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第73話「覇王、将軍ヒュルカをいざなう」

「では、将軍ヒュルカさんの案内役を務めさせていただこう」


 いつもの覇王口調(はおうくちょう)で、俺は言った。

 ヒュルカさんやシルヴィア姫相手には威厳(いげん)のある口調で、普段は領民がなじみやすいように、一般口調にしてる、という設定だからだ。

 面倒だけど、しょうがないよな。


「この交易所は、辺境の作物を周囲の村人や、太守領の方々に知ってもらうことを目的としている」

「なるほど。わかりやすいな。さすが『辺境(へんきょう)の王』だ」

「辺境でよく採れるのは『フララ豆』『カルツロ麦』『ホロロモロコシ』なのでな、今回はそれを集めたブースを用意してみた」


 俺はヒュルカさんを、交易所の中央スペースに案内した。


 今回、1番人気の場所だ。

 そこでは荷車に乗せた『フララ豆』『カルツロ麦』『ホロロモロコシ』が並んでいる。荷車の数は20を超える。

 山盛りになった作物に、ご近所から来た村人や商人が、目を丸くしているところだ。


「特に『フララ豆』は栄養価が高い。戦の原因となるのは飢饉(ききん)だからな。安めに販売することで、キトル太守領の治安も──」

「待て待て待て待て!」

「なにか不審(ふしん)な点でも?」

「確かに『フララ豆』は栄養価の高い作物だ。が、年に1度しか()れぬはず。すでに収穫の時期は過ぎている。なのに、なんであんなに、つやつやとれとれの豆があるのだ!?」

()れちゃったんだからしょうがないだろう?」

「しかも、大きくないか!? 普通の『フララ豆』は親指くらいのサイズだぞ!?」

「うちのは手のひらサイズだな」

「そりゃ買うだろう!? 私だって欲しいぞ! というか並ぶから売ってくれ!」

「まいどどうも」

「できれば栽培方法を教えて欲しい。どうしたらあんなふうになるのだ!?」

「辺境は開拓(かいたく)が進んでいてな。そのおかげで、土地が肥えているのだ」

「……そうか、今まで森だったところを切り開いたから」

「ああ。一度も作物を植えていない土地を切り開いて畑にしている。地面が栄養たっぷりなのはそのためだ」

「…………そういうことか」


 ごめん。嘘だ。全部『結界(けっかい)』の影響なんだ。

 魔法陣を復活させたおかけで、辺境では大地の魔力を利用できるようになった。

 それが土地まで元気にしてる。

 作物が何度も収穫できるのも、大きくなったのもそのせいなんだ。


「……つまり、キトル太守領で同じことをするのは不可能ということか」

「いや、そうでもない」


 俺は首を横に振った。

 それから、声をひそめて、


「……ここだけの話だが、この前、キトル太守領に行ったとき、辺境と同じくらい肥沃(ひよく)な土地を見つけた。あなたにはお伝えしておく」

「本当か!?」

「我々が将軍に案内していただいた『残魔(ざんま)の塔』があるな。俺はあの塔のまわりの土地に、辺境と同じような可能性を感じたのだ。あの周辺は魔物が出るため、ずっと使われていなかったのだろう?」

「た、確かに。あそこは誰も開拓していない土地だ。ということは……」

「ああ。辺境と同じように、豊かな作物が採れるかもしれぬ」

「ありがとう! 『辺境の王』!!」

「──ちょ!?」


 不意に、将軍ヒュルカさんが俺に抱きついた。

 (かぶと)面甲(めんこう)が上がって、彼女の顔があらわになる。

 青い目と白い肌。美貌(びぼう)の将軍の素顔だ。


「あなたには感謝してもしきれない。(ちか)おう。このヒュルカは、なにがあってもあなたの味方であると。私のキトル太守家への忠誠と相反しない限り、どんなことがあってもだ!」

