第81話「覇王、シルヴィア姫の秘密を知る」
「こ、こちらが、わたくしの寝室になります……」
シルヴィア姫が案内してくれたのは、城の2階にある部屋だった。
場所は南東の隅。
2間続きの部屋で、手前が執務室、奥が寝室になっているらしい。
「……ど、どうぞ、お入りください」
「……失礼します」
『覇王モード』を解除するのは早かったかもしれない。
一般人モードで少女の寝室に入るのは、なんだかすごく照れくさい。
リゼットやハルカが相手なら平気なんだけど。家族だし。
「寝室の床が光っている、という話でしたね」
「ごらんの通りです……」
シルヴィア姫は恥ずかしそうに、俺を寝室へと手招いた。
彼女の言う通りだ。床がほのかに光ってる。
寝室の中央にはカーペットが敷いてあり、窓際には天蓋付きのベッドがある。
光はそのカーペットとベッドを貫いて、天井まで照らし出している。
……すごく寝づらいだろうな。この状態。
「間違いありません。これが俺の探していた、魔法陣の光です」
「……魔法陣の、光ですか」
「はい。俺には大地の魔力を扱う力があって──」
俺は簡単に説明した。
『竜帝廟』を開いたことで、俺が竜帝スキルを手に入れたこと。
『竜帝スキル』には、大地の魔力を扱う力と、人や物を強化する力があること。
魔法陣を再起動すると、大地の魔力を使って、魔物避けの結界を作ることができること──そんなことを。
「もしや、初めてお会いしたとき……わたくしたちを襲った魔物が消滅したのも……?」
「結界の力です。結界は、俺や仲間が自由に起動・停止にできるので」
「……そういうことだったのですね」
「それで、どうしますか?」
俺は聞いた。
ドレス姿のシルヴィア姫は、不思議そうに首をかしげた。
「どうしますか、とは?」
「俺がこの魔法陣を再起動すれば、『キトル太守領』のほとんどが、結界に包まれることになります。魔物がいなくなり、みんな安全に生活できるようになります」
「は、はい。ぜひお願いしたいと──」
「ただし、それは俺が望んだ場合だけです」
俺の言葉に、シルヴィア姫が硬直した。
ドレスの胸を押さえて、俺の言葉をかみしめるように、震えてる。
「結界は俺と仲間の意思で、自由に起動も停止できます。仮に結界が再起動して『キトル太守領』から魔物が消えたら、どうなりますか?」
「皆は自由に外に出られるようになり、畑を広げて、狩りをするようになるでしょう。物流もよくなり、交易も活性化すると思います」
「もしも、その状態で、俺が結界を切ったら?」
「…………あ」
驚いたように目を見開くシルヴィア姫。
俺の言いたいことがわかったようだ。
「結界が消えれば、人々はまた……魔物に襲われて……苦労して切り開いた田畑は、魔物の餌食になるでしょうね」
「そうです。一度手に入れた平和を失うことになります」
最初から魔物がうろついてるってわかってれば、警戒もするだろう。
でも、魔物がいなくなれば、人々の警戒心はゆるんでしまう。
その状態で俺が結界を解除すれば……『安全だ』と思って外に出てる人たちは、無警戒な状態で魔物に襲われるかもしれない。
「あなたの意に背けば、一度手に入れた平和と安心を奪われる……そういうことですか」
「俺としては、辺境が平和で豊かであればそれでいい。侵略の意思もないし、キトル太守領が平和であっても一向に困らない」
俺はシルヴィア姫と目を合わせて、告げる。
「だけど、俺は『辺境の王』だから、辺境を最優先で守らなきゃいけない。仮に『キトル太守領』の人たちが辺境の敵になるようなら、俺は『キトル太守領』内の結界を消します。そういう状態に、シルヴィア姫は耐えられますか?」
「このことを知るのは……?」
「辺境の者は『結界』については知っています。『キトル太守領』内の結界については、俺と家族しか知りません」
「わたくしが、魔法陣をあなたに差し上げるのを拒んだら、どうしますか?」
「そのまま帰ります」
「……強要はしないのですか?」
「お隣さんに嫌われたくないですから」
「わたくしが、このことを誰かに話したら?」
「しょうがないですね。こればっかりは」
俺は肩をすくめた。
