第91話「魔将軍ユキノ、『辺境の王』について大いに語る」
──ユキノ視点 シルヴィア姫の城にて──
「『辺境の王』の命により、魔将軍ユキノ=クラウディ=ドラゴンチャイルド。キャロル=グルトラ姫の『人質交換計画』への助力のため、参りました」
ここは『キトル太守領』首都の城の大広間。
居並ぶ群臣と、椅子に座るシルヴィア姫とレーネス姫を前に、ユキノは声高らかに宣言した。
ユキノはショーマから「キャロル姫と仲良くなって、できれば『牙の城』の情報を引き出すように」という指示を受けている。
そのため彼女は、転移を使わずに正面から、シルヴィア姫の居城を訪ねたのだった。
もちろん、シルヴィアには前もって連絡してあるので──
「その件については『辺境の王』より書状をいただいております。魔将軍ユキノさま」
背の高い椅子に腰掛けたシルヴィアは、おだやかな笑みを浮かべていた。
群臣の中には将軍ヒュルカもいる。彼女は相変わらず兜を被ってはいたが、ユキノに向かって、小さく手を振っている。
他の武官と文官は緊張した表情だ。
特にレーネス姫は、完全に表情がこわばっていた。
隣にいるシルヴィアは姉の膝をなでて、落ち着かせながら、
「私たちはキャロル姫を保護したときにも、『辺境の王』の力をお借りしております。その王が今回も力を貸してくださるのは、願ってもないことです」
「ありがとうございます」
ユキノはスカートの裾をつまんで、一礼した。
「あたしも『辺境の王』の一番弟子として、力をつくしたいと考えております」
「ひとつおうかがいしたいのですが……ユキノさまは、兵を引き連れてこちらに?」
「はい。小塀を、2枚。今は城外に控えさせています」
「小柄な兵、ということですか」
「身長は80センチ──あたしの腰のあたりまで。横幅も同じです。お邪魔にはならないと思います」
「……だ、そうですよ。レーネス姉さま」
「そ、そうか。そのくらいのサイズならば問題ないな」
レーネス姫が背筋を伸ばす。
彼女は『意思の兵』を苦手としている。
けれど今回は、ユキノが連れて来たのが小柄な塀と聞いて、安心したようだ。
「『辺境の王』には、我が領土を救ってもらった恩があるからな。キャロル姫を見つけ出したのも、『辺境の王』が派遣された旅商人と獣人たちだ。キャロル姫もそれを知り、ぜひとも王の関係者と話したいとおっしゃっている」
「あたしも同年代の者として、キャロル姫の話し相手となれるように勤めましょう」
「ユキノどのは、『辺境の王』の一番弟子とおっしゃったか?」
「その通りです。このユキノ=クラウディ=ドラゴンチャイルドこそ、『辺境の王』であるショーマさまの一番弟子となります」
「そ、そうか。それで……これは、キャロル姫も知りたがっていることなのだが……」
レーネス姫は、こほん、と咳払いしてから、
「『辺境の王』ほどのお方とユキノどのがどこで巡り会ったのか、うかがってもよろしいだろうか」
「あたしと、ショーマさんとの出会いですか……」
ユキノはふと、考え込む。
ここで自分が転生者だと伝えるのはまずいだろう。
ショーマが異世界から来たことを知っているのは、この場ではシルヴィア姫だけだ。
ここはレーネス姫や『キトル太守領』の群臣向けにアレンジした話を伝えた方がいいだろう。
(……ほんとは、語りたくてうずうずしてるんですけど)
ユキノは高鳴る胸を押さえていた。
できるなら、あの雪の日の出会いのことは、世界中のみんなに伝えたい。
あのとき、半分死にかけていたユキノが、心の底から、ショーマに救われたことを。
ただ死を待つだけだった自分の心が生き返ったことも。家族に笑顔が戻ったことも。
でも、起きたことをそのまま話すわけにはいけない。
だから、ユキノは少し考えてから、話し始める。
ショーマに迷惑をかけないように、異世界向けにアレンジして──
「『永劫なる氷雪の女王』の支配空間で、あたしが死神に足を掴まれていたとき、当時は『辺境の王』ではなかった『有機栽培の──』いえ、大地の加護を受けた竜王であったショーマさまに命を救われたのです」
「「「おおおおおおおおおおっ!?」」」
謁見の間に歓声が上がった。
「そのとき、あたしは死神だけではなく、迫り来る大きな車──いえ、鋼鉄でできた巨獣と向き合っていたのです。その巨獣の大きさは馬車の数倍、速度は千里の馬よりも速く、触れただけでも人の四肢を吹き飛ばしてしまうものでした。けれど──ショーマさまは恐れることもなく、死神と鋼鉄の巨獣から、あたしを救い出してくれたのです」
「……え? あ? あ、ああ。なんと……」
レーネス姫も、居並ぶ群臣たちも、驚愕に目を見開いている。
「死神……リッチやレイスなどの、高位のアンデッドの一種だろうか……?」
「巨獣というのはドラゴン……いや、馬車の数倍の大きさならば伝説の巨獣ベヘモスであろうか……?」
「鋼鉄の身体ならば、その変異種だろう。それらに生命を狙われた少女を単身で救い出すなど……そんなことが人間に可能なのか……」
「さすがは……『辺境の王』。まさに、おそるべきお方だ……」
人々がつぶやく声を、ユキノは静かに聞いていた。
異世界向けにアレンジはしたけれど、内容は間違っていない。
だって、こうして語っているだけで、ユキノの胸は熱くなるのだから。
前世で、自分の余命がいくばくもないと知ったとき、ユキノは、すべてを諦めかけていた。
あの雪の道で動けなくなったとき、このまま死んでもいいとさえ思っていた。
そんな彼女の魂を甦らせてくれたのはショーマだ。
だから彼女は今、ここにいる。
転生した『氷結の魔女』ユキノ=クラウディ=ドラゴンチャイルドとして。
(──と、いうことを、この世界の人たちにも、わかりやすく伝えればいいのよね?)
