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第96話「キトル太守家とグルトラ太守家による『人質交換』作戦(2)」

 ──人質交換の前日──




『人質交換』が実行される前日──

 俺とキャロル姫は、『キトル太守領』の城で話をしていた。


「キャロル姫にうかがいたいことがある」

「はい。なんでしょうか。『辺境の王』さま」

「あなたは弟のトニア=グルトラを(いさ)めると言った。だが、向こうはシルヴィア姫の父と姉を幽閉し、『十賢者』とも繋がっている」

「……そう。ですね」

「あなたの弟君は、話して聞くような相手なのか?」


 俺が言うと、キャロル姫はうつむいた。

 だから俺は、少し間をおいてから、


「賭けをしないか? キャロル=グルトラ姫」

「賭け、ですか?」

「あなたの弟が、素直に人質交換に応じる相手であればそれでいい。そうでなかった場合、俺はあなたに、次期『グルトラ太守』となって欲しい」

「……あたくしに?」

「その方がこっちとしても都合がいい。あなたは亜人を差別してないし、ここまで危機を知らせに来る勇気もある。人を率いるのにふさわしい人材だと思う。仮に……ここに竜帝陛下がいたとしたら、あなたを『グルトラ太守』に任命するのではないだろうか」

「……不思議な方ですね。『辺境の王』さまは」


 キャロル姫は微笑んだ。


「あなたの言葉は、まるで竜帝陛下のお言葉のようです」

「竜帝陛下と話したことが?」

「……ごっこ、ですけれどね」

「ごっこ?」

「『牙の城』の塔の最上階にある竜帝陛下の壁画に話しかけたり──自分で答えたり。そんな遊びを、小さい頃から繰り返していたのです。おかしいでしょう?」

「……ソウデスネー」

「どうして片言になるのですか?」

「なんでもありません。それで、姫のご返答は?」

「……『辺境の王』のお言葉に従います」


 キャロル姫は席を立ち、領主の娘としての正式な礼をした。


「弟のトニアが、もしもシルヴィア姫や皆さまに害をなそうとするのであれば、あたくしは……弟を排除し、自ら『グルトラ太守』の座につきましょう。偉大なる我が父と竜帝陛下の名にかけて、お約束いたします」

「ありがとう。キャロル姫。俺もできるだけ協力する」


 彼女が太守か、トニア=グルトラが太守かで、辺境の安全度が変わってくるからな。

 それに、キャロル姫は信頼できる。貴重な人材だ。

 その彼女をそのまま、トニア=グルトラのところに返すのは──危険すぎる。


『グルトラ太守家』の人の許可も取ったことだし、俺の方で手を打っておこう。


「『辺境の王』さま。そのお手に触れてもよろしいですか?」

「……? 構わないが」


 俺は言われるまま、右手を差し出した。

 キャロル姫は目の前でひざまずき、俺の手を捧げ持つ──って、なんで?