「ちょっと待って──じゃない、待たれよ将軍。人が見ている」

「……はっ」


 しゃきん。

 将軍は慌てて面甲(めんこう)を下ろし、俺から離れた。

 一瞬だったから、他の者には顔は見られていないと思う。


「し、失礼した」


 将軍は胸を押さえて、


「……あなたは……本当に不思議な方だ。あなたは、自分の配下かどうかは関係なく助けてくれる。まるで……天下そのものの王を目指しているかのように」

「かいかぶりすぎだ。将軍ヒュルカよ」


 いや、本当に。

『残魔の塔』──『(しん)斬神魔城(ざんしんまじょう)』のまわりの土地が豊かなのは、あの場所も結界が発動しているからで、俺の見立てとは関係ないからな。


 あの場所の結界は、こっそり、活性化させたままにしている。

 無断使用してるのが申し訳なかったから、情報を伝えただけだ。


 それに、キトル太守領が豊かで安定していれば、『十賢者(じゅっけんじゃ)』が攻めてきたときにも対応してくれそうだし。まぁ、もちつもたれつ、ってことで。


「ちょうどいい。辺境名物『焼きホロロモロコシ』ができあがったようだ」


 俺は交易所の中央スペースを指さした。

 そこでは、鬼族の人たちが石で作ったかまどを囲んでいた。

 かまどの上には、串を刺したトウモロコシがある。皮付きのまま、転がしながら焼いている。ほどよく火が通ったら、鬼族の人が皮を()いて、側で控えてるハルカに手渡す。ハルカがそれに特製のソースを塗って出来上がりだ。


『焼きホロロモロコシ』は、この世界で使われてるソースと、俺の『焼きもろこし』の知識を合わせたハイブリッド商品だ。

 本当は醤油(しょうゆ)をつけたいけど、この世界で作るのは時間がかかるからなぁ。

 代わりにみんなで試作したソースをつけてある。


 ちなみに、味見したのは俺とユキノとリゼットだ。

 鬼族のひとたち、なんでも美味しいって言うんだもん。


「兄上さまー。ちょうど焼き上がってるよ。食べて行ってよー!」

「ふたつもらおう」

「ひとつは将軍さまの分だね。はじめまして将軍さま。兄上さまの義妹(ぎまい)のハルカだよ!」


 そう言ってハルカは、葉っぱにくるんだ焼きもろこしを差し出した。


「辺境名物だよ! 熱いうちに召し上がってね!」

「……ぐぬぬぬぅ」


 焼きホロロモロコシを手に、ヒュルカさんはうなってる。

 そうだよな。(かぶと)を脱がないと食べられないもんな。


「な、なんと美味しそうな……しかし、私は仕事中で……」

「ユキノたちが使ってる天幕(テント)がある。そこなら、他の人に素顔を見られることもなかろう。よろしければ案内するが、どうかな?」

「……うぅ」

「シルヴィア姫とレーネス姫の代理として来られたのなら、辺境名物の味を確かめるのも重要な使命かと思われるが?」

「そうだな! 使命なら仕方ないな!」


 開き直ったよヒュルカさん。


「すまないが、その天幕(テント)に案内していただけないだろうか。頼む」

「了解した。では、こちらに」


 俺はヒュルカさんを『ミルバ城』近くのスペースへと連れて行くことにした。






「ショーマさん! ごぶさたしてます。将軍ヒュルカさま!」

美貌(びぼう)の将軍ヒュルカさまと、こんなところでお会いできるとは、なんと興味深い」


 天幕にはユキノとプリムがいた。

 ふたりとも、ちょうど着替えが終わったところのようだ。


「ごぶさたしている。先の戦いでは世話になった。ユキノどの、プリムどの」

「どうぞ。こちらに」


 俺はヒュルカさんに椅子を勧めた。

 彼女は素直にそこに座り、(かぶと)を外し、素顔をさらした。

 そのまま……待ちきれなくなったように、『焼きホロロモロコシ』にかぶりつく。


「う、うまい。なんと香ばしく、ジューシーで……こ、これが辺境名物か」

「あたしもたくさん味見しました」

「ソースの配合を調整したのはわたくしです」

「……この交易所は、どのくらいの頻度(ひんど)で開かれるのだ? 『焼きホロロモロコシ』は毎回出るのか? 他の名物は?」

「交易所は、月1回くらいのペースで開こうと思っている。収穫等の作業もあるからな。もちろん、辺境が平和であることが条件になるが」

「……そうだな。確かにその通りだ」


 ホロロモロコシをかじりながら、ヒュルカさんは何度もうなずく。

 ちなみにこの『ホロロモロコシ』は辺境でしか()れない。

 一応、キトル太守領より南でも収穫はできるんだが、粒が小さくて料理には向かないんだ。辺境の土地の魔力を利用することで、俺の世界のトウモロコシのようなものが採れるようになった。つまり、辺境の独自種だ。


