第83話「覇王、ユキノに『魔』の操り方を教える」
リゼットとハルカの協力でわかった『王命授与』の効果は次の通り。
・『優先強化エリア』の強力な魔力を使うことで、俺は仲間に、名前の一部を与えることができる。
・与えられるのは、1文字につき1人だけ。
・名前をもらった者は、『鬼・竜・王・翔・魔』の能力を使うことができる。
・結界内なら制限時間なし。
・結界の外(外に出るのが意外と大変だった)の場合は、一定時間で切れる。
・ただし、魔力が切れる前に『温泉ポーション』を飲むことで、時間を延ばすことができる。
・魔力が完全に切れた場合は、名前を書き直さなければいけない。
以上だ。
「……ふぅ」
俺はお茶を飲み終えて、ため息をついた。
ここは『ハザマ村』の俺の家。その居間。
『キトル太守領』から戻ってきて、『優先強化エリア』の実験をして──夜になって、やっと落ち着いた。
「これでみんな、かなり強くなったな」
リゼットに『竜』の文字を与えたあと、俺はプリムとユキノにそれぞれ『翔』と『魔』の文字を与えた。
プリムの場合は、文字を書くべき場所は予想通りだった。
俺が『翔種覚醒』したときに翼が生える場所に書いたら、みごとに正解だった。
書いたあと『翔軍師覚醒』と叫んだプリムの背中には、大きな翼が生まれた。
プリムはそのまま「ちょっとおばあさまとルロイとロロイに自慢してきます!」と言って、ハーピーの里にまで飛んでいっちゃったけどな。
問題はユキノだった。
結論から言うと、ユキノの身体の文字を書く場所は、物理的にとても書きやすくて、精神的にすごく書きにくい場所だった。
「……ハルカさんだったらすごく書きにくかったですよねー」
って、ユキノはむくれてたけど。
とにかくユキノに『魔』の文字を与えることには成功した。
ただし、能力の使用は、今のところ禁止している。
『魔種覚醒』については、まだ説明をしていないからだ。あれは結構やばい力だからな。
明日、きちんと俺が能力の使い方を教えることになってるんだが……。
「……教えたくねぇなぁ」
ユキノが喜々として能力を使いまくるのが目に見えるようだ。
しかも、その力は恐ろしく強力で、領地防衛にはもってこいと来てる。
『十賢者』だけじゃなく、他の領主が動き始めた今は、教えておかなければいけないスキルなんだ。
「……おのれ『十賢者』に『グルトラ太守』め」
いまさら俺がこんな恥ずかしい能力を使うことになったのも奴らのせいだ。
奴らが普通に国を治めてれば、俺はのんきに乱世の終わりを待つこともできたのに。
なんでお隣さんに攻め込んできてるんだよ。なんで、獣人を強制的に使役してるんだよ。暇なの? ばかなの? まずは自分ちを豊かにしてろよ。乱世なんだから。
とにかく、救出した獣人たちは『崖上城』に住んでもらうことで話がついてる。
前に『陸覚教団』が占拠していたところだ。獣人は平地が嫌いらしいけど、あそこは山の上だからちょうどいい。辺境にはもう魔物はいないし、果物や作物も高速成長してる。食べていくには十分なはずだ。
手配はプリムと鬼族の人たちに任せておけば大丈夫だろう。
問題は、『グルトラ太守』の領土にいる獣人たちだ。
できれば救出したいところだけど、今のところは手が出せない。
結界の外まで進軍できるほど、辺境の兵は多くない。防御に回せる塀はいくらでもいるけどな。
「やはり、シルヴィア姫の協力が必要だな」
あとで相談してみよう。
彼女もまた、俺の配下でもあるわけだから。
そんなことを考えながら、俺は眠りについたのだった。
──その頃、『キトル太守領』では──
