第96話「キトル太守家とグルトラ太守家による『人質交換』作戦(2)」
──人質交換の前日──
『人質交換』が実行される前日──
俺とキャロル姫は、『キトル太守領』の城で話をしていた。
「キャロル姫にうかがいたいことがある」
「はい。なんでしょうか。『辺境の王』さま」
「あなたは弟のトニア=グルトラを諫めると言った。だが、向こうはシルヴィア姫の父と姉を幽閉し、『十賢者』とも繋がっている」
「……そう。ですね」
「あなたの弟君は、話して聞くような相手なのか?」
俺が言うと、キャロル姫はうつむいた。
だから俺は、少し間をおいてから、
「賭けをしないか? キャロル=グルトラ姫」
「賭け、ですか?」
「あなたの弟が、素直に人質交換に応じる相手であればそれでいい。そうでなかった場合、俺はあなたに、次期『グルトラ太守』となって欲しい」
「……あたくしに?」
「その方がこっちとしても都合がいい。あなたは亜人を差別してないし、ここまで危機を知らせに来る勇気もある。人を率いるのにふさわしい人材だと思う。仮に……ここに竜帝陛下がいたとしたら、あなたを『グルトラ太守』に任命するのではないだろうか」
「……不思議な方ですね。『辺境の王』さまは」
キャロル姫は微笑んだ。
「あなたの言葉は、まるで竜帝陛下のお言葉のようです」
「竜帝陛下と話したことが?」
「……ごっこ、ですけれどね」
「ごっこ?」
「『牙の城』の塔の最上階にある竜帝陛下の壁画に話しかけたり──自分で答えたり。そんな遊びを、小さい頃から繰り返していたのです。おかしいでしょう?」
「……ソウデスネー」
「どうして片言になるのですか?」
「なんでもありません。それで、姫のご返答は?」
「……『辺境の王』のお言葉に従います」
キャロル姫は席を立ち、領主の娘としての正式な礼をした。
「弟のトニアが、もしもシルヴィア姫や皆さまに害をなそうとするのであれば、あたくしは……弟を排除し、自ら『グルトラ太守』の座につきましょう。偉大なる我が父と竜帝陛下の名にかけて、お約束いたします」
「ありがとう。キャロル姫。俺もできるだけ協力する」
彼女が太守か、トニア=グルトラが太守かで、辺境の安全度が変わってくるからな。
それに、キャロル姫は信頼できる。貴重な人材だ。
その彼女をそのまま、トニア=グルトラのところに返すのは──危険すぎる。
『グルトラ太守家』の人の許可も取ったことだし、俺の方で手を打っておこう。
「『辺境の王』さま。そのお手に触れてもよろしいですか?」
「……? 構わないが」
俺は言われるまま、右手を差し出した。
キャロル姫は目の前でひざまずき、俺の手を捧げ持つ──って、なんで?
「竜帝陛下の壁画にあった、図のひとつです」
「壁画に?」
「はい。竜帝陛下に──とるに足らない側女が、忠誠を誓う図、です」
「キャロル姫?」
「『ごっこ』、ですよ。『辺境の王』さま」
キャロル姫はそう言って、俺の手の甲に──唇で触れた。
「一度、やってみたかったのです。たわいないごっこ遊びと、お笑いください」
「……今さらだが、キャロル姫は、突拍子もないことするよな」
「そうですか?」
姫は、ドレスのスカートをひるがえし、くるり、と一回転。
そうして俺の顔をのぞき込んで──
「あたくしは竜帝陛下のお導きのまま、したいことをしているだけですよ」
そんなふうに、笑ったのだった。
──翌日 (人質交換開始後)『牙の城』周辺にて ショーマ視点──
「赤い布がついた矢が上がりました。兄さま」
『キトル太守領』と『グルトラ太守領』の境界線を通るあたりで、リゼットが言った。
俺は今、リゼットを抱いて『グルトラ太守領』にある牙の城に向かっている。
『翔種覚醒』して空を飛んでるから、この距離でも矢の色は、なんとか見えるんだ。
ちなみに黄色は『無事に人質交換終了』
黒色は『手に負えないから救援求む』
赤色は──
「『トニア=グルトラがこっちを攻撃してきた。でもなんとかなる』って意味だったな」
「はい。2本上がったってことは、敵が兵を動かして攻めてきたんですね」
「だったら、こっちも遠慮はいらないか」
元々、トニア=グルトラは、シルヴィアの父と姉を監禁していた。
素直に人質交換に応じるはずはないって思ってたけどな。
問答無用で兵を動かしてきたか。
「やっぱり……交渉が通じるような相手じゃなかったか」
このままキャロル姫を『グルトラ太守領』に戻すわけにはいかない。
こっちで安全確保をしておこう。
「行くぞリゼット。俺たちは『牙の城』に忍び込んで、魔法陣を復活させる。そこをキャロル姫用の拠点にして、彼女の安全確保をすることにしよう」
