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第72話「覇王、交易所をつくる」

 交易所(こうえきじょ)を作ることが決まったあと、俺はシルヴィア姫に手紙を書いた。

 目的はご近所トラブルの回避と宣伝だ。


 せっかく交易所を作っても、お客が来なかったら意味がないからな。

 国境近くに辺境の施設を作ることで、キトル太守領を刺激するのを避けたい、という意味もある。向こうは名家だからプライドが高い。シルヴィア姫とレーネス姫が俺たちを認めていても、部下もそうとは限らない。対策はしておいた方がいい。


 手紙は俺の名代として、リゼットに届けてもらった。

 返事はその場でもらえた。そのことは、先に戻って来たハーピーのロロイが教えてくれた。


『交易所のことは了解いたしました。領内に「覇王の交易所」ができたことを知らせておきましょう。国境近くの町には、辺境と取り引きしたい者もおりますので』


 シルヴィア姫は言葉と手紙で返事をくれた。

 これでキトル太守領の方は問題なしだ。




 次に、交易所のルールについて決めることにした。


「辺境もキトル太守領も、売りたいものを自由に持ち寄って売っていい、ということでいいんじゃないか?」


 俺が提案したのは、いわゆるフリーマーケット制だ。

 必要最小限の参加費を払ってもらって、代わりにこっちは場所を提供する。

『ハザマ村』のみんなも同じだ。

 商品を売りたい人は参加費──銅貨2枚くらい──を支払う。買いたい人は無料参加。

 村で切り出してる木材や、『結界』の魔力で育った作物なんかもあるから、需要はあるはずだ。


「商品を売りたい人は、前もって交易所に届けを出してもらう。交易所の方では届けをもらったら、許可証を与える。参加者はそれを店先に提示しながら商品を売る、ということにしよう。そうすれば怪しい奴らが入り込むのを防げるだろう」

「いいと思うよ。兄上さま」

「ただ、問題はどのようなものを許可証にするかですね。我が主」


 ハルカは賛成してくれたけど、プリムは難しい顔をしてる。


「許可証は、他のみんなから見えるようにしなければ意味がありません。また、簡単に盗まれたり、偽造できないものでなければいけません。精巧(せいこう)な彫刻を施した板というのが定番ですが、辺境にそのようなものを作る技術はございません」

「あたしたちの世界のイベントと違って、こっちの人たちは武器を持ってるもの。『頒布禁止』のシールを貼ったり、次回から参加禁止の処置を取ったりしても意味がないものね。ショーマさん」

「確かにな」


 俺はうなずいた。

 あと、ユキノはなんのイベントの話をしてるんだ?

