第80話「覇王、シルヴィア姫に頼み事をする」
その後、俺たちは大人しくなった獣人と話をした。
彼らは『キトル太守領』の隣にある『グルトラ太守』という方の領土の隅っこに住んでいたそうだ。
獣人は身体能力の関係で、山のあたりに住むのを好むらしい。
変更はずーっと森だから、平地に住むのが落ち着かなくて、別の領土へこっそり移住したそうだ。
「……獣人の存在はずっと黙認されていたのですが……最近『グルトラ太守領』の領主が変わりまして……」
「……重税を払うかわりに……自分たちの私兵になれ、と」
獣人たちは、ぼんやりと、そんなことを話し始めた。
おとなりの『グルトラ太守』には2人の子どもがいたそうだ。
1人は王子、1人は王女。後を継いだのは王子の方。
王女は、ときどき領民の様子を見にきたりする優しい方で、獣人の長も会ったことがあるらしい。だが、王子の方は出世欲が強くて、王都の『十賢者』にも盛んに手紙を送っているといううわさだった。
そうして今回、お抱えの魔法使いを使って獣人に『黒魔法』をかけて、自分たちの道具にしたのだそうだ。
「……解放していただいて、ありがとうございました。ところで……あなたは?」
「この方は鬼族とハーピーのあるじにして、『辺境の王』、『異形の覇王 鬼竜王翔魔』さまです!!」
「「「「おおおおおおおおおおおっ!!」」」」
こら、リゼット。
いきなり俺の異名をばらすんじゃない。
獣人のひとたち、感動しちゃってるじゃねぇか。
「我々が辺境を離れている間に、亜人の王が現れていたとは!」
「ならば……辺境を出る必要なんかなかった」
「王よ。あなたに武器を向けた罪を……どうかお許しください」
獣人たちは全員、地面に平伏しちゃってる。
ところでレーネス姫は……と、見ると、馬車の中で頭を抱えちゃってる。
「塀こわい動く塀こわい。こわいよ……」って、なんかトラウマが再発したようだ。
『意思の兵』が怖いなら、先に言ってくれればいいのに。作戦はちゃんと伝えたんだからさ。
「……まさか、隣の地域の領主さんが敵に回ってたとはなぁ」
『グルトラ太守』のことは、名前だけは知っている。
辺境とは領地を接していないから、気にする必要がなかったんだ。
だけど……それが敵に回ったとなると……面倒だな。
「『辺境の王』よ。この者たちはどうなさいますか?」
兵士の一人……隊長の女性が、俺のところにやってくる。
「獣人は……操られていたとのことですので、罪は問いません。どうされるかは『辺境の王』にお任せするよう、シルヴィア姫さまから言いつかっております。ですが、他の者は……?」
「奴らは『キトル太守領』を荒らしていた。シルヴィア姫ご自身の手で裁くのがいいだろう」
いい加減、俺も『覇王口調』で話すのが疲れてきたからな。
辺境に戻ってのんびりしたいんだ。
したいんだ…………が。
「ひとつ訊ねる」
「なんでしょうか?」
「『キトル太守』さまの居城に、魔法使いを閉じ込めるための牢獄はあるのか?」
「……通常の牢獄はありますが、対魔法使い用のものはございませんね。魔法に詳しいものを、見張りにつけることになると思います」
「……そうか」
俺は、うずくまるローブの男性を見下ろしていた。
奴は半分意識をなくして、小刻みに震えてる。
ここは『結界』の中だ。
結界の中にいる魔物がダメージを受けるように、黒魔法使いもダメージを受けるのかもしれない。だからこの魔法使いは、結界の中にある牢屋に入れた方がいい。ぶっちゃけ、なにするかわからないし。
でも、キトル太守家の城は、結局、結界の中には入らなかったんだ。
俺は旅商人の情報から、辺境の魔法陣をひとつ、キトル太守領の魔法陣をふたつ、再起動した。
そのおかげで転移能力を手に入れたし、結界が辺境から『キトル太守領』に繋がるようになった。