「はい。兄さま」
トニア=グルトラの仲間は『精神支配』の黒魔法を使う。
それで支配された獣人が、つい最近まで『キトル太守領』で暴れ回ってたからな。
黒魔法を浄化する『結界』を張っておかないと、危なくてしょうがない。
「問題は、塔で敵と出会った場合だが──」
できるだけ穏やかに済ませよう。
こっちの目的は戦闘じゃないからな。
俺とリゼットは『牙の城』が見えるあたりで、地上に降りた。
『翔』の魔力が減ってたから、とりあえず『魔力温泉ポーション』を飲んで、回復。
魔力マックスになったところで、作戦を開始した。
「……それじゃ、透明化しよう」
「……りょ、了解しました。」
俺とリゼットは『透明化ポーション』を飲んだ。
身体が透明になった。
着てる服は『トウカの木』の葉っぱと、少しの樹皮で作った『透過の服』だ。
木陰で着替えて、脱いだ服を収納スキル『王の器』に入れれば、準備完了だ。
「……ショーマ兄さま」
「どうした、リゼット」
「なんだかこの服……ざわざわしますね」
「……葉っぱで出来てるからなぁ」
着心地はよくない。
その上、できそこないのキャミソールみたいな形になってるから、かなり頼りない。
透明化する都合上……下着がつけられないからな。
「手早く済まそう。リゼット。こっちへ」
「は、はい」
俺とリゼットは (2回空振りしてから)、手を繋いだ。
それから俺はリゼットの透明な身体を抱きかかえる。
「今だけ、ハルカの真似をしてもいいですか?」
「ハルカの真似?」
「あの子なら、裸でも『ひゃっはー。兄上さまと一緒だー』って、無邪気に抱きつくことができますから」
「……別に構わないけど」
「で、では。こほん」
リゼットは小さくせきばらい。
俺を抱く手に力をこめて。
「ひゃ、ひゃっはー。ショーマ兄さまと一緒です……うぅ」
「無理するな。リゼット」
「『牙の城』への潜入は、リゼットが引き受けた使命です。今はすべての羞恥心を捨てます。兄さまに抱きついてくっつきます。作戦を開始しましょう。兄さま!」
「……わ、わかった」
俺は翼を広げて、上昇した。
目の前にはグルトラ太守領の城がある。
城壁の上には、兵士たちが巡回してる。でも、俺たちには気づいていない。
俺はできるだけ翼を動かさずに飛んでる。風切り音もしないはずだ。
目的の塔は…………あれか。
城壁の内側に、ひときわ大きな塔がある。石造りの、少し傾いた塔だ。
情報では中は14階層に分かれていて、最上階に魔法陣と、竜帝の壁画があるらしい。
屋上から入れるなら、『残魔の塔』 (現『真・斬神魔城』)のように、一気に飛び込んで魔法陣をいじれるんだが──。
見た感じ、最上階には窓がない。
その下の階には窓があるようだが……人の姿が見える。
入れるなら屋上から、駄目ならふたつ下の12階から入った方がよさそうだ。
「……一気に塔の屋上に向かう。しっかりつかまってて」
「……はい、兄さま」
透明化した俺たちは、兵士たちの頭上を通り抜けた。
そのまま城壁の内側へ。
城の敷地内にも兵士がいるけれど、数は少ない。厩舎もからっぽだ。
馬も兵士もほとんどが、『人質交換』の方に向かったようだ。
今のうちに、俺たちにできることをしておこう。
結局、屋上に入り口はなかった。
しょうがないから俺たちは12階から、塔の中に入った。
窓が板で塞がれていたから、とりあえず『超堅い長剣』で切って、外した。
それで、この階層の用途がわかった。
ここは、牢屋だ。
俺たちが入った部屋の広さは、ホテルのシングルルームくらい。
壁際にベッドがあり、小さな机と、カピカピになった皿とコップがある。
『キトル太守』の紋章が描かれた上着まで落ちてる。
シルヴィア姫の父親と姉さんは、この階に閉じ込められていたのか。
「……足音がします。兄さま」
リゼットがドアに耳を当てて、言った。
ドアの上の方には、小窓がついてる。
俺は『翔種覚醒』の翼を動かして、天井に張り付いた。
小窓に顔を近づけて、外を見ると──白いヒゲの老兵士が、廊下を歩いているのが見えた。
他の兵士の姿は、今のところ見えない。
「……そういえば『牙の城』を管理してるのは、先代の『グルトラ太守』の忠臣だったな」
「……はい。キャロル姫が城を抜け出すのに、協力してくれたって聞いてます」
俺とリゼットは (透明化してるから顔は見えないけど)うなずきあう。
俺たちの目的は魔法陣の活性化であって、戦闘じゃないからな。
安全に兵士を無力化することにしよう。
俺たちは作戦を実行することにした。
──兵士さん視点──
こんこん。こんっ!
