冒険者ギルド
大きな盾の前で二本の剣が斜めに交差している。そんな看板がまず目に入った。どうやらここが冒険者ギルドらしく、思ったよりもずっと大きく立派な建物だった。その分威圧感もすごい。
ちなみに服を買った店を出て以降、ステラとの間には非常に微妙な空気が流れている。まあ完全に俺の自業自得だが。
「なあ、もう良い加減許してくれないか?俺が悪かったから」
「だからあの時外で待ってるって言ったのに」
あの店を出てから、どう話しかけてもステラはこれしか言わないマシーンと化している。目すら合わせてくれない。俺はがっくりと肩を落としながら口を開く。
「……ステラはどうする?一緒に入るか?それともどっかで待ってるか?」
先程と同じ事を繰り返さないよう前もってステラに尋ねる。すると少し間があって「入る」と言う返事が返ってきた。どうやら、受け答えくらいはしてくれるようになったらしい。
「良いのか?」
「うん。ここなら問題ないから」
「そうか?じゃあ入るぞ」
ギィっと木の軋む音を鳴らしながら、扉を開ける。
真っ先に目に飛び込んできたのは受付だ。パッと見たところ5人の受付嬢がおり、もしここが日本ならモデルだと言われても十分納得できるほどの美人揃いだ。どこの列にも数人の冒険者と思しき人達が並んでいる。
ちなみにこの世界では、冒険者ギルドの受付嬢というのは人気がある職業だ。その肩書きで有利になることも多いし、何より実力のある冒険者と顔見知りになれるからである。トップレベルの冒険者ともなれば、その辺の貴族よりもよっぽど稼ぎがあり、もし気に入られようものなら、一気に玉の輿ルート一直線である。そう言った理由から、ここに居る受付嬢は競争を勝ち抜いてきた猛者達なのである。当然仕事も出来る。
右に目を向けると、簡素なテーブルと椅子が並んでおり、体格の良い男達が酒がなみなみに注がれたジョッキを打ち付けあい、豪快に煽っている。こっちは酒場なのだろう。アルコールの匂いが鼻を掠める。こんな真昼間から飲んでいるのは如何なものかと思わなくもない。
セイは日本と比較して考えているため、違和感を感じているがこの世界ではいたって普通の光景である。冒険者の仕事には1日では終わらないものも多くあり、数日かけて依頼をこなした後、町で一日中酒を呑んだりしてのんびりと過ごす者も多いのだ。
と、そこでセイは見覚えのある姿を見つけた。
「あれ、あそこにいるのはザリフとカンナか」
「獣の集い」に泊まっている昨日話した二人組の狼人族だ。掲示板の前で何やら難しい顔をしている。そう言えば二人とも自らを冒険者だと言っていたな。
「おーい、どうしたんだ?そんな難しい顔をして」
「うん?お、セイじゃねーか。あーそういえばギルドに来るって言ってたな」
「ねぇ二人とも聞いて」
それまで黙りこくっていたステラが、ぶすっとしたいかにも怒ってますという様子で、二人に話しかける。そして先程の服屋での出来事を二人に伝える。
「おいおい、獣人と人間は仲が悪いって話をしたばっかじゃねえか。そんくらい予想できるだろうに」
「返す言葉もございません……」
呆れた様子のザリフの後ろで、先程までとは打って変わってスッキリとした表情のステラが、いいぞーもっとやれー、と言わんばかりに拳を振っているのに対して少し……いや大分イラっとしたが、全部自分のせいなので何も言えない。
ていうか、初めて出会った時の怯えようはどこに行ったんだ……。まるっきり別人じゃないか。まあそれはともかく、
「ごめんな、ステラ。これからは気をつけるよ」
ステラの機嫌も良くなったみたいなので、俺は誠意を示すために深く頭を下げる。すると俺に近づいてくる小さな足音がした。
トントンっと頭を下げて低くなった肩を叩かれる。導かれるように顔を上げると、そこには慈愛に満ちた優しい笑顔を浮かべたステラがいた。その可憐な唇を震わせてステラは、
「貸し一つね」
とのたまった。
こいつ……可愛くねぇッ!!
