第90話「覇王と領主嫁軍団による、禁断の『透明化』実験」
『透過の実』を使うと透明になる。
でも、そのやり方は何種類かあって──
(1)果汁をそのまま身体に塗る。
(2)果実そのものを食べる。
(3)果汁を『魔力温泉ポーション』に混ぜて飲む。
(4)果汁を『魔力温泉ポーション』に混ぜて身体に塗る。
今のところ、この4種類が考えられる。
「でも……身体に塗るのは、使い勝手が悪いな」
俺は透明になった自分の手を見た。
よく見ると、一部透明になりきってない箇所がある。
「完全に透明になるには、すみずみまで塗り込まないといけないのか……」
「わかったよ。兄上さま」
「ちょっと別室で、リゼットさんの身体に果汁を塗り込んできますね」
「……ふぇっ?」
「待て待て待て」
俺は手を挙げて、ハルカとユキノを止めた。
それから、みんなに見えるように、透明化した手の平をテーブルに押しつけて……離すと。
かすかに、べちゃ、と音がした。
「果汁を身体に塗ると、べとべとするんだ。足の裏に塗って歩くと音がするから、隠密行動には向かないと思う」
武器に塗るのはありだけどな。
剣や矢を透明化すれば、相手にとってはかなりの脅威になる。
だけど、今必要なのは自分を透明化して、安全に『牙の城』に潜入する方法だからな。
「もう少し使いやすくできればいいんだけどな」
「ポーションで薄めるのはどうですか? 我が王」
「うん。そのやり方も試してみよう。プリム、適当に濃さを変えて、『透過の実』の果汁を混ぜたポーションを作ってみてくれないか?」
「承知いたしました」
プリムは『透過の実』を手に、別室へと移動する。
俺は枝から『トウカの実』を取って、『命名属性追加』で強化する。
合計5個をテーブルに並べる。見えないけど。
ポーションはプリムに任せて、『透過の実』を食べたらどうなるかの実験をしよう。
まずはナイフを手に取り、透過の実の皮を剥いて──いかん、透明だからすごく剥きにくい。
まぁ、食べやすくすればいいか。こんなものかな。
「じゃあリゼット、試しに食べてみてくれないかな」
「はい。兄さま!」
リゼットはなぜか、俺の前に膝をついた。
「『異形の覇王』である兄さまが手ずから剥いてくださった『透過の実』──ありがたく頂戴いたします」
「大げさな」
「だって、大いなる力を持つ『禁断の果実』なのですから」
そう言ってリゼットは『透過の実』に歯を立てる。
ゆっくりとかじって、咀嚼して、飲み込むと──
「「「リゼット (リズ姉) (リゼットさん)が消えた────っ!?」」」
リゼットの身体が、透明になった。
「ほ、ほんとです。私、消えてます──けど」
「……服は残ってるね」
この『透過の実』には俺が与えた『透過』の魔力が宿っている。
だから、それを取り込んだ者には、透明化の能力が宿るみたいだ。
でも透明化するのは身体だけ。身にまとったものは残ってしまう、ということらしい。
「リゼット。まわりのものはきちんと見えてる? 俺やハルカやユキノのことも?」
「はい。見えてます」
リゼットはうなずいた……ように見えた。
透明になっても視力には影響はないのか。
まぁ『意思の兵』だって目はないけど、普通にものを見てるもんな。
この状態でも、魔力的にものを見てるのかもしれないな。
「リゼット、そのまま壁を抜けられないか試してみてくれ」
「は、はい」
リゼットの服が、壁の方に移動する。
なにか、ぐぐっ、と壁を押してるのが見えるけど──
「……ごめんなさい兄さま。駄目みたいです」
「いや、あやまらなくていいよ。でも……『透過の実』で物質は通過できないみたいだな。これは魔力の問題か……さすがに物理的障害が大きすぎるんだろうか……」
たとえば『透過の実』を10個食べれば通れるようになる、とか?