「──誰だ!?」
看守役の兵士は声をあげた。
槍を握りしめて、音のした方に顔を向ける。
『牙の城』の第12階層は、貴人を閉じ込めておくための施設だ。
昔は太守に逆らった者を幽閉していたという。
今は、この階層には誰もいない。つい最近まで『キトル太守領』のアルゴス=キトルと、ミレイナ=キトルを幽閉していたが、ふたりは『人質交換』のために外に出ている。
それ以外の人間は、この階層にはいないはずだ。なのに……。
「……誰かいるのか!?」
看守の兵士は、廊下に向かって声をあげた。
返事はない。
彼は鍵束を手に歩き出す。
「もしかして、ケルガ将軍が降りていらしたのですか? 悪ふざけはおやめください……」
こんこんっ。どんっ!
音は目の前の扉からしていた。
看守が小窓から中をのぞき込むが──誰もいない。
どうしよう。
騒ぎになれば、上の階から将軍が降りてくる。
あの人は苦手だ。そもそも『グルトラ太守領』の人間ではない者が、いばっている理由がわからない。できるだけ顔を合わせたくない相手だ。
上の人間が気づく前に、なんとかしなければ。
そう思って彼は牢屋のドアを引き開けた。
鍵はかかっていない。元々、誰もいない部屋だからだ。
「……誰か、中にいるのか?」
看守の兵士はドアを引き開け、室内に向けて槍を構えた。
だが──
「だ、誰もいない……だと?」
兵士はまわりを見回した。
本当に、誰もいない。
机の下にも、ベッドの下にも、人影はまったくない。音も止まっている。
「……いや!? 違う。窓が開いている、だと!?」
看守の兵士は窓に駆け寄った。
閉じ込めた人間が飛び出さないように閉められていた板戸が、外れている。接続部分が切られて、窓が大きな口を開けているのだ。
一体、どうして!?
──彼がそう思った瞬間──。
ぱたん、と、音を立てて、牢屋の扉が閉じた。
看守は慌てて、ノブを回して、ドアを押した。
びくともしなかった。
「どうして開かない!?」
鍵は開いている。鍵束は、彼の腰にあるのだ。
それを使わなければ鍵をかけられるはずがない。
だが、扉はびくともしない。まるで目の前に壁があるかのようだ。
「……あんたはなにも見ていない。ただ、扉の立て付けが悪かっただけだ」
不意に、廊下から声がした。
やはり姿は見えない。だが、穏やかな声だ。
「……これは事故だ。少し時間が欲しい。その後であなたを解放する」
『ヘイッ』
「……強引に鍵を奪われ、閉じ込められたことにすればいい。それであなたの立場は守られる。あなたが先代の太守の忠臣だったことは聞いている」
再びドアの向こうから、ささやき声と、景気のいいかけ声。
看守役の兵士が小窓から手を出すと──なにか、見えない壁のようなものに当たった。
ドアを塞いでいるのはそれだ。
「お前は『十賢者』の手先か!? キャロル姫さまは無事なのか……!?」
「白ヒゲの看守よ。あなたはキャロル姫の味方か?」
「い、いかにも」
「ならば答えよう。姫は無事だ。それは保証する」
看守の身体から、力が抜けた。
声の主はキャロル姫の味方のようだ。
だったら……信じてもいいかもしれない。
太守がトニア=グルトラに変わり、『十賢者』と手を結んでから、グルトラ太守領はおかしくなった。
税率も高くなったし、街道の各所には関所ができて、通行料を取るようになった。
さらに、隣国の太守と姫を捕らえて幽閉するなど、あってはならないことだ。
「待ってください! キャロル姫の情報を元にここに来たのであれば、お伝えしたいことが!!」
「……静かに」
「……『牙の城』の管理者は変わりました。キャロル姫を逃がした責任を問われて、前任者が解任されたのです。今は『十賢者』の配下の将軍、ケルガ将軍がここを治めています。城を見渡す上の階におります」
看守の兵士は小声でつぶやく。