「ふぅ」


 兜を脱いだ将軍ヒュルカさんは、『焼きホロロモロコシ』を手に、ため息をついた。


「……落ち着くな。この交易所は」

「……そうだな」

「本当によいところだ。まるで、ここだけ乱世ではないかのように……」


 そう言ってくれるとうれしい。

 俺が望んだのは、乱世ではない場所を作ることだからな。


「俺の仲間や家族が、一時でも乱世を忘れてくれれば、それに越したことはないよ。将軍」

「……ああ。確かに」


 将軍ヒュルカはため息をついて、俺の方を見た。

 俺の話に感心してる……わけじゃないな。俺が持ってる『焼きホロロモロコシ』を見てるもんな。

 いいよ。俺はまたハルカにもらえるから。あげるよ。


「すまない」


 もぎゅもぎゅ、はむはむ。


「……ところで、ユキノどのとプリムどの、その姿は?」

「キトル太守領でヒュルカさまが選んでくれた服です」

「エプロンとヘッドドレスをつけて、メイドっぽくしております」


 ユキノとプリムは、くるり、と、一回転。

 キトル太守領で仕入れた服を、俺と将軍の前に披露(ひろう)してくれる。


 キトル太守領での戦いのあと、「服が欲しい」と言った俺の要求を受け入れて、将軍ヒュルカさんがリゼット、ユキノ、プリムの服を見立ててくれたんだ。

 こういう可愛い服は辺境にはないからな。

 せっかくだからそれを使って『メイド喫茶 (っぽい休憩スペース)』を作ることにしたのだ。


「あ、あたしがどうしても『メイド喫茶』をやりたいって言ったら……我が王が用意してくださったのです」

「別に構わない。お祭りだからな」


 俺は言った。


 前世のユキノは病弱で、ほとんど学校に通うことができなかった。

 もちろん、文化祭になんか出たこともない。

 だから、模擬店(もぎてん)のようなものにずっと憧れてたんだそうだ。


「それに『メイド喫茶』というより、歩き疲れた客に茶をふるまうだけの場所だ」

「でもでも、充分に可愛いです」

「まぁな。ウエイトレスは可愛い服の方がいいからな」

「……確かに、かわいい」


 将軍ヒュルカさんは、目を輝かせてユキノを見てる。


「……かわいいな。かわいい……いいなぁ」


 ……そういえば、この服を選んでくれたのはヒュルカさんだったっけ。

 彼女も可愛いものが好きなんだろうな。

 と、いうことは──


「よければ、将軍にも手伝ってもらえないだろうか」

「……へ?」

「ユキノとプリムと一緒に、客に茶をふるまってくれればいい。服の予備はある。将軍なら、リゼットのものが合うと思うが」

「いや、待て待て待て! 私はキトル太守家の将軍だぞ!?」

「今日は交易所が初めて開く日。つまり、お祭りだ。少しくらい、はめを外しても構うまい」


 将軍ヒュルカさんは、いつも(よろい)を着て、兜をかぶっている。

 それは仕事のためにそうしてるんだろうけど……本人は可愛いものが好きらしい。

 ならば、ここでそれを解放するのもいいかもしれない。もちろん、正体は隠す方向で。


 ほら、ずっと自分を押さえ込んでると、限界が来て爆発したりするし。

 それが行き過ぎると、中二病みたいになっちゃうからな。


「辺境にメガネのようなものはあったか? ダテで構わないが」

「ございます。我が王。このプリムが用意いたしましょう」

「ユキノは、将軍の髪を()ってあげてくれ。素顔を知る者であっても、ヒュルカ将軍本人とわからないように」

「心得ました!」

「……あの、ちょっと」

「将軍はシルヴィア姫と俺たちにしか素顔をさらしたことがないのだろう? ならば、変装して店に出れば、誰も将軍とはわからない」

「……し、しかし」

「これは取り引き、と考えてもらいたい」

「取り引き?」

「土地の情報を与えたこと、辺境の交易所の案内をしたこと。その代わりに、ちょっとだけ将軍にお茶の給仕をしてもらう。それでどうだ」

「……ずるいぞ、『辺境の王』」