「竜帝陛下の壁画にあった、図のひとつです」

「壁画に?」

「はい。竜帝陛下に──とるに足らない側女(そばめ)が、忠誠を誓う図、です」

「キャロル姫?」

「『ごっこ』、ですよ。『辺境の王』さま」


 キャロル姫はそう言って、俺の手の甲に──唇で触れた。


「一度、やってみたかったのです。たわいないごっこ遊びと、お笑いください」

「……今さらだが、キャロル姫は、突拍子(とっぴょうし)もないことするよな」

「そうですか?」


 姫は、ドレスのスカートをひるがえし、くるり、と一回転。

 そうして俺の顔をのぞき込んで──


「あたくしは竜帝陛下のお導きのまま、したいことをしているだけですよ」


 そんなふうに、笑ったのだった。




 ──翌日 (人質交換開始後)『牙の城』周辺にて ショーマ視点──





「赤い布がついた矢が上がりました。兄さま」


『キトル太守領』と『グルトラ太守領』の境界線を通るあたりで、リゼットが言った。

 俺は今、リゼットを抱いて『グルトラ太守領』にある牙の城に向かっている。


翔種覚醒(しょうしゅかくせい)』して空を飛んでるから、この距離でも矢の色は、なんとか見えるんだ。

 ちなみに黄色は『無事に人質交換終了』

 黒色は『手に負えないから救援求む』

 赤色は──


「『トニア=グルトラがこっちを攻撃してきた。でもなんとかなる』って意味だったな」

「はい。2本上がったってことは、敵が兵を動かして攻めてきたんですね」

「だったら、こっちも遠慮(えんりょ)はいらないか」


 元々、トニア=グルトラは、シルヴィアの父と姉を監禁(かんきん)していた。

 素直に人質交換に応じるはずはないって思ってたけどな。

 問答無用で兵を動かしてきたか。


「やっぱり……交渉が通じるような相手じゃなかったか」


 このままキャロル姫を『グルトラ太守領』に戻すわけにはいかない。

 こっちで安全確保をしておこう。


「行くぞリゼット。俺たちは『牙の城』に忍び込んで、魔法陣を復活させる。そこをキャロル姫用の拠点にして、彼女の安全確保をすることにしよう」

「はい。兄さま」


 トニア=グルトラの仲間は『精神支配』の黒魔法を使う。

 それで支配された獣人が、つい最近まで『キトル太守領』で暴れ回ってたからな。

 黒魔法を浄化する『結界』を張っておかないと、危なくてしょうがない。


「問題は、塔で敵と出会った場合だが──」


 できるだけ穏やかに済ませよう。

 こっちの目的は戦闘じゃないからな。


 俺とリゼットは『牙の城』が見えるあたりで、地上に降りた。

『翔』の魔力が減ってたから、とりあえず『魔力温泉ポーション』を飲んで、回復。

 魔力マックスになったところで、作戦を開始した。


「……それじゃ、透明化しよう」

「……りょ、了解しました。」


 俺とリゼットは『透明化ポーション』を飲んだ。

 身体が透明になった。

 着てる服は『トウカの木』の葉っぱと、少しの樹皮で作った『透過(とうか)の服』だ。

 木陰(こかげ)で着替えて、脱いだ服を収納スキル『王の(うつわ)』に入れれば、準備完了だ。


「……ショーマ兄さま」

「どうした、リゼット」

「なんだかこの服……ざわざわしますね」

「……葉っぱで出来てるからなぁ」


 着心地はよくない。

 その上、できそこないのキャミソールみたいな形になってるから、かなり頼りない。

 透明化する都合上……下着がつけられないからな。


「手早く済まそう。リゼット。こっちへ」

「は、はい」


 俺とリゼットは (2回空振りしてから)、手を(つな)いだ。

 それから俺はリゼットの透明な身体を抱きかかえる。


「今だけ、ハルカの真似をしてもいいですか?」

「ハルカの真似?」

「あの子なら、(はだか)でも『ひゃっはー。兄上さまと一緒だー』って、無邪気に抱きつくことができますから」

「……別に構わないけど」

「で、では。こほん」


 リゼットは小さくせきばらい。

 俺を抱く手に力をこめて。


「ひゃ、ひゃっはー。ショーマ兄さまと一緒です……うぅ」

「無理するな。リゼット」

「『牙の城』への潜入は、リゼットが引き受けた使命です。今はすべての羞恥心(しゅうちしん)を捨てます。兄さまに抱きついてくっつきます。作戦を開始しましょう。兄さま!」