「さらに。『グルトラ太守領』の文官と武官のほとんどは『黒魔法』による精神支配を受けております。みんなは……本当はキャロル姫に太守となって欲しいのです。兵も民も……『十賢者』による支配など、望んではいません……」
「わかった。情報をありがとう」
『ヘイヘイ』
「……キャロル姫を、どうかお助けください……」
答えはなかった。
看守の兵士はため息をついて、ことが終わるのを待つことにしたのだった。
──ショーマ視点──
この上の階に『十賢者』の配下の将軍がいる。
透明化したまま、そいつの前を通り抜けられるか、賭けだな。
「……リゼットは、俺の後ろに隠れて」
「……ショーマ兄さま」
俺とリゼットは、小声で作戦を話し合う。
俺の方はまだ『竜』の魔力が100%残ってる。敵の攻撃を『竜の鱗』で防ぐことができる。
リゼットも『竜将軍』に覚醒できるけれど、俺より覚醒時間が短い。
ここは俺が盾になるべきだろう。
「王を守るのは、臣下の務めです。リゼットが盾になります」
「いや、義妹を守るのは兄の務めだろ」
「……兄さま」
「俺の収納スキルには、まだ『意思の兵』が残ってる。なんとかなるだろ」
俺たちは透明化したまま、第13階層に通じる階段を登っていく。
途中まで登ると──大きな広間が見えた。
第13階層はところどころに柱がある。けれど、部屋はない。
階層ひとつが大広間になっている。
柱には武器がくくりつけられている。元々は武器庫だったらしい。
壁にはいくつもの窓がある。敵が侵入したとき、ここに立てこもって窓から敵を射る。そういう場所のようだ。
「……侵入者か」
声がした。
部屋の中央に、大柄な男性が立っていた。
手には、長柄の斧を持っている。身体にまとっているのは金属製の鎧と兜だ。
「姿を現せ! 『十賢者』の臣下にして将軍の位を持つケルガの前であるぞ!!」
将軍ケルガは、俺とリゼットがいる方に顔を向けてる。
ハッタリじゃなくて、本当にバレているようだ。
「……『十賢者』の臣下の方が、どうしてこの『牙の城』に?」
聞いてみた。
「ははっ。知れたこと。キャロル姫を、『十賢者』さまの元に運ぶため」
将軍ケルガは、大口を開けて笑った。
ガタイのいい男性で、口のまわりには真っ黒なヒゲが生えてる。
いかにも、乱世の豪傑といった感じだ。
ただ、眼球が赤く光ってるのが気になる。こちらの姿が見えているのも、そういうスキルを持っているって考えた方がよさそうだ。
「太守トニア=グルトラより依頼があった。キャロル姫を『十賢者』バルトンさまの側室として差し出す。代わりにバルトンさまの娘を、妻としていただきたい、と」
将軍ケルガは、唇をゆがめて笑った。
「トニア=グルトラの願いは叶うだろうが……キャロル姫は許されまい。十賢者さまの意思に逆らって逃げたのだ。あの者は……下僕扱いが妥当だろうよ。手枷を着けられ、口を利くのにも許可がいるような下僕がな」
「……最悪だな」
そんなこと、嬉しそうに語るなよ。いい大人が。
キャロル姫は、いい人だった。
危険を承知で『キトル太守領』まで情報を知らせに来てくれたんだ。
それを、手枷を着けて……口を利くのにも許可がいるような……って。最悪すぎる。
「我の仕事は、城の者を管理することだ。ここからなら、城のすべてを見渡すことができるからな。だが、今は精神支配の『黒魔法』が効いているようだな。従順な者ばかりだ。つまらん」
将軍ケルガは赤く目を光らせながら、地上を見てる。
「キャロル姫は『キトル太守領』との、平和な関係を望んでいたんだがな」
俺は奴を見据えて、告げた。
「無駄なことよ。アルゴス=キトルとミレイナ=キトルには黒魔法がかかっている。すでにトニア=グルトラの人形だ! 今ごろ、自分の娘の首に短剣を突きつけているだろうよ!!
