第85話「ふたりの領主による、家出姫捜索会議」
「シルヴィア姫が……どうしてこんなところに」
俺は急いで『魔種覚醒』を解除した。
普段の姿に戻ってから、深呼吸して訊ねる。
「……久しいな、シルヴィア姫。どのようなご用件だろうか」
「『辺境の王』……いえ、ショーマさま。今のお姿は?」
「……久しいな、シルヴィア姫。どのようなご用件だろうか」
「……あの、今のかっこいいおすが」
「ひさしいなシルヴィアひめ。どのようなごようけん」
「「…………」」
「急ぎ、お伝えしたいことがあり、王の『魔法陣』を使わせていただいたのです」
シルヴィア姫はドレスの裾をつまみ、正式な礼をした。
俺も他領の兵士の手前、領主としてお辞儀を返す。
よし、ごまかした。
「……『魔法陣』を……ということは、転移してきたのか?」
『グルトラ太守領』の兵士に聞こえないよう、俺は小声でささやいた。
シルヴィア姫も、俺の耳に顔を近づけて、
「……この間『辺境の王』が同じ方法で、城から辺境へと戻られたでしょう? 私も王の配下になったのですから、同じ加護が得られると思ったのです」
「……意外とチャレンジャーだな」
「……そしたら、山の上の砦に転移してしまいまして……」
「……獣人と一緒にいたプリムと合流した、ってことか」
プリムは確か『崖上城』に獣人たちを案内してたはずだ。
そこにシルヴィア姫が現れたから、事情を察して、一緒に飛んで来てくれたのか。
「それで、どのようなご用件だろうか。シルヴィア姫」
「……できれば、シルヴィア、とお呼びいただきたいのですが」
服装を整えたシルヴィア姫は、小声でつぶやいた。
「……見知らぬ兵がいるところでは、そうはいきませんね」
「……そうだな」
「私がこちらにうかがったのは、他でもありません」
シルヴィア姫は表情を引き締めて、
「実は『グルトラ太守』の兵たちが『キトル太守領』に侵入したようなのです。こちらの領土に侵入した盗賊を捕らえるため、と言っていますが、別の目的があるかもしれません。場所も、辺境に近いため、まずは『辺境の王』にご報告をと思いまして」
「『グルトラ太守』の兵が?」
「ええ。辺境の、このあたりに」
「武器を持って?」
「はい。十数人規模だと思われます」
俺とシルヴィア姫は、気絶した兵士たちの方を見た。
「こいつらのことだな」
「そうですね。で、盗賊というのは──」
「それは口実で、領土から逃げ出したキャロル=グルトラという姫君を連れ戻しに来たそうだ」
「わかります。聞こえておりましたから」
俺とシルヴィア姫は、再び兵士の隊長の方を見た。
隊長は真っ青な顔でうずくまってる。
そりゃそうだ。一番情報を知られたくない相手が、空を飛んでやってきたんだから。
「この兵士たちは拘束して、『キトル太守領』に運んだ方がいいだろう」
「そうですね。こちらで、運搬用の兵士を用意します」
魔法陣で転移させる方がてっとり早いけれど、他国の人間には竜帝スキルの秘密を知られたくない。
ここは手間をかけてでも、人力で運んだ方がいいだろう。
「プリム。キャロル=グルトラ姫についての情報はあるか?」
「獣人たちからは、優しい姫君と聞いているのです」
「確か彼らは、姫さまが直接自分たちに会いに来てくれたことがあるって言ってたな」
「グルトラ太守家は、代々穏健派として知られておりました」
シルヴィア姫が説明を引き継いだ。
「先代のグルトラ太守は、我が父アルゴス=キトルとも親しかったのです。彼はまだ30代とのことでしたが……この時期に急死されるとは……」
「そのあたりは、この兵士たちが詳しく話を聞かせてくれると助かるんだが」
俺とプリム、ユキノ、シルヴィア姫は、兵士たちの方を見た。
兵士の隊長は黙って、あさっての方向を向いている。
他の兵士はいまだに気絶中だ。しょうがないな。
「お願いがあります。我が真の主よ」
「なんだよ。ユキノ」
「あのウサギを──『玉兎』を呼ぶ練習をしてもいいですか?」
『ヘイッ!』『ヘイヘイ!』
「わかった話す!」
ぐるん、と、首を動かして、兵士の隊長がこっちを見た。
「だ、だから頼む! 暗闇に閉じ込めるのはやめてくれ!! もうあの暗闇はいやだ。暗闇の中で竜とウサギに追われるのはいやだあぁあああ」