「──『グルトラ太守』から書状が……?」
「ああ。『こちらの領土を荒らし回った盗賊が、キトル太守領に逃げ込んだ。討伐のため、こちらの兵を動かした。キトル太守領をわずらわせないように、すべてこちらで解決するので、手出しなきよう願う』と」
深夜。
城の大広間で、シルヴィア姫とレーネス姫は、声をひそめて話をしていた。
彼女たちの前には、封を解かれた羊皮紙がある。
そこに書かれていた署名は、『キトル太守領』と領土を接する『グルトラ太守』その人のもの。
シルヴィアとレーネスを名指しした、一方的な通告だった。
「まだ、先日捕らえた『グルトラ太守領』のスパイの調査も終わっていないというのに……?」
「奴らが戻ってこないことを踏まえてのものだろうな」
「悲しいことですが……わたくしたちは侮られているのでしょうね」
「どうする。シルヴィア」
「こちらの兵を動かします。『グルトラ太守』の兵たちが、民に危害を加えないように抑える必要がありますから。すぐに将軍ヒュルカを呼んでください」
「わかった。だが、彼女が向かうには少し遠いな。『グルトラ太守』が兵を入れると言っているのは、『キトル太守領』の北方だからな……」
「北方? 辺境の近くですか」
「……あ、ああ。へ、へ、へんきょうのちかくだなぁ。こまったなぁぁ」
「落ち着いてください姉さま。ほら、この大広間には塀はありません。灯りを絞っていますから、壁も見えないでしょう?」
「……うぅぅ。わ、わかっているよぅ。シルヴィアぁ」
「とにかく『辺境の王』にも連絡しておくべきでしょう。わたくしが手配します」
「も、もちろん。そうするべきだ。だが、どうやって? 辺境に早馬を飛ばすには時間が……」
「なんとかします。わたくしに、時間をください。明日の予定は?」
「昼間は政務と閲兵がある。夕方になったら、シルヴィアは手が空くだろうが……」
「わかりました。ではそれで」
シルヴィアはレーネスを見つめて、きっぱりと告げる。
「『辺境の王』は大切な同盟者……いえ、それ以上の存在です。わたくしがなんとかして、あの方と連絡を取りましょう。わたくしにお任せ下さい。レーネス姉さま」
──翌日、辺境のすみっこで──
「……ショーマさん。なんでこんな東のすみっこに?」
「人目につきたくないからだよ……」
翌日。俺は『翔種覚醒』して、ユキノと一緒に空路で、辺境の端までやってきた。
東側の、キトル太守領との境界線のあたりだ。
もうちょっと東に行くと『グルトラ太守』の領土に入る。
けど、このあたりなら人も来ないだろう。
まわりはごつごつした岩場で、近くには村もない。
人のいない廃村が、視界の隅にあるくらいだ。
もちろん、結界内だから魔物もいない。
できれば魔物相手に威力を確認しておきたかったけど、仕方ないか。
「では『魔種覚醒』の使い方を教える」
「はい! 我が主!!」
「『魔種覚醒』は、俺の設定だと20の使い魔を扱うことができる。今日はそのうち3つの使い方を教える」
「質問です!」
「どうぞ」
「なんで全部教えてくれないんですか?」
「これは俺が中二病時代に考えたものだからなぁ」
「はい。『有機栽培の竜王』が編み出されたものですよね?」
「…………」
「…………」
「…………」
「学生時代のショーマさんが編み出されたものですよね?」
「そうだ。だから、18体目あたりから設定が暴走してるんだ」
「具体的には?」
「『16の魔眼を持つ名状しがたき流転体ヴォルガス』とか」
「わかりました。今日はそれの使い方を教えてください」