……それで、貴様は何者だ?」
「通りすがりの……『女神の仇敵』だ」
「『女神の仇敵』だと?」
「この塔の最上階に用がある。通してくれるなら、敵対するつもりはない」
「ふざけるな!!」
怒られた。まぁ、当然か。
「この『グルトラ太守領』は『十賢者』のバルトンさまが支配することが決まっている。いや、それどころか、隣の『キトル太守領』もな!」
「アルゴス=キトルとミレイナ=キトルを操って……か?」
「我は知らぬ。我は、『十賢者』さまに拾われた身だからな」
「なにがしたいんだよ、『十賢者』って。あいつらは実質、国の頂点に立っているんだろ? これ以上なにが欲しいんだ?」
「偉大なる賢者さまの考えは、我にはわからぬと言ったであろう?」
「見えない侵入者を発見するほどの力を持っているのに?」
「これは我の武器だ。王宮はゴーストが多くてな。それと戦っているうちに、魂の気配を見る力を身につけたのだ」
将軍ゲルガは、赤い目を見開いて、笑った。
「『十賢者』バルトンさまは、その力を見込んで、我に『グルトラ太守領』を支配する使命を与えて下さった! その期待に応えるのは、我が使命!!」
穏便に済ませるのは無理だ。
こいつ『グルトラ太守領を支配』って明言してるもんな。
トニア=グルトラも利用されているだけか。しかも、兵士は『黒魔法』で精神支配されてるなら……。
こんな場所に、キャロル姫を戻すわけにはいかない。
彼女は亜人を普通に受け入れてくれる、貴重な人材なんだから。
「貴様がなにをしようと無駄だ。今ごろは精神支配されたキトル太守たちが、シルヴィア姫たちを襲っているだろうよ!」
「いや、黒魔法対策はしておいた」
俺は言った。
将軍ケルガは、口を開けたまま、硬直した。
「たぶん、領主さんとその娘にかけた精神支配は消えてると思うぞ」
それくらいの対策はしてある。
人質交換の現場には、透明化したハルカが隠れてる。
部下として、地面に置いて土をかぶせておいた『意思の兵』もたくさんいる。
しかもハルカは『普通に対処できる』という意味の矢を飛ばしてた。
今ごろ、敵兵を完全に制圧してるんじゃないだろうか。
「だ、だが! キャロル姫はこちらに戻る! トニア=グルトラの配下には強力な魔法使いが!」
「キャロル姫の護衛には、超強力な魔法使いをつけておいた。トニア=グルトラが敵対行動を取ったら、キャロル姫を連れて『キトル太守領』に戻るように言ってある」
「……う」
「もっとも、俺がこの『牙の城』の安全を確認したら、キャロル姫は帰ってくるけどな。俺はその前の掃除に来ただけだ。俺たちの領土のお隣さんには、できるだけ平和でいて欲しいから」
「きさまあああああああっ!!」
将軍ケルガが、吠えた。
長柄の斧を振り上げ、床を蹴る。巨体が疾る。意外と速い!