「ああ、やはり真なる闇は、屈強な兵士たちさえも恐れさせるのですね……」
ユキノは、うっとりした顔で、俺の前にひざまずいた。
「深淵なる闇さえも掌握し、使いこなされるとは……このユキノ=クラウディ=ドラゴンチャイルド……真の主への尊敬の念を深めるばかりです」
「それ、敵兵の前の演技だよな? な?」
けれど、ユキノは意味深な笑みを浮かべるばかり。
彼女の将来が心配だ。
兵士の隊長の方を見ると──なぜかガタガタと震えてる。
真の闇に恐れをなしたのか、ユキノの笑みに恐怖を感じたのか、ぽつり、ぽつりと話し始める。
「…………新たに領主となったトニア=グルトラさまは『十賢者』と同盟を結ばれた。『共に力を合わせて『キトル太守領』を占領する』と……そのように、我々は聞いている」
「──そんなばかな話がありますか!!」
シルヴィア姫は目を見開いた。
「先代のグルトラ太守に仕えた者ならば知っているはず! 先代と我が父は、ずっと盟友だったのですよ!?」
「……これは……現領主であるトニア=グルトラさまの命令なのだ。キトル太守と長女は行方不明。この機会にゆさぶりをかければ、領土をたやすく奪うことができる……と」
「で、そのキャロルって人が領土を出たのは、おまえの主人と『十賢者』が同盟を結んだ後か?」
俺の問いに、兵士は目を伏せただけだった。
図星のようだ。
こいつは領主のトニア=グルトラに仕えている。
自分の主を批判することはできない、ということか。
「もうひとつ聞く。お前たちは『盗賊を討伐する兵士』としてここに来ている。そうだな」
「……そうだ」
「ということは……盗賊役の連中も領土に侵入しているということか? お前らと協力して、キャロル=グルトラを捕らえるために」
兵士の隊長は、しばらく動かなかった。
けれど、よく見なければわからないくらいかすかに、首を縦に振った。
「情報を感謝する。俺たちは作戦会議をしよう。我が『意思の兵』よ。敵兵を捕らえておいてくれ」
『『『ヘイヘイヘイッ!』』』
シュパッ。シュターン。シュタタタッ。
あっという間に5枚の『意思の兵』が組み合わさり、敵兵を閉じ込める牢屋に変わる。
ちょっと狭いし窓もないけど、天井は空いてるから我慢してもらおう。
俺は『翔種覚醒』してユキノを抱え、兵士に声が聞こえない距離まで移動する。
シルヴィア姫は『翔軍師覚醒』状態のプリムが運んでくれた。
兵士たちを囲む牢獄 (塀)がぎりぎり見える位置まで移動して、俺たちは円陣を組むみたいにして、手近な岩に腰掛けた。
「我が軍師プリム」
「はい。我が王」
「てっとり早く、キャロル=グルトラの身柄を押さえる方法はあるか?」
「あります。辺境の民の協力をいただければ」
「ちょ、ちょっとお待ち下さい。『辺境の王』──いえ、ショーマさま!!」
シルヴィアが手を挙げた。
「話が早すぎます。キャロル=グルトラさまを捕らえてどうするおつもりですか?」
「保護する。あと、情報をもらう」
キャロル=グルトラが、グルトラ太守と『十賢者』の同盟を嫌って逃げてきたのなら、こっちに取り込める。味方にできなくとも、『十賢者』の誰とグルトラ太守が繋がっているのかくらいは教えてもらえるだろう。
「今のところ、俺たちには情報がなさすぎる。『十賢者』や『グルトラ太守』がちょっかいを出してきているのに対して、ぎりぎり対応している状態だ。情報があれば──」
「このプリムディア=ベビーフェニックスの軍略をもって、敵の領土を切り取ることもできましょう」
「あたしも、正直、辺境の同盟者の土地が荒らされるのが頭にきてました。王の同盟者の領土は、王の領土も同然。最強種の『鬼竜王翔魔』の土地を荒らすものを許すわけにはいかないでしょ?」
「ああ……『異形の覇王』の怒りを買うとは『グルトラ太守』はなんと愚かなことを……」
「……プリムもユキノもシルヴィアも、話は最後まで聞こうね?」
まぁ、ちょっかいを出されるのに腹が立ってたってのはその通りなんだが。
それに対して、根本的な解決方法がなかったからな。
だけど──
「先代の領主の娘を味方にできれば、『グルトラ太守家』も、こっちを攻めづらくなるだろ。領主本人は別として、兵士や民衆にとっては、自分たちがあがめていた姫君なんだから」
「……確かに。そうなりましょう」
シルヴィアがうなずいた。
