第89話「覇王、『禁断の果実』を生み出す」
シルヴィア姫の城での会談のあと、俺とプリムは『魔法陣転移』で辺境に戻った。
キャロル姫の『人質交換計画』についての話し合いをするためだ。
家に戻ると、魔法陣の前でリゼット、ハルカ、ユキノが待っていた。
「おかえりなさい、兄さま!」
「ねぇねぇ、ボクはこれからどんなお手伝いをすればいいの?」
「『意思の兵』による『人間ホイホイ』は闇に属する術。それをたやすく扱うとは……さすが我が真の主……」
「まぁ、とりあえずご飯を食べながら話そう」
そんなわけで、俺たちは夕食のテーブルを囲みながら、キャロル姫と『グルトラ太守領』に捕らわれている人々について、情報共有をすることにしたのだった。
「……『グルトラ太守領』に、シルヴィア姫のご家族が捕らわれていたのですか……」
俺とプリムの説明を聞いたあと、最初に言葉を発したのはリゼットだった。
スープが入ったカップを両手で包み込み、大きな目を見開いてる。
びっくりしすぎて、スープの熱さにも気づいてない──いや、竜の鱗で熱を防いでるのか。
いつの間にか『竜将軍覚醒』してる。やけど防止に。
「でも、リゼットには理解できません。領土に戻ろうとしたキトル太守と、その娘さんを捕らえるなど……現在のグルトラ太守は、どうしてそのようなことを?」
「キャロル姫の話では、今の太守のトニアって人は父親との折り合いが悪かったそうだ。出世欲も強く、それで『十賢者』にそそのかされたんじゃないか、ってさ」
俺はリゼットの指をカップからはがしながら答えた。
「キャロル姫は信じられると思う。彼女がいい人だっていうのは獣人たちが証言してくれてるし、なにより、ここまで危険を知らせに来てくれたんだから」
「ボクもそう思うよ。それに、キャロル姫さまは竜帝陛下を尊敬してるんでしょ?」
早々とご飯を食べ終えたハルカは、頬杖をついてうなずいた。
「竜帝陛下は人間にも亜人にも優しい方だったそうだからね。キャロル姫はそれを自分でも実践してるんでしょ? そういう人なら信じてもいいんじゃないかな。竜帝陛下への忠誠には、嘘はないと思うよ。ボクは」
「……俺としちゃ、その忠誠心がちょっと怖いんだけどな」
キャロル姫は竜帝陛下に恥ずかしくないように、って想いだけで、自分の城から逃げ出した。
そんなふうに、あっさりと命を賭けられる、自称『竜帝の巫女』だ。
もしも彼女が、『竜帝の後継者』=『辺境の王』だって気づいたとき、どんな反応と変化があるかが読めない。
4段変身する変な王として幻滅するか、逆に無茶苦茶感動するか……。
もちろん、キャロル姫はいい人で、同盟関係を結ぶには絶好の相手だと思うんだが……俺個人としては、ちょっと警戒すべき相手でもあるんだ。
「でも、ショーマさんは、キャロル姫に協力することを決めたんですよね?」
「ああ。できれば彼女には弟を追い出して、次の『グルトラ太守』になって欲しいからな」
ユキノの問いに、俺はそう答えた。
リゼットとプリムが、納得したようにうなずく。
ハルカはなんだか首をかしげている。説明が必要かな。
「仮に『人質交換』がうまくいったとしても、現在の『グルトラ太守』と『十賢者』が、キャロル姫をそっとしておくとは思えない。彼女のおかげで、奴らの計画はだいなしになるんだからな。下手をすれば、仕返しされる可能性がある」
「でも、キャロル姫って『グルトラ太守領』では人気があるんですよね?」
「そうだな。表向きは大事にされるだろうな。けど──」
「病気ということにして幽閉する。あるいは、黒魔法で操るなど、方法はいくつもございます」
俺の言葉を、プリムが引き継いだ。
「それを覚悟の上で領土を出られたとすれば……キャロル姫はすごいお方です。ぜひとも、次の『グルトラ太守』になって欲しいお方ですね」
