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第88話「覇王、助力を申し出る」

「我がグルトラ太守領には、大きな城がふたつございます。ひとつは、領主が住むための主城(しゅじょう)。もうひとつは、罪人を捕らえるための『(きば)の城』でございます」


 キャロル姫は申し訳なさそうに目を伏せて、説明を続けた。


「『(きば)の城』は、文字通り牙のような塔がある城で、領土のはずれにございます。そこに、シルヴィア姫のお父上と姉君は捕らえられているのです」

「……父さまと……姉さまは、生きているのですね?」

「はい、間違いありません。『牙の城』を管理しているのは、先代の『グルトラ太守』の忠臣でございます。おふたりを幽閉しろという主命には逆らえませんでしたが、害したりはしない者です」


 キャロル姫の言葉に、シルヴィア姫は安心したようなため息をついた。

 ここ数ヶ月、父親と姉が行方不明になったことで、ずっと不安だったんだろう。

 ふたりの行方がわかったことで、少しだけ、ほっとしたのかもしれない。


「……キャロル姫がここに来たのは、もしかして人質交換のためだろうか」


 ふと思いついて、俺は言った。

 シルヴィア姫とキャロル姫が、同時に俺の方を見た。

 あと、プリムは涙目にならなくていいからな。本当は自分で言いたかったのにタイミングが見つからなくて、俺の手を、ぎゅっ、ぎゅぎゅっ、って握ってたもんな。わかってるからね。


「シルヴィア姫のご家族の居場所を伝えるだけならば、キャロル姫ご自身が危険を冒す必要はない。侍女のケイトが知らせに来れば済むことだ。なのに、姫ご自身がここに来たということは……自分を人質に、シルヴィア姫のご家族を取り戻せということではないのか?」

「あなたは……おそるべきお方ですね。『辺境の王』」

「わが軍師の思考をトレースしただけのことだ」

「お察しの通りです。あたくしは、人質になるためにここに参りました」


 キャロル姫は立ち上がり、深々と頭を下げた。


「どうかあたくしを人質として、シルヴィア姫のご家族を交換なさってください。

 弟のトニアは、姉の命など惜しまないかもしれません。けれど、兵士や将軍、民の目の前で堂々とあたくしを見捨てられるほどの度胸もないでしょう。なんらかの役には立つはずです」

「……キャロル姫さま」


 シルヴィア姫はまぶしいものを見るように、キャロル姫を見つめている。


「キャロル姫さまのご提案は大変うれしく思います。けれど、どうしてそこまでしてくださるのですか?」

「どうして……とは?」

「ここまでの旅も安全とは限りません。もしかしたら、途中で盗賊や魔物に襲われて、命を落としていたかもしれないのですよ? どうしてあなたは……そこまでして私たちのために……?」

「……あたくしは、いにしえの竜帝陛下をあがめているのです」


 目を閉じて、まるでここにはいない人に語りかけるように──

 優しい笑みを浮かべて、キャロル=グルトラ姫は言った。


「あたくしの祖母は、いつもあたくしに『竜帝陛下の伝説』を聞かせてくださいました。そしてこう言っていたのです……『いずれ世が乱れたとき、かならず竜帝陛下の後継者が現れる。その方に恥ずかしくないように生きていきなさい』……と。祖母は魔法にも長けていて、人々の悩み相談なども受けていたのです……」

「魔法使いであった、と?」

「はい。そうして、亡くなるときにも言いました。『もしも竜帝陛下の後継者が現れたら、迷わずお仕えしなさい。竜帝陛下に恥ずかしくない生き方をすれば、必ず出会えるはずだから』……と、言い残したのです」

「……だから、命がけでこんなことを?」

「偉大なる竜帝陛下なら、弟のトニアのしたことを決して許さないはずですから」


 キャロル姫は澄み切った顔で、笑った。


「それに……今は乱世です。みんな自分の欲のために動いています。ひとりくらい、竜帝陛下をひたすらあがめる、愚かな娘がいてもいいじゃないですか」

「……姫さまがこういう方ですから、私も協力する気になったのです」


 侍女のケイトは、困ったような顔で笑ってる。


「それに……姫さまと一緒にいると、なんだか本当に『竜帝さまの後継者』さまと巡り会えるような気がしてきまして……」

「気がする、ではありませんよ。ケイト。お祖母さまは天候を占う巫女でもあったのです。そのお祖母さまがおっしゃったのですから、必ずやあたくしは『竜帝陛下の後継者』さまと出会えるはずです!」

「「……へー」」


 ……こっち見んな。プリム、シルヴィア。バレるから。

 いや……バレて困るわけでもないんだけど……。


 ……なんだろう。妙にこの世界、中二病的な人が多くないか?

