第71話「覇王、秘密の会議をする(湯けむり編)」
そんなわけで、俺たちはお風呂に入りながら秘密会議をすることにした。
村の近くにある『竜帝時代の湯浴み場』は、ハルカによると、二段変型するらしい。
湯船の真ん中を塀で仕切った『男女別形態』
仕切りを取り払った『家族風呂形態』
俺は『男女別形態』を主張したんだけど──
「あっれー。兄上さまは『俺たちは家族だ』って言わなかったっけー?」
ハルカからクレームが入った。
「家族だったら『家族風呂』に入るのが当然じゃないのかなぁ。おかしいなぁ。王さまである兄上さまが、嘘をつくはずないのになぁ」
「あのな、ハルカ」
「なぁに、兄上さま」
「村のみんなに聞いたら、『家族風呂』なんて知らないって言ってたんだが」
「へーそーなんだー」
「『男女別風呂』と『混浴風呂』としか言ってなかったんだが」
「そーなんだー。ふしぎだねー」
「ハルカ。俺が『家族』って言ったあとで『家族風呂』って言葉を作っただろ」
「いやーなんのはなしかな。しらないなー」
ぴーひょろろろ。
あっち向いて口笛吹くのやめなさい。ハルカ。
「でもまぁ。兄上さまは家族って言ったからねぇ。家族なら、一緒のお風呂に入ったっていいもんねぇ」
「わかった。みんなの意見を聞いてみよう」
俺はアンケートを取ることにした。
5段階評価。
混浴したい者は1。あまり気が進まない者は5だ。
──アンケート結果──
リゼット:4 (礼儀は守るべきだと思います)
ハルカ:1 (だって家族だもん)
ユキノ:3 (……あたし、そんなに立派じゃないですから)
プリム:1 (わたくし子どもだからわかりません (プリム18歳))
ボーナスポイント:−5(ハルカ談:だって兄上さま家族って言ったもん!)
4+1+3+1−5=4(人数で割ると1)
仕切りの高さが1メートルになった。
「はふー。あったまるねー。兄上さま」
「わたくし、この温泉は初めて」
「……そうですね」「……きもちいいですね」
「……ああ」
というわけで、みんな一緒に風呂の中。
俺は仕切り役の『意思の兵』に寄りかかってる。
「……確かに、気持ちいいよな」
竜帝時代の技術で作られた湯船は表面はなめらか。元は岩場なのに、座っていても痛くない。
岩壁からは、乳白色のお湯が流れ落ちてる。そこに頭を出せばシャワー代わりになるし、汚れたお湯は地面に吸い込まれ、どこかに流れていく。
ふんわりとした湯気があたりを漂ってる。幻想的な雰囲気だ。
湯船は『意思の兵』によって左右に仕切られてる。
俺が左側、女性陣は右側だ。
通常、塀は縦向きに立っていて、その高さは2メートル半。
今回は横になっていて、高さ約1メートルを実現している。
しているんだけど──
「ボクがリズ姉とユキノちゃんを説得するから、次は家族で一緒に入ろうね」
「わかりました、ハルカさま。わたくしが策を練りましょう」
ハルカとプリムは、塀の上で頬杖ついて、こっちに身を乗り出してる。
仕切りは1メートル。普通に越えられる高さだからね。
お湯はにごってるし、湯船に浸かってれば身体は見えない。
俺が気にしすぎなのかもしれないが、元の世界の常識はなかなか抜けないよな。アラサーだし。切り替え、そんなに上手くないし。
家族としては、あんまり意識するのも不自然なんだけどな。
「作戦会議をしよう。プリム」
「あ、はいそうですね。へくちっ」
「湯船につかろ。プリムちゃん」
ざぱん。
塀の向こうで、2人がお湯に入る音がした。
「「はふー」」
「もう、ハルカもプリムさんも……もー」
「し、真の主さまの素肌に触れるなんてうらやま──はしたないですからぁ」
「「はぁい」」
リゼットとユキノの指摘に、ハルカとプリムがうなずく気配。
話をはじめてもよさそうだ。
「まずは、目的を再確認する」
俺は言った。
