模擬戦
「終わったぞ」
とりあえずカリナがやっていた事は終わったみたいなので、ステラの腕を離す。
「何だかいつもよりスッキリした気分」
ステラが手を閉じたり開いたりしながらそう言った。
「どうだ?変化の魔法は使えそうか?」
「ちょっとやってみる。……うそ…できた」
見ている分にはどこが変わったのか全くわからない。本人が言うからには、何かしら変化しているとは思うが……。
「何処が変わったんだ?」
俺がそう言うと、ステラはおもむろに頭を覆っているフードを取り払った。っておいそんなことしたらッ!?
「……ない」
頭の上にあったはずの猫耳がなかった。魔法で隠しているのだろう。ぱっと見普通の人にしか見えない。これなら王城に入れそうだ。
「これなら大丈夫そうだな……。しかし本当に一緒に来るのか?」
「行く」
「どうしてそんなに?」
「……セイがどこかへいっちゃう気がしたから」
どこかへ行くか。別に俺自身まだどこかへ行く気はないんだけどな。王城での用事が済んだら宿に戻るつもりだし。まあでもそれでステラの気がすむならいいか。
俺はステラと一緒に王城へ行くことにした。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「おお………」
俺達は兵士に連れられて王城内を歩いていた。壁には高そうな絵画がずらり。地面にはレッドカーペット。これぞ王城って感じだ。今は王の間とやらに向かっているらしい。
「ステラ、大丈夫そうか?」
「うん大丈夫」
「ははっ妹さんは緊張されてるようですね。でも大丈夫ですよ。陛下は寛大なお方なので」
俺は魔法の事について大丈夫かと尋ねたのだが、兵士の人はステラが緊張していると勘違いしたらしい。それに髪の色が一緒だからか兄妹だと思われているようだ。
(そういえばさっきやりすぎたとか言ってたよな?どういう事だ?)
ふと先程カリナが言い残したことが気になり、念話で尋ねる。ちなみに今のカリナは鞘に収まった状態で俺が背中に背負っている。
抜き身で持ち歩くわけにもいかないから、鞘とか無いのかとダメ元で尋ねてみたら、あれ窮屈なんだけどなーとか言いながら鞘が出てきた。何でもありだなこいつ。
(えっと、彼女に掛かってた呪いは二つあるって言ったじゃない?そのうち同族に嫌われる方はそのまま効果を無くしたんだけど、それだけだとなんか癪だったからもう一つの方は効果を反転させたのよ)
(効果を反転?)
(ええ。もともと彼女には魔力を完全に抑え込む程強力な呪いが掛かってて、それを反転させたの)
(……ってことはつまりステラは……)
(相当ヤバイわ。元々それなりのモノを持ってたのに、それが超絶強化されてるから)
(それってどのくらい?)
(………魔力の量だけで見たら世界で10本の指に入るくらいかしら)
(………ヤバくない?)
(だからそう言ってるじゃない)
「さあ着きました」
そんな話をしていたら、いつの間にか大きな扉の前に立っていた。扉の左右には一人ずつ兵士が立っている。俺達をここまで連れてきた兵士が何やらアイコンタクトをすると、左右の兵士は扉に向き直った。
「新たな聖剣の担い手殿、入室!」
その声を合図に目の前の重厚な扉がゆっくり開き始める。その間に俺はここに来るまでに兵士に聞いた最低限のマナーを反復した。
「どうぞお進みください」
扉が十分開いたところで兵士に促される。俺とステラは決して王様と目を合わせず、中央付近で立ち止まり膝をついた。
「面をあげよ」
そう言われてやっと王様の目を見る。思ったよりも若い。多分50代くらいだ。そう言えば最近代替わりしたんだっけか。柔らかい表情を浮かべており、人の良さそうな印象を受ける。
部屋の中は思ったより少人数だった。王様の隣に座っている女性は王妃だろうか。後は座っている人が数人とそれの何倍かの立っている人達。お偉いさんとその護衛といった感じだ。そこまで状況を分析したところで一際強い視線を感じた。
視線の先にいたのはアティーマ王子だった。もしかすると恨まれているのだろうか。俺のせいじゃないのに。
(カリナ渡したら許してくれないかな?)
(ん?今なんて言った?何かとんでもない事言わなかった?)
(…………)
(ねえ何で黙ってるの!?何か言いなさいよ!)
