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第74話「覇王、旅商人と交渉する」

「あなたが『さすらいの旅商人』か」


 ここは、交易所の天幕(テント)の中。

 俺とリゼットは、『さすらいの旅商人』メネス=ナイリスと会っていた。

 俺とメネスはテーブルをはさんで座り、リゼットは俺の横に控えている。


 メネスは頭巾をかぶり、マフラーをつけた小柄な少女だ。

 小さな馬に、荷物一式を乗せてここまで来たらしい。

 彼女は自分から武器を持っていることを申告して、武装解除を受け入れた。さらに贈り物として、南方で仕入れたという羽根飾りを差し出した。かなりこっちに気を遣ってるようだ。


「まずはお礼を申し上げます。『辺境(へんきょう)の王』」


 旅商人メネスは席を立ち、頭を下げた。


「こうしてお目通りの機会をいただいたこと。また、このような場所を作っていただいたこと、感謝にたえません」

「交易所のことか」

左様(さよう)です。許可さえ取れば誰でも商品のやりとりができる場所など、この乱世にはめったにありませんので」

「旅商人にとってはありがたい場所、ということか」

「われら旅商人は1年のほとんどを旅して生きる者たちです。行く場所によっては商品を買いたたかれたり、高い場所代を取られたりします。ここのように誰でも参加できて、場所代も格安という場所は初めてなのです。本当に、感謝しているのですよ」

「せっかく来たんだ。他の地方の話でも聞かせてくれないか?」


 俺が座るように促すと、旅商人メネスは椅子に腰を下ろした。


「旅商人は事情通と聞いているからな」

「そうですね」


 旅商人メネスはうなずいた。

 俺はリゼットにめくばせした。

 ここまでは、打ち合わせの通りだ。


 ここに来るまでのあいだ、旅商人についての話を聞いた。

 彼らは大陸全土をまわっている。あらゆる町の情報に詳しい。


 この世界にはネットはない。新聞もなければ、郵便も来ない。

 だから情報のやりとりは口コミがメインだ。他の土地の情報を仕入れるためには、旅商人や吟遊詩人に聞くしかない。


 だが、彼らはこの辺境の情報も、当然のように仕入れていく。

 こちらが他の土地の情報を手に入れると同時に、こちらの情報も、他の土地に伝わると考えた方がいいらしい。

『商売人の噂好(うわさず)きおばさん (まだ若いけど)』と考えるとわかりやすいか。


 とにかく油断しないこと。

 余計な情報を与えないことが、旅商人への対処法だそうだ。


「確かに、われら旅商人は事情通と呼ばれております」

「この乱世では、他の都市へ移動するのも大変だからな」

「知らない土地や場所の話などは、商売を進めるのに欠かせないスパイスですからね」


 旅商人メネスはお茶をすすった。


「たとえばここは、人間と亜人がわけへだてなく取り引きをしております。このような場所の情報は、商人ならば誰でも欲しがりましょう」

「別に話しても構わないぞ」


 今までも、シルヴィア姫相手には普通に宣言してるからな。

 逆に誰も来ない方が困るし。

 旅商人が口コミでここの情報を広めてくれるなら、こっちとしては願ったりだ。


「そう言っていただければ幸いです。私も『辺境の王』を敵に回したくはありませんからね。そのため、前もって許可を取らせていただいたのです」

「律儀なことだな」

「あの(へい)の秘密を漏らしたことで、旅商人が(ばつ)を受けるのも困りますので」


 旅商人メネスは、にやりと笑った。


「おどろきましたよ。交易所の間仕切りとテーブルが動くなどとは」

「許可証でもあるけどな」

「皆が聞きたがるでしょうね。辺境には意外なものがある、と。もちろん、私は『辺境の王』を困らせるつもりはありません。お望みなら、私から他の旅商人たちに、辺境の情報は他に漏らすな、と伝えることもできますが」


 テーブルに手をつき、身を乗り出す旅商人メネス。


「このようなすばらしい交易所を造ってくださったのですからね。その恩義を考えれば、旅商人は王の秘密を守る。当たり前のことです。もちろん、旅商人すべてを黙らせるのですから、それなりの交換条件を──」

「いや、塀のことは別に秘密でもなんでもないんだ」

「……へ?」

「言いたきゃ言っても構わない。キトル太守家の人たちも知ってることだからな」


 そもそも、こないだトウキ=ホウセ相手に『意思の塀』を使っちゃってるからな。

 おそらくは『十賢者』にも情報は流れてるだろう。

 それで警戒して、辺境とキトル太守領に手出ししなくなればありがたいんだが。


 もう最近は『意思の兵』を日常的に使うようになってる。

 あれは兵士であり、物干し台であり、子守り要員であり、交易所の許可証でもあり、メイドカフェのテーブルでもあるんだ。今さら存在を隠すなんてできるわけがない。


「それでよろしいのですか、『辺境の王』!?」


 でも、旅商人メネスは信じられないものを見るような顔してる。


「お考えください! あれを他国に奪われたら!?」

「……大変だなぁ」

「あれを使って他国が攻めてきたら!?」

「……どうしようもないなぁ」


 だって、俺が魔力を与えない限り、あいつらただの(へい)だから。

 持ち運ぶのが大変(・・)な上に、他国が奪ったってどうしよう(・・・・・)もない(・・・)んだ。


「…………ショーマ兄さま」

「どうしたリゼット」

「いまさらですが……魔力がある限り動き続けて、粉々になるまで止まらず、捕虜(ほりょ)にすると運ぶのが大変で、運んだとしても使い道がない兵士って、かなり凶悪だと思いませんか」

