表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

93/121

第93話「シルヴィア姫の書状と、召喚者の秘密」

 ──その頃、『グルトラ太守領』の城では──




「あの馬鹿姉のせいで……オレの野望が!」


 トニア=グルトラは叫んだ。

 彼は領主の間の椅子に座り、書状を握りしめている。

 書状は『キトル太守領』から届いたもので、『人質交換』について書かれていた。

 内容は次の通りだ。



『数日前、偉大なるグルトラ太守どのの姉君、キャロル=グルトラさまを保護いたしました。

 現在キャロル姫は、太守領の城でお休みいただいております。


 キャロル姫は、狩りの最中に魔物に追われ「キトル太守領」に逃げ込まれたそうです。

 姫は、『グルトラ太守領』の民に愛されるお方。

 そのキャロル姫に、大事がなくてなによりでした。


 ところで、風の(うわさ)によると、当家のアルゴス=キトル太守と、ミレイナ=キトル姫が、貴家にお世話になっているそうですね。

 おそらく、キャロル姫と同様に、狩りの最中に迷い込んだのでしょう。

 今は乱世です。森にも、王都にも、節度を知らぬ者たちがおります。なげかわしいことです。


 ついては、キャロル姫を「グルトラ太守家」にお返ししたいと思います。

 その際にアルゴス=キトル太守と、ミレイナ=キトル姫をお引き渡しいただけないでしょうか。


 場所、日程については、打ち合わせの上に決めることといたしましょう。

 これまで当主と姉を保護していただいたこと、感謝いたします。

 良いお返事をお待ちしております。



 キトル太守家、当主代行、シルヴィア=キトル』




「イヤミか!? あのふたりをオレが幽閉(ゆうへい)してることは、キャロルから聞いているだろうに……イヤミったらしく、保護を感謝する、などと!!」

「さすが『キトル太守家』、代々、宰相(さいしょう)大臣(だいじん)を出しているだけのことはあります。さすがの交渉術ですな」


 純白のローブを着た男性が、笑った。

 彼はトニア=グルトラの前で(ひざ)をつきながら、少し顔を上げて、


「こちらがふたりを捕らえていることは一切語らずに、両家の立場を守りながら、平和的解決を提案しております。父と姉が捕らわれているというのに、この落ち着きよう。たいしたものですな。シルヴィア姫とやらは」

「それはオレに対するイヤミか?」

「とんでもない。敵を知るのは戦術の基本ではないですか。私はシルヴィア姫が、これほど落ち着いている理由を知りたいだけですよ。近くに、強力な援助者がいるのではないかと、ね」

「いるわけないだろう。『キトル太守領』のまわりは当グルトラ太守家に、『十賢者』が治める遠国関(おんごくかん)。奴らのまわりは敵だらけだ」

「北の辺境には亜人がおりますが」

「魔物がはびこる蛮地(ばんち)の者になにができる?」


 トニア=グルトラはうっとうしそうに手を振った。


「亜人など信用できるか。現に、お前が魔法で支配した獣人どもは戻ってこなかったではないか」

「……奴らは野生の獣のようなものですからね」


 ローブの男性は不快そうに吐き捨てた。


「獣を教育するには時間がかかります。ですが、人間は別です。我が『支配魔法』を受けた者たちは、本国に戻ったあと、こちらの思うように動いてくれるでしょう」

「オレに近づくな!」


 興奮したように一歩、踏み出したローブの男性に、トニア=グルトラは声をあげた。


「貴様の『支配魔法』が強いことは知っている。だが、オレを支配させはしないぞ! 魔法使いカクタス=デニン!」

「我が魔法は、相手の額に触れることで発動するものですが?」

「ああ。だが……貴様は『十賢者』が送り込んだ術者だ。オレにすべてを語っているとは限らない」

「いかにも、我が主君は『十賢者』の第5位バルトンさまです」


 ローブの男性カクタスは、数歩、後ろに下がる。

 それからトニアを安心させるように、両手を後ろに回して、笑いかける。


「そして私は、この乱世を効率よく終わらせるために、女神より(つか)わされた者。トニア=グルトラさまは、それを助ける英雄のひとりとして選ばれたのです」

「……オレはお前を、信用していない」

「いいですよ。利用なさい。私は主君と女神に認めてもらえればそれでいい」


 魔法使いカクタスは胸元から、奇妙な結晶体のついたペンダントを取り出した。


「女神ネメシスは『十賢者』を選んだ。最も強く、最も乱世を治める確率の高い勢力を。だから、私たちが敗れるはずがないのです。あなたは黙って、勝利という運命へ向かって進めばよいのですよ」

