第76話「覇王、新たな移動能力を得る」
地下遺跡の魔法陣は保存状態が良かった。
部屋の入り口が鉄の扉で封鎖されていたから、魔物が入らなかったんだろう。
床の魔法陣もきれいに残っていた。
これなら、すぐに再起動できそうだ。
「城主はプリムでいいか」
「そうだね。兄上さま」「あたしも賛成です」
「……王さま」
でも、プリムは不安そうな顔で。
「わたくしは新参者です。そのような大役をうけたまわっていいのでしょうか?」
「なにを今さら」
「でもでも」
プリムは髪をいじりながら、もじもじとしている。
「わ、わたくしはユキノさまよりも小さいですし、王さまの寵愛を受けとめる自信がないのです!」
「なんの話だ!?」
「キトル太守領でうかがいました。王さまはリゼットさま、ハルカさま、ユキノさまを共に寵姫として愛されていると。英雄色を好むとはこのことだと」
「あー、あれかー」
「あれは作戦だったんだよねー」
「シルヴィア姫の警戒心を解くための、演技だったの」
「そうだったのですか……」
俺とハルカ、ユキノの言葉に、プリムは胸をなでおろした。
「では、王さまは配下の女性を強引に寝所に引き込んだりはしてないのですね?」
「当たり前だ。俺がみんなにそんなことするわけないだろ」
「では、配下の皆さまも王さまの寝込みを襲うため、隙をうかがったりしてはいないのですね?」
「「…………」」
「ハルカ、ユキノ。なんで横を向く?」
「「……気のせいですよー」」
ハルカとユキノは声をそろえた。
……そういえば部屋に置いといた洗濯物がなくなることがあったな。
知らない間に、家族の誰かが洗ってくれてるみたいだけど。
……俺の家のセキュリティは、もっと気をつけた方がいいんだろうか。
「へ、変なことを言って申し訳ありません。我が王」
プリムは俺に向かって、深々と頭を下げた。
「このプリムディア=ベビーフェニックス。『異形の覇王 鬼竜王翔魔』さまの城主を拝命させていただきます!」
「わかった。では、儀式を行う」
俺はプリムの額に手を当てた。
緊張しているのか、少し震えている。
「プリムディア=ベビーフェニックス。汝をこの地下遺跡──」
城主がプリムだから、名前はそれにちなんだものにしよう。
プリムの姓、フェニックスをそのままもらって、っと。
「汝をこの『鳳凰城』の城主に任命する。目覚めよ『竜脈』!!」
「──んんんんっ!!」
プリムの小さな身体が、俺に抱きついてくる。
大地からあふれ出す魔力が、俺とプリムの身体を通過し、魔法陣を満たす。
そしてまたひとつ、結界が生み出された。
『王の領土「鳳凰城」』
城主:プリムディア=ベビーフェニックス
続柄:軍師(種族:ハーピー)
結界効果:魔物除け
追加効果:察知能力上昇15%
連鎖:4
・魔法陣の連鎖が4を超えたことにより、結界に転移能力が追加されました。
・魔法陣が転移拠点となりました。
「……転移拠点?」
俺は魔法陣に手を当てて、その魔力の流れを確認する。
『竜脈』スキルを使うと、この場所が『鬼王城 (ハザマ村)』『竜樹城 (元廃城)』『崖上城 (元山賊の砦)』と繋がっていることがわかる。
キトル太守領の『真・斬神魔城 (元斬魔の塔)』は遠すぎる。
そっちはまだ接続できてない。
けど、他の3箇所とは繋がってる。そのおかげで、新たな力が増えたんだ。
まるで元の世界の陰陽五行みたいだ。
繋がることで魔力──気の流れが強くなり、色々なことができるようになる。
その一つが『転移能力』……ってことか。
というか、やばいな、これ。
乱世で、諸侯が群雄割拠してる世界で、一勢力だけ転移能力持ちってずるくないか……?
