第97話「覇王、初代竜帝の壁画(と姫の私物)を見る」
──グルトラ太守領『牙の城』の塔 最上階──
将軍ケルガを倒したあと、俺とリゼットは塔の最上階にたどりついた。
最上階の扉には、鍵がかかっていた。
遺跡の一部かと思ったけれど、ピカピカの、真新しい錠前だった。
しょうがないから『超堅い』長剣で壊して入ったんだけど──
「当たり前にあったな、魔法陣」
「そしてこれが、初代竜帝陛下の壁画なんですね……」
目の前には、塔の内壁いっぱいに描かれた絵があった。
巨大な模様を背景にして、黒い髪の男性が立っている。着ているものは、袖と裾のとても長い、高級そうな服だ。
頭には、竜を模した髪飾りを着けている。
これが『竜帝廟』を作った、初代の竜帝だろう。
「……俺とは似ても似つかないな」
「……ショーマ兄さまの方が、百倍かっこいいです」
「ありがとう、リゼット」
「おせじじゃないですからね。本心ですからねっ!」
「わかってるよ」
俺はリゼットの頭をなでた。
それでもリゼットは、ぼーっとした顔で、初代竜帝の壁画を見つめている。
リゼットにとっては、ご先祖さまだ。
俺と初めて出会ったときから、リゼットは初代竜帝に憧れていた。
その本人の絵姿を初めて目にしたんだ。
夢中になるのも無理ないよな。
「初代竜帝の身体にからみついてるのは、竜か?」
竜帝の身体を守るように、長い身体の竜が寄り添っている。
その竜は背景から湧き出してるように見えた。
壁画の背景になってるこれは……地図だろうか。
地図には城や町が描かれていて、それが銀色の線で繋がっている。
「これって……まさか、魔法陣の位置を示してるのか!?」
「すべての魔法陣を復活させると、このかっこいい竜が現れるのですか!?」
「それはいい」
「はい」
「でも、この地図があれば、魔法陣がどこにあるのか聞き込みしなくても良くなるな」
「そうですねぇ。キャロル姫に、ここに出入りする権利をいただければいいんですけど」
「あとで交渉してみよう。ところで、リゼット」
「はい。ショーマ兄さま」
「ここは壁画と魔法陣の部屋だよな」
「そうですね」
「でも、椅子と、服を吊り下げるためのハンガーみたいなものがあるな」
「キャロル姫さまが使っていたのではないでしょうか」
「なるほど。キャロル姫は、初代竜帝の壁画に語りかけたり、壁画の前で踊ったりしていたらしいからな」
「その時に、着替えるためのものだと思います」
「となると、あそこに掛かってる服も、壁画の前で踊るときのためのものだろうな」
「……そうですね。あれを服と言っていいのかどうか、わかりませんけれど……」
リゼットは真っ赤な顔で、その服から視線を逸らしている。
「あのさ、リゼット」
「はい。兄さま」
「俺たちは苦労して、透明な『透過の服』を作ったよな」
「そうですね。ちょっとカサカサしますけど」
「でも、すでにこの世界には、透明な服というのがあったんだな」
「……透明というよりも、半透明ですね」
「……細かくメッシュ状になってる感じだもんな」
はっきり言うと、壁画の前にあったのは、シースルーのドレスだった。
細かいメッシュ──というか、レースの組み合わせで出来ているので、とても見通しがいい。
服を着てても身体が見えるという、とてもハイレベルな服だった。
「こういうことを言うのは失礼だと思うのですが、兄さま」
「なんとなく言いたいことはわかるから、やめた方が」
「いえ、実はリゼットも、月の光を肌に当てると竜の血が目覚めるのではないかと考えたことがありまして……」
「待ってリゼット。それ以上は本当にいけない」
「つまり……キャロル姫は、肌をさらして壁画の前で踊ることで、なにかが覚醒すると思ったのではないでしょうか……」
「やめよう。姫さまの秘密をここで暴くのはやめよう?」
いや本当に。
俺たちの目的は魔法陣を復活させることで、キャロル姫のプライバシーを知ることじゃない。
姫さまがここでシースルーの服を着て祈ってても踊ってても、俺たちには関係ない。
見なかったことにしてあげよう。
俺だって、人のことをどうこう言えるほど、健全な子ども時代を過ごしてないからな……。
「……ショーマ兄さまの、おっしゃる通りですね」
リゼットは胸を押さえて、長いため息をついた。
「壁画と、あのきれいな服に気をとられてしまいました」
「そうだな。早いとこ、魔法陣を復活させよう」
「あの服への疑問は、キャロル姫と再会してからうかがうことにします」
「ちなみに疑問って?」
「……あの服を着るとき、下着を着けた方がきれいか、そうでないのかです」
「どうしてそんなことを」
「いえ、あのドレスの隣にあるハンガーが、下着をかけるのにちょうどいい大きさで……」
「女の子目線で冷静に観察するのはやめてあげて!」
そんなわけで、俺とリゼットは魔法陣のチェック。
保存状態は良好だ。
欠けている部分はほとんどない。
ほんの少しだけ俺が手を入れて、その間リゼットには、壁画を見ていてもらった。
地図を覚えておいて欲しかったからだ。
それに壁画には、なにか隠された秘密があるかもしれない。
「よし、修正完了。リゼット、こっち来て」
「は、はい。ショーマ兄さま」
「リゼット=リュージュを『牙の城の塔』──竜帝の伝承が残る『竜伝城』の城主とする。めざめよ、竜脈!!」
魔法陣から、光があふれだした。
俺たちは階段を降りて、下の階層へ。
窓から外を見ると──いつものように、光の粒子があふれ出していた。
「見てください。兄さま。みんなの中から黒い気配が流れ出て──消えていきます」
「ああ。見えてる」
『牙の城』の兵士たちは『黒魔法』で洗脳されてたらしい。
結界が生まれたせいで、それがきれいさっぱり消えていってる。
「……あれ? オレたちは……今までなにを?」
「……トニア=グルトラさまが城主って……おかしいな。キャロル姫はどうされたんだ?」
「……そうだよ。この城を治めていたのは姫さまだ。オレたちの上司は、キャロル=グルトラ姫さま以外にはいないはずだ!!」
『黒魔法』の影響から逃れた人々が、地上で声をあげている。
これで、この城にキャロル姫を連れて来ても大丈夫だ。
念のため『王の器』から、残りの『意思の兵』を出して……ポーションで透明化させて、と。
結界内で透明化が切れることはないからな。
キャロル姫が戻ってきてからも、ずっと、『意思の兵』は見えない護衛として役立ってくれるはずだ。
まず、最初の仕事として──
「とりあえず、最上階の部屋に誰も入れないように、通せんぼしてくれないか?」
『『『ヘイッ!!』』』
──キャロル姫も、あれは一般兵に見られたくないだろうからな。
同じような持病を持ってた身として、彼女の名誉くらいは守ってあげよう。
もちろん、俺はシースルーの服を着たりはしなかったけどな。
「あとは『意思の兵』に任せて、俺たちはキャロル姫を迎えに行こう」
「そうですね。リゼットは、あの方を好きになれそうですから」
「でも、あの服の話はしないように」
「……一般的なおしゃれの話にとどめておきますねー」
にやりと笑ったリゼットを抱き上げて──
俺は『翔種覚醒』の翼を広げ、ハルカとユキノたちがいる場所へと向かったのだった。
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