聖剣の都
「仰る通り高ランク冒険者には、特典に見合った義務が生じます。具体的にはBランク以上の冒険者が対象だと思ってください。義務は主に3つあります」
受付嬢が指を3本立てる。
「一つ目は指名依頼です。名のある冒険者になると、名指しでこの人に依頼を受けて欲しいと言われることがあります。大変名誉な事なのですが、指名してまで依頼する程ですから厄介な依頼ばかりです。受ける受けないは個人の判断に任せますが、依頼主と直接会って話を聞いてもらう義務が生じます」
うん、まあ妥当だな。絶対受けなければいけないとかじゃなくて良かった。
「二つ目は緊急依頼です。街を脅かす程の魔物が出現した場合、Bランク以上の冒険者には討伐隊参加義務が生じます」
まあ要するに普段良くしてやってるんだから、いざって時は助けろって事だな。
「そして最後に新人冒険者の育成の手伝いをして頂きます。当ギルドでは定期的に新人冒険者講習を開いております。そこで高ランクの冒険者に講師を頼むことがあります。手の空いている冒険者にお願いするので、やむを得ない理由がある場合以外は原則やって頂きます」
そんな講習があるのか。てかここまで聞いて思ったけど、正直一般人の俺がそんな高ランクになれるとも思えないから、意味なかったかもしれん。それとステラ、人が説明している時に欠伸するのは失礼だからやめなさい。
「その講習って俺達も参加できますか?」
「勿論です。是非ご参加ください。さて、説明はここまでになりますが、他に何か質問はございませんか?」
「大丈夫です」
隣で舟を漕いでる奴がいた。
脇を肘で突いてやると、「ふにゃ!?」と変な声を出して顔を真っ赤にしていた。思わず吹き出すと、じろっと睨まれた後思い切り足を踏まれた。痛ってぇぇッ!!
「ごほん。よろしいですか?」
「……はい、すみません」
美人の真顔って凄い迫力あるんだなって思いました、まる
「それでは質問も無いようですので、説明を終えさせて頂きます。最後にこちらの冊子をお渡しします。先程説明させて頂いた事の他にも、細かい事が書かれておりますので、御一読ください」
「「はい、ありがとうございました」」
さて最初の目的も終わったし、これからどうしようか。取り敢えずギルドカードを貰ったことをギルに報告しにでも行こうかな。
その時だった。
「おい、そろそろだぞ!」
「何?もうそんな時間か!」
そんな会話がギルドの至る所から聞こえてきた後、殆どの人がギルドから出て行った。
残ったのは俺達と後は………ザリフやカンナ達獣人だけだった。
「もう、なんでこんな時に受付なのよ……」
「えへへ、お疲れー」
なんとさっきまで5人いた受付嬢も、1人を残して何処かへ行ってしまった。
「あーもうそんな時間か。じゃあセイ行こっか」
「え、どこに?」
「王城前の広場に決まってるじゃない」
ステラに何言ってんだこいつみたいな目で見られた。え、何?俺が悪いの?
「えっと……何しに?」
「セイはそのために王都に来たんじゃないの?」
「だから何があるんだよ?」
「何って……」
聖剣に決まってるじゃない。
俺はこの時初めて、王都が別名「聖剣の都」と呼ばれていることを知った。
☆☆☆☆☆☆☆☆
聖剣の都。
ここ王都ルザマリナがそう呼ばれている理由は、偏に一振りの剣にある。この剣には意志が宿っている。何を馬鹿なと思うかもしれないが、これは紛れも無い事実だ。何故ならこの剣こそが、その担い手を選定するからである。この剣の在るべき場所は、持ち主の腰か王城前の広場の台座である。この剣は、持ち主が死亡するなど剣を所持する事が不可能になると、その場から消失するのである。そしてその1年後、再び台座に戻り次の担い手を待ちわびるのだ。
それだけであったなら物珍しい剣で終わるだろう。だがそうでは無いから聖剣などと大層な呼び方をされている。この剣に選ばれた者は破格の力を得る。その力を使えば富も名声も思うがままだ。この辺り一帯を平定し、この国を起こした初代国王フィーリア・アレクギルオスもこの剣を所持していたと言われている。
「まあ、力を得るって部分に関しては眉唾らしいけどね」
ステラから説明を聞かされながら広場に向かって歩いていると、ステラがそんな事を呟く。
「そうなのか?」
「うん。前も前の前の持ち主もそんな凄い活躍をしたって話は聞いた事ないよ」
「ふーん」
実際はあまり凄くないのかもしれない。でも聖剣って響きだけでなんだかワクワクしてる自分がいる。自然と早足になっていくのを感じた。
広場に着くと、台座が中心にある周りより一段高くなった円形の壇を囲むように、大勢の人でごった返していた。この王都にいる人全員が集まっているんじゃないかと思う人の多さだ。ただし獣人は殆どいない。なんでもこれだけ人間が集まる所に来ると、ほぼ必ずトラブルに巻き込まれるからとみんな行かないらしい。