「どうしたの、兄上さま」「ショーマさん」「王さま?」
ハルカ、ユキノ、プリムは不思議そうに俺を見ている。
説明するより、実際に体験してもらった方が早いな。これは。
「みんなちょっと実験に付き合ってくれ。あと、プリム」
「は、はい。王さま」
俺に抱きついたまま、プリムが俺の顔を見上げた。
「軍師として考えて欲しい。例えば個人、あるいは軍勢が魔法陣から魔法陣へと瞬間移動できたら、兵の運用や交易、防衛、情報収集、その他どんな作戦が考えられる?」
「……え?」
プリムは目を見開いた。
俺の言うことが、よくわからないようだった。
しばらく首をかしげて、なにかを理解したかのようにうなずいて──
それからプリムは、不敵な笑みを浮かべた。
「それはもう、この辺境を、いかなる者も手出しできない場所にできるでしょう」
「だよなぁ」
「ここは辺境の端っこです。ハザマ村からここに瞬間移動できるならば、敵を辺境内部に引き込んだ上での挟み撃ちや、後方から輜重隊を襲って兵糧を焼くなど、さまざまな戦術が可能になります。辺境の品物を売りに行くのも楽になりますし……なにができるかと言われれば……なんでもできるようになります、としか」
プリムは頭を抱えてる。
魔法陣から魔法陣のテレポートって、チートすぎるからな。
できることが多すぎて、考えがまとまらないんだろう。
「ほんとに魔法陣から魔法陣へテレポートできるとしたら……『異形の覇王』があらゆる場所に出現できるということですよね?」
「そんなことできるの……兄上さま」
「まぁ、とりあえず実験してみようよ」
俺はハルカ、ユキノを手招いた。
それからみんなで魔法陣の上で手をつなぐ。
『鳳凰城』のステータスウインドゥには、『転移可能』の文字がある。
行き先の選択肢も表示されてる。俺は転移先を決めて、宣言する。
「『異形の覇王 鬼竜王翔魔』の名の下に、此の地より彼の地へと我らを誘え。発動──『竜脈転移』!!」
そして俺たちは、別の魔法陣へと瞬間移動した。
──数分前、ハザマ村にて──
村長の館で、リゼットは手紙の整理をしていた。
辺境に作った交易所と『ミルバの城』には、色々な人から手紙が届く。
交易所を作ってくれたことへの感謝。
盗賊を倒してくれたことへのお礼。
治安が良くなったという報告。
次回、交易所はいつ開くのか──参加予約はできないかという問い合わせなど、様々だ。
「ショーマ兄さまの名声は広がりつつありますね。さすがです。兄さま……おや?」
リゼットはテーブルに積まれた手紙の中から、一番大きなものを手に取った。
キトル太守家の紋章が刻まれている。
当主代行シルヴィア=キトルからのものだ。
リゼットは、ショーマから手紙への対応を任されている。
彼女は封を開けて、内容を確認することにした。
『辺境に交易所を開設されたことをお祝い申し上げます。
本来、私が直接お祝いにうかがうべきところ、将軍ヒュルカを行かせたことをお詫び申し上げます。
私は同盟者として「辺境の王」を信頼しております。
だから率直に申し上げます。
お力を貸していただけないでしょうか。
現在、キトル太守領は荒れ始めています。
父アルゴス=キトルの不在が領土の民へと知れ渡ってしまったからです。
そのため、民は怯えはじめているのです。
また、キトル太守領からの自立を企む町も出てきております。
さらには、街道には魔物まで出現しはじめました。
これは予想できたことです。
けれど、噂の広がりが早すぎます。
何者かが意図的に噂を流し、民をあおっているという報告もあります。
現在、私とレーネス姉さまで対応しておりますが、「十賢者」の侵攻に備えなければならないため、多くの兵は割けない状態となっています。
もちろん、王都に使者は送っております。
こちらに敵対の意思がないこと。トウキ=ホウセと『七星槍』、騎兵たちを預かっていること。その返還の場で交渉をしたいという手紙を持たせました。
けれど、返事はありませんでした。
「辺境の王」にお願いいたします。
魔物討伐のため、お力をお貸しいただけないでしょうか。
もちろん、無償でとは言いません。
キトル太守家の資産の譲渡、土地と砦の割譲。
そして私シルヴィア=キトルが……「辺境の王」の妾となる覚悟でおります。
私がお側にいれば、キトル太守家は数代にわたって同盟者となります。
人と亜人とが、わかりあって暮らすこともできるようになりましょう。
どうか、ご一考くださるようにお願いいたします。
キトル太守家 シルヴィア=キトル』
「……シルヴィア姫は、そこまでの覚悟がおありなのですね」
リゼットは、長いため息をついた。
彼女は手紙を手にしたまま、しばらく、座り込んでいた。