「俺もそう思う。彼女が領主になれば、『キトル太守領』『グルトラ太守領』の3領主の同盟が成立する。『十賢者』や他の領主も、手出しできなくなるはずだ」
「すごいってことはわかったよ! 兄上さま!!」
ハルカが目を輝かせた。
わかってくれたようだ。
「つまり、兄さまやリゼットたちとしては『人質交換』が成功したあとのことも考えなければいけない、ということですね」
「そうだな。できれば人質交換の直後に、『牙の城』に潜り込んで、魔法陣を活性化させておきたいところだ」
俺は言った。
「『人質交換』はおそらく、『キトル太守領』と『グルトラ太守領』の中間地点で行われる。その間なら、『牙の城』の兵士も少なくなっているはずだ。俺たちが忍び込む機会はあると思う」
「……なるほどです。兄さま」
「魔法陣を活性化させて、護衛の塀を送り込んだ上で、キャロル姫には『牙の城』に住んでもらうようにお願いする。そうすれば危険が減る上に、俺たちもいつでも転移で駆けつけることができる。そこを拠点に、『グルトラ太守領』の魔法陣を活性化させることもできるだろ?」
「……我が王」
「どうしたプリム。俺の作戦に問題があるなら言ってくれ」
「……いえ、問題はまったくございません。というより──」
プリムはふと、首をかしげて、
「むしろ……そのやり方を繰り返せば、大陸全土を王の領土にすることも叶うのではないでしょうか?」
「「「「……あ」」」」
俺とリゼット、ハルカとユキノの目が点になった。
(1)ひとんちの領土に忍び込んで『魔法陣』を活性化させる。
(2)転移能力で『意思の兵』を送り込む。
(3)『魔法陣』がある場所 (城や遺跡)を乗っ取る。
(4)そこを拠点に、次の『魔法陣』を攻略する。
──確かに、このパターンを繰り返せば、どんどん領土を広げることができる。
できるけど……。
「そこまで手を広げると、維持が大変だと思うぞ」
「そうでしょうか?」
「『キトル太守領』にはシルヴィア姫という協力者がいるだろ? 『グルトラ太守領』はキャロル姫に任せられる。けど、他の領土にそういう人材がいるとは限らない」
「……リゼットでは力不足ですか」
「いや、リゼットたちには俺の側にいてもらわないと」
リゼットもハルカもユキノもプリムも、俺の事情を知っていて、能力のことも理解してくれる。
みんなと一緒の時だけ、俺は『辺境の王』じゃなくて、異世界人の桐生正真でいられるんだ。
だからみんなには、できるだけ側にいてもらわないと。
「……そ、そうですね。リゼットは兄さまの義妹ですから、一緒にいないと、ですよね」
「だよねー。世界よりも、兄上さまの方が大事だもんね」
「あたしはショーマさんの個人的な部下だもの。なにより、元の世界からの弟子なんですからねっ」
「……ぐ、軍師としては複雑ですが、そう言っていただけるのはうれしいです」
みんなは照れたような顔で、食後のお茶を飲んでる。
異世界に来て大分時間が経って、いつの間にか辺境のこの家が、俺の居場所になっている。
このテーブルが家族の食卓で、それを囲むみんなは、俺の家族。
……そういうことなんだろうな。きっと。
「ですが王よ。『牙の城』は警戒が厳しい城のようでございます」
プリムがテーブルの上の皿を片付けて、代わりに大きな木の板を置いた。
そこには墨で、なにかの図形が描かれている。
これは……城の図か。
「これがキャロル姫さまの証言を元に作った『牙の城』の簡略図でございます」
「『牙の城』は……城壁が二重になっているんですね」
「はい。リゼットさま。見張り塔の数も多く、あたくしと王の翼でも、見つからずに近づくのは難しいと考えます」
「でもでも、『人質交換』の間なら、兵士も少なくなってるんじゃないの?」
はい。とハルカが手を挙げた。
「キャロル姫を迎えに行く兵士に、シルヴィア姫のお父さんとお姉さんを護送する兵士も必要だよね? その分、お城の警戒はゆるくなってるから楽勝だと思うんだけど」