こうして俺はステラに貸しを作ってしまった。何させられるんだろ俺。え、やだ怖い。
「そ、そう言えばザリフ。冒険者の登録ってどうすればいいんだ?」
あまり深く考えたくなかったので、俺は話題転換を図る。
「あー登録なら受付に行ってしたいって言ったら手続きしてくれるぞ」
「よし、なら俺も並ぶか。ステラはどうする?」
「んー、私も一緒に並ぶよ」
そう返事をするステラを横目に見ながら、普段通りに戻ってホッとしたり、貸しを作ったことを思い出して憂鬱になったりしながら、受付の列に並んだ。
「ところでステラはもう冒険者の登録はしてるのか?」
「ううん、してないよ。良い機会だしセイと一緒にしようかなって」
「ガルク達には言わなくて良いのか?」
「セイと一緒にギルドに行かせてるって事は、一緒に登録してこいって事だよ」
本当にガルクはそこまで考えているのだろうか。まあ後で怒られるのはこの腹黒猫娘だから、俺には関係ないが。
「次の方どうぞ」
ステラと話しているうちに順番が回ってきたらしい。
「本日はどのようなご用件ですか?」
俺達の対応をしてくれたのは、眼鏡がトレードマークの理知的な印象を受ける女性だった。例に漏れずこの人も凄い美人。会話していて照れるとかではなく、もはや高嶺の花すぎて芸術品を見てる気分になるレベルだ。だから逆に緊張せずに話せるという、意味のわからない状況になっている。
「えっと、冒険者登録をしたいんですが」
「登録ですね?ではこちらの用紙の各項目にご記入ください。代筆は必要ですか?」
「いえ、大丈夫です」
俺は貰った用紙を取り敢えず上からサーっと見てみる。名前、出身地、種族、得意の武器、使える魔法……と色々あるが、ここで一つ問題が発生した。
……書けるところが名前と種族しかないんですけど。
「あのーすみません」
「何か問題がございましたか?」
「あ、えっと。これって全部埋めなければいけないんですか?」
「いえ、最低限名前さえお書き頂ければ構いません。ですがその他の項目を埋めて頂きますと、こちらとしても仕事の斡旋がし易くなったり、他の方と一緒に依頼を受ける際にご紹介し易くなります」
なるほど、埋めることでメリットもあると。まあ俺埋められないんだけどね。
そんな訳で、俺は名前と種族の欄だけ埋めて提出した。どうやらステラも同じように名前と種族だけ書いて提出したらしい。
「はい、確かに受け取りました。では次にギルドカードを作成致しますので、こちらに人差し指を出して頂けますか?」
そう言い受付嬢は、小さい針と真っ白な何も書かれていないカードを取り出した。
俺達は言われた通りに指を出す。受付嬢は差し出された指の腹にそっと針を当てる。チクっとした痛みが走り、受付嬢が手を離す。そのままカードに俺の血液を一滴垂らすと、そこから波紋が広がるように文字が浮き出てきた。よく見ると、俺の名前と種族が書かれている。ステラも同じようにカードを作成する。
「はい、こちらがお二人のギルドカードになります。初回に限りお金はかかりません。ですが紛失されますと、再発行には銀貨5枚を頂くので大切に保管してください」
「「分かりました」」
「ギルドの利用についての説明をさせて頂きたいのですが、お聞きになられますか?」
「「よろしくお願いします」」
「畏まりました。まず当ギルドではランクというものを設けております。ランクにはFからSランクでございます。お二人は登録したばかりですので、Fランクからのスタートとなります。ここまではよろしいですか?」
「「はい」」
俺とステラは同時に首を縦に振る。特に疑問なところはない。
「ありがとうございます。ランクが高い程依頼の危険度は増しますが、その分報酬は良くなります。またランクは高くなる程特典が付きます。注意点と致しましては、一定期間依頼をお受けになられない方にはランク降格、もしくは除名処分が下される場合が御座いますのでご留意ください。お二人の場合はFランクですので期限は1ヶ月となります。1ヶ月に一度は何かしらの依頼を受けて下さい。次にランクを上げる方法ですが、あちらの掲示板に貼られている依頼をこなして頂く必要がございます。達成した依頼の量と質を加味し、基準を満たしていると判断すれば、ランク昇格となります。ここまでで何かご質問は御座いますか?」
「ランクが高い特典というのは、例えばどんなものがあるんですか?」
「そうですね……例えば、ギルドが立ち入り禁止区域にしている場所に立ち入り許可が出たり、ギルドに登録されている宿が割安、無料でご利用頂けるようになります」
へぇ、随分太っ腹だな。そこまでするだけのメリットがギルド側にあるってことか。
「高ランクになる事で生じる義務などはありますか?」
受付嬢は少し瞼を持ち上げ、意外そうな顔をした。多分こんな質問をされたことがないのだろう。見渡した感じ大雑把そうな人多いし。ザリフとか。
「それに関しましては今から説明致します。よろしいですか?」
「お願いします」
目の端にステラがこくっと頷く姿が映る。
俺達は受付嬢の言葉に耳を傾けた。