「『竜種覚醒』!!」
俺はリゼットを抱いて、後ろに飛んだ。
一瞬遅れて、将軍ケルガの斧が、俺のいた場所を通過する。
すごいな。
こいつは俺の居場所を完全につかんでるようだ。
「兄さまに手は出させません! 来たれ、浄化の炎よ──『浄炎』!!」
リゼットが放つ浄化の炎が、将軍ケルガに向かって飛んでいく。
だが──
「見える!! 見えるぞおおおおっ!!」
「「速っ!?」」
将軍ケルガは真横に飛んで、リゼットの火炎を避けた。
動きが異常に速い。広いフロアをジグザグに走りながら、一気に間合いを詰めてくる。
「我が能力は魂の気配を見ること。それと、瞬発力だ」
将軍ケルガは、がはは、と笑った。
これが『十賢者』配下の将軍の実力か。
年齢的に見ると、女神の召喚者ってわけじゃないだろうに。
この世界には、これほどの実力者がいるのか。すげぇな……。
「リゼット、待避だ! もう一度浄化の炎を!!」
「は、はいっ!」
俺はリゼットを抱えて、後ろに跳んだ。
同時にリゼットが再び『浄炎』を放つ。避けられる。
こつん、と、音がした。
俺の背中が、壁に当たった音だ。
「ふふ。後がないぞ。侵入者よ」
「……ちっ」
「せめて顔を見せろ。さもないと、その首、落としがいがないわ」
将軍ケルガが笑う。
俺は透明化を解除した。
「……あんたに小細工は通用しないようだな」
俺は『超堅い』長剣を構えた。
さらに『鬼種覚醒』して、『鬼の怪力』2倍で、剣を振る。
ぶぉん、と、空気が鳴った。
「おお! 侵入者よ! なかなかの力ではないか。ならば、正面から力比べしようぞ!!」
「のぞむところだー。こいー」
「うぉおおおおおおおおっ!!」
長柄の斧を手に、将軍ケルガが突っ込んでくる。
まるで巨大な魔物が迫ってくるようだ。
奴の力なら、塔の外壁くらい、簡単に砕けるだろう。
作戦成功だ。
恐るべき将軍を前に、俺は──
『────ヘイッ』
俺の背後を壁に見せかけてた『意思の兵』を『王の器』に収納して、足元に展開。
そして、大きく口を開けた窓から、後ろに跳んだ。
「────はぁ?」
全力で突進してきた将軍ケルガは、止まれなかった。
たぶん、後ろが壁だと思って、安心してたんだろう。
実際のあいつは、開いた窓に向かって全力疾走してた。
その勢いのまま、空中に飛び出して──
「──ひぃえええええええええっ!?」
「よいしょ」
俺は『翔種覚醒』して急降下。
さらに『意思の兵』を召喚。
それをスロープ代わりにして──
べちゃ。
ごろごろごろごろ。
ぽーいっ。
──将軍ケルガを一階層下 (十二階)の牢屋に放り込んだ。
場所は俺とリゼットが部屋が侵入した部屋の隣だ。
この階に登ってくる前に、作戦に使おうと思って、隣の部屋の窓も開けておいたんだ。
そのために、俺は真下の窓の前で剣を構えてた。
殺しても、下に落としても、面倒なことになりそうだからな。
こいつは情報源として、閉じ込めておくつもりだった。
しばらく牢屋で大人しくしておいてもらおう。
奴が手放した長柄の斧は『王の器』で回収して、『意思の兵』で窓を塞いで、っと。
「え? あ? え? あれええええええっ!?」
「それじゃ」
将軍ケルガが目を回している間に、俺は牢屋のドアから外に出た。
ドアを閉じて、外には『意思の兵』を置いて、と。
「────ごらああああ。ぎぃざあああまあああああっ!!」
「防音を考えて、2枚にしておこう」
俺はドアの前に、2枚目の『意思の兵』を置いた。
静かになった。
「強敵だったな」
だから、まともに戦うのをやめたんだ。
まだ仕事が残ってるのに、乱世の強力な将軍なんか相手にできるか。
作戦は簡単だ。
まず、リゼットの『浄炎』で目くらましをして、その間に移動しながら、『意思の兵』で窓を塞いだ。
俺の顔を見せたのは、こっちに相手の注意を引きつけるためだ。
さらに声をあげて、剣を構えて、相手を挑発した。
あとは将軍ケルガを全力で突進させて、窓の外に落とすだけでよかった。
だけど、まさか『透明化』を見抜かれるとは。
女神の正式な召喚者以外にも、すごい能力の持ち主はいるんだな……。
「今度から気をつけよう。うん」
「大丈夫ですか、兄さま」
ふと見ると、リゼットが階段を上がってきていた。
『透明化』は一旦解除してる。心配そうな顔だ。
「ああ。将軍ケルガは……恐ろしい相手だった」
「その恐ろしい相手をあっさり無力化したのは兄さまですよね?」
「いや、将軍ケルガに飛翔能力があったらやばかった」
「どんなに強い将軍も、空の上では、なにもできませんからね……」
「今度から対策されるだろうな。新しい作戦を考えよう」
「辺境に戻ったら相談しましょう。プリムさんも一緒に」
そんなことを話し合いながら、俺とリゼットは塔の最上階──魔法陣と壁画の間に向かったのだった。
いつも「天下無双の嫁軍団とはじめる、ゆるゆる領主ライフ」をお読みいただき、ありがとうございます!
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「なろう版」とあわせて、「書籍版」の「ゆるゆる領主ライフ」も、よろしくお願いします!!