第99話「覇王、『グルトラ太守領』を落ち着かせる」
「我が名はカクタス=デニン。女神ネメシスの命によりこの地に降り立った英雄である。この身はすでに大いなる使命に捧げて──って、なぜ額を押さえているのだ、貴様!!」
「痛々しくて聞いてられないからだよ」
「なに?」
「シルヴィアの家族を幽閉して、獣人や自分の兵士を『黒魔法』での支配。その上、交渉に来たシルヴィアたちを騎兵で攻撃って……それのどこが英雄だよ」
いや、まったく。
こいつと同じ世界の人間だって思われるのは嫌すぎる。
「お前は……オレと同じ、女神に召喚された者ではないのか?」
「召喚はされたな」
「ならばわかるだろう! 女神の目的は『乱世の治安を回復すること』だ。そのためにはどんな手段を取ってもかまわない。それが女神ネメシスの意思だからな!」
「『乱世の治安回復』?」
「そのための英雄としてオレは、この世界に呼ばれた」
カクタス=デニンは、ローブに包まれた胸を反らした。
ちなみにトニア=グルトラはそのローブの裾にしがみついてる。
泣きそうな顔だ。だめだこいつ。
「召喚の3女神『ネメシス』『グロリア』『フィーネ』は、それぞれの思惑でオレたちを召喚している。女神ネメシスの目的は、いかなる手段を使ってでも、この乱世の治安を回復すること。だから女神ネメシスは『十賢者』を強くするのが一番効率的だと判断した」
「……ちょっと待て。召喚の3女神?」
「だからオレは『十賢者』の配下となったのだ! 女神ネメシスに雇われた者が、その方針に従うのは当然だろうが!! この世界の人間のことまで考えていられるか!!」
「だからちょっと待て!」
俺は手を挙げて、やつの言葉を止めた。
「『ネメシス』『グロリア』『フィーネ』? この世界に異世界人を召喚したのは、その3女神だけなのか?」
「使命を説明されたときに聞いただろうが!」
「4人目の女神はいない?」
「当たり前だ!」
じゃあ、俺を召喚した女神ルキアは……何者だ?
女神ルキアは自分のことを『この世界の調整をやっている女神の一人』と言った。
その途中で、間違って俺を召喚した、と。
でも、この乱世を治めようとしているのが3女神だけなら──
あの女神ルキアは一体、何者なんだ?
本当に俺は──間違いで呼ばれたのか?
「俺の名は『鬼竜王翔魔』だ」
俺は言った。
「そして俺を召喚したのは、女神ルキア。お前たちとは違うルールで俺はここにいる。『異形の覇王』として」
「……知らない。知らないぞ、オレは!」
カクタス=デニンはひきつった顔で叫んだ。
「貴様のようなやつは知らない!! 話が違う!! なんで、知らない女神に召喚された者がいるのだ!?」
「もしかしたら、隠されたルールがあるのかもしれない。もう少し詳しい話を──って、おい、なにをする気だ?」
「話が違う! オレらが最強じゃなかったのか!? だったら……こんな危険な戦いに付き合えるか!!」
「だから待てって!」
カクタス=デニンが胸元から、奇妙な結晶体のついたペンダントを取り出す。
あのペンダントは転生者のアイテムだ。
あれを壊すと、やつはこの世界に存在する力を失い、輪廻に戻る。元の世界の1年前に戻って、死を回避するチャンスを与えられる。
「好き勝手やって、都合が悪くなったら逃げるのか、あんたは」
「ゲームのルールが違っていた。こんなゲームには付き合えない」
「せめてあんたの知るルールをすべて話してから消えろ!」
俺は『翔種覚醒』状態で飛翔。
カクタス=デニンに向かって手を伸ばす。が、間に合わない。
やつは短剣を振り上げ、手元の結晶体に──振り下ろした。
ぱきん。
ペンダントの結晶体が、砕けた。
「ははは! これで使命は終わりだ。オレは死の1年前に戻って、やり直しを──」
『カクタス=デニン。本名:中川悟の評価を下します。
評価:E。下から2番目』
不意に、声がした。
カクタス=デニンの足下に、黒い魔法陣が生まれる。
そこから生まれた光がバリアーのように、やつとこの世界を遮断した。
『女神ネメシスが下した評価は「E」「6段階評価の、下から2番目」。
すべてが雑。
「黒魔法」に手を染めた。
転生特典ダブルチャンスは、一部授与』
「──おい、なんだそれは! 話が違う!!」
『あなたは、死の2ヶ月前に戻ります。
スキルは剥奪。記憶の保持確率は13%。
おつかれさまでした。元の世界にお帰り下さい』
「待ってくれ! オレは『十賢者』の勢力を拡大するという役目を果たしたんだ。そんな条件なら……オレは残る。ここに残る!」
カクタス=デニンは、泣きながら黒い障壁をたたいてる。
「記憶をなくしたら、同じことの繰り返しだ!! やめてくれ──っ!!」
「──『竜種覚醒』、『竜咆』!!」
俺は反射的に──黒い障壁に向かって『竜咆』を放っていた。
ばりん。
全魔力を込めて放った『竜咆』が、黒い障壁を破る。
カクタス=デニンが魔法陣から這い出ようとする。
だけど──
「──あ」
その身体が、消えた。
空中に溶けるように、すぅ、と。