「正直、姫さまをだまして、勝手に結界を再起動した方が早いといえば早いんですけど……そういうのは嫌なんですよ。なんというか……『世界の敵』を探して回ってた中二病時代の俺が許さないというか……俺が他人を悲劇的な目に遭わせる『世界の敵』にはなりたくないというか……まぁ、ぶっちゃけ気分の問題ですね」
「……気分の問題」
「気分の問題です」
しょうがないよな。
俺はこの世界で、中二病時代の力を手に入れちゃったんだから。
『異形の覇王 鬼竜王翔魔』は、俺が家族をなくしたあとに、悲劇を生み出してる『世界の悪 (仮)』を倒すために身につけた能力だ。
結局『世界の悪 (仮)』なんかいなかったんだけどさ。
でも、その俺が悲劇を生み出す『世界の悪』をやるわけにはいかない。
そんなものになったら、俺の中二病につきあってくれた『竜悟狼』──辰五郎じいちゃんに言い訳できない。
悲劇を生み出す『世界の敵』は、あの頃の俺が一番憎んでいて、毎晩黒いコート着て探し回ってた仇敵なんだから。
「…………ふふっ」
不意に、シルヴィア姫が、笑った。
「ふふっ……わかりました。あなたがどういう方なのか、やっとわかりました……。なるほど……そのような方であれば、亜人の皆さんがあなたを慕うのも納得です」
笑いすぎたのか、目に涙を受かべて、シルヴィア姫はうなずく。
「わたくしと同盟を結び直しませんか? 『辺境の王』」
「同盟を?」
「あなたが『竜帝の後継者』であるなら、より強い誓いが必要でしょう。わたくしが『結界』を受け入れ、あなたの味方であり続けるという約束を」
そう言ってシルヴィア姫は、俺の前にひざまずいた。
「このシルヴィア=キトルは『辺境の王』ショーマ=キリュウさまと盟約を結びます。わたくしが生存している間、いかなる意味でも『キトル太守領』の者には、辺境と敵対させないことを。たとえそれが父や姉であっても、わたくしは全力で止めるでしょう。そして──」
俺の手を取り、シルヴィア姫は宣言する。
「もしもこの盟いが破られた場合、我が命をもって償うことを」
「──そこまで!?」
「『盟い』とは、本来そうしたものですもの」
「こっちの世界のルールには慣れたつもりだったけど……重いな」
「お受けいただけますか?」
「……ああ。受ける」
俺はうなずいた。
「『辺境の王』ショーマは、シルヴィア=キトル姫の誓いを受け入れ、あなたが俺の味方であることを、全面的に信じるよ」
「感謝いたします。『辺境の王』──いえ、キリュウさま」
そう言ってシルヴィア姫は、笑った。
「それで、これからどういたしましょう?」
「とりあえず魔法陣を再起動して『城主』を決めることになるんだけど」
リゼットやハルカに来てもらうのは大変だな。
シルヴィア姫は俺の味方になるって、命をかけて誓ってくれたんだ。
だったら、彼女に頼むか。
「シルヴィア姫、この『シーラル城』の城主になってくれないか?」
「……城主?」
「普通の意味とは、ちょっと違う。俺の言う城主というのは、魔法陣を管理し、結界の作動・停止の権利を持つ者だ。俺があなたを城主として任命している限り、その能力は続く。俺が城主から外したら、能力を失う」
「あ、ありがとうございます。ぜひ、わたくしを城主にしてください」
何度もうなずくシルヴィア姫。
「ですが……そこまで信頼していただけるのは嬉しいのですが……対価はどうしましょう?」
「『キトル太守領』が落ち着いて、開拓が進んで、作物がたくさん採れるようになったら税金でももらうよ。『キトル太守領』の作物が増えて、辺境のものが売れなくなったときの対策として」
「……わかりました」
シルヴィア姫は俺の手を取り、宣言した。
「このシルヴィア=キトルは、『辺境の王』の配下となることを約束いたします」
「よろしく」
「……秘密の約束ですか。なんだか、ぞくぞくします」
「じゃあ魔法陣を再起動しよう。まずは魔法陣を修正するんだけど……」
カーペットとベッドが邪魔だな。
外に出すか。
「『異形の覇王の名において……鬼種覚醒』!!」
俺はパワー型の『鬼種覚醒』に変身した。
『鬼の怪力』を使って、ベッドを「ひょい」と持ち上げて──
「あ──────っ!? だ、だめです。キリュウさま!!」
「え?」
俺は足元を見た。
