表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

99/121

第99話「覇王、『グルトラ太守領』を落ち着かせる」

「我が名はカクタス=デニン。女神ネメシスの命によりこの地に降り立った英雄である。この身はすでに大いなる使命に捧げて──って、なぜ(ひたい)を押さえているのだ、貴様!!」

「痛々しくて聞いてられないからだよ」

「なに?」

「シルヴィアの家族を幽閉(ゆうへい)して、獣人や自分の兵士を『黒魔法』での支配。その上、交渉に来たシルヴィアたちを騎兵(きへい)で攻撃って……それのどこが英雄だよ」


 いや、まったく。

 こいつと同じ世界の人間だって思われるのは嫌すぎる。


「お前は……オレと同じ、女神に召喚(しょうかん)された者ではないのか?」

召喚(しょうかん)はされたな」

「ならばわかるだろう! 女神の目的は『乱世の治安を回復すること』だ。そのためにはどんな手段を取ってもかまわない。それが女神ネメシスの意思だからな!」

「『乱世の治安回復』?」

「そのための英雄としてオレは、この世界に呼ばれた」


 カクタス=デニンは、ローブに包まれた胸を反らした。

 ちなみにトニア=グルトラはそのローブの(すそ)にしがみついてる。

 泣きそうな顔だ。だめだこいつ。


召喚(しょうかん)の3女神『ネメシス』『グロリア』『フィーネ』は、それぞれの思惑(おもわく)でオレたちを召喚している。女神ネメシスの目的は、いかなる手段を使ってでも、この乱世の治安を回復すること。だから女神ネメシスは『十賢者』を強くするのが一番効率的だと判断した」

「……ちょっと待て。召喚の3女神?」

「だからオレは『十賢者』の配下となったのだ! 女神ネメシスに雇われた者が、その方針に従うのは当然だろうが!! この世界の人間のことまで考えていられるか!!」

「だからちょっと待て!」


 俺は手を挙げて、やつの言葉を止めた。


「『ネメシス』『グロリア』『フィーネ』? この世界に異世界人を召喚したのは、その3女神だけなのか?」

「使命を説明されたときに聞いただろうが!」

「4人目の女神はいない?」

「当たり前だ!」


 じゃあ、俺を召喚した女神ルキアは……何者だ?


 女神ルキアは自分のことを『この世界の調整をやっている女神の一人』と言った。

 その途中で、間違って俺を召喚した、と。


 でも、この乱世を治めようとしているのが3女神だけなら──

 あの女神ルキアは一体、何者なんだ?

 本当に俺は──間違いで呼ばれたのか?


「俺の名は『鬼竜王翔魔(きりゅうおうしょうま)』だ」


 俺は言った。


「そして俺を召喚したのは、女神ルキア。お前たちとは違うルールで俺はここにいる。『異形(いぎょう)覇王(はおう)』として」

「……知らない。知らないぞ、オレは!」


 カクタス=デニンはひきつった顔で叫んだ。


「貴様のようなやつは知らない!! 話が違う!! なんで、知らない女神に召喚された者がいるのだ!?」

「もしかしたら、隠されたルールがあるのかもしれない。もう少し詳しい話を──って、おい、なにをする気だ?」

「話が違う! オレらが最強じゃなかったのか!? だったら……こんな危険な戦いに付き合えるか!!」

「だから待てって!」


 カクタス=デニンが胸元から、奇妙な結晶体のついたペンダントを取り出す。

 あのペンダントは転生者のアイテムだ。

 あれを壊すと、やつはこの世界に存在する力を失い、輪廻(りんね)に戻る。元の世界の1年前に戻って、死を回避するチャンスを与えられる。


「好き勝手やって、都合が悪くなったら逃げるのか、あんたは」

「ゲームのルールが違っていた。こんなゲームには付き合えない」

「せめてあんたの知るルールをすべて話してから消えろ!」


 俺は『翔種覚醒(しょうしゅかくせい)』状態で飛翔(ひしょう)