いや、今のところは透明化できただけで充分だな。
壁を通り抜けてるところで『透過』の効果が切れたら大惨事になるからな。
「まずは服を透明にする方法を考えよう」
「はい! 兄上さま。リズ姉の服に果汁をしみこませるのはどう?」
「確かに透明化はするだろうけど……あんまりオススメはしないな」
「リズ姉、試してもいい?」
「……はい。いいですよ」
リゼットの服が、ハルカの近くにやってくる。
ハルカは『透過の実』を削って、果汁を数滴、リゼットの胸元に垂らす。
服が透明化した。したんだけど──
「べたべたしますね……」
リゼットの服が、手のかたちにへこんでる。
彼女が軽くジャンプすると、べちゃ、と音がする。
服に果汁がしみこんでるせいだ。
やっぱり隠密行動には向かない。ということは……。
「……完全に姿を消すためには、服を脱がなきゃいけない、ってことか」
『透過の実』を食べれば、身体そのものを透明化することができる。
食べることで『透過の魔力』を吸収することができるからだ。
でも、服や装備を透明化するためには、果汁を塗り込まなければいけない。
でもそうすると、服がべとべとして動きが悪くなるし、水音がしてしまう。
だから、完全に透明化して隠密行動を取るためには──服をすべて脱いだ状態で行動しなきゃいけない……ってことか。
いや……さすがにそれはないな。いくらなんでも。
防御力とかじゃなくて、精神的に。
俺とリゼットは覚醒することで『竜の鱗』が使えるから、裸になっても防御力に問題はない。
あと、俺は『王の器』の収納スキルがあるから、危なくなったら装備を取り出して身につけることができる。
透明化すれば、他人からは見えなくなる。
だから服なしで行動しても問題ないといえばないんだけど……。
裸で人の城に潜り込んで、隠密行動……って精神的にハードルが高すぎる。
やはり、他の解決方法が必要だろうな。
例えば──
「わ、わかりました! リゼット、覚悟を決めます!!」
「え?」
不意に、しゅる、と、音がした。
リゼットの服が、すとん、と、床に落ちた。
空中に浮かび上がった下着がずれて、それも床の上へ。
リゼットの姿が、完全に消滅した。
「ど、どうですか。ショーマ兄さま」
「……うん。なんにも見えないね」
「…………よ、よかったです」
リゼットが、ほぅ、とため息をつく気配。
ハルカとユキノは目を丸くして、リゼットの声がする方向を見てる。
「こ、これで、に、兄さまの『透過の実』の効果を完全に活かすことができると思います! な、なにも着てなければ、服が音を立てることもありません。リゼットは『竜将軍覚醒』すれば、『竜の鱗』を防御に使うことができます。だ、だからこの状態でお仕事しても、な、なにも問題はありませんっ!」
甲高い声で、リゼットが叫んだ。
顔が真っ赤になってるのが、見えるような気がした。
「だ、だからぁ、このお役目は……リゼットだけのもの……です。他の……誰にも……同じことできない……です」
「リゼット、確認だけど」
「ふぁい……」
「『トウカの木』の樹皮を使って、服を作ることってできる?」
「え? あ、はい。できると思います。固いから着心地はよくないですけど、樹皮をうまく繋ぎあわせれば……て、えええええ!?」
「なるほど! すごいよ兄上さま!!」
「そうすれば『トウカの服』、つまり『透過の服』ができるってことですね。ショーマさん!」
正確には『透過の皮の服』になると思うけど、効果は同じはずだ。
ただし『命名属性追加』のスロットをひとつ消費しちゃうんだけどな。
でも、それしかないだろ。全裸でよその城に忍び込むわけにはいかないし……。
「そういえば、プリムの方はどうなったんだ?」
俺がそう言ったとき、ばん、と、部屋のドアが開いた。
「お待たせいたしました! 我が王!!」
『ヘイッ!』『ヘーイッ!!』
プリムと、透明な塀たちが並んで部屋に入ってくる。
「「「「ええええええええっ!?」」」」