「そうだな」

「知らないうちに辺境は、すごい兵団を作り上げていたのですね……」

「防衛戦にしか使えないけどな」

「攻撃に使えるようになったら、乱世が終わるかもしれませんね」

「かもな」


 耳元でささやきあう俺とリゼット。

 テーブルの向こうで、旅商人メネスは、ふるふると震えてる。

 なにか言おうとして口を開き、俺を見てうなだれて、やがて、がっくりと肩を落とした。


「自らの情報が()れることを恐れない。それほどの自信をお持ちとは……お、恐れ入りました」


 旅商人はメネスは、がん、と、テーブルに頭を打ち付けた。


「これほどの(うつわ)をお持ちの方に、不当な取り引きをもちかけようなどと……失礼いたしました!」


 がんっ、がんっ、がんっ!


 旅商人メネスは何度もテーブルに頭を打ち付ける。


「待て待て待て。どうした!?」


 なんでいきなり必死に謝ってるんだ?

 テーブルに頭を打ち付けるのやめろ。それ、堅いから。(へい)だから!


「この方は『意思の兵』の情報を秘密にするのと引き換えに、交渉を持ちかけようとしていたようですね」


 リゼットが俺の耳にささやいた。


「旅商人は大陸全土を回るもの。彼らが本気で情報を広めようとしたら、国中に広まりかねないですから」

「『意思の兵』の情報を秘密にする代わりに……って、それで交渉になるのか?」

「軍事機密だと思っていたようですね」

「あれはシルヴィア姫にもトウキ=ホウセ相手にも使っちゃってるんだが」

「軍事のことは旅商人には知りようがないですから」

「雨宿りできる休憩所(きゅうけいじょ)にも、物干し台や子守り要員としても使っちゃってるんだが」

「そっちは想像もしてないでしょうね」

「なるほどな……おい、旅商人メネスよ」


 俺が声をかけると、旅商人のメネスは顔を上げた。

 涙目で、ふるふると震えてる。

 こりゃ本気で(おび)えてるな。


「お前は俺の(へい)をなんだと思っていたんだ?」

「王が亜人を支配するためのゴーレムだと考えておりました」


 ……外からはそう見えるのか。

 俺としては生活環境を良くするために、亜人のみんなに協力してもらってるだけなんだが。


「いままで、初代の竜帝陛下以外の誰にも従うことのなかった亜人たちを従える王となれば、強大な軍事力をお持ちのはず。それがこの塀であるならば、その秘密を誰にも知られたくないのは必定(ひつじょう)……ゆえに……交渉の余地があると考えたのですが……」

「大陸をめぐる旅商人なら、情報を広めやすいからか」


 俺の問いに、旅商人メネスはうなずいた。

 本当に、泣きそうな顔だ。


「お前は、俺になにを望むつもりだったんだ?」


 聞いてみた。

 旅商人メネスの提案は、交渉にさえなってない。

 というか本当に俺が塀の情報を近場だけで止めておきたいなら、こいつを殺して口封じする可能性だってあった。

 そうまでして望むものってなんなんだ?


「……旅商人が『うごく塀』の情報を秘密にする、あるいは『そんなものは存在しない。デマだ』と噂を流す代わりに、この交易所に、商売の場所をいただけないかと」


 旅商人メネスは、消えそうな声でつぶやいた。


「……先ほども申し上げた通り、旅商人は町から町へと移動して生きるもの。基本的によそものですから、どの町の市場でも弱い立場なのです。ですから、ここに毎回、物を売るためのスペースがあれば安心できます。他の町で、高い場所代をふっかけられても、交渉の余地が生まれます。他の場所で商売ができないなら、ここに来ればいいのですからね」

「そういうことか」

「われら旅商人はさすらいの民。われらを対等に扱ってくれる方が、どうしても欲しかったのです……」

「最初からそう言えばいいのに」

「……え?」

「販売スペースくらい用意してやるよ。もともと交易所には『ハザマ村』専用のスペースがあるからな、その一部を貸し出す。旅商人は俺の客人ということにすれば、誰も文句は言えないだろう」

「ほ、本当ですか!?」

「ただし、代わりに情報を提供してもらう」

「……情報を、ですか」

「お前が旅の間に見聞きしたもの。できごと。人や場所の情報。この交易所に来るたびに、それらの情報を話してもらう。嘘偽(うそいつわ)りがあった場合は、交易所の参加資格を取り消す。これでどうだ」