「……わ、わかった」


 俺は翼を広げて、上昇した。


 目の前にはグルトラ太守領の城がある。

 城壁の上には、兵士たちが巡回してる。でも、俺たちには気づいていない。


 俺はできるだけ翼を動かさずに飛んでる。風切り音もしないはずだ。

 目的の塔は…………あれか。


 城壁の内側に、ひときわ大きな塔がある。石造りの、少し傾いた塔だ。

 情報では中は14階層に分かれていて、最上階に魔法陣と、竜帝の壁画があるらしい。

 屋上から入れるなら、『残魔の塔』 (現『真・斬神魔城』)のように、一気に飛び込んで魔法陣をいじれるんだが──。


 見た感じ、最上階には窓がない。

 その下の階には窓があるようだが……人の姿が見える。

 入れるなら屋上から、駄目ならふたつ下の12階から入った方がよさそうだ。


「……一気に塔の屋上に向かう。しっかりつかまってて」

「……はい、兄さま」


 透明化した俺たちは、兵士たちの頭上を通り抜けた。

 そのまま城壁の内側へ。


 城の敷地内にも兵士がいるけれど、数は少ない。厩舎(きゅうしゃ)もからっぽだ。

 馬も兵士もほとんどが、『人質交換』の方に向かったようだ。

 今のうちに、俺たちにできることをしておこう。




 結局、屋上に入り口はなかった。

 しょうがないから俺たちは12階から、塔の中に入った。

 窓が板で(ふさ)がれていたから、とりあえず『超堅(ちょうかた)い長剣』で切って、外した。

 それで、この階層の用途がわかった。


 ここは、牢屋(ろうや)だ。

 俺たちが入った部屋の広さは、ホテルのシングルルームくらい。

 壁際にベッドがあり、小さな机と、カピカピになった皿とコップがある。

『キトル太守』の紋章が描かれた上着まで落ちてる。


 シルヴィア姫の父親と姉さんは、この階に閉じ込められていたのか。


「……足音がします。兄さま」


 リゼットがドアに耳を当てて、言った。

 ドアの上の方には、小窓がついてる。

 俺は『翔種覚醒(しょうしゅかくせい)』の翼を動かして、天井に張り付いた。

 小窓に顔を近づけて、外を見ると──白いヒゲの老兵士が、廊下を歩いているのが見えた。


 他の兵士の姿は、今のところ見えない。


「……そういえば『牙の城』を管理してるのは、先代の『グルトラ太守』の忠臣だったな」

「……はい。キャロル姫が城を抜け出すのに、協力してくれたって聞いてます」


 俺とリゼットは (透明化してるから顔は見えないけど)うなずきあう。

 俺たちの目的は魔法陣の活性化であって、戦闘じゃないからな。

 安全に兵士を無力化することにしよう。


 俺たちは作戦を実行することにした。




 ──兵士さん視点──




 こんこん。こんっ!


「──誰だ!?」


 看守役(かんしゅやく)の兵士は声をあげた。

 槍を握りしめて、音のした方に顔を向ける。


『牙の城』の第12階層は、貴人を閉じ込めておくための施設だ。

 昔は太守に逆らった者を幽閉(ゆうへい)していたという。


 今は、この階層には誰もいない。つい最近まで『キトル太守領』のアルゴス=キトルと、ミレイナ=キトルを幽閉(ゆうへい)していたが、ふたりは『人質交換』のために外に出ている。

 それ以外の人間は、この階層にはいないはずだ。なのに……。


「……誰かいるのか!?」


 看守の兵士は、廊下に向かって声をあげた。

 返事はない。

 彼は鍵束(かぎたば)を手に歩き出す。


「もしかして、ケルガ将軍が降りていらしたのですか? 悪ふざけはおやめください……」



 こんこんっ。どんっ!



 音は目の前の扉からしていた。

 看守(かんしゅ)が小窓から中をのぞき込むが──誰もいない。


 どうしよう。

 騒ぎになれば、上の階から将軍が降りてくる。

 あの人は苦手だ。そもそも『グルトラ太守領』の人間ではない者が、いばっている理由がわからない。できるだけ顔を合わせたくない相手だ。


 上の人間が気づく前に、なんとかしなければ。

 そう思って彼は牢屋のドアを引き開けた。

 鍵はかかっていない。元々、誰もいない部屋だからだ。


「……誰か、中にいるのか?」


 看守(かんしゅ)の兵士はドアを引き開け、室内に向けて槍を構えた。

 だが──


「だ、誰もいない……だと?」


 兵士はまわりを見回した。

 本当に、誰もいない。

 机の下にも、ベッドの下にも、人影はまったくない。音も止まっている。


「……いや!? 違う。窓が開いている、だと!?」


 看守(かんしゅ)の兵士は窓に駆け寄った。

 閉じ込めた人間が飛び出さないように閉められていた板戸が、外れている。接続部分が切られて、窓が大きな口を開けているのだ。

 一体、どうして!?