「俺は今の皇帝『捧竜帝』に会ってみたい。理由は、辺境の状況を伝えて、『十賢者』がやってることについて話してみたいんだ。あとは、皇帝がどうして『十賢者』を放置してるのかも知りたい。これはみんなに言ったよな」
「はい。うかがいました」
「これって、本当に可能か?」
「可能です。まずは王都に入ることが前提となりますが」
プリムの声が返ってくる。
俺は少し考えて、言葉を返す。
「でも、王都に入る『遠国関』を通らなきゃいけない。今、あの場所は王都側に向かう人を厳しく取り締まってる。俺とユキノは戸籍も通行証もない。王都に知り合いもいない。通れる可能性は低いと思う。リゼットとハルカはどうだろ」
「リゼットたちは亜人ですから」
「取り締まってる状態なら、ボクらを通してはくれないと思う」
「となると、別の方法を考えなきゃいけない。だけど、俺が思いついたのは物理で『遠国関』を突破する方法だ。これをやると『十賢者』との全面戦争になる。それについて、プリムの意見を聞かせて欲しい」
「おうかがいしましょう」
耳元でプリムの声がした。
また、仕切りから身を乗り出してるな、プリム。
「『意思の兵』で出城を作って突っ込ませる」
俺は指をひとつ立てて、告げた。
「いわゆる質量攻撃だ。まさか敵も城が突進してくるとは思わないだろうから、不意を突ける。突進してくる城を兵士が止めるのは不可能だろうからな」
「攻城兵器でも止められないでしょうね」
リゼットの言葉が返ってくる。
「攻城兵器といえば投石機や雲梯、櫓ですけど、動く城相手に役に立たないでしょう」
「わたくしも同感です。でも、やはりそれをやったら全面戦争に……って、リゼットさま、ユキノさまーっ!?」
「「いつまで (ショーマ兄さま) (ショーマさん)の方をのぞいてるのっ!」」
じゃぼん。
プリムの声が遠ざかり、誰かがお湯に沈む音がした。
代わりに、ユキノが会話を引き継ぐ。
「それに、動く城を使うには結界が必要になりますよね? キトル太守領にある『真・斬神魔城』の結界は『遠国城』には届きません。キトル太守領の結界を探さなきゃいけませんけど、今、あちらの領内で派手に動き回るのは……」
「目立つよな」
「敵の注意を引くのは、よくないです。暗黒に棲まう者たちは、こちらの動きを感知して襲ってくるもの。闇の者──つまりを刺激してはいけない、というのが、あたしが前世で学んだことですから」
「わかる」
中二病アレンジ入ってるけど、ユキノの言うことはわかる。
向こうは領主さんが行方不明で不安定な状態だ。刺激したくない。
『遠国関』を突破する手段はもうひとつ、結界がなくても使えるやり方がある。
でも、あれは使いたくない。
狙いを定めるのが難しいし、外れると被害がでかい。
その上、『意思の兵』を使い捨てにすることになるから。
だから……今は無しにしておこう。
「次は『遠国関』を迂回する方法だ」
俺は言った。
「そういうのって可能か? プリム」
「可能です。南の『グルトラ太守』の領土に回って、山脈を抜けるルートがあります。そちらにある関はまだ通りやすいでしょう。ただし、時間がかかりますね」
「どのくらいかかる?」
「人目につかず、安全なルートを通るとしたら、1ヵ月以上」
「その間、みんなが辺境を留守にすることになるな」
「守りが薄くなりますね」
もちろん、辺境だけなら鬼族・ハーピーと『意思の兵』で守れる。
ただ、シルヴィア姫が『十賢者』の攻撃を受けたとき、手助けができなくなる。
せっかくシルヴィア姫が味方になってくれて、辺境の旗をかかげれば領土内自由通行になったのに、向こうが『十賢者』に侵略されたら意味がなくなる。
「あとは『遠国関』の近くの山を、俺が飛んで越えるくらいか」
「あそこは見張り台もありますし、風も強いですからね」
「飛んで越えるには時間がかかるんだよな……」
「あたしたちも、砂でじゃりじゃりになりましたからね」
俺とリゼットとユキノは、ためいきをついた。