だけど、まだ空白地が残ってる。
辺境から『キトル太守領』に繋がる魔法陣は、いまだに『真・斬神魔城』までは繋がっていない。
まだ俺たちの知らない魔法陣が、この太守領にあるはずなんだ。
「そうだな。リゼットと獣人たちには、一度、辺境に戻ってもらう」
「さようでございますか」
「獣人たちは黒魔法から解放されたばかりだ。落ち着く時間が必要だろう。それから、もっと詳しい話を聞いてみるつもりだ」
「では、王はどうされるので?」
「シルヴィア姫にお目にかかりたい」
俺は兵士の隊長に言ってから、リゼットの方を見た。
「悪いが、リゼットはこの人たちを連れて、村に戻ってくれ。近くの魔法陣までは一緒に行く。そのあと『ハザマ村』に魔法陣転移して、みんなを休ませてあげてほしい」
「わかりました。でも……ショーマ兄さまは?」
「キトル太守領にある、最後の魔法陣を探しに行く」
「……わかりました」
リゼットは穏やかに笑って、うなずいた。
「でも、いいのですか? それをしてしまったら、実質、ショーマ兄さまはこの『キトル太守領』ですごい力を持つことになってしまいますよ? いえ、リゼットはそれでいいと思うのですが……むしろ、兄さまがここを支配した方がいいと思っているのですが……」
「しょうがないからな。影の権力者にでもなることにするよ」
俺はため息をついた。
これ以上、『異形の覇王』の力を広めたくなかったんだけどなぁ。
でも、隣の太守まで敵に回ったのなら、しょうがないか。
シルヴィア姫を説得して、『キトル太守領』すべてで俺の力を振るえるようにしとこう。
「もっとも、シルヴィア姫が協力してくれなければ、の話だけどな」
「してくださいますよ。きっと」
「どうしてわかる?」
「何度かお目にかかりましたけど、シルヴィア姫さまは、リゼットやハルカ、ユキノさんと同じような目で、兄さまを見ていましたから」
「……信頼されてるってこと?」
「そうですね。そんな感じ、です」
リゼットは口を押さえて笑った。
数時間後。
俺はキトル太守家の城に来ていた。
何度も来てるけど、改めて見ると大きい。名前は『シーラル城』だっけ。
現在不在のキトル太守の居城で、今はシルヴィア姫とレーネス姫が住んでいる。
俺はレーネス姫の馬車と一緒に、兵士を連れて城に入った。
それから門番に、シルヴィア姫に取り次いでくれるように告げる。
伝令が走り、俺はすぐに城の応接室に案内された。
さてと、ここからは交渉だ。
シルヴィア姫は信用できると思うんだが──それ以前、俺の話を信じてくれるかどうかが問題なんだが。
「……お待たせいたしました」
しばらくして、ドレス姿のシルヴィア姫が応接室に入ってきた。
少し、顔色が悪い。
彼女は膝をそろえて、俺の正面の椅子に腰掛ける。
「すいません。いろいろと面倒事が多くて……すぐにごあいさつするべきでしたのに」
「別に構わない……いや、別に、いいですよ。シルヴィア姫」
「……『辺境の王』?」
「悪い。本当はこういう話し方が楽なんだ。失礼だったらお詫びします」
「あなたは……『辺境の王』……ですよね?」
シルヴィア姫は目を丸くしてる。
しょうがないよな。俺は今まで彼女の前で、ずっと『辺境の王』を通してきたんだから。
いきなり一般人口調になったら、びっくりするのも当然だ。
「改めて自己紹介します。俺は異世界人で、本名を『桐生正真』と言います」
「異世界人!?」
「はい。あの自称武力100の、トウキ=ホウセと同じです」
「……で、ですが、あなたは亜人の王、なのですよね?」
「なりゆきでそうなりました」
「『異形の覇王 鬼竜王翔真』というお名前は!?」
「………………あだ名みたいなものです」
「え? え? えええええっ?」
「ついでに言うと『竜帝の後継者』でもあります」