 お前、病弱中学生だから、そういうイベントには参加してないよね……って、家族に頼んで薄い本だけ取り寄せたのか。もちろん健全な奴ね。わかってるよ。


「だけど、大丈夫だ。許可証については考えがある」

「「「え」」」

「それと合わせて、イベントスタッフも準備するつもりだ。こう言えばわかるよな」

「「はっ!!」」

「えっ? えええっ?」


 プリム、ユキノが目を輝かせた。わかってくれたようだ。

 ハルカは首をかしげてるけど。


「わかりました。我が主君。確かにそれなら安心です」

「はいはい! ショーマさん。あたしもお店を出してみたい!!」

「え? なになに? なんで問題解決した流れになってるの!?」

「まだ許可証の問題が解決しただけ。やることは山積みだ」


 ミルバの城を大きくするために、岩を切り出したり。

 店を出しやすくするために、地面を平らにならしたり。

 なにより商品を選ぶのも大切だ。欲しいものがなければ、買い物客なんか来ないからな。


「それじゃ、他に意見は?」

「わたくしは、キトル太守領に行って商品の相場を調べておきたいかと」

「はいはい! 文化祭みたいでわくわくしてきました。あたし、元の世界では学校の文化祭出たことないんです! メイド喫茶やりたいです!!」

「リズ姉とユキノちゃんがこないだ可愛い服を買ってきてくれたもんね──じゃなくて! 許可証の問題はどうなったの。ねー、兄上さまー!!」


 そんなわけで俺たちは手分けして、交易所を開く準備をはじめたのだった。




 俺はいつもの採石場(さいせきじょう)で『竜種覚醒(りゅうしゅかくせい)』の『竜咆(ブレス)』で、岩を切り出して──

 リゼットは売り物になる商品の選定を続けて──

 ハルカは、村の人たちと一緒に畑の作物を収穫して──

 ユキノは、辺境の販売スタッフのための服を考えて──

 プリムは、キトル太守領で商品の価格調査をして──


 みんなそれぞれの仕事をしているうちに──



 あっという間に、交易所開設の日がやってきたのだった。




「辺境の交易所はここか!?」

「うちの商品も売らせてくれ!」

「ここ、魔物が出ないんだよな? 盗賊も!」

「場所代が銅貨2枚って安すぎだよな……え? これが許可証……すげぇな」




 初日から大盛況(だいせいきょう)だった。

 ……シルヴィア姫の宣伝効果のおかげかな。すごい人出だ。

 キトル太守領の人も、近くの村人も、鬼族のみんなもいる。


 フリーマーケットの場所は、キトル太守領との境界近くの平地だ。

『ミルバの城』をそこまで移動させて、まわりにフリマ用のスペースを確保してある。


 地面が平らになってるのは、城の『意思の兵』たちが総出でスキップ踏みながら行進して踏み固めたからだ。そこにゴザを敷いて商品を置けば、露店はあっという間にできあがる。


 結界の中だから魔物もいないし、野生動物も『意思の兵』を恐れて近づいてこない。盗賊は前もって、ミルバたちが退治してくれた。もちろん、いざとなったら城が変形して、市場の人たちを守るように訓練もしてある。

 フリーマーケット会場としては、かなり使いやすくなったと思う。


「それにしても、こんなに人が来るとは思わなかった」

「え? そうなんですか」

「リゼットは違うのか?」

「はい。これくらいの人数は来ると思ってました」


 リゼットは銀色の髪を揺らして、俺を見た。


「だって、ここはキトル太守領との境界近くですから、太守領の町からも、他の村からも近いです。みんな簡単に商品を持って集まれます。その上、魔物もいない、危険な野生動物は来ない、場所代がたったの銅貨2枚なら、みんな喜んで来ますよ。その分、商品も安くできますからね」

「普通の市場ってどうなってるんだ?」

「大抵は城主さんが場所代を取りますね。その上で、城内の商業ギルドが手数料を取るところもあります。そもそも、町に入るだけで通行料を取るところもありますからね。合計すれば、銅貨数十枚になります」

「うちも手数料を取ればよかったな」

「いえ、リゼットは、これでいいと思います」


 リゼットは満足そうな顔で、


「今は乱世です。みんな安全に交易できる場所を探していたんです。こうして天下の民が、町や村の境界もなく、種族さえも関係なく商売できる場所があってもいいと思いますよ。ショーマ兄さまが義と慈悲にあふれた覇王であることを、皆に証明するためにも」

「それは証明しなくてもいいけどな」


 でも、市場を開く回数は考えた方がいいだろうな。

 この人数だと、毎週……いや、月2回くらいがベストか。

 毎週できればいいんだけど、商品の供給ペースや、他の市場との兼ね合いもあるからな。

 その辺はあとで、『ハザマ村』の人たちと相談しよう。




「ちょっとあんた。許可証出してないじゃないか。大きなスペース取って、どこの商人だい!」

「うっせぇ!! 許可証なんてどこにあるってんだよ!!」




 大声が聞こえた。トラブル発生だ。


「行くぞリゼット」

「はい。兄さま」


 俺とリゼットは走り出した。




「だから許可証なんかどの店も出してねぇだろうが! 文句あるか、ええ!?」

「ちょ、ちょっと……」

「うちはキトル太守さまから毎年ごひいきにしてもらってる商人なんだよ! それを追い出すつもりか、ええ!?」


 市場の一角で、小太りの商人がすごんでいた。

 商人の左右には武器を持った護衛が控えている。後ろには荷車。

 この交易所に向かう行列を見て、あわてて参加しに来たらしい。


「ここの市場を管理している、辺境のショーマという者だが。参加希望者か?」

「お、おお! そうだ。文句があるか!?」


 商人が俺の方を見た。

 後ろの護衛が剣に手をかけるのを見て、リゼットが同じようにする。


「ここに向かう行列ができてるって聞いてな、急いで荷物をまとめて来たんだ。だけど、もう隅のスペースしか空いてないって言うじゃねぇか! だから(ゆず)ってもらおうとしたんだよ!!」