「兄上さまもリズ姉もユキノちゃんも、大変だったんだね」
「敵地でしたからね。仕方ありません」
「ショーマさんのためです。なんてことないです」
「それで、身体がじゃりじゃりになったあと、どうしたの?」
「「…………」」
「なんで2人とも黙るの!? わぁっ。どうしてお湯の中に沈んでいくのさ!?」
「お話はわかりました。王はこのプリムに、穏便に『遠国関』を抜ける方法をおたずねなのですね?」
リゼットとハルカとユキノがどったんばったんする音と、プリムの冷静な声。
「その通りだ。俺としては『十賢者』との全面対決は後回しにしたい」
「わたくしも同感です。まずは『捧竜帝』さまの状況を知ること。可能なら、皇帝という権威を味方にすること。それが乱世を治める──いえ、辺境を平和にする最短ルートでしょう」
「策はある?」
「ございます」
プリムがまた、仕切りから身を乗り出した
濡れた白銀色の髪が、目の前にあった。
「『遠国関』の護りはその城壁と、上空を流れる暴風。ですが、1年のうち数回。暴風が治まることがあるのです」
「まじか」
「これは、天文に長けた者しかしらないことですけどね。わたくし、占い師の勉強しましたので。プリム、いらない子じゃないですので」
「「「おおー」」」
リゼットとハルカとユキノが手を叩いた。
「その時ならば兵に見つかることなく、王の翼で素早く山を越えることができましょう」
「具体的な時期は」
「天文を見なければ正確なところはわかりませんが、例年通りなら……数ヶ月後」
「わかった。ただ、念のためにキトル太守領に『竜帝時代の遺跡』がないか、改めて調べておきたい」
保険は多い方がいい。
今は乱世だ。なにが起こるかわからない。
『遠国関』を動く城で突破する手段も──使うか使わないかは別として──確保しておきたい。
「ならば、民と触れ合い、民より情報を得るのがよろしいでしょう」
「交易か?」
「御意。太守領の民との関わりを深めていきながら、情報を集めるのがよいかと」
「となると……そうだな」
キトル太守領から辺境までは、意外と遠い。
今までは鬼族のみんなが、たまに作物を売りに行くくらいの付き合いしかなかった。
辺境は貧しかったし、売るものも『魔力結晶』くらいだったから。
でも、今は違う。
『結界』で土地が活性化したおかげで、作物も色々増えはじめてる。
村のまわりを開拓してるから、質のいい材木がたくさん出てる。魔物も効率良く狩ってるから、『魔力結晶』もたくさんある。売る物は増えてきてるんだ。
それを効率よくさばいて、交易を進めるためには──
「辺境に交易所を造るのはどうかな」
「交易所ですか? 兄さま」
「ああ。こないだミルバの城を作っただろ? あれを拡大して交易所に作り替えるのはどうだろう。辺境の作物をやりとりする場所にするんだ」
「……なるほど」
「キトル太守領からの客も受け入れるし、そこを拠点に、こっちからも作物を売りに行く。人の出入りがあれば、うわさ話も手に入りやすくなる。つまり情報収集と、交易の拠点を造るってことだ」
沈黙があった。
リゼット、ハルカ、ユキノ、プリムは、俺の言葉にどう答えるか考えているようだった。
それから、しばらくして──
「いいアイディアだと思います、兄さま! リゼットは賛成です!」
「兄上さまが『強化』してくれた道具のおかげで、仕事も楽になったからね。それくらいの余裕はあるよ」
「拠点防衛ならあたしの氷魔法が役に立ちます」
「妙計と考えます。王よ」
みんな賛成してくれた。
「じゃあ予定としては、プリムに天文を見てもらって、『遠国関』の風が弱まる日を知る。それまでは交易所を造って運営して、結界の魔法陣がある『竜帝時代の遺跡』の情報を集める、ってことで」
「「「「はーい」」」」
「交易所のことはシルヴィア姫に話を通しておいた方がいいな。俺が手紙を書くよ」
「その行いこそが、亜人と人を繋ぐものとなりましょう」
