第8話「鬼の少女とないしょの話」
本日は2話、更新してます。
今日はじめてお越しの方は、第7話からお読みください……。
「……家族?」
聞き返したけど、リゼットは真っ赤な顔で黙ってしまった。
聞き間違いかな。
この世界のルールは、まだよくわからないけど……まさか初対面で入籍って話にはならないよね……? そんなカオスな世界だったらまともに生活する自信がないのだけど。
リゼットは口ごもってる。子どもたちは……戦闘のあとで興奮してるのか、わちゃわちゃ騒いでたから聞こえなかったみたいだ。
ここは……触れない方がいいかな。
俺たちは踏み固められた道を歩いてる。左右は背の高い樹が生えた森。そろそろ村が見えてくる、って、子どもたちが教えてくれる。進むうちに、道はだんだん広くなって、子ども4人が並んで歩けるくらいになってる。
村人が狩りや荷物運びのために切り開いた道だそうだ。人の手が入った場所って、本当に安心する。さっきまで魔物の領域にいたからね。
「あそこにあるのが『トリュカの実』です。村のまわりにはたくさん生えてますから、お腹が空いたときに食べてください。ただ、青い実はしぶいので注意してくださいね」
左右の木を指さしながら、リゼットが教えてくれる。
けど、俺にはまだ見分けがつかない。
こういうのは『竜種覚醒』すればわかるのかもしれないな。あれは感覚も鋭くなるから。
一休みしたら、やっぱり、スキルについて詳しく調べてみないとね。
俺の能力が戦闘に使えるってのはわかった。魔物から村を守るくらいはできると思う。
敵が攻めてきたら前に出て、ブレスを吐いて、魔力が切れたら後ろに下がって──という戦い方なら、なんとか使い物になるはずだ。そうやって村を守ることで、居場所を作っていけばいいかな。
この世界そのものの治安は、真の召喚者たちに任せよう。
「世界と戦うなんて、できるわけないからね……」
「『世界』ですか? ショーマさま?」
リゼットはきょとん、としてる。
「なんでもないです」
「……はい」
不思議そうな顔をしてたけど、リゼットは聞き流してくれた。
代わりに彼女は、俺の手を、ぎゅ、と握ってた。
「は、はぐれないように、です」
……俺はいいんだけどね。俺は。
照れくさいけど。
リゼットの外見はどう見ても10代半ばくらいで、体型もほっそりとしてる。亜人──竜の血を引いてるってわかるのは、耳が少しとがってるのと、その後ろに水晶のような角があるからだ。
正直、アラサーの俺が少女に手を引かれて歩くのは恥ずかしいけど、まわりの子どもたちは気にしてない。
というか、目をきらきらさせてこっち見るのやめてくれないかな。
「見えてきました。あれが『ハザマ村』です」
リゼットが言い、子どもたちが声をあげた。
森が途切れて、その向こうに草の生えた平地が続いてる。
さらにその先にあるのは、背の高い石の壁だ。
その中央には木製の格子戸がある。
あれが、リゼットと子どもたちが住む『ハザマ村』か。
亜人が住む辺境地域にある村で、リゼット以外の住人はすべて鬼族。畑を耕したり、人間の町と交易したりして暮らしているらしい。鬼族は力持ちで、森を切り開いての畑仕事や狩りが得意。ただ、村が魔物の領域に近いせいで、よく襲撃を受けたりする。
だから、リゼットみたいに戦闘力の高い者が、警戒や防衛を担当してるそうだ。
で、今後は俺もその手伝いをすることになる、と。
「……できるかな、本当に」
村に近づくたびに、これが現実だって実感がわいてくる。
俺のスキルは一応は魔物を倒せたから、大丈夫だとは思うんだけど……。まぁ、考えてもしょうがないか。できなかったら、リゼットに恩返しだけして、村を出て行くことにしよう。
無理して居座るのは趣味じゃないからね。
「──おーい……。リズ姉──みんなー」
声が聞こえた。
よく見ると、城壁の前で、赤い髪の少女が手を振っていた。
「────リズ姉──ごぶじで──っ!!?」
「ハルカ! 心配ありません。子どもたちも無事です──っ!!」
「「ハルカねーちゃ──んっ!!」」
子どもたちが走り出す。
リゼットもつられて走りだそうとして──俺の手を握ってることに気づいて、笑った。
照れた顔でうなずいてるのは……俺も走って欲しい、ってことかな。手を放そうとしないってことは、たぶん。
しょうがないな。今は覚醒してないから、そんなに速くは走れないんだけど。
──と思ったら、リゼットはしっかり、俺の走る速さに合わせてくれた。俺たちが城門にたどりついたのは、子どもたちが赤い髪の少女に抱きついて、それから、ぺちん、と、頭を叩かれたあとだった。
「こらぁ! 子どもだけで森に入るなって、ボクは言ったよね!?」