「なんで目を輝かせてる!?」
「あたしは自分の生まれてきた意味がわかったような気がします。これまでの人生は『16の魔眼を持つ名状しがたき流転体ヴォルガス』と出会うためにあったんです!」
「やな人生だな!」
「だからぜひその魔物を使わせてください!」
「最初の3つをちゃんと操れるようになってからな」
「わかりました!」
ユキノはそう言って、胸を押さえた。
「ショーマさん──『真の主』にもらった『魔』の文字にかけて、この『魔将軍ユキノ』、3種の使い魔を操ってみせましょう!」
「わかった。じゃあ見てろ」
「はい!」
「前言撤回だ。じゃあ後ろを見てろ」
「……ふふふー」
ユキノはすごくいい笑顔で、俺の方をじっと見てる。
変身する間くらいはあっち向いてて欲しいんだが……まぁいいか。
「『異形の覇王の名において』『真なる闇は我が掌中に (中略)』──『魔種覚醒』!!」
青黒い霧が、俺の身体を包み込む。
その中で──俺の姿が変わっていく。
この世界の服から、なつかしい黒いコートへ。
髪が伸びて左目を隠す。白い包帯が、しゅる、と、俺の腕に巻き付く。
霧が晴れると──俺は中二病時代の『鬼竜王翔魔』の姿へと変わっていた。
…………うわー。
いや、痛い。痛いけど……どうせ見てるのはユキノだけだからなぁ。
中学時代の俺を知ってるユキノに、いまさらかっこつけてもなぁ……しょうがないよな。
「おお……おお。おおおおおぉぉ。ショーマさん。真の主。我が真の主の本当の姿が──」
「はいはい。興奮しないしない」
俺は腕の包帯をほどいて、ユキノの鼻を押さえた。
「そ、そんなことに真の主の装備を使わないでください。もう」
「いいから。ユキノも変身しろ」
「はい。偉大なる『異形の覇王』の配下の名において──『魔将軍覚醒』!!」
ふたたび青黒い霧が生まれ、ユキノの身体を包み込む。
でも薄いから中が見える。
ユキノのローブが俺と同じ、黒いコートに変わっていく。
丈はかなり短い。膝丈くらいだ。袖も半分。
でも、包帯と前髪のかたちは俺と同じ。
これって……。
「ペアルックですね!」
「……中二病集団みたいだな」
早めに技を教えて終わらせよう。
俺はまず、ユキノに『黒魔の鷹』の使い方を教えた。
呪文と、魔力の流れを一致させれば、ユキノにも呼び出せるはずだ。
「わかりました。『魔』の文字に手を当てて──『影より出でよ』──『黒魔の鷹』!!」
ユキノは自分の影を、足で叩いた。
『ギィシャアアアアアアア!!』
「おおおおおおっ!!」
黒い、影絵のような鷹が、ユキノの影から飛び出した。
俺が使ってるものより少し小さいな。確認してみるか。
俺は自分用の『黒魔の鷹』を呼び出した。
『ギィィィィシャアアアア!!』
『ギシャ! ギシャアアアアア!!』
やっぱり。ユキノの方が少し小さい。
『王命授与』は俺の能力を、配下に与えるものだからな。
オリジナルの方が強くなるようになっているようだ。
「すごいです! ショーマさん。あたしもついに『真の主』と同じ力が使えるように……」
「この『黒魔の鷹』は敵にぶつける以外にも、索敵能力がある……という設定だ」
「索敵能力ですか?」
「ああ。鳥の視力で、高いところから敵を探ることもできる。たとえば……盗賊なんかが近くの廃屋に隠れていた場合、自動で見つけて攻撃してくれるはずだ」
「なるほど……やってみます」
ユキノは目を閉じて『黒魔の鷹』を上昇させた。
向こうにある廃村の上を、ぐるりと一周させる。
そのまま鷹は、屋根が残る廃屋に向かって突っ込んでいき──って、あれ?
ドォオオオオンッ!!