「……ふん」

「それとも、今さら手を引きますか? 姉君と民と、『十賢者』さえも敵に回して生きていけると思っているのですか?」

「わかっているよ。オレとお前は一蓮托生(いちれんたくしょう)だ」

「わかっていればよろしい。では、準備をしましょう」


 魔法使いカクタスは、ぱちん、と指を鳴らした。

 領主の間の扉が開いて、十数名の兵士たちが入ってくる。


 全員、(かぶと)面甲(めんこう)を深く下ろしていて、表情は見えない。

 彼らは、一糸乱れぬ動きで歩を進め、トニアの前に並んだ。


「この者たちには、トニアさまの命令に絶対服従するように術をかけてあります。疑うなら、彼ら自身の剣で(のど)を突くように命じてごらんなさい」

「い、いや。そこまでしなくていい。それより、お前の力はもうひとつあったな」

突破力(とっぱりょく)、です」


 魔法使いカクタスはにやりと笑った。


「私のスキルは、兵士に強力な突破力を与えることができる。馬に目隠しをするように、人や馬を、前しか見えないようにして走らせる。前方に敵がいようと関係ない。彼らの突破力は、『キトル太守領』の兵たちを一気に倒すこともできるでしょう」

「『人質交換』を利用して、か」

「ええ。確かに人質は交換しますとも……シルヴィア姫たちの思うように、『キトル太守領』が落ち着くかどうかはわかりませんがね!」


 そうして魔法使いカクタスは笑い出す。

 トニア=グルトラもこらえきれなくなったように、同じように笑みをもらす。

 さらに大広間に集まった兵たちも、まるで命じられたかのように、胸を反らして笑い始める。


「これは乱世を治めるための正義の行いだ。そうだろう!?」


 トニア=グルトラは拳を突き上げ、叫んだ。

 兵士たちからも「そうだ」「そうだ!」との声が上がる。


「愚かなる父は『十賢者』の崇高(すうこう)な意思を理解しなかった! だから命を落としたのだ!!」


 再び「そうだ」の声。

 魔法使いカクタスも、やがて腕を振り上げはじめる。


「我々の計画を止められる者は存在しない!」

「ああ。その通りだカクタスよ。我らが騎兵(きへい)を足止めできる兵士や、貴様の黒魔法を無効化できる者でもなければ、新生『グルトラ太守軍』を止められはしないだろうよ」

「我々を止められる者はおりません。いないのです」


 魔法使いカクタスはローブをひるがえし、笑う。

 そして──



「私たちを召喚した女神ネメシスは、正式に召喚された者こそが最強であると、そう言っていました。

『ネメシス』『グロリア』『フィーネ』──絶対神から異世界人の召喚を命じられた3女神。

 彼女たちが関わっていない召喚者など、どこにもいるはずがない……そう言ったのですから」



 領主と兵士が気炎(きえん)を上げる広間で──

 召喚者である魔法使いカクタスは、そんなことをつぶやいたのだった。


いつも「天下無双の嫁軍団とはじめる、ゆるゆる領主ライフ」をお読みいただき、ありがとうございます!


「ゆるゆる領主ライフ」の書籍版1巻が、8月9日に発売になりました!

もちろん、改稿たっぷり、書き下ろし追加でお送りしています!

「なろう版」とあわせて、「書籍版」の「ゆるゆる領主ライフ」も、よろしくお願いします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カドカワBOOKSより第1巻が発売中です!

「天下無双の嫁軍団とはじめる、ゆるゆる領主ライフ 〜異世界で竜帝の力拾いました〜」
(下の画像をクリックすると公式ページへ飛びます)

i395930
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