「ハルカさまのおっしゃることはわかります。けれど、こちらは少数で忍び込んで、『魔法陣』のある場所までたどりつかなければなりません。兵が多少減ったところで、危険なことに変わりはございませんよ」
「魔法陣の場所はわかってるんだよな?」
「はい、我が王。キャロル姫によると『牙の城』にある塔の最上階に、竜帝陛下の壁画と……奇妙な図形があるそうです」
「となると、そこまで見つからずに行けばいいわけだな……」
こちらの目的は戦闘じゃない。武力で塔を制圧する必要はない。
兵士に見つからずに塔にたどりついて、魔法陣を活性化させればそれでいい。
あとは『意思の兵』を転移で送り込めば、キャロル姫を守ってくれるはずだ。稼働時間無限で。
となると……。
「兄さま?」「兄上さま?」「なにが策があるんですね。ショーマさん」
リゼット、ハルカ、ユキノが身を乗り出してる。
「実はこの前、隠密行動に使えそうなアイテムを思いついたんだ」
それはこの『ハザマ村』が『優先強化エリア』になったことで作れるようになったものだ。
今までの『命名属性追加』とはちょっと違うから、実験しなきゃいけないのだけど。
「リゼット、ちょっとそこの窓から、『トウカの実』を取ってくれないか?」
「は、はい。兄さま」
俺が指さす先には、大きな木がある。そこには桃色の果実が鈴なりになってる。
リゼットは窓から身を乗り出すと、枝が自然と降りてきて、果実を取りやすいようにしてくれる。
桃にそっくりなきれいな実だ。
この世界では『トウカの実』という名前らしい。
俺とリゼットとハルカは、この樹の前で義兄弟の誓いをした。
俺たちにとっても、重要な果実だ。
「……すごい。今、もいだばっかりなのに、もう次の花が咲き始めてる」
ユキノが外を見てびっくりしてる。
リゼットが果実をもいだところから、小さな花が顔を出してる。
ここは魔力に満ちた『優先強化エリア』だからな。果実や作物がなるのが無茶苦茶早いんだ。
これなら、たくさんの果実を必要とする『強化』を使っても大丈夫だろう。
「発動。『命名属性追加』──大いなる果実『トウカの実』よ」
俺はリゼットがくれた『トウカの実』を両手で包み込み、スキルを発動した。
「『これより紡ぐのは、王の言葉。鬼竜王翔魔の名において、新たなる属性を授ける』」
『トウカの実』が、光りはじめる。
リゼット、ハルカ、ユキノ、プリムは息を詰めて、俺の『強化』を見つめている。
「『類似なる言霊を受け入れよ』──『汝に与える属性は』」
ずっと、この属性については考えていた。
今までは果実が成ってなかったから使えなかった。
いくら強力なアイテムでも、補給がきかなきゃ意味がないからな。
でも、今は違う。
村が『優先強化エリア』になった今なら、この果実をいくらでも使うことができる。
だから──
「『トウカの実』──転じて『透過の実』と為す。王の命名を受け入れよ! 『命名属性追加』!!」
『トウカの実』の表面に、青白い線が走る。
それが『透過』の文字を描くと──
『トウカの実』が、透明になった。
「「「「……え」」」」
みんな、ぽかん、としてる。
期待外れだったのかもしれない。でも効果は、これで終わりじゃない。
「『竜種覚醒』して……っと。ていっ」
俺は竜の爪で、『トウカの実』を握りつぶした。
果肉が割れて裂けて、たっぷりの果汁が、俺の手にかかった。
俺の手が透明になった。
「「「「えええええええええええええっ!?」」」」
今度こそ、リゼット、ハルカ、ユキノ、プリムが声をあげた。
俺は果汁のかかった手を振ってみる。うん。やっぱり見えない。
手があるのも、動いてるのもわかるけど、視界に入ってこない。なるほど、こういう効果か。
俺は『命名属性追加』で『トウカの実』に『透過』属性を与えた。
『透過』の意味は文字通り『透き通ること』だ。
だからその果汁や果肉にも、透明化の能力が追加されたらしい。