 カクタス=デニンに向かって手を伸ばす。が、間に合わない。

 やつは短剣を振り上げ、手元の結晶体に──振り下ろした。



 ぱきん。



 ペンダントの結晶体が、砕けた。


「ははは! これで使命は終わりだ。オレは死の1年前に戻って、やり直しを──」




『カクタス=デニン。本名:中川悟(なかがわさとる)の評価を下します。

 評価:E。下から2番目』




 不意に、声がした。

 カクタス=デニンの足下に、黒い魔法陣が生まれる。

 そこから生まれた光がバリアーのように、やつとこの世界を遮断(しゃだん)した。



『女神ネメシスが下した評価は「E」「6段階評価の、下から2番目」。

 すべてが雑。

「黒魔法」に手を染めた。

 転生特典ダブルチャンスは、一部授与』



「──おい、なんだそれは! 話が違う!!」



『あなたは、死の2ヶ月前に戻ります。

 スキルは剥奪(はくだつ)。記憶の保持確率は13%。

 おつかれさまでした。元の世界にお帰り下さい』



「待ってくれ! オレは『十賢者』の勢力を拡大するという役目を果たしたんだ。そんな条件なら……オレは残る。ここに残る!」


 カクタス=デニンは、泣きながら黒い障壁をたたいてる。


「記憶をなくしたら、同じことの繰り返しだ!! やめてくれ──っ!!」

「──『竜種覚醒(りゅうしゅかくせい)』、『竜咆(ブレス)』!!」


 俺は反射的に──黒い障壁に向かって『竜咆(ブレス)』を放っていた。



 ばりん。



 全魔力を込めて放った『竜咆(ブレス)』が、黒い障壁を破る。

 カクタス=デニンが魔法陣から()い出ようとする。

 だけど──



「──あ」



 その身体が、消えた。

 空中に溶けるように、すぅ、と。



 カクタス=デニンは、この世界から消滅した。

 残ったのはペンダントの残骸(ざんがい)だけだ。



「……あのさ、ユキノ」

「はい。真の主さま」


 俺の隣にやってきたユキノが、こくり、とうなずいた。


「女神は『功績』を上げればスキルと記憶を維持したまま、元の世界に戻れるって言ったんだよな?」

「あたしを召喚した女神フィーネは、そう言ってました」

「でもカクタス=デニンには、特典は一部しか与えられなかった」

「……ですね」

「となると、女神によって約束事が違うのか……?」

「かもしれません。それと、ショーマさんを召喚した女神のことを、カクタス=デニンは知らなかったですよね」

「何者なんだろうな。女神ルキアって」


 俺とユキノはそろってため息をついた。

 まぁ、女神の召喚システムのことを考えてもしょうがない。

 本当は、カクタス=デニンから、もうちょっと聞き出したかったけどな。


 でも、この世界からの消滅は、奴が望んだことだ。

 それに女神のシステムは、俺にもユキノにも関係ないし。


「ありがとうございました『辺境(へんきょう)の王』さま」


 声がした。

 振り返ると、キャロル姫が、俺に向かって深々と頭を下げていた。

 グルトラ太守領の騎馬兵(きばへい)たちも、全員土下座してる。


「あなたのおかげで、『グルトラ太守領』は道を誤らずに済みました」

「そうだな。俺としちゃ、お隣さんが平和であればそれでいいんだが」

「本当に……ありがとうございます。それから──トニア」


 キャロル姫は、弟のトニア=グルトラをにらみつけた。

「ひぃ」と、情けない声をあげて、トニア=グルトラがうずくまる。


「あなたはシルヴィア姫さまとキトル太守さま、ミレイナ姫さまに謝罪なさい。そして、カクタス=デニンと『十賢者』の計画について、あらいざらい話すのです」

「ひ、ひぃ。あ、姉上……」

「他家の領主一族を幽閉(ゆうへい)し、民と兵に『黒魔法』を使った罪は消えません。皆さまのお慈悲(じひ)があれば、命だけは失わずに済みましょう。感謝なさいな」

「あ、あねうえ……」

「領土と兵とをもてあそんだのです。竜帝陛下の名において、裁きを受けなさい」


 言い捨てて、キャロル姫はトニア=グルトラに背中を向けた。

 もう、弟を見ようとはしなかった。




 ──その後。


『グルトラ太守領』の騎兵たちは、全員、キャロル姫に忠誠を誓った。


「操られていたとはいえ、キャロル姫と、盟友たるシルヴィア姫に剣を向けた罪は、万死に値します!」

「『辺境の王』が我々を止めてくださらなければ、取り返しのつかないことになるところでした」

「罰は受けます。されど、機会が与えられるなら、命をかけて、キャロル姫にお仕えします!」

「どうかこの命を、領土と姫のために使わせてください!!」


 膝をついて、口々に声をあげる兵士たちに向かって、キャロル姫は──


「……私も『辺境の王』に救われた身です。どうしてあなたたちを責められましょう」


 そう言って、穏やかに微笑んだ。


「『グルトラ太守領』は、私が治めます。どうか、皆の力を貸してください」


 それから姫は、意を決したように、宣言した。


「「「「おおおおおおおおおおおおおおお!!」」」


 兵士たちから歓声があがった。

 よかった。

 これで『グルトラ太守領』と『キトル太守領』が落ち着いた。

 俺たちも安心して、辺境でのんびり過ごせる。

 