「この『翔軍師』プリムディア=ベビーフェニックスは、王のお力を借りて『透明化ポーション』の開発に成功致しました!!」
プリムは天井に向かって手を伸ばし、宣言した。
「ここ『優先強化エリア』にある『魔力温泉水』に『透過の実』の果汁を7対3で混ぜることによって、吸収率が良く、身体につけてもべとべとしないポーションにすることができました。『意思の兵』は元々、竜脈の魔力によって動いているものです。それが凝縮した温泉水を7割にすることで、残り3割の『透過の実』の魔力が非常に吸収の良いものとなりました!」
『『ヘイヘイヘーイ!!』』
プリムは透明な『意思の兵』を手の平で触ってる。
俺も同じようにすると……本当だ。全然べとべとしない。
これは『優先強化エリア』の『魔力温泉水』の効果を利用したものだ。
辺境にある温泉は、ものすごく魔力濃度の高いお湯になっている。その魔力は元々、大地を流れる竜脈から取り出したものだ。
そして『意思の兵』も、同じ竜脈の魔力で動いている。
だから『意思の兵』に『温泉水』と『透過の実』で作ったポーションを使うと、一気に吸収しちゃう──つまり『飲み込んでしまう』ってことか。塗ってるわけじゃなくて飲んでるから、透過の力もすばやく吸収して、その上べとべとしない、ってことか。すごいな。
「あたくし、がんばりました! 役に立ったと思います。あたくし、軍師ですから!!」
「わかってるよ。ありがとう。プリム」
「えへへ」
俺が頭をなでると、プリムはうれしそうに目を閉じた。
それから俺は、リゼットの声がする方に手を伸ばして、
……ふにっ。
「ん──────っ!?」
「ん?」
ふにふにふに。
「…………兄さま」
「悪い。リゼット」
なでる部分を間違えたようだ。
とりあえず俺はリゼットから離れた。
「ま、まずは実験終了ってことにしよう。リゼット」
「は、はい。『透明化』を解除しますね。兄さま」
震える声で、リゼットが言った。
俺はふと、足元を見た。
丸まった下着と服が転がってた。
「……ちょっと待て、リゼット」
「え?」
俺の目の前に、リゼットが姿を現した。
裸だった。
「ふ、ふえええええっ!? し、失礼しました兄さま。おみぐるしいところおおおおっ!?」
「……いや、気にしなくていい」
俺は、とりあえず後ろを向いた。
背中越しに、しゅる、と、リゼットが服を着る気配がした。
「その……俺たちは、家族だからな」
「そ、そうですよね。兄妹ですものね」
「ああ、兄妹だからな」
「…………」
「…………」
「いいですよ。兄さま、こっちを見ても」
リゼットがそう言ったから、俺は振り返った。
服を着たリゼットが立っていた。
上半身の服が透けてるのを、両手で押さえてる。
そういえば……『透過の実』の果汁をかけてたっけ……。
「リゼットが『透明化やめ』って言っても戻らないんですけど、これって……」
「なるほど。人が透明化したときは自分の意思でやめられるけど、服の場合は効果が切れるまでそのままなのか……」
「これって、いつ効果が切れるんですか?」
「……結界内は『命名属性追加』の時間制限がないからなぁ」
「え、ええええっ! じゃ、じゃあ、リゼットはずっとこの服を?」
「いや、洗えばいいと思うよ」
服が透明になってるのは『透過の実』の果汁の力だから。
洗って果汁が薄まれば、効果は消えるんじゃないかな。
「……そ、そうですね」
「……ああ。そうだね」
「「…………」」
なんだろう、この空気。
リゼットは熱っぽい目で、俺を見てる。胸を押さえて、照れくさそうな顔で。
俺とリゼットは、この世界では義兄妹で──それは本当の兄妹と同じようなもの、なんだけど。
そのことを忘れてしまいそうな、不思議な気分だった。
「わーい、兄上さまー! プリムさんの『透明化ポーション』は完璧だよ!」
ぎゅっ。
ハルカの声がして、背中に温かいものが押しつけられた。
振り返ると、後ろでプリムとユキノが『意思の兵』とポーションの実験をしてる。
じゃあ、今、透明化して俺の背中に抱きついてるのは……。
「ハルカ。なにしてるんだよ……」