「食べ物を『強化』するのは初めてだからな。いろいろと実験しないと」
たとえば、これを『魔力温泉ポーション』と混ぜればどうなるのか。
身体にかけても効果が出るなら、いっそ食べたらどうなるのか。
果汁を布につけて、『意思の兵』に塗りつけたら、透明塀団になるのか。
──武器の透明化。防具の透明化。使い道は色々ありそうだ。
さらに『透過』には『通り抜ける』という意味があるから……もしかしたら、壁を無視して移動できるようになるかもしれない。
「というわけだけど、この『透過能力』で『牙の城』に忍び込めると思う?」
「「「「できるに決まってます!!」」」」
怒られた──というか、迫られた。
みんなそろって、額がくっつきそうなくらい顔を近づけてくる。
「この透明化能力があれば、『牙の城』どころか王都を攻略する策さえも考えてみせます! 軍師ですから!! 軍師ですけど──もう! ほんとに、もーっ!!」
プリムは顔を真っ赤にして、ほっぺたをふくらませてる。
「我が王ときたら、次々に新しいアイテムを作り出すのですから! 策を考えるのが追いつきません。まったくもう!!」
「これぞまさに『禁断の果実』──アムブロージア。まさに『異形の覇王』にふさわしい果実……」
「本格的に使うのは実験してからだぞ。ユキノ」
「わ、わかってます! というか、ぜひ、あたしに実験させてください!!」
ユキノは、むん、と胸を張った。
「ローブを脱いだら透明になる魔女って、すごくかっこいいじゃないですか。ぜひあたしに、その『透過の実』を試させてください。ショーマさん!」
「ずるいよユキノちゃん! ボクも。ボクもやりたい!」
「わかりました。じゃあくじ引きで。リゼットさんもいいですね?」
「あ、はい」
盛り上がってるユキノとハルカ、つられてなんとなくうなずくリゼット。
ハルカは外で適当な葉っぱを拾ってきて、3枚のくじを作る。
裏に墨で丸が描いてあるのが当たりらしい。
俺は能力をチェックしなきゃいけないからということで参加できず、プリムも軍師だから同じ理由で不参加。結局、リゼットとハルカとユキノがくじを引いた結果──
「あ、ああああああ。ハズレでした……」
「残念だったねユキノちゃん。ボクはくじの製作者だから最後に引くとして。リズ姉は?」
「……えっと」
リゼットは手にした葉っぱを裏返した。
いびつだったけど、黒い丸が描かれていた。
「……いいなぁ。リゼットさん」
「リズ姉って、くじ運がよかったんだね。じゃあ、兄上さま。リズ姉に『透過の実』を試してもらって。ボクたちも見届けるから!」
「……あたしのくじ運って……」
「え? えっえっ?」
がっくりと膝をついてるユキノ。
ハルカはリゼットの背中を押してるけど……リゼットはとまどってる。
流されちゃったんだね。リゼット。
「……いや、俺としては自分で実験しようと思ってたんだけど」
「……いいえ。リゼットがやります!」
不意にリゼットは、拳を握りしめて、宣言した。
「ショーマ兄さまの義妹として、兄さまに負担をかけるわけにはまいりません。辺境が生み出した『禁断の果実』──『透過の実』の効果を、リゼットを使って心ゆくまで確かめてください!!」
「……あのね、リゼット」
「決定です! おねがいしますにぃさま。ご、ごえんりょなく!!」
そんなわけで──
新たなる強化アイテム『透過の実』は、リゼットを実験台にして、その効果を試すことになったのだった。
いつも「天下無双の嫁軍団とはじめる、ゆるゆる領主ライフ」をお読みいただき、ありがとうございます!
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もちろん、改稿たっぷり、書き下ろし追加でお送りしています!
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