 いや、乱世だからしょうがないのかもしれないけど。そういう心意気がなければ、乱世なんか生き残れないのかもしれないけど……。


「話が逸れたようだ。シルヴィア姫の父上と姉君の話に戻ろう」


 なんとなく真横を向いて、俺は言った。


「キャロル姫と、我らが捕らえた兵士たちの話をまとめると……姫の弟であるトニア=グルトラは『十賢者』と組んで、この『キトル太守領』を奪うことを企んでいる。キトル太守たちを捕らえたのは、その一環ということだな」

「はい。間違いございません」

「もしも戦闘中に今の話を聞かされていたら……兵は動揺していたでしょう。父や姉が人質として前線に引き出されていたら……戦にもならなかったかもしれません」


 キャロル姫の言葉を、シルヴィア姫が引き継いだ。


「ですが、情報がわかったのなら打つ手はあります。キャロル姫との人質交換の話を、お受けいたしましょう。先方はキャロル姫が自発的にこちらに来たことを知っていますが……それも一部の者だけ。兵士や民は知らないはずです。少なくとも交渉の間、時間を稼ぐことはできましょう」

「そうですね。『(きば)の城』は竜帝時代の(・・・・・)遺跡です(・・・・)。忍び込んでおふたりを救い出すのはむずかし──」

「──待った」「お待ち下さい」


 俺とプリムは手を挙げた。

 ……今、キャロル姫はなんと言った?


「『(きば)の城』は竜帝時代の遺跡とおっしゃったか?」

「は、はい。元々は祖母の居城で、竜帝陛下のお姿の壁画が残っている……本当に古いお城です。場所は『グルトラ太守領』の北西──『キトル太守領』寄りにあります。ですが警備も厳重で、なかなか近づくことは……あの、『辺境の王』……どうされたのですか?」

「提案がある」


 今まで俺たちが活性化させてきた魔法陣は、すべて古い遺跡にあった。

 それは砦や城、塔、ダンジョンの奥にあった。

 ただ魔法陣があるだけで、竜帝に関わる情報はなにもなかった。


 だけど、『(きば)の城』は違う。

 その場所には、竜帝の壁画まで残ってる。

 間違いなく魔法陣はあるだろうし……もしかしたら、竜帝そのものに関わる情報や、『竜帝スキル』についての詳しい情報があるかもしれない。


「キャロル姫と、シルヴィア姫の家族の人質交換に我々も協力したい。な、プリム?」

「はい。交渉や人質交換の際に、我ら『鬼竜魔』の各将軍と我が兵が護衛につくことを進言いたします。相手はキャロル姫の弟君だけではなく、『十賢者』もおります。どんな手を使ってくるかわかりません。警戒をしておくべきかと」

「……それは願ってもない申し出ですが。よろしいのですか? わが王……い、いえ。『辺境の王』」

「シルヴィア姫とは同盟関係にある。また、今回『グルトラ太守領』の兵士たちは、辺境で技の実験をしていた俺とユキノに攻撃をしかけてきている。無関係とはいえまい」


 俺はキャロル姫と、侍女のケイトの方を見た。

 ふたりとも、目を輝かせてこっちを見てる。受け入れてもらえそうだ。


 俺たちが護衛としてついていけば、『(きば)の城』に近づくことができる。

 その城を攻略するかどうかは別として、どんなものかは見ておきたい。

 もしかしたら『竜帝スキル』について、もっと詳しく知るための手かがりがあるかもしれないからな。


「オブザーバーの身でありながら、口を挟んでしまって申し訳ないな。キャロル姫、シルヴィア姫」

「いいえ。いいえ!!」

「──え」


 いきなりだった。

 キャロル姫は床にひざをつき、俺の手を取った。

 そうしてその手の平に口づけて──


「偉大なる『辺境の王』の慈悲(じひ)に感謝いたします。亜人をさげすんでいる人間もいるというのに……このように、お力を貸していただけるとは……」

「……何度も言うが、シルヴィア姫とは同盟関係にあるのだ」


 ……この姫さま、人をまっすぐ見る(くせ)があるんだな。

 薄桃色の前髪を片手で押さえて、大きな目で、じっと俺を見てる。

 まるで深いところまでのぞき込もうとするみたいに。


「……もしも、事態が落ち着いたら、あたくしは……辺境におうかがいしてもよろしいでしょうか?」

「キャロル姫が、辺境に?」

「はい。竜帝陛下が残されたという『竜帝廟(りゅうていびょう)』を見てみたいのです。そこで、『竜帝陛下の後継者』さまが、いつごろ現れるのか、うかがってみたいのです」


 そう言ってキャロル姫は、優しい笑みを浮かべた。


「あたくしの祖母は巫女でした。その血を引くあたくしにも、もしかしたら……『竜帝廟(りゅうていびょう)』は答えてくれるかもしれません」

「もしも『竜帝の後継者』がいたら、どうなさるつもりか?」

「今は語らずにおきます。言葉というのは、大事なものですから」


 キャロル姫は恥ずかしそうに、唇を押さえて──


「……それについては『竜帝廟』に行ったときのために、取っておくつもりです」


 ──真っ赤な顔で、そんなことをつぶやいたのだった。

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