「だからぁ。プリムさんの『透明化ポーション』を人が飲んでも効くかどうか試してみたんだってば。すごいよ。温泉水と混ぜることで吸収が早くて、『透過の実』はひとかけら使えばいいんだよ。大発明だよ! 辺境の、透明兵団の誕生だよ!!」
「いいから服を着ろ。ハルカ」
「それができたら苦労はしないよー。兄上さま」
「なんでだよ」
「さっき、ポーションをうっかりこぼしちゃって、服にしみこんじゃったんだよ……」
俺は部屋の床を見回した。
確かに、ハルカの服はどこにも落ちてない。
こぼしたポーションがしみこんだせいで、透明になってしまったようだ。
「……透明化の技術って、実用にはいろいろ問題があるな」
「注意すれば大丈夫だと思いますよ。兄さま」
俺の隣で、リゼットが笑った。
「リ、リゼットががんばって、実験したんですから! がんばりました!」
「うん。ありがとな。リゼット」
俺は手を伸ばして、今度はちゃんと、リゼットの髪をなでた。
それからハルカに背を向けて『トウカの実』にかけた『命名属性追加』を解除。
リゼットの服と、ハルカとハルカの服、『意思の兵』の透明化が解除された。
「えー。せっかく、透明化の効果をいろいろと試すつもりだったのに……」
「なにを試すつもりだったんですか? ハルカ」
「兄上さまが温泉に入ってるときにね──」
「……ちょっとおそとで話をしましょう」
ハルカはリゼットに引っ張られて、家を出て行った。
部屋に残ったのは俺とユキノとプリム、『意思の兵』2体。
俺たちは効果が消えた『トウカの実ポーション』を (ユキノの凍結魔法で冷やしてから)ジュースの代わりにして、乾杯。
実験の成功を祝った。
「今後の予定としては、まず『トウカの樹皮』で、服を作るところからだな」
「それは村の方々にお願いいたしましょう。ハザマ村には、服を作るのが得意な方もいらっしゃいますから」
「あとは『人質交換』の時の役割分担ね。ショーマさん」
プリムが言って、ユキノがうなずいた。
「誰がキャロル姫の護衛を担当して、誰が『牙の城』に忍び込むか、ってことだな」
『ヘイッ!』『ヘイヘイ!!』
「わかってる。キャロル姫の護衛は『意思の兵』にも担当してもらう」
『『ヘイホー!』』
「そうだな。キャロル姫を警戒させないためには、『透明化』した方がいいよな。それに、お前たちは小屋になってキャロル姫を運んだ経験があるから、彼女たちのペースに合わせることもできるだろう」
『ヘイ!』『ヘイヘイィ!!』
「塀さんたち、やる気は充分みたいね」
「……すいません我が王、ユキノさま。あたくしはまだ、塀語は苦手なようです」
安心しろプリム。俺もユキノも「なんとなく」意思を通わせてるだけだから。
「『牙の城』に忍び込むのは、俺とリゼットの担当だ。どのみち魔法陣を活性化できるのは俺だけだからな。リゼットには『透明化』して、サポートしてもらうよ」
「わかりました。あたくしは『牙の城』の図面を参考に、忍び込むのに最適なルートを割り出しましょう」
「あたしはなにをすればいいですか? ショーマさん」
「ユキノは、シルヴィア姫のところに行ってくれ。キャロル姫と親しくなって、『牙の城』や『グルトラ太守領』の情報を聞き出して欲しいんだ。そうすれば護衛も、城の攻略もやりやすくなるから」
「『透明化ポーション』持っていっていいですか?」
「……考えて使うようにね」
「わかりました!」
こうして『透明化』能力を持つ、『透過の実』の実験は終わり──
俺たちはキャロル姫の『人質交換作戦』の、本格的な準備に取りかかることにしたのだった。
いつも「天下無双の嫁軍団とはじめる、ゆるゆる領主ライフ」をお読みいただき、ありがとうございます!
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もちろん、改稿たっぷり、書き下ろし追加でお送りしています!
「なろう版」とあわせて、「書籍版」の「ゆるゆる領主ライフ」も、よろしくお願いします!!