「キャロル=グルトラさまがこちらの領土に入られたのなら、あの方と接触する好機です。レーネス姉さまに相談して、兵を動かすことにいたしましょう」
「目立たないように頼む。キャロル=グルトラを警戒させないように」
「承知いたしました」
「辺境の方でも人を出す。プリム。旅商人ネットワークと連絡が取れるか?」
「……取れますが……我が王」
「どうした?」
「それ……わたくしが提案しようとした作戦なんですけれど……」
「なんかごめん」
「……いえ……いいのですが」
「俺としては旅商人たちに、獣人をひとりずつ付けて、『キトル太守領』を回ってもらうつもりだったんだが。彼らはキャロル=グルトラと面識があるし、相手のにおいも覚えている。だから、旅商人と一緒に回ることで、キャロル=グルトラを見つけてもら……って、なんで泣く!?」
「わ、わたくし……軍師なのに。王さまが同じ作戦を思いついてしまったら……立場が」
プリムはぽろぽろぽろっ、って泣きだした。
ユキノは困ったような顔で、俺を肘で突っついてる。しょうがないな。
「そ、そういえば。旅商人と獣人がキャロル=グルトラを見つけたとき、どうやってその報告を受ければいいかが思いつかないなー。狼煙をあげたら、キャロル=グルトラを警戒させるし、『グルトラ太守』の兵士にも見つかってしまうぞー。どうしよー、こまったなー」
「……ま、魔法陣を使いましょう」
プリムは目をぬぐいながら、言った。
「キャロル=グルトラを発見したら、魔法陣の近くに印をつけておくように決めておくのです。このプリムが毎日『魔法陣転移』で移動して、印があるかチェックして回りましょう」
「旅商人を集める方法については……また交易所を開けばいいな」
「はい。いつもの交易所が開くことを、『キトル太守領』でも宣伝していただきましょう。旅商人たちには特別スペースを与えることにしていますから、みんな集まってくるはずです。そこで獣人を同行させましょう」
「わかった。そっちの手配はプリムに任せる」
「は、はいっ!」
俺が頭をなでると、プリムは気持ちよさそうに目を閉じた。
こうして見ると、本当に小さな子どものようだ。
……うちの領土の幹部の中では、一番年上なんだけどな。
「正攻法での探索はプリムとシルヴィアに任せるとして……俺は搦め手として……トラップでも仕掛けてみるか」
「トラップ、ですか? ショーマさん」
「キャロル=グルトラは追っ手を警戒しながら、慣れない土地を旅している。辺境の近くでは、宿を探すのも大変だからな。試しに『キャロル=グルトラ・ホイホイ』を仕掛けてみる」
「……『キャロル=グルトラ・ホイホイ』?」
ユキノは不思議そうに首をかしげた。
「なんとなくわかりますけど……」
「昔話で例えると、『白雪姫』や『ヘンゼルとグレーテル』かな。道に迷った旅人がとある物を見つけたら入りたがるだろ? で、入ったら────」
「なるほど。だからキャロル=グルトラ・ホイホイですか」
ユキノはうなずいた。わかってくれたようだ。
この作戦には人造生物ミルバの力が必要だ。あとで奴の城に行ってみよう。
「……むむむ。軍師として、負けてはいられませんね!」
プリムは、ぺたんこな胸を張った。
「我が王とユキノさまのトラップに負けないように、軍師として全力を尽くすことといたしましょう!」
「案外、キャロル=グルトラ本人はユキノが捕まえて、彼女を追いかけてきた盗賊は俺の方に引っかかったりしてな」
「あり得ますね。ミルバさん、盗賊を捕まえるのが得意ですから」
「あのあの、ショーマさまにユキノさまにプリムさま? 私とレーネス姫と、『キトル太守領』の兵もキャロル=グルトラ捜索に動くのですよ? 忘れておりませんよね? ね?」
そんなわけで──
俺とユキノ、プリム、そしてシルヴィア姫とレーネス姫は、それぞれ『キャロル=グルトラ』保護のため、作戦を開始したのだった。
いつも「天下無双の嫁軍団とはじめる、ゆるゆる領主ライフ」をお読みいただき、ありがとうございます!
「ゆるゆる領主ライフ」の書籍版1巻は、8月9日発売です!
内容は「なろう版」を読んで下さっている方も楽しんでいただけるように、改稿たっぷり、書き下ろし追加でお送ります!
「なろう版」と合わせて書籍版も、どうぞよろしくお願いします!!