 ──彼がそう思った瞬間──。


 ぱたん、と、音を立てて、牢屋の扉が閉じた。

 看守は慌てて、ノブを回して、ドアを押した。



 びくともしなかった。



「どうして開かない!?」


 鍵は開いている。鍵束は、彼の腰にあるのだ。

 それを使わなければ鍵をかけられるはずがない。

 だが、扉はびくともしない。まるで目の前に壁があるかのようだ。


「……あんたはなにも見ていない。ただ、扉の立て付けが悪かっただけだ」


 不意に、廊下から声がした。

 やはり姿は見えない。だが、穏やかな声だ。


「……これは事故だ。少し時間が欲しい。その後であなたを解放する」

『ヘイッ』

「……強引に鍵を奪われ、閉じ込められたことにすればいい。それであなたの立場は守られる。あなたが先代の太守の忠臣だったことは聞いている」


 再びドアの向こうから、ささやき声と、景気のいいかけ声。

 看守役の兵士が小窓から手を出すと──なにか、見えない壁のようなものに当たった。

 ドアを(ふさ)いでいるのはそれだ。


「お前は『十賢者』の手先か!? キャロル姫さまは無事なのか……!?」

「白ヒゲの看守よ。あなたはキャロル姫の味方か?」

「い、いかにも」

「ならば答えよう。姫は無事だ。それは保証する」


 看守の身体から、力が抜けた。


 声の主はキャロル姫の味方のようだ。

 だったら……信じてもいいかもしれない。


 太守がトニア=グルトラに変わり、『十賢者』と手を結んでから、グルトラ太守領はおかしくなった。

 税率も高くなったし、街道の各所には関所ができて、通行料を取るようになった。

 さらに、隣国(りんごく)の太守と姫を捕らえて幽閉(ゆうへい)するなど、あってはならないことだ。


「待ってください! キャロル姫の情報を元にここに来たのであれば、お伝えしたいことが!!」

「……静かに」

「……『牙の城』の管理者は変わりました。キャロル姫を逃がした責任を問われて、前任者が解任されたのです。今は『十賢者』の配下の将軍、ケルガ将軍がここを治めています。城を見渡す上の階におります」


 看守の兵士は小声でつぶやく。


「さらに。『グルトラ太守領』の文官と武官のほとんどは『黒魔法』による精神支配を受けております。みんなは……本当はキャロル姫に太守となって欲しいのです。兵も民も……『十賢者』による支配など、望んではいません……」

「わかった。情報をありがとう」

『ヘイヘイ』

「……キャロル姫を、どうかお助けください……」


 答えはなかった。

 看守(かんしゅ)の兵士はため息をついて、ことが終わるのを待つことにしたのだった。




 ──ショーマ視点──




 この上の階に『十賢者(・・・)の配下の(・・・・)将軍がいる(・・・・・)