子どもたちを軽く叩いたあと、少女はひとりひとりを、むぎゅー、っと抱きしめた。
「本当に心配したんだからね、まったく」
「「「ごめんなさい。ハルカ姉さま」」」
「……ほんとに、もう」
「戦いに言ってるお父さんたちに、美味しいお魚を食べさせたかったの」
「わかるけど、リズ姉に迷惑かけたら駄目だよ。まったくもう……」
そう言って少女は、子どもたちを放した。
「いい? 大人のみんなは戦いに出てるんだから、心配をかけないようにしないとだめだよ。もう勝手なことはしないようにね?」
「「「……はーい」」」
鬼族の子どもたちはみんなで頭を下げて、そろって声をあげた。
赤い髪の少女は満足そうにうなずいて、俺と、リゼットの方を見た。
彼女──ハルカの背丈は俺と同じくらい。手にしているのは、身長よりも長い棍棒。それで地面を突くと、ずん、と音がする。固く重く、使い込まれてるのがわかる。
赤い髪におおわれた頭のてっぺんには、子どもたちと同じように角が生えてる。
特徴的なのはそれと──あと、大きな胸。俺の世界の着物のような、前あわせの服を着てるからはっきりとわかってしまう。そして俺を見てる視線の強さも。
ああ……警戒されてるな。無理もないか。
「リズ姉? その人は」
鬼族の少女ハルカは、目をつり上げて、言った。
「知らない人だよね。鬼族でも、他の亜人でもないよね? 人間?」
「あ、はい。陛下はですね」
「『ショーマ』です」
いきなりとんでもない紹介をしないように。
「はじめまして、俺はショーマ=キリュウと言います」
俺は少女ハルカに向かって頭を下げた。
この世界のあいさつは、これでいいはずだよな。
「森の中で道に迷ってたところを、リゼットに助けられました。迷惑はかけないから、しばらくこの村に──いや」
こっちに向かって棍棒を構えてる姿を見ると──村に置いてもらう、って雰囲気じゃないな。
まぁ、これが普通だよね。
リゼットと子どもたちがフレンドリーすぎたのか。しょうがないな。
「少しだけこの村で休ませてくれると助かります」
「……怪しいね」
少女ハルカは、じろり、と俺をにらんだ。
「こんな辺境に来るなんて……どこかの領主から派遣されてきた間者じゃないの?」
「この方を疑ってはなりません」
不意に、リゼットが俺とハルカの間に割って入った。
「この方が敵ではないことは、このリゼットの生命をかけて保証いたします」
「リズ姉は人を信じすぎ!」
ずん、と、ハルカは棍棒で地面を突いた。
「王都の人間が亜人を対等だと思っていないことは、リズ姉も知ってるよね!? 他の人たちだって、ボクたちをかばってくれなかった。だから亜人はこんな辺境に追いやられたんだよ!?」
「ショーマさまは別です」
「どうして!?」
「この方は、私と子どもたちを助けてくださいました!」
「いい人だね!!」
おい。
なんか急に表情が変わったんだけど。
「しかもショーマさまは、その強さを分け与えるために、子どもたちの角を撫でてくださいました」
「素晴らしい方だねっ!!」
──ちょろい!?
アラサー社会人として心配になってくる。大丈夫か、亜人のひとたち。
鬼の少女ハルカは目を輝かせてこっちを見てるし、鬼族の子どもたちも俺のズボンをつかんで、こっちを見上げて笑ってる。リゼットはそれを温かい目で眺めてる。
完全に歓迎ムードだ。フレンドリーすぎて、こっちが引くくらい。
「はじめまして。ボクはハルカ=カルミリア。リズ姉とは幼なじみで、姉妹みたいにして育ってきたんだ。ハザマ村にようこそ、ショーマ=キリュウさん!」
鬼族の少女ハルカは、満面の笑顔を浮かべて宣言した。
さっきまで持ってた棍棒は、地面に投げ捨ててる。なんだかすごく楽しそうに、大きな胸を揺らしながら俺の方をじっと見てる。さっきまで警戒してたのが嘘みたいだ。
「さっきはごめんね! この村に普通の人はあんまり来ないなら……その、ついびっくりしちゃって。このハルカ=カルミリア、心からお詫びするよ。なにかして欲しいことがあったら言ってね。詳しいお話はあとでいいから、まずはゆっくり休むといいよ」
「……うん。ありがとうございます」
そう応えるのがやっとだった。
鬼族の少女ハルカも、子どもたちも、もちろんリゼットも、俺を歓迎してくれてる。
ほんとに、めいっぱい。
まいったな……。
村を守るのは、ここに置いてもらう代償で、俺が戦うのはそれだけにするつもりだったんだけど。
……ほっとけなくなるよな。こんなの。
「とりあえず、一休みさせてもらってもいいですか?」
「うん。もちろんだよ!」
ハルカは、満面の笑顔でうなずいた。
「ただ……ひとつお願いがあるんです」
「なにかな? なにかな?」
なんでそんなわくわく顔なの。
