第93話「シルヴィア姫の書状と、召喚者の秘密」
──その頃、『グルトラ太守領』の城では──
「あの馬鹿姉のせいで……オレの野望が!」
トニア=グルトラは叫んだ。
彼は領主の間の椅子に座り、書状を握りしめている。
書状は『キトル太守領』から届いたもので、『人質交換』について書かれていた。
内容は次の通りだ。
『数日前、偉大なるグルトラ太守どのの姉君、キャロル=グルトラさまを保護いたしました。
現在キャロル姫は、太守領の城でお休みいただいております。
キャロル姫は、狩りの最中に魔物に追われ「キトル太守領」に逃げ込まれたそうです。
姫は、『グルトラ太守領』の民に愛されるお方。
そのキャロル姫に、大事がなくてなによりでした。
ところで、風の噂によると、当家のアルゴス=キトル太守と、ミレイナ=キトル姫が、貴家にお世話になっているそうですね。
おそらく、キャロル姫と同様に、狩りの最中に迷い込んだのでしょう。
今は乱世です。森にも、王都にも、節度を知らぬ者たちがおります。なげかわしいことです。
ついては、キャロル姫を「グルトラ太守家」にお返ししたいと思います。
その際にアルゴス=キトル太守と、ミレイナ=キトル姫をお引き渡しいただけないでしょうか。
場所、日程については、打ち合わせの上に決めることといたしましょう。
これまで当主と姉を保護していただいたこと、感謝いたします。
良いお返事をお待ちしております。
キトル太守家、当主代行、シルヴィア=キトル』
「イヤミか!? あのふたりをオレが幽閉してることは、キャロルから聞いているだろうに……イヤミったらしく、保護を感謝する、などと!!」
「さすが『キトル太守家』、代々、宰相と大臣を出しているだけのことはあります。さすがの交渉術ですな」
純白のローブを着た男性が、笑った。
彼はトニア=グルトラの前で膝をつきながら、少し顔を上げて、
「こちらがふたりを捕らえていることは一切語らずに、両家の立場を守りながら、平和的解決を提案しております。父と姉が捕らわれているというのに、この落ち着きよう。たいしたものですな。シルヴィア姫とやらは」
「それはオレに対するイヤミか?」
「とんでもない。敵を知るのは戦術の基本ではないですか。私はシルヴィア姫が、これほど落ち着いている理由を知りたいだけですよ。近くに、強力な援助者がいるのではないかと、ね」
「いるわけないだろう。『キトル太守領』のまわりは当グルトラ太守家に、『十賢者』が治める遠国関。奴らのまわりは敵だらけだ」
「北の辺境には亜人がおりますが」
「魔物がはびこる蛮地の者になにができる?」
トニア=グルトラはうっとうしそうに手を振った。
「亜人など信用できるか。現に、お前が魔法で支配した獣人どもは戻ってこなかったではないか」
「……奴らは野生の獣のようなものですからね」
ローブの男性は不快そうに吐き捨てた。
「獣を教育するには時間がかかります。ですが、人間は別です。我が『支配魔法』を受けた者たちは、本国に戻ったあと、こちらの思うように動いてくれるでしょう」
「オレに近づくな!」
興奮したように一歩、踏み出したローブの男性に、トニア=グルトラは声をあげた。
「貴様の『支配魔法』が強いことは知っている。だが、オレを支配させはしないぞ! 魔法使いカクタス=デニン!」
「我が魔法は、相手の額に触れることで発動するものですが?」
「ああ。だが……貴様は『十賢者』が送り込んだ術者だ。オレにすべてを語っているとは限らない」
「いかにも、我が主君は『十賢者』の第5位バルトンさまです」
ローブの男性カクタスは、数歩、後ろに下がる。
それからトニアを安心させるように、両手を後ろに回して、笑いかける。
「そして私は、この乱世を効率よく終わらせるために、女神より遣わされた者。トニア=グルトラさまは、それを助ける英雄のひとりとして選ばれたのです」
「……オレはお前を、信用していない」
「いいですよ。利用なさい。私は主君と女神に認めてもらえればそれでいい」
魔法使いカクタスは胸元から、奇妙な結晶体のついたペンダントを取り出した。
「女神ネメシスは『十賢者』を選んだ。最も強く、最も乱世を治める確率の高い勢力を。だから、私たちが敗れるはずがないのです。あなたは黙って、勝利という運命へ向かって進めばよいのですよ」
「……ふん」
「それとも、今さら手を引きますか? 姉君と民と、『十賢者』さえも敵に回して生きていけると思っているのですか?」
「わかっているよ。オレとお前は一蓮托生だ」
「わかっていればよろしい。では、準備をしましょう」
魔法使いカクタスは、ぱちん、と指を鳴らした。
領主の間の扉が開いて、十数名の兵士たちが入ってくる。
全員、兜の面甲を深く下ろしていて、表情は見えない。
彼らは、一糸乱れぬ動きで歩を進め、トニアの前に並んだ。
「この者たちには、トニアさまの命令に絶対服従するように術をかけてあります。疑うなら、彼ら自身の剣で喉を突くように命じてごらんなさい」
「い、いや。そこまでしなくていい。それより、お前の力はもうひとつあったな」
「突破力、です」
魔法使いカクタスはにやりと笑った。
「私のスキルは、兵士に強力な突破力を与えることができる。馬に目隠しをするように、人や馬を、前しか見えないようにして走らせる。前方に敵がいようと関係ない。彼らの突破力は、『キトル太守領』の兵たちを一気に倒すこともできるでしょう」
「『人質交換』を利用して、か」
「ええ。確かに人質は交換しますとも……シルヴィア姫たちの思うように、『キトル太守領』が落ち着くかどうかはわかりませんがね!」
そうして魔法使いカクタスは笑い出す。
トニア=グルトラもこらえきれなくなったように、同じように笑みをもらす。
さらに大広間に集まった兵たちも、まるで命じられたかのように、胸を反らして笑い始める。
「これは乱世を治めるための正義の行いだ。そうだろう!?」
トニア=グルトラは拳を突き上げ、叫んだ。
兵士たちからも「そうだ」「そうだ!」との声が上がる。
「愚かなる父は『十賢者』の崇高な意思を理解しなかった! だから命を落としたのだ!!」
再び「そうだ」の声。
魔法使いカクタスも、やがて腕を振り上げはじめる。
「我々の計画を止められる者は存在しない!」
「ああ。その通りだカクタスよ。我らが騎兵を足止めできる兵士や、貴様の黒魔法を無効化できる者でもなければ、新生『グルトラ太守軍』を止められはしないだろうよ」
「我々を止められる者はおりません。いないのです」
魔法使いカクタスはローブをひるがえし、笑う。
そして──
「私たちを召喚した女神ネメシスは、正式に召喚された者こそが最強であると、そう言っていました。
『ネメシス』『グロリア』『フィーネ』──絶対神から異世界人の召喚を命じられた3女神。
彼女たちが関わっていない召喚者など、どこにもいるはずがない……そう言ったのですから」
領主と兵士が気炎を上げる広間で──
召喚者である魔法使いカクタスは、そんなことをつぶやいたのだった。
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