 透明化したまま、そいつの前を通り抜けられるか、()けだな。


「……リゼットは、俺の後ろに隠れて」

「……ショーマ兄さま」


 俺とリゼットは、小声で作戦を話し合う。

 俺の方はまだ『竜』の魔力が100%残ってる。敵の攻撃を『竜の(うろこ)』で防ぐことができる。


 リゼットも『竜将軍』に覚醒(かくせい)できるけれど、俺より覚醒時間が短い。

 ここは俺が盾になるべきだろう。


「王を守るのは、臣下の務めです。リゼットが盾になります」

「いや、義妹を守るのは兄の務めだろ」

「……兄さま」

「俺の収納(しゅうのう)スキルには、まだ『意思の兵』が残ってる。なんとかなるだろ」


 俺たちは透明化したまま、第13階層に通じる階段を登っていく。

 途中まで登ると──大きな広間が見えた。


 第13階層はところどころに柱がある。けれど、部屋はない。

 階層ひとつが大広間になっている。


 柱には武器がくくりつけられている。元々は武器庫だったらしい。

 壁にはいくつもの窓がある。敵が侵入したとき、ここに立てこもって窓から敵を射る。そういう場所のようだ。




「……侵入者か」



 声がした。

 部屋の中央に、大柄な男性が立っていた。

 手には、長柄(ながえ)の斧を持っている。身体にまとっているのは金属製の鎧と兜だ。


「姿を現せ! 『十賢者(じゅっけんじゃ)』の臣下にして将軍の位を持つケルガの前であるぞ!!」


 将軍ケルガは、俺とリゼットがいる方に顔を向けてる。

 ハッタリじゃなくて、本当にバレているようだ。


「……『十賢者』の臣下の方が、どうしてこの『牙の城』に?」


 聞いてみた。


「ははっ。知れたこと。キャロル姫を、『十賢者』さまの元に運ぶため」


 将軍ケルガは、大口を開けて笑った。

 ガタイのいい男性で、口のまわりには真っ黒なヒゲが生えてる。

 いかにも、乱世の豪傑(ごうけつ)といった感じだ。

 ただ、眼球が赤く光ってるのが気になる。こちらの姿が見えているのも、そういうスキルを持っているって考えた方がよさそうだ。


「太守トニア=グルトラより依頼があった。キャロル姫を『十賢者』バルトンさまの側室として差し出す。代わりにバルトンさまの娘を、妻としていただきたい、と」


 将軍ケルガは、唇をゆがめて笑った。


「トニア=グルトラの願いは叶うだろうが……キャロル姫は許されまい。十賢者さまの意思に逆らって逃げたのだ。あの者は……下僕(げぼく)扱いが妥当(だとう)だろうよ。手枷を着けられ、口を利くのにも許可がいるような下僕がな」

「……最悪だな」


 そんなこと、嬉しそうに語るなよ。いい大人が。


 キャロル姫は、いい人だった。

 危険を承知で『キトル太守領』まで情報を知らせに来てくれたんだ。

 それを、手枷を着けて……口を利くのにも許可がいるような……って。最悪すぎる。


「我の仕事は、城の者を管理することだ。ここからなら、城のすべてを見渡すことができるからな。だが、今は精神支配の『黒魔法』が効いているようだな。従順な者ばかりだ。つまらん」


 将軍ケルガは赤く目を光らせながら、地上を見てる。


「キャロル姫は『キトル太守領』との、平和な関係を望んでいたんだがな」


 俺は奴を見据えて、告げた。


「無駄なことよ。アルゴス=キトルとミレイナ=キトルには黒魔法がかかっている。すでにトニア=グルトラの人形だ! 今ごろ、自分の娘の首に短剣を突きつけているだろうよ!!