家の外から、『ヘイヘイ』というかけ声が聞こえる。
村の通りを『意思の兵』が巡回しているのだろう。
それを子どもたちが笑いながら追いかけるのも、いつもの光景だ。
「シルヴィア姫が、ショーマ兄さまの妾となったら……この村も変わるのでしょうか……」
リゼットは手紙を置いて立ち上がる。
そういえばさっき、みんなの服を洗ったばかりだった。干さないと。
「すいません。お願いできますか」
『ヘイ!』『ヘイヘイ!』
リゼットは手を挙げて『意思の兵』を呼び止める。
同じ高さの兵2名に家の側まで来てもらい、そこに物干し竿代わりの『棍棒』を乗せていく。
家族みんなが不在の今、洗濯はリゼットの仕事だ。
洗いかごに入れていたものをひとつずつ、『棍棒』に引っかけていく。
今日は天気がいい。
『意思の兵』に洗濯物を預ければ、日差しに合わせて移動する物干し台になってくれる。
夕方までにはすべて乾くだろう。
「その頃には、兄さまも戻られるでしょう」
洗いかごに手を入れたリゼットは、ふと、自分が掴んでいるものに気づいた。
ショーマのシャツだった。
右を見て、左を見て──目撃者が『意思の兵』しかいないことを確認して、リゼットはシャツを抱きしめる。
服にショーマの体温が残っているような気がして、思わず顔が赤くなる。
みんなが戻ってくるには、まだ時間がある。
だから、もう少し。
「…………もう少し、だけ」
リゼットがシャツに顔をうずめて、つぶやいた。
目を閉じて、ゆっくりと深呼吸する。
まるで、ショーマに抱きしめられているようだった。
リゼットは思い出す。兄の腕に抱えられて空を飛んだ時のことを。
自分に飛行能力がなくて幸いだ。長距離移動するときは、いつもくっついていられるのだから。
あのときも、ショーマのシャツにしがみついていた。ぎゅ、っと。
こうしていると、時を忘れてしまう。まわりの光景も、音さえも消えていく。
大事な兄であり主君、ショーマのことしか考えられなくなっていく。
「……兄さま、早く戻ってきて……ください」
リゼットはシャツに頬をこすりつけて、つぶやいた。
「……ただいま」
声が聞こえた。
リゼットは、顔を上げた。
ショーマがいた。
その後ろには、ハルカとユキノ、プリムも。
「…………に、にいさま……みんなも……?」
「魔法陣は見つけたよ。再起動したら『転移能力』が手に入ったんだ。魔法陣から魔法陣へと自由にテレポートできるようになった。だから戻ってきたんだけど…………えっと」
「あ、あわわ。あわわわわわ」
リゼットの視界がぐるぐる回りはじめる。
頭をフル可動させるけれど、うまい言い訳が見つからない。
(手の中には兄さまのシャツ。それをリゼットが抱きしめてるところは見られています。ハルカはなにかを納得したような顔をしてるし、ユキノさんはショーマ兄さまの上着になぜか顔を近づけています。プリムさんは……ああ、羊皮紙になにかをメモしています。やめてやめてやめて……)
「これはこれは……これわぁ」
頭はパニック。思考がまったく働かない。
(ごまかさないとごまかさないとごまかさないと………………そうです!)
リゼットは立ち上がり、ショーマのシャツを高々とかかげた。
「こ、ここここここれは! リゼットが強くなるための儀式ですううううぅ!!」
「儀式」
「そ、そうですぅ! ショーマ兄さまの衣服を取り込むことで魔力を高め、兄さまと同じ領域に到達してえっとえっとえっとおおおおおおおっ!!」
ぱくんっ。
「やめろリゼット! 俺の服をはむはむするな! 見てないから、なにも見てないから!」
「むううううっ! むーむーむーっ!!」
「リズ姉が乱心した!?」
「落ち着いてリゼットさん! あたしたちはなにも見てないですからっ!!」
「王さまの汗などが必要でしたら、一緒にお風呂に入った方が合理的かと思います。分泌物を皮膚から取り込めますので」
「わかった! プリムの言う通りにするから、俺の服を離しなさい────っ!!」
こうして、ショーマたちは新たなる力を手に入れて──
ついでに覇王の入浴についても、新たなルールが制定されたのだった。
いつも「覇王さん」を読んでいただき、ありがとうございます。
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新作、はじめました。
「辺境暮らしの魔王、転生して最強の魔術師になる −愛されながら成り上がる元魔王は、人間を知りたい−」
貴族の少年に転生した (愛されすぎの)元魔王が、最強の魔術師として成り上がっていくお話です。
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