カリナとの出会い
俺は先ほど買ったステラ用のローブと俺用の服を投げつける。ステラ用のだからサイズは小さいが無いよりはましだ。その後、俺は女の子を視界に入れないよう後ろを向く。
「ちょっと!いきなり服投げつけるとか、何考えてんの!?」
「何考えてんのはこっちのセリフだ!お、おま、なんて格好してんだよこんな場所で!ステラもなんとか……言って……」
止まっていた。見開いた目、こちらに伸ばした手、それら全てがまるで時が止まったかの様に静止していた。いや、ステラだけではない。ここにいた大勢の人々。その全てが例外なく止まっていた。これだけの人がいるのに、静けさがこの場を支配している。それは異様な光景だった。
「着たわよ。これでいい?」
その声を聞き、俺は再び女の子に向き直る。
俺は女の子より背が高い。その為俺用の服を着ることで辛うじて大事な所は隠れている。その上からローブを着てるせいで、逆に際どくなっている気もするが、素っ裸よりは断然マシだろう。
「おい、一体何がどうなってる!?なんでステラが……ここにいる全員が止まってるんだ!?」
「だって今からあんたと契約するもの。邪魔されるわけにはいかないわ。だから契約が済むまでずっとこのままよ」
女の子は当たり前のようにそう言った。契約ってなんだ?一体何が起こってる?
「お前は一体……?」
その時ふと気づいた。聖剣がない。確かに握っていたはずだ。一体どこへ……?
「え、私?さっきまでそこに刺さってた剣」
「へ?」
「だーかーらぁ、あんたが引き抜いた剣だってば」
「ええええええっ!?」
「もう、騒がしいわね。この私が選んであげたんだから泣いて感謝して欲しいわ」
「選んだ……俺を?」
「さっきからそう言ってるじゃない。そんなことも理解出来ないの?馬鹿なの?」
ピキッという音がこめかみから聞こえてきた気がする。ふぅー、落ち着け俺。
「……なんで俺を?」
「んー、なんとなく?」
思わずこけそうになった。そんな理由でいいのか!?
「この王子じゃダメだったのか?」
俺は足下で地面に両手をついたまま止まっている王子を指差す。
「やーよそんな奴。プライド高そうだし、物語だったら絶対序盤で死ぬわ」
「そんな事言ってやるなよ!?」
哀れアティーマ王子。いや、逆にこんな奴に選ばれなくて彼は幸せかもしれない。
「だとしても別に俺じゃなくてもいいだろ」
「うーん。こう、なんかビビッときたのよ。あ、こいつなら私がマウント取れるなって」
「思った以上に最低な理由だな!?」
よーく分かった。こいつが良いのは見てくれだけだ。
「じゃあ俺は辞退するんで。どうぞ他の人を選んでください」
「無理よ。もう選んじゃったもの」
「は、どういう事だ?」
「言葉通りの意味よ。もう今回の持ち主はあんたに決まっちゃったから、選び直すとか無理」
「はああ!?何言ってんのこの変態!?」
「あー!あー!言ったわね!?この偉大なる私に向かって変態ですって!?ちょっと、今の言葉取り消しなさいよ!」
「うるせえ、変態に向かって変態って言って何が悪い!」
「あーそんな事言っちゃうんだ!?私すごい力持ってるのになー!そんな事言うならもう力貸さないから!」
「良いよ別に」
「え?」
「だって別に好き好んで戦いたくなんてないし。そうか別に契約したからって、持って行かなくちゃいけないって事はないよな。この台座にもっかいぶっ刺しとけばいっか」
「え、え、えっとあの、それはあまりにもと言うか何というか……」
上目遣いでこっちを見つめてくる女の子。やっぱり可愛い子がやると破壊力がすごい。流石に俺は、
「うん、そうしよう。よしさっさと契約するぞー」
無視しました。ノーと言える日本人に俺はなりたい。
「うっ……」
「う?」
「うわーん!ごべんだざいぃ!連れでっでぇ!なんでもずるかだぁ!」
「うお、ちょ、おま抱きつくな離せ!分かった!分かったから!置いて行かないから!マジでこの絵面はシャレにならん!」
上だけしか服を着てない美少女を泣かす俺。お巡りさんこいつです。
☆☆☆☆☆☆☆☆
数分後、女の子も落ち着いたので会話を再開する。
「はぁはぁ、何でそこまで付いて来たいんだよ?」
「だって自由に外歩き回りたいし、美味しいものとか食べたいし……」
「そんなもん勝手にすれば良いじゃないか」
剣が食べ物を食うのか……。深く考えるのはよそう。
「出来ないから言ってんのよ!持ち主から100メートル以上離れたら、人化出来ないのよ……」
へーそんな縛りがあるのか。こいつも結構困ってんだな。
「で、契約って一体どうすれば良いんだ?」
「私の言葉の後に誓うって言ってくれれば良いわ!」
「おし、分かった」
「じゃあ行くわよ?」
スゥッと女の子は息を吸った。
「汝、我の担い手となる事をここに誓うか?」
「誓う」
繋がった。そうとしか言えない不思議な感覚だ。目には見えない糸が俺と女の子との間に結ばれている、そんな感覚。
(これで契約完了ね!)