「────────え?」
シルヴィア姫が硬直した。
手にしていたカップが落ち──っと、危ない。ドレスの膝にカップとお茶が直撃するところだった。
ぎりぎりこぼれてない。よかった。
これはテーブルの上に戻して、と。
「え? え? あ? え?」
「とある場所で『竜帝廟』を開いたら、竜帝の後継者認定されたんです」
「『竜帝廟』を!? 『竜帝の後継者』にしか開けないという霊廟を!?」
「はい。そのおかげで、俺はさまざまな力を使えるようになりました」
「…………やっと、納得できました」
シルヴィア姫は力なく、だらりと椅子にもたれかかった。
「あなたが強大な力を振るえること。亜人の方々が、あなたを王としていること。すべてを」
「すいません。シルヴィア姫が信頼できる方だとわかるまで、言えなかったんです」
「……いいえ。知る者は少ないに越したことはありません」
「そうなんですか?」
「現在の皇帝陛下『捧竜帝』さまや、その側近に知られていたら、あなたは狙われていたかもしれません。竜帝を騙るものとして……あるいは、皇帝にとって都合のいい道具として」
「だよねぇ」
「ですよねぇ」
俺とシルヴィア姫は思わず、そんなことを口にして──
それから、顔を見合わせて笑った。
「そ、それで、おうかがいしたいことはたくさんありますが……」
シルヴィア姫は、軽くせきばらいをしてから、
「私にそれを教えていただくということは、理由があるのでしょう? 『竜帝の後継者』さま」
「『辺境の王』でいいですよ。それか、ショーマでも」
「で、では、ショーマどの。今、私にそれを伝えられた理由は?」
「俺は、竜帝時代の遺跡を探しているんです」
「遺跡を?」
「詳しい話は……たぶん、実際に見てもらった方が早いと思います。けど、その遺跡の機能を復活させれば、俺はさらに強力な、竜帝の力を使うことができるんです」
「……さらに、強力な力を?」
「あ、もちろん、その力でシルヴィア姫に敵対するつもりはない。むしろ、辺境のおとなりさんを守るのに使うつもりです。で、この城もかなり古くからあるようだから、もしかしたらこの中に、竜帝時代の遺跡の一部が残ってるんじゃないか、って、そう思ったんです」
「……そういうことですか」
シルヴィア姫はテーブルに手をつき、身を乗り出した。
「興味が出てきました。それは具体的に、どういうものでしょうか?」
「そうだな……」
確か『竜樹城』の魔法陣を復活させたとき、『ハザマ村 (鬼王城)』の魔法陣がピカピカ光り始めたんだよな……。
もしかしたら、同じ現象が起こってるかもしれない。
「この城の中で、床がピカピカ光ってる部屋はないでしょうか?」
「寝室が光っております。そのせいで私も最近眠りが浅いのですが……」
「え?」
「え?」
ふたたび顔を見合わせる、俺とシルヴィア姫。
「……姫の寝室が、光っている、と?」
「はい。でも、その事実はメイドの一部しか知りません。父が不在の今、皆を不安にさせるわけにはいきませんから」
「で、では……できれば、なんだけど」
「え、ええ……おっしゃりたいことは、わかります」
俺が言葉を発するより早く、シルヴィア姫が立ち上がる。
「姫の寝室を見せては──」
「ご、ご案内いたします。こちらへ……」
……すげぇ気まずいんだけど。
なんで竜帝時代の魔法陣が、シルヴィアの寝室にあるんだよ。
いや、逆か。
稼働しなくなった魔法陣がある部屋に、太守領の人が寝室を作った、って考えるべきなんだろうな。
「……家族以外の男性を、寝室にご案内するのは初めてです」
「……今はその情報、いらないんじゃないかな」
「…………」
「…………」
そんなわけで。
俺は『キトル太守領』の中心『シーラル城』で、魔法陣を探すことになったのだった。