カクタス=デニンは、この世界から消滅した。
残ったのはペンダントの残骸だけだ。
「……あのさ、ユキノ」
「はい。真の主さま」
俺の隣にやってきたユキノが、こくり、とうなずいた。
「女神は『功績』を上げればスキルと記憶を維持したまま、元の世界に戻れるって言ったんだよな?」
「あたしを召喚した女神フィーネは、そう言ってました」
「でもカクタス=デニンには、特典は一部しか与えられなかった」
「……ですね」
「となると、女神によって約束事が違うのか……?」
「かもしれません。それと、ショーマさんを召喚した女神のことを、カクタス=デニンは知らなかったですよね」
「何者なんだろうな。女神ルキアって」
俺とユキノはそろってため息をついた。
まぁ、女神の召喚システムのことを考えてもしょうがない。
本当は、カクタス=デニンから、もうちょっと聞き出したかったけどな。
でも、この世界からの消滅は、奴が望んだことだ。
それに女神のシステムは、俺にもユキノにも関係ないし。
「ありがとうございました『辺境の王』さま」
声がした。
振り返ると、キャロル姫が、俺に向かって深々と頭を下げていた。
グルトラ太守領の騎馬兵たちも、全員土下座してる。
「あなたのおかげで、『グルトラ太守領』は道を誤らずに済みました」
「そうだな。俺としちゃ、お隣さんが平和であればそれでいいんだが」
「本当に……ありがとうございます。それから──トニア」
キャロル姫は、弟のトニア=グルトラをにらみつけた。
「ひぃ」と、情けない声をあげて、トニア=グルトラがうずくまる。
「あなたはシルヴィア姫さまとキトル太守さま、ミレイナ姫さまに謝罪なさい。そして、カクタス=デニンと『十賢者』の計画について、あらいざらい話すのです」
「ひ、ひぃ。あ、姉上……」
「他家の領主一族を幽閉し、民と兵に『黒魔法』を使った罪は消えません。皆さまのお慈悲があれば、命だけは失わずに済みましょう。感謝なさいな」
「あ、あねうえ……」
「領土と兵とをもてあそんだのです。竜帝陛下の名において、裁きを受けなさい」
言い捨てて、キャロル姫はトニア=グルトラに背中を向けた。
もう、弟を見ようとはしなかった。
──その後。
『グルトラ太守領』の騎兵たちは、全員、キャロル姫に忠誠を誓った。
「操られていたとはいえ、キャロル姫と、盟友たるシルヴィア姫に剣を向けた罪は、万死に値します!」
「『辺境の王』が我々を止めてくださらなければ、取り返しのつかないことになるところでした」
「罰は受けます。されど、機会が与えられるなら、命をかけて、キャロル姫にお仕えします!」
「どうかこの命を、領土と姫のために使わせてください!!」
膝をついて、口々に声をあげる兵士たちに向かって、キャロル姫は──
「……私も『辺境の王』に救われた身です。どうしてあなたたちを責められましょう」
そう言って、穏やかに微笑んだ。
「『グルトラ太守領』は、私が治めます。どうか、皆の力を貸してください」
それから姫は、意を決したように、宣言した。
「「「「おおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
兵士たちから歓声があがった。
よかった。
これで『グルトラ太守領』と『キトル太守領』が落ち着いた。
俺たちも安心して、辺境でのんびり過ごせる。
「……ふぅ」
よろこびの声をあげる兵士たちから離れて、キャロル姫は俺たちのところにやってきた。
「ありがとうございました。『辺境の王』」
キャロル姫は、俺の手を取り、そう言った。
「あなたのおかげで、兵たちはシルヴィア姫さまたちを傷つけずにすみました。本当に、なんとお礼を言ったらいいか」
「どういたしまして」
「……叶うなら、どうか、私とも同盟を結んでくださいませ」
「もちろんだ。キャロル姫が領主となり、同盟を結んでくれるなら助かる」
「領主となる覚悟は……できております」
キャロル姫は俺の手を握ったまま、うなずいた。
「もっとも、それは竜帝陛下の壁画の前で、領主になるという誓いを立ててからですけど」
「「……あ」」
俺とリゼットは顔を見合わせた。
そういえばキャロル姫は、塔の最上階にある壁画に語りかけたり、その前で踊ったりしてるんだっけ。
……壁画の前にあった、あの衣裳で。
「うかがってもいいですか、キャロル姫さま」
「なんでしょうか、リゼット=リュージュさま」
「実は……ショーマ兄さまと一緒に、リゼットも『牙の城』にお邪魔して、塔の壁画を見たのです」
「あら、そうでしたの」
「壁画の前に、素敵な服があったのですが……あれは」
「お恥ずかしいですわ」
キャロル姫は、頬をぽっ、と染めた。
「竜帝の巫女とは、初代竜帝陛下の前ですべてをさらすべきですのに」
「「え?」」
「私は……勇気がなくて、つい、ああいうものを身にまとってしまうのです」
おかしいな。
確かにキャロル姫は恥ずかしがってるんだけど、なんだか、恥ずかしがる方向性が違うような……?