「うわ、ビックリした!」
頭の中に急に声が聞こえてきた。
(契約するとこんな風に念話が使えるようになるわ。あんたからも送れるわよ。ちょっとやってみなさいよ)
「どうやれば良いんだよ?」
(私のことを思い浮かべながら念じてみて)
くそっ最初のこいつの裸がチラつく……上手く集中できねえ。
(こ、こうか?)
(うん、聞こえる聞こえる。でもなんだかノイズが酷いわね)
(初めてだからな!そういう事もある!)
(そんなもんかしら)
ふぅ、なんとかごまかせたか。それにしてもこれが念話……。思ったよりも簡単だな。
「あ、そういえば自己紹介がまだだったわね」
女の子は自分の胸の上に手を当てる。
「私は聖剣カリバーン。カリナって呼んで」
「俺はセイだ。これからよろしくな、カリナ」
そう言い俺は手を差し出す。カリナは一瞬キョトンとした後、しょ、しょうがないわねと言いながらも手を握り返してくれた。と、次の瞬間カリナの身体が淡く光りだした。
「お、おい!なんかめっちゃ光ってるぞ!?」
「ん?ああ、契約が終わったからね。もう直ぐみんな元に戻るわ」
光はどんどん強くなり、再び世界が白に包まれる。目を手で覆っている俺の耳に周囲の喧騒が入ってきた
ゆっくりと目を開くとカリナの姿はなかった。台座に俺がカリナに向かって放り投げた服が引っかかっている。ふと右手に先程までなかった重みを感じた。そこに目を移すと、柄から刀身まで金色の一振りの剣を握っていた。
「貴方お名前は!?」
少し呆然としていると、興奮した声で呼びかけられた。顔を向けるといたのは、先ほどまで司会じみたことをしていた男だった。
「えっと……セイ、です」
「なんとなんと!聖剣をその手に収めたのは、まだ幼いこちらの少年、セイだぁぁぁッ!!新たな英雄の誕生だぁぁぁッ!!」
男は俺の聖剣を持っている手首を持ち、高く突き上げる。
ウォォォォォォッッッ!!!!!
もはや音とは思えないほどの振動と熱気が叩きつけられる。
「嘘だ……ありえない……」
不意にそんな声が耳に入った。声の主を探して視線を彷徨わせると、これ以上ないというくらい目を見開き、うわ言のようにブツブツと呟き続ける、アティーマ王子がいた。
「王子!気をしっかり!おい、王子をお運びするぞ!」
人波をかき分け、兵士達がぞろぞろと壇の上に上がってくる。俺が兵士達が王子をどこかへ連れて行くのを、怒涛の展開についていけず呆然と見ていると、兵士のうちの一人がこちらへやってきた。
「すみません、えっと……新たな聖剣の担い手殿。申し訳ないのですが、王城まで我々と共に来て頂けませんか?陛下に貴方のことをお伝えしなければならないのです」
王様か……。正直関わりたくないが、断ると面倒なことになりそうだな。
「あ、お連れの方もご一緒で結構ですので」
お連れの方。そう言われて後ろを振り返ると、服の裾を掴んでいるステラがいた。
「いや、この子はーーー」
「行く」
「え、でも流石に」
「行く」
一体どうしたんだ急に。ステラの目には確固たる意志が宿っていた。説得は難しそうだ。
(別に良いんじゃない?連れて行っても)
「うおっ!?」
「どうかされましたか?」
兵士の人に変な目で見られた。この念話特有の頭の中に直接響いてくる感覚に慣れない。ていうか剣状態でも念話できるんだな。
(……聞こえるか)
(ええ、大丈夫よ)
(連れて行っても良いってどういう事だ?ステラは獣人だぞ?流石にまずいだろ)
確かに一人で王城に行くってのはかなり心細いが、かといってステラを連れて行くのは完全にアウトだろう。
(ん?彼女猫の獣人なのよね?だったら変化の魔法が使えると思うんだけど)
(変化の魔法?)