プリムがうなずいた。
「王は亜人と人が溶け込み、仲良く生活することをお望み。ゆえに、世の人との繋がりを忘れない。すばらしいです。王よ」
「いや、これはどっちかというと元の世界で社会人やってた経験のせいなんだが」
アポ取りは大事だからなー。
中二病的スキルだけに頼ってると危険だし。
現実処理能力の高い元中二病として、人づきあいはちゃんとしますよ。
「計画の細かいところを詰めてもらっていいか? プリム」
「承知いたしました……はふぅ」
「どしたの?」
「いえ、のぼせてきたようでして」
「リゼットもです……兄さまが隣にいると思うと……頭までぽかぽかしてきて」
「ボクはまだまだ平気だよ」
「ハルカさんはすごいですね。あたしも……もうそろそろ」
「わかった。話はここまでにしておこう」
『遠国関』攻略についての会議は終わった。
交易所を作るための話し合いなら、秘密にすることもないからな。
俺は着替えの位置を確認した。
今、俺たちは湯船を左右に仕切って、俺が左側、女性陣が右側にいる。
着替えもそれぞれ湯船の外、左側と右側だ。岩はすべりやすいから、気をつけないとな。
「じゃあ、お疲れさま。全員、気をつけて湯船から出るように。いいな」
「はい。兄さま」「ボクは大丈夫だよ」「はふぅ。あったまりました」「気持ちのいい温泉でしたね」『ヘイッ』
ざばばんっ。
湯船が揺れた。
同時に、なにか大きなものが動く音がした。
俺たちは同時に、音のした方を見た。
お互いの姿が、目に入った。
仕切りの塀が、なくなってた。
俺は……さっきなんて言ったっけ。
確か『全員、気をつけて湯船から出るように』──って。
「………………あ」
ここには俺と、リゼットとハルカとユキノとプリムと──
仕切りになってくれてた『意思の兵』がいたんだっけ。
『ヘイッ?』
先に湯船から出た塀は、『なにか悪いことしました?』って感じで、俺の方を見てる。
うん。お前は悪くないからね。
俺がうっかり『全員』って言っちゃったから──って、叙述トリックかよ。
……そんなわけで。
「「ふみゃああああああああっ!!」」
「兄上さまの背中は、やっぱり広いねー」
「王の力を感じますねぇ」
ごめん、リゼット、ユキノ。
ハルカとプリムは、俺の背中をさわさわするのは服を着てからにしてね。
そんなわけで、作戦会議は終わり──
俺たちは、キトル太守領の近くに『辺境の交易所』を作ることにしたのだった。
──その後、みんなで『ハザマ村』に帰ったあと──
「リズ姉ってば、びっくりしすぎだよ。兄上さまに失礼だよ」
「ご、ごめんなさい。いきなりだったから……その」
「まぁ、リズ姉の気持ちもわかるけどね。リズ姉のお母さん、すごくまじめな人だったもん」
「……そうでしたっけ?」
「リズ姉にとっては普通なんだろうけど、鬼族から見たらまじめすぎる人だったよ。王への忠義は忘れない。命を捨てて使命を全うする。肌を見せるのは、そいとげる相手のみ。家族でも、子どものとき以外は駄目、だっけ? ボクは家族相手ならいいと思うんだけどなぁ」
「え? え、え? そんな教えありましたか?」
「あー、リズ姉は身についちゃってるから思い出せないんだね。ボクだって、技の使い方とか、言葉で説明されたの忘れちゃってるもん」
「肌を見せるのは、そいとげる相手のみ……」
「うん。でもまぁ、いいんじゃない? ボクもリズ姉も『鬼族』『竜族』というより、全部ひっくるめて『鬼竜王翔魔族』ってことで。ボクたちはボクたちの新しいルールを……って、リズ姉、どしたの? ねぇ?」
「……そいとげる……」
お風呂上がりの、夕暮れ。ふたりっきりの家の中。
リゼットとハルカがそんな会話を交わしていたことは──
──村人たちと会議中のショーマたちには、知るよしもなかったのだった。
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