「……ふぅ」


 よろこびの声をあげる兵士たちから離れて、キャロル姫は俺たちのところにやってきた。


「ありがとうございました。『辺境の王』」


 キャロル姫は、俺の手を取り、そう言った。


「あなたのおかげで、兵たちはシルヴィア姫さまたちを傷つけずにすみました。本当に、なんとお礼を言ったらいいか」

「どういたしまして」

「……叶うなら、どうか、私とも同盟を結んでくださいませ」

「もちろんだ。キャロル姫が領主となり、同盟を結んでくれるなら助かる」

「領主となる覚悟は……できております」


 キャロル姫は俺の手を握ったまま、うなずいた。


「もっとも、それは竜帝陛下の壁画の前で、領主になるという誓いを立ててからですけど」

「「……あ」」


 俺とリゼットは顔を見合わせた。

 そういえばキャロル姫は、塔の最上階にある壁画に語りかけたり、その前で踊ったりしてるんだっけ。

 ……壁画の前にあった、あの衣裳(いしょう)で。


「うかがってもいいですか、キャロル姫さま」

「なんでしょうか、リゼット=リュージュさま」

「実は……ショーマ兄さまと一緒に、リゼットも『牙の城』にお邪魔して、塔の壁画を見たのです」

「あら、そうでしたの」

「壁画の前に、素敵な服があったのですが……あれは」

「お恥ずかしいですわ」


 キャロル姫は、頬をぽっ、と染めた。


「竜帝の巫女とは、初代竜帝陛下の前ですべてをさらすべきですのに」

「「え?」」

「私は……勇気がなくて、つい、ああいうものを身にまとってしまうのです」


 おかしいな。

 確かにキャロル姫は恥ずかしがってるんだけど、なんだか、恥ずかしがる方向性が違うような……?


「でも、そのように弱い覚悟では、領土を治めることはできませんね」

「「……そうですか」」

「帰ったらあの服は燃やしてしまうことにいたしましょう。ええ、そういたしましょう」


 目を丸くしてる俺とリゼットの前で──

 瞳を輝かせて、キャロル姫はそんなことを言ったのだった。




 ちなみに、ケルガ将軍の騎兵たちは、『キトル太守領』と『グルトラ太守領』の兵士たちに拘束(こうそく)された。

 ふたつの太守領の兵たちは、仲良く敵の騎兵を縛り上げてる。

 この様子なら、これから仲良くできそうだ。


 俺の仕事は、ここまでだな。


「ショーマさま。少し、よろしいですか」

「シルヴィア姫? どうした」

「父が──アルゴス=キトルが『辺境の王』とお話をしたがっています」

「『キトル太守』が? でも、やっと解放されたばかりだろう。無理はしない方が」

「キトル太守領のこれからについてのお話だそうです。早めに、話しておきたいとか」


 キトル太守領のこれから……って。

 俺が同席してもいいのか?


 言われるまま、俺は馬車の方に移動した。

 馬車の前には、杖をついた男性が立っていた。


 白髪混じりの髪に、長い(ひげ)

 さっきまでは囚人服のようなものを着ていたけれど、今は宝石があしらわれた領主っぽい服に着替えている。


 これがシルヴィアの父、アルゴス=キトルか。


「まずはお礼を言わせていただきたい『辺境の王』よ」

「お初にお目にかかる。『キトル太守』アルゴス=キトルどの」

「あなたには大変お世話になったと、シルヴィアが申しておりました。我が不徳により、長期の不在となってしまったこと、それを補うため、あなたの手をわずらわせてしまったこと、感謝とお詫びを申し上げる」


 杖をついたまま、アルゴス=キトルはお辞儀をした。

 足下がふらついていた。

 長期の幽閉(ゆうへい)で、かなり体力がおとろえているようだった。


「やつらにとらわれた経緯については、後ほどお話する。今は『キトル太守領』について、ご相談申し上げたい」

「俺にできることだろうか」

「シルヴィアをもらっていただきたい」


 アルゴス=キトルは言った。

 当然のことのように、あっさりと。


「貴殿には3人の側室がいらっしゃると聞く」

「……そんな話もありましたね」

「シルヴィアを、その一人としていただきたいのだ。さすれば辺境と『キトル太守領』は縁続きとなる。また、シルヴィアが治める領地も、あなたの領地となろう」

「領土を割譲(かつじょう)されるつもりか」

「それが『キトル太守領』を生かす、最良の道だと考える」


 アルゴス=キトルは、杖にしがみついたまま、俺を見た。


「太守領は娘のミレイナかレーネスが継ぐことになろう。もしも2人に領土を生かす力量がないと思ったなら、シルヴィアを押し立てて、あなたが領土を継げばいい」

「……ちょっと待った」


 もしかしてアルゴス=キトルさん、病気で気が弱ってない?

 いきなりこんな重大事を話されても困るんだけど。


「大丈夫。すでに書記が、この話を正式な記録として残しておる」

「待て待て待て待て!」

「頼む……この大乱世、わしは領土と民を守らねばならぬのだ」


 アルゴス=キトルは再び頭を下げた。


「あなたがいれば辺境と『キトル太守領』、そして『グルトラ太守領』は平和を維持することができるだろう。偉大なる『辺境の王』鬼竜王翔魔(きりゅうおうしょうま)どの、どうかこの話を受けていただけないだろうか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カドカワBOOKSより第1巻が発売中です!

「天下無双の嫁軍団とはじめる、ゆるゆる領主ライフ 〜異世界で竜帝の力拾いました〜」
(下の画像をクリックすると公式ページへ飛びます)

i395930
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