 ……それで、貴様は何者だ?」

「通りすがりの……『女神の仇敵(きゅうてき)』だ」

「『女神の仇敵』だと?」

「この塔の最上階に用がある。通してくれるなら、敵対するつもりはない」

「ふざけるな!!」


 怒られた。まぁ、当然か。


「この『グルトラ太守領』は『十賢者』のバルトンさまが支配することが決まっている。いや、それどころか、隣の『キトル太守領』もな!」

「アルゴス=キトルとミレイナ=キトルを操って……か?」

「我は知らぬ。我は、『十賢者』さまに拾われた身だからな」

「なにがしたいんだよ、『十賢者』って。あいつらは実質、国の頂点に立っているんだろ? これ以上なにが欲しいんだ?」

「偉大なる賢者さまの考えは、我にはわからぬと言ったであろう?」

「見えない侵入者を発見するほどの力を持っているのに?」

「これは我の武器だ。王宮はゴーストが多くてな。それと戦っているうちに、魂の気配を見る力を身につけたのだ」


 将軍ゲルガは、赤い目を見開いて、笑った。


「『十賢者』バルトンさまは、その力を見込んで、我に『グルトラ太守領』を支配する使命を与えて下さった! その期待に応えるのは、我が使命!!」


 穏便(おんびん)に済ませるのは無理だ。

 こいつ『グルトラ太守領を支配』って明言してるもんな。

 トニア=グルトラも利用されているだけか。しかも、兵士は『黒魔法』で精神支配されてるなら……。


 こんな場所に、キャロル姫を戻すわけにはいかない。

 彼女は亜人を普通に受け入れてくれる、貴重な人材なんだから。


「貴様がなにをしようと無駄だ。今ごろは精神支配されたキトル太守たちが、シルヴィア姫たちを襲っているだろうよ!」

「いや、黒魔法対策はしておいた」


 俺は言った。

 将軍ケルガは、口を開けたまま、硬直(こうちょく)した。


「たぶん、領主さんとその娘にかけた精神支配は消えてると思うぞ」


 それくらいの対策はしてある。

 人質交換の現場には、透明化したハルカが隠れてる。

 部下として、地面に置いて土をかぶせておいた『意思の兵』もたくさんいる。

 しかもハルカは『普通に対処できる』という意味の矢を飛ばしてた。


 今ごろ、敵兵を完全に制圧してるんじゃないだろうか。


「だ、だが! キャロル姫はこちらに戻る! トニア=グルトラの配下には強力な魔法使いが!」

「キャロル姫の護衛には、超強力な魔法使いをつけておいた。トニア=グルトラが敵対行動を取ったら、キャロル姫を連れて『キトル太守領』に戻るように言ってある」

「……う」

「もっとも、俺がこの『牙の城』の安全を確認したら、キャロル姫は帰ってくるけどな。俺はその前の掃除に来ただけだ。俺たちの領土のお隣さんには、できるだけ平和でいて欲しいから」

「きさまあああああああっ!!」


 将軍ケルガが、吠えた。

 長柄の斧を振り上げ、床を蹴る。巨体が(はし)る。意外と速い!


「『竜種覚醒(りゅうしゅかくせい)』!!」


 俺はリゼットを抱いて、後ろに飛んだ。

 一瞬遅れて、将軍ケルガの斧が、俺のいた場所を通過する。


 すごいな。

 こいつは俺の居場所を完全につかんでるようだ。


「兄さまに手は出させません! 来たれ、浄化の炎よ──『浄炎(クレイル・フレア)』!!」


 リゼットが放つ浄化の炎が、将軍ケルガに向かって飛んでいく。

 だが──


「見える!! 見えるぞおおおおっ!!」

「「速っ!?」」


 将軍ケルガは真横に飛んで、リゼットの火炎を避けた。

 動きが異常に速い。広いフロアをジグザグに走りながら、一気に間合いを詰めてくる。


「我が能力は魂の気配を見ること。それと、瞬発力(しゅんぱつりょく)だ」


 将軍ケルガは、がはは、と笑った。


 これが『十賢者』配下の将軍の実力か。

 年齢的に見ると、女神の召喚者ってわけじゃないだろうに。

 この世界には、これほどの実力者がいるのか。すげぇな……。


「リゼット、待避(たいひ)だ! もう一度浄化の炎を!!」

「は、はいっ!」


 俺はリゼットを抱えて、後ろに跳んだ。

 同時にリゼットが再び『浄炎(クレイル・フレア)』を放つ。避けられる。


 こつん、と、音がした。

 俺の背中が、壁に当たった音だ。


「ふふ。後がないぞ。侵入者よ」

「……ちっ」

「せめて顔を見せろ。さもないと、その首、落としがいがないわ」


 将軍ケルガが笑う。

 俺は透明化を解除した。


「……あんたに小細工は通用しないようだな」


 俺は『超堅(ちょうかた)い』長剣を構えた。

 さらに『鬼種覚醒』して、『鬼の怪力』2倍で、剣を振る。



 ぶぉん、と、空気が鳴った。



「おお! 侵入者よ! なかなかの力ではないか。ならば、正面から力比べしようぞ!!」

「のぞむところだー。こいー」

「うぉおおおおおおおおっ!!」


 長柄の斧を手に、将軍ケルガが突っ込んでくる。



挿絵(By みてみん)



