第84話「覇王、闇をあやつる」
──『グルトラ太守家』兵士たち視点──
「な、なにが起きている!?」
「夜!? いきなり夜に!?」
「し、しかも、なんだあれは!? 双頭の蛇!? いや、竜か!? 見えるのはあれだけって──うわあああああああっ!!」
兵士たちはパニック状態だった。
突然、自分たちを覆い尽くした暗闇。
闇の中に浮かび上がる、双頭の蛇──双頭竜。
さらにその中を「ぴょこん」「ぴょこたん」と跳ね回っている、姿を見せない巨大ウサギ。
双頭竜に気を取られればウサギに撥ねられ、ウサギを避けようと思えば双頭竜に吹き飛ばされ、使い魔を召喚した2人を倒そうにも、黒ずくめのあいつらは闇に溶け込んでいる。どこにいるのかもわからない。
兵士たちは絶叫しながら、逃げ回るしかできなかった。
「落ち着け! この暗闇の外に出ればいいだけだ!!」
兵士たちの隊長は叫んだ。
「これはオレたちのまわりを暗闇にする魔法だ。だから効果範囲外に出ればいい! まさか全世界を暗闇で覆っているわけでもあるまい」
「……いや、あの魔法使い、たしか『月食』って」
「お前は黙れ! いいから全員、オレの声のする方に走れ! 行くぞ!!」
暗闇の中、兵士たちは走り出す。
彼らは訓練を受けた者たちだ。暗闇でも、声を頼りに集まるくらいはできる。
動ける者たちは隊長の声のする方へと走り出す。
『グゥオオオオオァァッァァアァァ!!』
『キュキュ? (ぺったん。ぴょこたん)』
「来るな! 来るなああああぁ!!」
「あと少しだ。もうすぐで、この闇を抜けられるはずだ!!」
「この闇にだって果てはあるはず。あるはずなんだ……」
兵士たちは列をなして走り出す。
そうして、走り続けること数分。
ごんっ。
「…………え」
彼らは、暗闇の果てにたどり着いた。
壁だった。
「な、なんだこれは!? これ以上、先に……進めない?」
「隊長……これは……行き止まりでは……」
「先に進めない!? この暗闇からは抜け出せないのか!?」
「いやだ、いやだああああ。出してくれ。出してくれええええっ!!」
兵士たちは必死に先に進もうとする。
が、『暗闇の果て』はびくともしない。まるで見えない壁があるかのように。
──彼らを、とこしえにこの暗闇に閉じ込めておこうとするかのように──
「物理的な闇……結界? そんなおそろしい魔法があるのか……!?」
「オレ、この任務が終わったら幼なじみと結婚するのに!?」
「いやだぁ。故郷に、故郷に帰してくれええええええ……」
兵士たちは地面に座り込み、口々に叫び出す。
隊長は剣を抜こうとするが、この暗闇だ。部下がパニックになっている状態で剣を振るえば、同士討ちの危険がある。ならばと拳をたたきつけても、『暗闇の果て』はびくともしない。
「……竜と魔の属性を持つ……『双頭竜』に、太陽を喰らう……月の象徴……『日喰らいの玉兎』……」
隊長は力なくつぶやいた。
こんな恐ろしい使い魔のことは知らない。
彼はただ、任務のためにここに来ただけだ。『キトル太守領』と辺境が、これほど恐ろしい場所だとは知らなかった。
「ああ……わが主君……トニア=グルトラさま……あなたの隣国には……天地のなりたちを変える魔物たちが……」
つぶやいた瞬間、『呼んだ?』とばかりに、きらめく双頭竜がやってくる。
さらに『ぴょこん』『ぴょこん』という、音だけは可愛いウサギの気配も。
そして──
「「「いやだああああっ。ここから出してくれええええええええっ!!」」」
暗闇に、兵士たちの絶叫が響いたのだった。
──ショーマ視点──
「「「ああ……オレたちはもう……この暗闇から出られないのか……」」」
いや。そんなことないんだけどな。
ただ暗闇で囲んで、行く手をふさいでるだけだから。
図にすると、こんな感じだ。
『ヘイッ』『ヘーイ』
「『意思の兵』はそのままの位置で。ただ、壁になっててくれればいい」
俺は暗闇の外から、『日喰らいの玉兎』と『意思の兵』の指揮を取っていた。
目の前にはドーム状の空間があり、中は墨をぶちまけたようになっている。
けど、『玉兎』の使用者である俺には、中がなんとなく見通せる。
だから兵士たちの行く手をふさぐように、『意思の兵』を配置してみたんだ。
収納スキル『王の器』に入っている塀は4・5枚しかないけど、魔力たっぷりの『温泉ポーション』をかけたら、超ノリノリハイスピードで動けるようになった。
暗闇にいる兵士たちの前に回り込むくらいは簡単だったんだ。
「……左右にまわりこめば出られるんだけど、さすがに気づかないか」
「……使い魔で追い込んでますからねぇ」
ユキノは必死に『双頭竜』を操ってる。