ベッドがあった場所に、木箱があった。
中に入っているのは──
「…………かっこいい剣?」
「あわ、わわわわわわわ…………」
「刀身が波打ってる……これ、フランベルジュって奴か? でも、こんなに派手に波打ってたら抜けないんじゃ……」
「や、やめてやめてやめて……」
「その横にあるのは……翼? 木と鳥の羽根でできた作り物か? 背負えるようにハーネスがついてる。え? 誰が身につけるんだ、これ……?」
「か、語らないで。解説しないでくださいぃ!」
「えっと。これは鎧? でも表面積が少なすぎるよな……。これは板? いや、裏返しになってるけどカンバスか……っと、その前にベッドをこっちに動かして、置いて。なんだろう。このわくわくする木箱は──」
「や、やめてくださいキリュウさまあああああぁっ!?」
がばっ。
シルヴィア姫が俺の腰に抱きついた。
「わ、わたくしの秘密をあばくのはやめてください……お願いですからぁ」
「え?」
姫さまは涙目でふるふる震えてる。
俺は改めて、ベッドの下にあった箱を見た。
──隠し場所はベッドの下。
──実用性のなさそうな、かっこいい剣 (抜けない)。
──背負えるようになってる、純白の翼 (しかもきれいに整えてある)。
──謎の呪文とか書かれていそうなカンバス。
まさかこれは……。
「シルヴィア姫の……中二病コスプレアイテム……?」
「こ、『こすぷれあいてむ』……とは?」
「え? これを身につけてかっこいい姿になって、鏡の前でポーズを──」
「ポ、ポーズは取ってませんよ! 本当です!」
真っ赤になってうつむくシルヴィア姫。
「……実はわたくしには、昔、亜人の友だちがいまして……」
「そういえば……初めて会ったとき、そんなことを言ってたね」
「会談の時ですね」
俺とシルヴィア姫はうなずいた。
辺境の草原で出会ったとき、シルヴィア姫は小さい頃の思い出を話してくれたんだ。
「……わたくしの亜人の友だちは、迷子になったハーピーだったのです。すぐにいなくなってしまったのが悲しくて……翼があれば、ずっと一緒にいられたのかな、って思って……」
「だから、コスプレ用の翼を作ったのか……?」
「それと……その剣は、あなたと出会ってから手に入れたものです」
「俺と?」
「あなたは奇想天外な力を使われますから。そういう奇想天外な武器があれば、少しでも近づけるんじゃないかと……そんな風に思っていたのです」
そう言って──シルヴィア姫は、両手で顔をおおってしまった。
なるほど。
考えてみればシルヴィア姫は、キトル太守家の姫として、ずっと領主家の仕事をしてきたんだもんなぁ。
自由に飛べる翼を欲しがったり、かっこいい剣にあこがれるのも無理ないか。
でも……ベッドの下って、なんてベタな……。
「……このことは誰にも言わないよ」
「……本当ですね?」
「約束する」
「ありがとうございます。お礼に、わたくしは……キリュウさまに忠誠を誓います」
「誓わなくても誰にも言わないけど!?」
「わかっています。わかっていますけれど……」
シルヴィア姫は、なんとなく、照れたように笑って、
「あなたは、わたくしのあこがれなのです……だから、です」
──そんなことを、言ったのだった。
それから俺は、床の魔法陣を書き直した。
そして、シルヴィア姫を城主にできるか、やってみた。
「シルヴィア=キトル、汝を『波剣城』の城主とする。目覚めよ! 『竜脈』!!」
「────んっ」
シルヴィア姫の身体が、びくん、と跳ねた。
同時に、床の魔法陣が輝きを増して──結界が、再起動した。
『王の領土「波剣城」
城主:シルヴィア=キトル
続柄:配下(種族:人間)
結界効果:魔物除け(結界重複部分は、上位の魔物も行動不能)
追加効果:防御力上昇15%
連鎖:8』
これで、完全にすべての城が繋がった。
辺境から、キトル太守領──最も王都側にある『真・残神魔城』までが、巨大結界に包み込まれたはずだ。
『連鎖が一定数を超えたので、優先強化エリアを決めることができます』
不意に、変なメッセージが出た。
「……優先強化エリア?」
連鎖が増えたことで、全体の魔力量が増大したらしい。
だから、それを重点的に送り込める場所を決められる、ってことかな?