(ええ。それを使えば自分の見た目を変えられるの。耳を隠して人族に見せる事もできるわ。猫族なら誰でも使えるはずよ)
(そんなものがあるのか)
「すみません、少しこの子と相談させてください」
「はい、分かりました。終わりましたら声をかけてください」
兵士の人に一言断りを入れてから、話を聞かれないように小声でステラに話しかける。
「なあステラ。ステラは変化の魔法って使えないのか?」
ステラが小さく目を見開く。
「セイ知ってたんだ……。ううん、私は使えない。私は落ちこぼれだから」
(おかしいわね。猫族なら才能とか関係なく絶対使えるはずなんだけど……。ちょっと彼女に触れてもらって良い?)
(別に良いが何をするんだ?)
(セイを通してちょっと彼女を視てみるわ。もしかしたら変化の魔法を使えない理由がわかるかもしれない)
(そんなことが出来るのか。よし分かった)
「ごめんステラ、少しじっとしていてくれ」
そう言い俺はステラの腕を掴む。ちなみになんで腕かというと、他に触れる場所がなかったからだ。セクハラ、ダメ、ゼッタイ。
俺が腕を掴むとステラがビクッとした。その目には困惑が浮かんでいる。
「え、どうしたの急に?」
「悪い。でも必要なことなんだ」
「……わかった」
幾分か心を許してくれているとはいえ、ステラにとっては良い気はしないだろう。ただ、今は我慢してもらうしかない。
(何かわかったか?)
(二つ分かった事があるわ。まず一つ目は彼女は先祖返りっていう特異な個体ね。普通獣人って種族特有の魔法ぐらいしか使えない代わりに身体能力が高いんだけど、彼女の場合は、高い身体能力に加えて普通の魔法も使えるわ。それも相当高いレベルでね)
(それなら何で変化の魔法を使えないんだ?)
(それは二つ目の理由ね。彼女には強い呪いがかかってる。効果は二つ。魔法が一切使えないっていうのと、後は同種族に嫌われるらしいわ。それこそ殺したいと思うほどにね)
(呪い!?それで魔法が使えないのか……。それに同種族に嫌われるって、もしかしてステラが黒髪なのも呪いが原因なのか?なんか黒髪の猫族は同種族からめちゃくちゃ嫌われているらしいんだが)
(あーそう言えばそんなこと聞いたことあるわね。ただ髪が黒いのは先祖返りのせいね。先祖返りしたせいで呪いまで引き継いだのよ。多分今までも黒髪で生まれて来た子達は、みんなこの呪いを持ってたんじゃないかしら。猫族の獣人が魔法を操るなんて話聞いたことないし)
(呪いは解除できないのか?)
(やってみるわ。少し待って頂戴)
「ねえ、セイまだ?」
「もうちょっとだ。もう少し我慢してくれ」
「……セイは私のために今何かしてくれてるんだよね?」
「……ああ」
「だったら待つ。いくらでも待つよ。セイを信じる」
そう言ってステラは小さく笑った。
……ッ!?何でステラが呪いなんかのせいで苦しまなくちゃいけないんだ。そんなの絶対間違ってるだろ!
(どうだカリナ。何とかなりそうか)
(待ってこの術式どこかで………ああ!これあのクソババアのやつじゃない!通りで見覚えがあると思った。でもこれなら……ここをこうしてこうすれば……)
カリナの声に呼応するようにステラの腕にに触れている俺の手が淡く発光し始めた。
(おいカリナ!?なんか手が光ってるぞ!)
(大丈夫!そのままその子の腕握ってて!!)
手に持ったカリナから俺の体を伝ってステラに何かが流れ込んでいく。もしかしてこれが魔力というやつなのだろうか。尋常じゃない熱量を感じる。
「大丈夫かステラ!?苦しくないか?」
「うん、平気。むしろポカポカして良い気分……かも」
見るとステラの頰が少し紅潮し、目がトロンとしている。無理をしている様子はなさそうだ。
手の光は次第に大きくなり、最後に一瞬大きくなった後収まった。終わったのだろうか。
(カリナ?)
(……………)
呼びかけてもカリナから返事が返ってこない。何か問題でもあったのだろうか。
(カリナ!何かあったのか!?)
(あーうん。一応呪いはどうにかなったわよ)
目的を果たしたはずなのに、どうにもカリナの歯切れが悪い。
(それなら成功じゃないのか?)
(成功って言えば成功なんだけど……何て言うかその……ちょっとやりすぎちゃった。てへっ)
偉大なる聖剣様はどうやらやりすぎたらしい。
うん何を?