 まるで巨大な魔物が迫ってくるようだ。

 奴の力なら、塔の外壁くらい、簡単に砕けるだろう。


 作戦成功だ(・・・・・)


 恐るべき将軍を前に、俺は──



『────ヘイッ』



 俺の背後を壁に見せかけてた『意思の兵』を『王の器』に収納して、足元に展開。

 そして、大きく口を開けた窓から、後ろに跳んだ。



「────はぁ?」



 全力で突進してきた将軍ケルガは、止まれなかった。

 たぶん、後ろが壁だと思って、安心してたんだろう。

 実際のあいつは、開いた窓に向かって全力疾走(ぜんりょくしっそう)してた。

 その勢いのまま、空中に飛び出して──



挿絵(By みてみん)



「──ひぃえええええええええっ!?」

「よいしょ」


 俺は『翔種覚醒』して急降下。

 さらに『意思の兵』を召喚(しょうかん)


 それをスロープ代わりにして──




 べちゃ。


 ごろごろごろごろ。


 ぽーいっ。




 ──将軍ケルガを一階層下 (十二階)の牢屋(ろうや)に放り込んだ。



挿絵(By みてみん)



 場所は俺とリゼットが部屋が侵入した部屋の隣だ。

 この階に登ってくる前に、作戦に使おうと思って、隣の部屋の窓も開けておいたんだ。

 

 そのために、俺は真下の窓の前で剣を構えてた。

 殺しても、下に落としても、面倒なことになりそうだからな。

 こいつは情報源として、閉じ込めておくつもりだった。

 しばらく牢屋(ろうや)で大人しくしておいてもらおう。


 奴が手放した長柄の斧は『王の器』で回収して、『意思の兵』で窓を(ふさ)いで、っと。


「え? あ? え? あれええええええっ!?」

「それじゃ」


 将軍ケルガが目を回している間に、俺は牢屋(ろうや)のドアから外に出た。

 ドアを閉じて、外には『意思の兵』を置いて、と。


「────ごらああああ。ぎぃざあああまあああああっ!!」

「防音を考えて、2枚にしておこう」


 俺はドアの前に、2枚目の『意思の兵』を置いた。

 静かになった。


「強敵だったな」


 だから、まともに戦うのをやめたんだ。

 まだ仕事が残ってるのに、乱世の強力な将軍なんか相手にできるか。


 作戦は簡単だ。

 まず、リゼットの『浄炎(クレイル・フレア)』で目くらましをして、その間に移動しながら、『意思の兵』で窓を(ふさ)いだ。

 俺の顔を見せたのは、こっちに相手の注意を引きつけるためだ。

 さらに声をあげて、剣を構えて、相手を挑発した。

 あとは将軍ケルガを全力で突進させて、窓の外に落とすだけでよかった。


 だけど、まさか『透明化』を見抜かれるとは。

 女神の正式な召喚者以外にも、すごい能力の持ち主はいるんだな……。


「今度から気をつけよう。うん」

「大丈夫ですか、兄さま」


 ふと見ると、リゼットが階段を上がってきていた。

『透明化』は一旦解除してる。心配そうな顔だ。


「ああ。将軍ケルガは……恐ろしい相手だった」

「その恐ろしい相手をあっさり無力化したのは兄さまですよね?」

「いや、将軍ケルガに飛翔能力(ひしょうのうりょく)があったらやばかった」

「どんなに強い将軍も、空の上では、なにもできませんからね……」

「今度から対策されるだろうな。新しい作戦を考えよう」

「辺境に戻ったら相談しましょう。プリムさんも一緒に」


 そんなことを話し合いながら、俺とリゼットは塔の最上階──魔法陣と壁画の間に向かったのだった。


いつも「天下無双の嫁軍団とはじめる、ゆるゆる領主ライフ」をお読みいただき、ありがとうございます!


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