「決定:優先強化エリア『鬼王城』」
選ぶとしたらそこだろうな。本拠地だし。
『確定しました』
メッセージが消えた。
効果は……実際に行ってみないとわからないか。
「あの……キリュウさま?」
「なんですか、シルヴィア姫」
「城の名前の『波剣城』って……」
シルヴィア姫は、引きつった顔で言った。
俺は木箱に入った、フランベルジュを指さした。
「──むーっ!!」
「──なんで怒るの!?」
「──は、恥ずかしいからです!」
「いや、あれを見たらつい……かっこいいと思って。名前を『キャッスル・オブ・ウェーヴブレード』って感じに……」
ぽこぽこぽこぽこっ。
いや、痛くないけど。
シルヴィア姫は真っ赤になって、俺の背中を叩いてる。
いいと思うんだけどな。『波剣城』。どうせ他の人には内緒の名前なんだから。
木箱の中に入ってる剣も、実用性はない(ジグザグすぎて抜けない)けど、かっこいいし。
「…………もっと早く、あなたが『竜帝の後継者』であることを知りたかったです」
ぽつり、と、シルヴィア姫は言った。
「そうすれば、もっと早く……わたくしのすべてをお伝えすることができたのに」
「そうなのか?」
「そうですよ」
シルヴィア姫は、すねたように横を向いた。
俺はとりあえずベッドだけを元に戻した。
「できれば、カーペットは外したままにしてもらえませんか?」
ふと気づいて、言ってみた。
「構いませんけれど……どうして?」
「俺が魔法陣から転移してくるかもしれないので」
「────え」
「俺がカーペットの中から出てきたらびっくりするよね?」
「カーペットの外から出てきてもびっくりすると思います! 寝室ですから!!」
「そういうことなので。細かいことは、また後で」
俺は魔法陣の上に乗り、『魔法陣転移』を起動した。
さっきの『優先強化エリア』の表示が気になる。まずは『ハザマ村』に戻ろう。
「今後のことについては、軍師を連れてまた打ち合わせに来ます。それじゃ」
「は、はい! えっと」
シルヴィア姫はまた、床に膝をついた。
ドレスの胸を押さえて、真面目な顔で。
「このシルヴィア=キトルは、すでに『辺境の王』の配下となっています。どうかこの命は、あなたと、我が民のためにお使いください。それと────」
シルヴィア姫の言葉が、途切れた。
一瞬、キトル太守家の城の風景が消えて──
──俺はそのまま、ハザマ村に転移したのだった。
────────────────────
「────あのカンバスは……ごらんになって……いませんよね?」
ため息をついて、シルヴィア姫は立ち上がる。
たぶん、最後の言葉は『辺境の王』には届かなかったと思う。
シルヴィア姫はベッドの下に手を突っ込み、内緒の木箱を引き出した。
小さい頃から何度も作り直している──真っ白な『背負える翼』。
こっそり鍛冶屋に頼んで作ってもらった、抜けない剣『クール・フランベルジュ』。
それと──
「ばれなくて……よかったです」
シルヴィア姫は、木箱に入っていたカンバスを取り出し、裏返す。
そこに描かれていたのは──宙を舞う『辺境の王』の姿だった。
少し前、将軍ヒュルカが言っていた。
『辺境の王が大いなる翼で空を飛び、残魔の塔を、あっという間に攻略した』
──と。
これは、そのときの証言を元にして作らせた絵姿だ。
「…………わが主君」
あの人と出会ってから、すべてが変わった。
敵対していた姉レーネスと、子どものころのように仲良くなることができた。
『十賢者』からも、領土を守ってくれた。
今回だってそうだ。
『辺境の王』が『キトル太守領』を奪うつもりなら、領土が荒れるのを放っておくべきだった。
ほどよく荒れて、キトル太守家に民を守る力がないとわかったところで救えば、民心を一気に掌握することができたのだ。
「──けれど、あの方はそうしなかった」
それは『竜帝の後継者』だからだろうか?
それとも、異世界の方だから?
あるいは──
「わかりません。けれど、お仕えするに値する方であることは間違いない……です」
領土は、姉のミレイナかレーネスが継ぐことになるだろう。
自分は……領土も地位も望まない。
「いつか、わたくしも辺境に行くことができるでしょうか……?」
そうしたら、小さい頃に別れてしまった、ハーピーの友だちを探そう。
同じ王さまに仕えることなりました、と、笑い合えたらいい……。
そんなことを思いながらシルヴィアは──『辺境の王』が触れたベッドに、その身を横たえたのだった。
いつも「天下無双の嫁軍団とはじめる、ゆるゆる領主ライフ」をお読みいただき、ありがとうございます!
このたび、このお話が書籍化することになりました。
カドカワBOOKSさまから、8月9日発売です。改稿たっぷり、書き下ろし追加でお送ります!
「なろう版」と合わせて書籍版も、よろしくお願いします!!