どうして顔を近づけてくるの。いいにおいするけどさ。
「俺が『竜の力』で魔物を倒したことは、みんなに内緒にして欲しいんだ」
リゼットと子どもたちには竜の力を見せちゃったから、これはしょうがない。
鬼の少女ハルカも、リゼットを『リズ姉』って呼ぶくらい親しいなら、内緒にするのは無理だと思う。
けど、情報はそこで止めておきたい。竜帝の血を引いてない俺が『竜の力』を使えるってわかったら、村の人たちがどんな反応するかわからない。よそものの俺が、平和な村をさわがせるのは良くないからね。そういう話は、落ち着いてからにしたいんだ。
「だから、できれば魔物はリゼットが倒したことにしてくれないかな? 俺の力のことを知ったら、みんなびっくりするかもしれないからね」
「わかりました。ショーマさま」
即答だった。
「ハルカも、みんなも、いいですね?」
「もちろん。ショーマさんはボクたちの味方なんだよね? だったらボクは、それだけで十分だよ」
ハルカは、ぽん、と、大きな胸を叩いた。
いい人だった。
「ショーマさんが秘密にしたいのなら、ボクは固く口を閉ざしてるよ」
それからしゃがんで、子どもたちと目線を合わせて、
「聞いてたよね? ショーマさんが竜の力を使えることは、村の人たちには秘密だよ?」
「「「はーい! ショーマ兄ちゃんが竜の力を使えることは秘密にします!!」」」
「よしよし」
子どもたちが唱和して、ハルカがみんなの頭をなでる。なぜか俺の頭も。
「それでは、村に入りましょう」
リゼットが俺の手を取った。
「まずは、休めるところにご案内しますね」
「ありがとう。助かるよ」
女神さんが若返らせてくれたからか、体力はまだ残ってる。
けど、精神的に疲れてる。かなり。
それに、安全な場所でじっくり考えたいことがあるんだ。
もしかしたら──女神さんに確認しなきゃいけないかもしれないことも。
──そして、ショーマと別れたあとの子どもたちは──
「まったく、どれだけ心配したと思ってるんだい! このバカ息子!」
ごちん
頭を殴られた子どもの一人が、床にうずくまる。
「ごめんよ……母ちゃん」
「まったく。リゼットさまが偶然、村の外に出てたからいいようなものの……」
子どもの母親は窓の外を見て、ため息をついた。
「でも、なんで人間なんかをこの村に連れ込むのかねぇ。リゼットさま、あとで説明してくださるとは言っていたけど……あの人間、信用できるのかねぇ……」
「ショーマ兄ちゃんを悪く言うな!!」
ぽん
子どもの小さな拳が、母親の脚を叩いた。
「ショーマ兄ちゃんは僕たちを助けてくれたんだぞ! すっごくかっこよくて、すっごくいい人なんだ! 悪く言っちゃだめなんだからな!!」
「まぁ、そうなのかい。でも、鬼族をこんな辺境に追いやったのは王都の人間だからね……もちろん、同じ人間でも、いい人がいるってのはわかってるつもりだけど……」
「…………うぅ」
「ああ、泣かなくていいから。ごめんよ。お前はそのショーマ兄ちゃんが好きなんだね? でも……」
「ショーマ兄ちゃんはすっごい力で魔物を倒してくれたんだい!」
「すごい力?」
「口からぶぉーっと炎を噴き出して、魔物を灼き尽くしたんだぞ! 見たんだからな!」
「まさか! そんなことができるのは、『竜の血』を引くお方だけじゃ……」
「……リゼットさまは、ショーマ兄ちゃんに『竜帝廟』で出会ったって言ってた」
「『竜帝廟』で!?」
「秘密だぞ! 母ちゃんだから話したんだからな!!」
「わ、わかってるよ。そうかい……」
「リゼットさまが言ってたから本当だい!! いいか。これは内緒なんだからな!!」
「わかったよ。そうかい。『竜帝』さまのお使いなら……無礼はできないねぇ」
「うわあああああああああん」
「あ、こら。なにも泣かなくても……」
「だって、お母さんがショーマ兄ちゃんを悪く言うから……」
「そんなこと言われても、知らない人間ってのはどうしてもね……」
「ショーマ兄ちゃんは違うんだい! ショーマ兄ちゃんはあたしに『ちょこれいと』をくれたんだ。それに、竜みたいな力で魔物を一気にやっつけたんだからな!!」
「──まさか!!」
「これは絶対内緒なんからねっ」
「わかってるよ。なるほど、リゼットさまの『竜の血』と引き合ったということかい……」
「兄ちゃんのばかっ!」
「なんだよこいつー。なんで人間なんかかばってるんだよ」
「ショーマ兄ちゃんは(以下略)」
そんなわけで、噂は村中にあっという間に広がってしまったのだった。
明日から、1日1回の更新になります。
なので次回、第9話は明日の夜7時くらいに更新する予定です。
もしもこのお話を気に入っていただけたら、ブックマークしていただければうれしいです。