「悪いが、本日の受付はもう終了している」


 俺は商人をまっすぐに見据えて、告げた。


「そして、この市場では許可証のない者は商売を認めていない。お引き取り願おう」

「だから許可証なんかどこにあるんだよ!!」


 商人は各スペースを区切る(へい)を、がん、と、蹴った。


「許可証なんかどこにもないだろうが! だったら、こっちが店を出しても文句は言えないはずだ!! わかりにくいやり方をしてるそっちが悪いんだからな」

「許可証は出してますよね?」

「は、はい。うちは最初に出店を申請して、もらいました!」


 果物を売りに来たおばちゃんが、泣きそうな顔でこっちを見た。

 俺もリアルタイムで許可証は確認してる。問題ないな。


「だったら見せてもらおうじゃねぇか。おい」


 商人が後ろにいる男を手招きした。

 メガネを掛けた小柄な男が、前に出た。手には彫刻刀(ちょうこくとう)のようなものを持っている。


「見せてみな。おれらにもはっきりとわかるように、許可証をな」

「……辺境のショーマさん。こいつは、流しの複製屋(ふくせいや)だよ。気をつけな」


 露店のおばちゃんが言った。


「通行証や許可証、手形なんかを偽造するのを生業にしてるやつらさ」

「変ないいがかりはやめてもらえますかねぇ!」

「そうだそうだ!」「許可証とやら、見せてもらおうじゃねぇか!」「ないのか? ないなら、うちの主人が店を出しても問題はないよなぁ!」


 商人と、まわりの護衛たちが叫び出す。

 いつの間にか、市場の人たちが集まってきてる。

 ちょういい。

 みんなに許可証と、うちのイベントスタッフを公開しよう。


「許可証を見せれば文句はないんだな?」

「ああ。見せてもらいましょうか! はっきりと」

「わかった。じゃあ、ちょっと横を向いてくれ。我が兵」


『ヘイッ』



 出店スペースを区切っていた(へい)が、横を向いた。

 表面に刻まれた『出店許可』の文字がはっきり、見えるように。



「「「「「は、はあああああああ!?」」」」」


 商人たちが叫び出す。


 これが交易所の『出店許可証』だ。

 高さ約80センチ。幅は50センチ。厚みは10センチ。

 表面には俺が出力を絞った『竜咆(ブレス)』で『出店許可』って彫ってある。

 ユキノのアイディアで、塀の角には赤い布を結びつけてある。イベントスタッフの印だ。


 この交易所にある出店スペースを区切っているのは、すべて『意思の兵』であり、出店許可証であり、イベントスタッフでもある。

 姿かたちだけなら偽造できるだろうが、俺の声で動かないものは許可証とは認めない。

 偽造防止とセキュリティを兼ねた、俺とユキノのアイディアだ。


「だ、だ、だ、だからなんだああああああああっ!!」

「開き直るなよ大人のくせに」

「う、うちはな! キトル太守さまから常にごひいきにされているんだ。シルヴィア姫だって、うちの店を利用されてるんだからな! 逆らえばどうなるかわかっているのか! さっさと許可証とやらを用意──」

「ごぶさたしております。『辺境(へんきょう)の王』!!」


 不意に、道の向こうから声がした。

 銀色の(かぶと)をかぶり、馬に乗った女性が、こっちに手を振っていた。


美貌(びぼう)の将軍ヒュルカさんじゃないですか」

「お久しぶりです。美貌(びぼう)の将軍ヒュルカさま!」

「やめてくださいおふたりとも。わたしはシルヴィア姫の名代として、様子を見に参っただけです。それより、大声が聞こえたのですが。なにやら、シルヴィア姫のお名前を出していたようで……」

「あ、あ、あ、ああああ」


 商人と護衛の身体が、ぶるぶると震え出す。

 そして、


「し、失礼いたしましたああああああああっ!!」

「ひぃぃいいいいい」「ひえぇえぇぇぇぇぇ」

『ヘイッ』『ヘイヘイ!』『ヘーイ!!』


 商人と護衛たちは逃げ出した。

 その後を、セキュリティ専門の塀たちが追っていく。

 トラブルを起こした者は、ちょっとこらしめて、その後は出入り禁止にすることになってるからな。


「それにしても、大盛況ですな。この交易所は」

「シルヴィア姫さまが宣伝してくださったからですよ」

「せっかく来たのだ、色々見せていただいていいだろうか」

「わかりました。じゃあ、俺が案内します」

「いやいやいやいやっ! 『辺境(へんきょう)の王』の手をわずらわせるわけには」

「構わないです。俺も、太守領の話を聞きたいから」


 そもそも交易所を作ったのは情報収集のためだからな。

 将軍ヒュルカさんなら、『十賢者』やキトル太守の消息について、最新情報を知ってるかもしれない。


「……で、では。恐れ多いが、案内をお願いしよう」

「わかりました。じゃあリゼット、後のことはお願い」

「はい。ショーマ兄さま」


 こうして、俺は将軍ヒュルカさんと一緒に、市場を見てまわることになったのだった。



いつも「覇王さん」を読んでいただき、ありがとうございます。

もしも、このお話を気に入っていただけたら、ブックマークや評価をいただけるとうれしいです。

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