「「……あれ?」」
『黒魔の鷹』が廃村の地面に突っ込み、爆発した。
土煙が上がり……その向こうから、十数人の兵たちが現れる。
「……ど、どうしてオレたちがいることがわかった……」
「……『キトル太守』の連中め。さすがに動きが早い」
「……こちらの動きの……先を読まれていたとはな」
男たちがこっちに向かって歩いて来る。
全員、金属製の鎧を着ている。手にしているのはきちんと手入れされた長剣だ。
盗賊団や流れ者の剣士には見えない。
でも、ここは辺境──いや、あの廃村はぎりぎり『キトル太守領』内だ。
「お前らは『キトル太守領』の兵士か?」
俺は言った。
「こちらは辺境の者だ。シルヴィア=キトル姫と辺境は敵対関係ではないはずだが?」
「……悪いな。こっちの正体は明かせない」
「なるほど『グルトラ太守』の兵士たちか」
「────な!?」
「『グルトラ太守』の者が『キトル太守領』にちょっかいを出してることは知ってる。偵察にでも来たのか。それとも……なにか他に目的があるのか?」
「と、盗賊団を」
先頭にいる兵が、口を開いた。
「た、たしかに自分たちは『グルトラ太守領』の兵だ。こちらの領土を荒らしていた盗賊団が、『キトル太守領』に逃げ込んだ。それを追ってここに来たのだ」
「凶悪な連中でな。『キトル太守領』に迷惑がかかってはいけないからな。我々自身で、討伐に来たのだ」
「そうか。では俺たちはシルヴィア姫のところに行くことにしよう。まっすぐ進めば、その盗賊団と出会うかもしれない」
俺は言った。
「見つけたら、あたしと我が主が捕まえておきますね」
「貴重な情報を感謝する。それでは」
俺とユキノは、ゆっくりと後ろに退がる──って、おい、なんでこいつら剣を抜く?
しかも、統制が取れてる。
十数人が一糸乱れぬ動きで、こっちを取り囲むように展開している。すげぇな。
「……これは我が領土の極秘任務なのだ。行かせるわけにはいかない」
「……口を封じさせてもらう」
「……どうせこんな辺境だ。誰も見ていない。死体が見つかるまでには、時間がかかるだろうよ」
まぁ、そんなことじゃないかと思ったが。
「……ユキノ。次の使い魔を呼んでみてくれ」
俺はユキノの耳に、例の使い魔の召喚方法を伝えた。
ユキノはにやりと笑って、天に向かって腕を伸ばした。
「この『氷結の魔女』と、その主の行く手を阻もうなどとは、笑止千万!!」
……その前口上って必要か?
「『異形の覇王』の配下の名において召喚する! 『影より出でよ』──竜と魔の属性を持つ者!! 『双頭竜』!!」
「追加する。『異形の覇王』の名において召喚する! 『影より出でよ』──太陽を喰らいし者。月の象徴。陽を翳らせ闇となせ──『日喰らいの玉兎』!!」
「だからどうしてそういうかっこいいのを先に教えてくれないんですか!!」
そりゃ中二病時代、夜をうろついてるとき「この闇……日食か。わが玉兎よ、いい仕事を」とか言ってたからだよ。恥ずかしいんだよ!
「次はそれを教えてください、絶対ですよ!!」
苦情を口にするユキノの影から、双頭の竜が生まれた。
一瞬遅れて、俺の影の中から──真っ黒なウサギが出現する。
大きさは数メートル。軽自動車くらいはある。それが巨大な耳を震わせ、ギュギュと鳴くと──
深い闇が、俺とユキノと兵士たちを包み込んだ。
いつも「天下無双の嫁軍団とはじめる、ゆるゆる領主ライフ」をお読みいただき、ありがとうございます!
書籍版の発売日が決定しました。8月9日発売です。
表紙もカドカワBOOKSさまのホームページで公開されています。
(のちほど『活動報告』にもアップする予定です)
「なろう版」を読んで下さっている方も楽しんでいただけるように、改稿たっぷり、書き下ろし追加でお送ります!
「なろう版」と合わせて書籍版も、どうぞよろしくお願いします!!