背伸びをして台座の方に目をやるとチラッと金色の輝きが見えた。恐らくあそこに聖剣があるのだろう。
ドクンッと心臓が跳ねた。
何故だろうか。呼ばれた気がした。不思議と俺はあそこに行かなければならないという義務、使命感を感じた。
人の人の間に身体をねじ込みながら少しずつ前へ。睨まれたり、舌打ちされたりしたが関係なかった。とにかく俺はあそこに行かなければならないのだ。
突如パッと視界が開ける。どうやら一番前まで来たようだ。
「ちょっとセイ!」
後ろから聞こえた可憐な声で、俺は我に帰る。振り向くと、息を切らしながら服をつかんでいるステラがいた。
「はぁはぁ……一体急にどうしたのセイ?」
「えっいや、ちょっと聖剣をもっと近くで見たくなって」
そう話しているうちにも、俺の意識は聖剣に向かう。気がつくと、台座の前に大男が立っていた。
「ハッハッハッ!俺が引き抜いてやるぜ!」
大男はそう叫び乱暴にその柄を握る。そして思い切り引き抜こうと全身に力を込めた。確かに凄い筋肉だし、それに見合った力もあるのだろう。だが抜けない、抜けるわけが無いという確信があった。
「ふんぬぅぅぅッッ!!」
案の定、大男は顔を真っ赤にしながら力を込めるが、聖剣は微動だにしない。しばらくすると大男は息を荒げながら、抜けないと悟ったのか悪態をつきながら台座の前を離れる。
「さあさあ力自慢の木こり、挑戦者ゴルドーでもこの聖剣を抜く事ができませんでした!次に挑戦したいという方は……」
この聖剣を引き抜くというのは、どうやら一種のイベントの様だ。壇の上に立った一人の男が声を張り上げる。するとそれに呼応する様にして人々の熱気が辺りに立ち込め、頭がクラクラした。
「茶番は終わりにしよう」
空気がひりつくのを感じた。人垣が割れ、一人の男が黄色い歓声を背に壇に上がる。端正な顔立ち、男としては少し長めの金髪を靡かせ、その佇まいからは気品、そして自信が溢れている。ここにいる誰もがその男に目を吸い寄せられた。
「あれは誰だ?」
「え、フィーリア王国の第二王子アティーマ様だよ。なんでそんな事も知らないの?」
ステラが呆れた目でこちらを見る。今日一日で俺は何回呆れられればいいんだろう。
「え、当て馬?」
「アティーマ!失礼なこと言わないの。剣はこの国の騎士団と比較してもトップクラス、魔法は宮廷魔法師級なんだって」
あてう……じゃなかった。アティーマ王子イケメンで剣も魔法も使えんの?なんだそれチートの権化じゃねえか……
アティーマ王子はどうやら今回の大本命らしい。そんな男なら茶番と言うのも頷ける。
アティーマ王子は優雅に壇上の中央へ足を進める。そして堂々とした立ち姿で台座と向き合い、柄に手をかけた。
アティーマ王子が静かに力を込める。聖剣は王子を持ち主と認め、静かに引き抜……かれなかった。
「なに……?」
王子が両手で柄を持ち、何度も引き抜こうと試みるが、聖剣は一向に動かない。
ドグンッと再び心臓が跳ねる。
まるで胸倉を掴まれ引っ張られるかのように、俺の足は台座に向かう。
「ちょっと!セイ!?」
ステラが何か言っている気がしたが、無意識のうちに聞き流す。台座の横で地面に手を付いているアティーマ王子を横目に、俺は台座の前に立つ。
「ん?誰だ君は?」
「…………………」
王子の言葉はその意味を成す前に俺の頭を通り抜ける。俺は導かれるようにその金色の柄に指を添わせる。俺が引き抜いたのか、それとも剣が自ら持ち上がったのか。そう錯覚してしまう程に、全く抵抗がなく聖剣はその刀身を露わにした。
柄と同じく黄金色の刀身は傷一つ、汚れ一つなく太陽の光を反射している。すると初めは眩い程度だったその光は次第に大きくなり、視界を白く塗り潰すほどの輝きを放った。余りの輝きに俺は腕で目を覆う。
数秒程だろうか。薄く目を開け、光が収まったことを確認し腕をどける。
腰にかかる長く美しい金色の髪。その蒼い双眸はしかとこちらを見つめていた。均整のとれた身体、整った目鼻立ち。よく芸術品のようだと評される人がいるが、成る程こういう女の子こそがそう表現されるのだろう。
片方の手を腰に当て、もう片方の手で俺を指差す。
「一つ始めに言っておくわ」
その女の子の唇が震え、思わず聞き惚れてしまうような美しい音色が紡がれる。
「あんたのこと認めたわけじゃないから。そこの所、勘違いしないでよね」
…………。
脳がその言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。
「ふぅ………色々言いたい事はあるがまずは、」
俺は左手で目を覆い、右手で女の子を指差し返す。
「頼むから服を着ろォッ!」
突如現れたその子は、何故か全裸だった。