「でも、そのように弱い覚悟では、領土を治めることはできませんね」
「「……そうですか」」
「帰ったらあの服は燃やしてしまうことにいたしましょう。ええ、そういたしましょう」
目を丸くしてる俺とリゼットの前で──
瞳を輝かせて、キャロル姫はそんなことを言ったのだった。
ちなみに、ケルガ将軍の騎兵たちは、『キトル太守領』と『グルトラ太守領』の兵士たちに拘束された。
ふたつの太守領の兵たちは、仲良く敵の騎兵を縛り上げてる。
この様子なら、これから仲良くできそうだ。
俺の仕事は、ここまでだな。
「ショーマさま。少し、よろしいですか」
「シルヴィア姫? どうした」
「父が──アルゴス=キトルが『辺境の王』とお話をしたがっています」
「『キトル太守』が? でも、やっと解放されたばかりだろう。無理はしない方が」
「キトル太守領のこれからについてのお話だそうです。早めに、話しておきたいとか」
キトル太守領のこれから……って。
俺が同席してもいいのか?
言われるまま、俺は馬車の方に移動した。
馬車の前には、杖をついた男性が立っていた。
白髪混じりの髪に、長い髭。
さっきまでは囚人服のようなものを着ていたけれど、今は宝石があしらわれた領主っぽい服に着替えている。
これがシルヴィアの父、アルゴス=キトルか。
「まずはお礼を言わせていただきたい『辺境の王』よ」
「お初にお目にかかる。『キトル太守』アルゴス=キトルどの」
「あなたには大変お世話になったと、シルヴィアが申しておりました。我が不徳により、長期の不在となってしまったこと、それを補うため、あなたの手をわずらわせてしまったこと、感謝とお詫びを申し上げる」
杖をついたまま、アルゴス=キトルはお辞儀をした。
足下がふらついていた。
長期の幽閉で、かなり体力がおとろえているようだった。
「やつらにとらわれた経緯については、後ほどお話する。今は『キトル太守領』について、ご相談申し上げたい」
「俺にできることだろうか」
「シルヴィアをもらっていただきたい」
アルゴス=キトルは言った。
当然のことのように、あっさりと。
「貴殿には3人の側室がいらっしゃると聞く」
「……そんな話もありましたね」
「シルヴィアを、その一人としていただきたいのだ。さすれば辺境と『キトル太守領』は縁続きとなる。また、シルヴィアが治める領地も、あなたの領地となろう」
「領土を割譲されるつもりか」
「それが『キトル太守領』を生かす、最良の道だと考える」
アルゴス=キトルは、杖にしがみついたまま、俺を見た。
「太守領は娘のミレイナかレーネスが継ぐことになろう。もしも2人に領土を生かす力量がないと思ったなら、シルヴィアを押し立てて、あなたが領土を継げばいい」
「……ちょっと待った」
もしかしてアルゴス=キトルさん、病気で気が弱ってない?
いきなりこんな重大事を話されても困るんだけど。
「大丈夫。すでに書記が、この話を正式な記録として残しておる」
「待て待て待て待て!」
「頼む……この大乱世、わしは領土と民を守らねばならぬのだ」
アルゴス=キトルは再び頭を下げた。
「あなたがいれば辺境と『キトル太守領』、そして『グルトラ太守領』は平和を維持することができるだろう。偉大なる『辺境の王』鬼竜王翔魔どの、どうかこの話を受けていただけないだろうか」