじゃねえだろ?そうじゃなきゃステラがお前の隣にいるはずねえからな。だからお前を責める理由がねえよ」
「でも……うぅっ俺、俺のせいで……」
「あーもうだから泣くなって。そうだ、この惨状を見る感じセイって見かけによらず強いんだろ?なら他の街へ行くまでの間俺達の護衛をしてくれよ。それでチャラだ」
だから泣くなと、ガシガシと少し乱暴な手つきでガルクは俺の頭を撫でた。
父親と呼べる人は、俺が物心つく頃にはもういなかったけれど。
もしいたらこういう感じなのかなと、その手の大きさと温かさを感じながら思った。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「よし、それじゃあ今夜中に王都を出るぞ」
「今夜中?朝まで待たないのか?」
俺が落ち着いたのを確認してガルクが口を開く。
それにしても俺はこの世界に来てから泣いてばっかだな。
そんな泣き虫だったか俺?
「残念だがそこまで悠長に構えてられない。朝になれば応援の兵士がやってくる……いや今にもやってくるかもしれねえ。出来るだけ早い方がいい」
「でもこの時間だとどこも門は閉まってるんじゃないのか?どうやって王都から出るんだ?」
「それが一つだけ方法がある」
ガルクは少し勿体ぶってこう言った。
「冒険者ギルドだ」