ユキノはざわめく群臣を見回し、胸に手を当てた。
たとえば……異世界風にアレンジして語るとすると──
「つまりその時、我が真の主であるショーマさまは、冥府へと旅立ちかけていたこの魂を、現世へと引き戻してくださったのです」
「「「なにぃいいいいいいいいいっ!!」」」
「もちろん……何度もできることではないと思います。あたしは、運が良かったのでしょう」
ユキノは祈るように手を組んで、告げる。
「その後、あたしは真の主であるショーマさまと出会うという運命に導かれ、この地へとやって来ました。再会したとき、我が真の主は『辺境の王』となり、亜人と、戦いを望まない人々を守ることを決めていました。
ですから、あたしはこの命と魂をかけ、真の主たるショーマ=キリュウさまにお仕えすることにしたのです」
そう言って、ユキノは頭を下げた。
「我が真の主が望みでもある『辺境とその周辺の平穏』のために、この魔将軍ユキノ、微力を尽くさせていただければ幸いに存じます」
語り終えたユキノを前に、シルヴィア姫もレーネス姫も、群臣たちも、ただ沈黙するだけだった。
死神と、鋼鉄の巨獣をものともしない『辺境の王』
彼の力で、死の淵から甦った少女、ユキノ。
あまりに桁外れな話を耳にした『キトル太守領』のものたちは、声も出せずにいた。
『辺境の王』とユキノの力については疑うべくもない。
彼らは『武力100』のトウキ=ホウセを一蹴し、『キトル太守領』を救ったのだから。
けれど、ふたりがこれほど凄まじい戦いをくぐり抜けて来たとは、誰も想像していなかったのだ。
もちろん、話の内容はよくわからなかった。
けれど、『辺境の王』と彼女が、それだけの死線をくぐったことは疑いない。
居並ぶ群臣たちは、ただ、ため息をつくばかりだった。
生と死をも超越した彼女たちにとっては、この乱世など、なんてことないのではないか──?
そんな思いが、姫たちと群臣たちの頭をよぎっていたのだ。
もちろんユキノは、嘘なんか一言も言っていない。
アレンジしすぎて、ショーマが聞いたら問答無用でツッコミたくなるものにはなっていたけれど、すべて真実だ。
充分満足したから、ユキノとしては、誰も信じてくれなくても構わなかったのだけど──
「──すばらしいお話を聞かせていただきました」
不意に謁見の間の入り口から、声がした。
周囲で控えていた兵士たちが、扉を開ける。
そこにはドレス姿のキャロル=グルトラ姫と、侍女のケイトが立っていた。
「大いなる『辺境の王』には、そのような過去があったのですね……」
「キャロル姫さま、どうしてここに!?」
「申し訳ございません、シルヴィアさま。私の護衛をしてくださる方がいらっしゃったと聞いて来てみたのですが……お話のじゃまをするのがもったいなくて、扉の外で聞き入ってしまいました」
キャロル姫はドレスの裾をつまんで、一礼。
澄み切った笑顔を浮かべて、ユキノと、シルヴィアの方を見て、
「私はぜひ、ユキノ=クラウディ=ドラゴンチャイルドさまに護衛をお願いしたいと思います。別室でゆっくりとお話ができないでしょうか。シルヴィア姫さまも交えて、3人で」
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