「そんなものでよろしいのですか?」

「いやこっちこそ、すごく助かるんだけど」


 ほんとに、辺境って情報が入ってこないんだ。


 情報源はうわさ話と、シルヴィア姫、レーネス姫、ヒュルカ将軍が教えてくれるものばかり。王都の情報はほとんど入ってこない。

 今はキトル太守さんが行方不明だけど、彼が死んだのか生きてるのか、『十賢者』がどう動いているのかもわからない。

 ハーピーたちを偵察(ていさつ)に出してはいるけど、結局、上空から見るだけ。たいした情報は得られない。

 情報にあふれた世界から来た身としては、かなりストレスなんだ。

 旅商人が情報源になってくれるなら助かる。


「わ、わかりました。この交易所に場所を用意してくださるのでしたら、旅商人メネス=ナイリスは、『辺境の王』の情報源となりましょう」

「ああ。これは対等の契約だ」


 俺と旅商人メネスは握手を交わした。


「ちなみに……これは単純な興味なのだが、お前たち旅商人、ってどんなふうに国中を渡り歩いてるんだ? 太守領と太守領の間をどう移動してるのかとか、どうやって王都に入っているのかとか、教えてくれると助かるんだが」

「……さすがは『辺境(へんきょう)の王』、抜け目がございませんな」

「え?」

「まずは情報を前払いしろと。その情報が正しいかどうかを見極めてから、我らをどう扱うかを決めると。さすがは『辺境の王』。そうでなければ亜人の王などはつとまりますまい」

「お前、俺を恐れすぎじゃない?」

「……お話しいたしましょう。旅商人のことを、すべて」


 それからメネスは、旅商人について教えてくれた。

 自分たちが、竜帝が亡くなったあとの戦乱で潰された領主の領民だということ。

 ()せた土地に移された先祖が、生き残るために旅商人をはじめたこと。

 代々、旅をしながら生き抜くための知恵が受け継がれていることなどを。


「……場合によっては、我々は町に入れてもらえないこともあります。戦の最中や、政変が起こったときなどがそうですね。だから代々、緊急時に泊まるための場所を語り継いでいるのです」

「大変なんだな……旅商人も」

「生まれてすぐ、両親からたたき込まれますからね。町にたどりつけないときに泊まる洞窟(どうくつ)、比較的安全な森、雨宿りできそうな遺跡(・・)について」


 ……ん?

 今、なんて言った?


「遺跡?」

「はい。ご存じないかもしれませんが、大陸のあちこちには、古い遺跡があるのです。なんのために使われていたのか……旅商人の身ではわかるはずもありませんが」

「メネスたちは、その場所がわかっているのか?」

「命がかかっていますからね」


 旅商人メネスは、なんでもないことのように答えた。


「ここに来るまでの間にも、いくつかの遺跡に泊まりました。もっとも、奥には魔物がいると言い伝えられていますので、入り口で一晩過ごすだけです。魔物が騒がしいときなどは、眠れないこともありますが……」

「もしも、俺が魔物を退治すると言ったら?」


 俺は言った。


「俺がその遺跡にいる魔物を退治すると言ったら、旅商人の一族は、俺の味方になってくれるだろうか?」

「え、ええ! それはもちろん!」


 旅商人メネスは目を輝かせた。


「そうしていただければ、われら旅商人の一族は、『辺境の王』にお仕えしても構いません! 我々さすらいの民が、安らげる場所を手に入れるのですからね。ですが……『辺境の王』にそれほどのお手間を取らせるわけには……」

「勘違いするな。俺だって大陸すべての魔物を退治できるわけじゃない」


 俺は内心の動揺を悟られないように、(ひざ)を押さえた。

 気づくと、リゼットが俺の手を握りしめていた。その指先が震えている。

 リゼットにもわかるんだろう。

 旅商人が持っている遺跡の情報が、俺たちにとってどういう意味を持つのか。


「俺は自分の手の届く場所にいる魔物を処理するだけだ。もちろん、これはお前が俺を信用してくれるというのが前提になる。旅商人たちがずっと抱えてきた秘密を差し出すのだからな」

「……はい」

「だから、この近くの洞窟や遺跡だけでいい」


 俺は旅商人メネスを見つめながら、告げる。


「辺境近くと、キトル太守領のものだけでいい。お前たちが泊まるのに使っている遺跡の場所を教えてくれ。その地の魔物を、俺が討伐(とうばつ)できるかどうか試してみる。その結果を見てから、俺を信用するかどうか決めればいい」

「ああ……『辺境の王』よ」

「強要はしない。決めるのはお前だ」


 しばらく、沈黙があった。

 数分後、旅商人メネスは覚悟を決めたように、革袋を開いた。

 そうして──簡単な地形と、いくつかの印が描かれた羊皮紙を、俺たちの前に示したのだった。


いつも「覇王さん」を読んでいただき、ありがとうございます。

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