どうやらうっかり念話が漏れてしまったらしい。カリナが何やら騒いでいるが面倒くさいので無視する。
「お主が新たな聖剣の担い手か。あまり強そうには見えぬが……」
国王様正直に言い過ぎじゃないですか?平和な日本でぬくぬく育ってきた俺に強さなんて求められても困るんですけど。
「父上!一つ私から提案があるのですが」
俺が何と答えようか迷っているとそんな声が上がった。まあ誰が言ったかは容易に想像できる。
「………なんだアティーマ」
まああてう……アティーマ王子だよな。知ってた。
「模擬戦を行いましょう」
「模擬戦?」
模擬戦?
俺と王様の思考がかぶった。何を言ってるんだこの王子様は?
「この場の方々の心を代弁させていただきますが、そこの少年の実力は半信半疑。果たして本当に聖剣に見合うだけの器を持っているのか?皆さんそう思われているのではないでしょうか?」
「………」
誰からも否定の声は上がらなかった。それに気を良くしたのか、アティーマ王子は饒舌に言葉を重ねる。
「そこで彼の実力を確かめたいのです!彼の戦いぶりを見て判断しようじゃありませんか!彼が英雄たるに相応しいか否か!」
「……そのための模擬戦だと?」
「その通りです」
「だが相手はどうする?すぐには用意できんぞ?」
「それならば相手は私が務めましょう!私の実力は父上もご存知のはず」
「むぅ……」
王様は渋い顔をしている。こうして見ると、王様も一人の親なんだなと感じた。息子にわがままを言われて困っている父親にしか見えない。
ざわざわとする他の人達の会話からは良いんじゃないか等、肯定的な意見が多く聞こえる。マジですか……。
「お主、セイと言ったか?急な事ですまんがアティーマと模擬戦をしてはくれんか?お主の実力も知りたいしの」
「……分かりました」
ここでノーって言える日本人いるの?
☆☆☆☆☆☆☆☆
普段騎士団が訓練しているという訓練場まで俺達は連れてこられた。 遠巻きに何事かと兵士達がこちらの様子を窺っている。
「剣はこれを使うといい」
俺がげんなりしていると、いつの間にやら傍まで来ていたアティーマ王子に刃を潰した剣を渡された。模擬戦で大怪我をするわけにもいかないので、剣は基本寸止めするらしいが万が一の為だそうだ。これでも十分死ねると思うが。
「はあ………」
思わず溜息が溢れる。全く…なんでこんな事に。
「やっぱり聖剣を使うわけにはいかないですよね」
俺はダメ元でアティーマに尋ねてみた。普通にやり合ったらどう考えてもボコボコにされる。すると意外な答えが返って来た。
「ふむ、どうしてもと言うなら止めはしないが」
「え、良いんですか?」
「別に良いぞ。聖剣は見かけが良いだけの鈍だからな」
え?
「でも伝説だと凄い剣なのでは?」
「そんなもの庶民の間で伝わっている作り話にすぎん。聖剣にはそのような力はない」
なんだと……?
(お前もしかして雑魚なの?あんだけ強そうな感じ出しといて口だけなの?)
(違うわよ!私は凄い剣なの!ていうかこの男は何を根拠にそんなデタラメを言ってるのよ!私の力を知りもしないくせに!)
カリナさん激おこである。実際どっちが正しいんだ?
「その話は本当ですか?」
俺がそういうとアティーマはふんっと鼻を鳴らした。
「本当だ。実際に前の持ち主から噂の様な力は感じられなかった。それに模擬戦でも私が勝利している。もちろん聖剣を使った上でな」
(だそうだが?)
(あの時は私が力を貸してなかっただけよ!もうあったま来た!セイ、私を使いなさい!この男をギャフンと言わせてやるから!)
実際にギャフンとか言う奴初めてみたわ。まあカリナが凄いかどうかは使ってみれば分かることか。
(てかよくよく考えたら俺に剣を寸止めする技術なんてないぞ?もしお前が本当に凄かったら王子ぶった斬っちゃうんじゃないか?)
(はあ?あんた私がただ斬れ味が良いだけの剣だとでも思ってんの?良いから私を使いなさいって。ちょうど良い機会だから私の力見せてあげる)
カリナさんやる気満々である。もうどうなっても知らないからな。
「では私も聖剣を使わせてもらいます」
「ふん、忠告はしたぞ。時間も惜しい。さっさと始めようか」
「それでは審判は私が務めましょう」
他の兵士達と明らかに雰囲気が違う、目に傷のある男が声をかけて来た。
「騎士団長か。其方なら私も文句はない」
見るからに強そうなその男は騎士団長だったらしい。道理で迫力があるはずだ。
騎士団長に促され、俺とアティーマは訓練場の中央で向かい合う。外には先程の部屋からついて来た人と元々ここに居た兵士達がこちらを見守っている。ステラと目が合った。心配そうな顔をしていたので、大丈夫だという意味を込めて笑顔を浮かべる。
「準備はよろしいか?」
騎士団長の声で俺とアティーマは剣を構えた。構えるとは言っても、ぶっちゃけ俺の方はそれっぽい構えをしているだけだ。それに対してアティーマの構えはとても様になっている。勝てる気が全くしない。
(おい、これ本当に大丈夫なのか?全然勝てる気がしないぞ)
(大丈夫だって!私を信じなさい!)