「ずるくなくては、王などは勤まらぬだろう?」

「まったく……本当に、あなたが敵でなくて良かったよ」


 将軍ヒュルカは背中に手を回し、(よろい)の留め金を外した。

 手甲、脚甲。身体をおおうそれを、ひとつずつ外していく。

 俺は後ろを向いて、その音を聞いていた。


「……レーネス姫さまには内密(ないみつ)にな」

「当たり前だ。名高い将軍ヒュルカにお茶の給仕など頼んだことが知れたら、キトル太守家を敵に回してしまう」

「これがくせになって、ここに毎回通うことになったらどうしてくれるのだ」

「毎回来ればいい」

「そのためには、辺境とキトル太守領の安定を、だな、王よ」

「意見が一致してうれしいよ。将軍」

「うむ。こちらを見てもよいぞ」


 振り返ると、メイドっぽい姿の、将軍ヒュルカさんが目に入った。

 着てるのはリゼット用に買ったワンピースと、真っ白なエプロンとヘッドドレス。

 顔にはフレームだけのメガネをかけて、金色の髪はツインテールにしている。


 ヒュルカさん、すごくうれしそうな顔をしている。

 リゼットたちの服を見立てたとき、たぶん、自分の好みで選んだんだろうな。


「……少し、胸がきついな」

「それはリゼットには言わないように」

「お茶の給仕など、したことがないのだがな」

「それも大丈夫だ。テーブルと椅子を適当に配置しただけの休憩スペースだからな」


 俺は天幕(テント)をめくってみせた。

 休憩スペースにあるのは、イス代わりの岩や切り株。

 テーブルだって石の上に、平たい石の板を乗せただけのものだ。


「わからないことがあったらユキノとプリムに聞くといい」

「トラブルがあったら?」

「現場の者が解決する」


 俺は手を振った。


『ヘイ』


 テーブルが返事をした。

 もちろん、休憩スペースのテーブルになってるのは、『許可証』用に切り出した『意思の兵』の予備だ。


「サポートは完璧だ。普段の『可愛い不足』をここで十分に補うがいい」

「悪魔めいた誘惑をするものだな……『辺境の王』!!」

「それじゃ休憩スペースをオープンします。ショーマさん!」

「鬼族の皆さんがお茶を用意して待ってます。開店いたしましょう!!」


 ユキノ、プリムが天に向かって拳を突き上げ──

 それに釣られて俺と将軍ヒュルカも、気合いたっぷりの声をあげたのだった。



 ──その日、交易所に突如あらわれた、『ツインテールでメガネの高貴っぽい給仕係さん』は、辺境の新たな伝説となった──



 それはともかく。

 休憩スペースはユキノたちに任せて、俺は見回りに戻ることにした。

 とりあえず、リゼットと合流しようと、歩き出したとき──



「ショーマ兄さま、大変です!」



 こっちに向かって走ってくるリゼットが見えた。

 彼女は息を切らすこともなく、すばやく俺の側に来て、


「……兄さまに、お客様が来ています」

「……交易所のお客じゃなくて、俺に?」

「……鬼族の人は『さすらいの旅商人』って呼んでました」


 …………さすらいの旅商人?


「個人で商売をしながら国中を(めぐ)る行商人で、情報通の人だそうです」

「その人が俺に?」

「はい。『辺境の王』とお話がしたい、と」


 リゼットは真面目な顔で、うなずいた。


「旅商人さんは、どこにも属さない情報通です。たぶん、兄さまに情報をくれる代わりに、兄さまがどういう方かを探りに来たのだと思います。どうされますか、ショーマ兄さま……?」




いつも「覇王さん」を読んでいただき、ありがとうございます。

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「ローカル魔王、転生して最強の魔術師になる −人間を知りたい元魔王はほめられるのに慣れてない−」


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