俺の指示通りに兵士に体当たりさせて、とりあえずダウンさせてるところだ。
「ショーマさん。そろそろ、仕上げをしてもいいですか?」
ユキノがにやりと笑って、俺の方を見た。
「『双頭竜』を爆散させる頃だと思いますけど?」
「いいよ。あいつら、暗闇で耳を澄ませてる状態だから、音で気絶させられるだろ」
「では、行きます」
ユキノは深呼吸して、暗闇ドームの前で腕を振り上げた。
「……なんで俺の方を向いてポーズ取ってるんだ?」
「だって兵士さんたちから見えないじゃないですか」
もっともだ。
「『異形の覇王の配下の名において』──我が使い魔『双頭竜』よ。その役目を果たせ! 必殺『双頭竜絶対封滅斬』!!」
次の瞬間、暗闇ドームの中で、双頭竜が光とともに爆散した。
『ォアアアアアアアア! ギィアアアアアアアアァァァ!!』
「ぎゃあああああああっ!!」
「光が! 目が、目がああああっ!!」
「………………きゅう」
闇の中から、兵士たちの悲鳴が聞こえた。
全員ぱったりと倒れて……ああ、気絶してるな。
さすが双頭竜。すごい威力だ。
「ふっ。この技を受けた者は『封』じられて『滅』んでいく『双頭竜』を『絶対に見てしまう』のです。これぞ、『異形の覇王』20の『魔の技』のひとつ『双頭竜絶対封滅斬』!!」
びしり、と、ユキノがポーズを決めた。俺の方を向いて。
いい笑顔してるなー。
まぁ、誰も見てないからいいけどな。
「もう一回やっていいですか!?」
「だめ」
「ポーズだけ。ポーズだけでいいですから!!」
「おうち帰ってからにしなさい」
「……はぁい」
ユキノは素直に『魔将軍覚醒』を解除した。
俺は『玉兎』に指示を出して、兵士のひとりを暗闇の外に引っ張り出した。
その後で、『意思の兵』4枚で残りの兵士を閉じ込めて、それから『魔種覚醒』を解除する。
「あんた……さっき話した人か。隊長さんだっけ?」
「……う、うぅ。暗闇……こわい。夜……こわいよ……」
「それはいいから。いきなり俺たちを殺そうとした理由を教えてもらえないか?」
俺は『王の器』から剣を出して、構えた。
とりあえず強そうに見えるように。
「『グルトラ太守』が『キトル太守領』にちょっかいを出していることは知っている。あんたの主はトニア=グルトラとかいう奴だろう? 新しい領主の」
「…………領主さまから指示があったのだ……国を出られたキャロル=グルトラ姫さまを連れ戻せ、と」
「キャロル=グルトラ姫?」
そういえば獣人たちが言ってたな。
前のグルトラ領主には王子と王女がいたって。王子は出世欲が強くて、『十賢者』とも繋がりがある人で、王女の方は領民にも獣人にも優しい人だった、って。
前の領主の跡を継いだのがトニア=グルトラだとすると……。
「そのキャロル=グルトラが『キトル太守領』に逃げ込んだ、と?」
「…………オレたちは極秘で連れ戻すように言われたのだ。手荒なことをしたのは……秘密を守るため。キャロルさまが他の領主の手に落ちたら……」
「『グルトラ太守領』に介入する口実になるな」
「…………だから、極秘に。頼む……このことは、秘密に……」
「あ、いらっしゃいました。我が王──っ!」
「だ、大丈夫なのでしょうね!? プリムさま!!」
声がした。
顔を上げると『翔軍師覚醒』したプリムが大きな翼をはばたかせて、こっちに来ることろだった。
しかもドレスを着た少女──シルヴィア姫を抱えてる。
シルヴィア姫が? なんでこんなところに……?
『双頭竜絶対封滅斬』のせいで目がくらんでるのか、兵士の隊長はプリムたちには気づいてない。
ただ、うずくまって話し続けてる──
「聞いてくれ……虫のいい話なのはわかってる。オレたちは罰せられても構わない。だが、キャロル=グルトラ姫が逃げたことは秘密にしておいて欲しい。特に『キトル太守家』のシルヴィア姫やレーネス姫に知られたら……大変な弱みを握られることに」
「姫さま。なんだか呼ばれているようですよ?」
「わたくしに……?」
プリムに抱えられたシルヴィア姫は、俺とユキノの隣に舞い降りたのだった。
いつも「天下無双の嫁軍団とはじめる、ゆるゆる領主ライフ」をお読みいただき、ありがとうございます!
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表紙と「書店特典」については、「活動報告」にアップしてありますので、そちらをご覧下さい。
内容はもちろん「なろう版」を読んで下さっている方も楽しんでいただけるように、改稿たっぷり、書き下ろし追加でお送ります!
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