信じられないから言ってるんだが。でもここまで来た以上こいつを信じるしかない。俺は半ばヤケクソな気持ちで、剣を持ち直した。
「それでは……はじめ!」
その合図と同時にアティーマは地を蹴り一気に距離を詰めてくる。俺はその場から動かず、アティーマを迎え撃つ。
お互いが剣の間合いに入った。
アティーマが上段から剣を振り下ろす。俺にはその動作がスローモーションの様に表情までくっきりと見えた。日頃から何度も繰り返して来た動作の様に俺の体が勝手に動く。上から降ってくる剣に対して、足を一歩前に踏み出し剣を斜めに振り上げ、その軌道を相手の剣に重ね合わせる。
スンッという空気を斬る音と共に俺の剣は振り抜かれた。何の抵抗も感じる事なく。
ガッという何かが地面に落ちる音がした。目を動かすと、地面に転がった刀身が見えた。
「馬鹿な………」
アティーマが目をこれでもかという程見開き、手に持った刀身が随分と短くなった剣を眺めている。
「そこまで!殿下の武器破損により実質戦闘不能!勝者、セイ殿!」
アティーマとの模擬戦は数秒でその幕を閉じた。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「こちらでしばらくお待ちください」
模擬戦の後、俺とステラはメイドに王城のとある一室まで連れて来られた。随分と豪華な椅子やらベッドやらがあるこの部屋は客用の部屋なのだろう。
ちなみに模擬戦で俺の実力は認められたらしく、この後王様から勲章をもらえるらしい。ただ最後にアティーマから恨みのこもった目で睨まれたのが、少し気になった。他にも気になることはある。
何で俺は勝てたんだ?
模擬戦が終わってからずっと気になっていた事だ。相手の剣を真っ二つに斬り落としたのは……まあいい。カリナが凄いって事で納得はできる。だがあの時何で俺はあんなにスムーズに動けた?まるで自分の身体ではないみたいに。
「私にはこれまでの優れた使い手達の知識、経験、能力が集約されているの。それの一部をあんたに貸しただけよ」
今日一日で聞き慣れた声が後ろから聞こえて来た。返事をしようと俺が口を開きかけると、俺の後ろを指差し口をパクパクしているステラの姿が目に映った。
「だ、だ、だ」
「だ?」
「誰?その人………」
俺が後ろを振り返ると、金色を基調としたドレスの上から甲冑を着たカリナが立っていた。
その甲冑とドレスはどこから出て来たんだと思ったが、よく見るとドレスには所々鞘と似たような模様が入っている。もしかして人型になると鞘が服に変化するなんてことがあるのだろうか。カリナならあり得そうだ。
あーそういえばステラはカリナが人型になれるのを知らなかったな。
「悪い紹介が遅れた。こいつはカリナ。元は俺の引き抜いた聖剣だ」
「聖剣………?剣なのに人?」
「何でも俺の近くだと人の姿にもなれるらしい。ちなみにステラが魔法を使える様になったのはこいつのおかげだ」
「それ本当!?私ずっと変化の魔法が使えなくて苦しかった。でも貴方が治してくれたんだね、ありがとう!」
ステラが感極まったという様子で、俺の横を駆け抜けカリナに抱き着く。
「ちょ!ちょっと離れ……はあ、しょうがないわね」
急に抱きつかれ困った様子のカリナだったが、無理矢理引き剥がすのも気が引けたのか、おずおずといった様子でステラの頭を撫でる。
「それでカリナ、さっきの話なんだが」
「言ったでしょ?私の力をあんたに貸したのよ。あの動きは、今まで私の主人となった人達が何年も鍛錬を繰り返して身につけた動きよ。今のあんたには到底無理ね」
最後にさらっと煽られたが、俺にはどうでも良かった。実際俺には逆立ちしたって無理だしな。その中でただ一つ思った事。それはーー
「気持ち良かったでしょ?」
その言葉にドキッとした。何故ならそれが紛れもなく図星だったから。確かに俺は高揚した。無意識のうちに願っているのだ。あの動きをもう一度と。
顔を上げると、カリナが悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。




