第70話「覇王、秘密の会議をする(準備編)」
ミルバに羊を預けたあと、俺たちは『ハザマ村』に戻った。
羊飼い担当の人は、俺たちの後に出発した。もうすぐ『ミルバの出城』に着いてるころだ。
ちなみに選考基準は「ぼっちに耐えられる人」「でっかい目玉に驚かない人」「ヘイッ!」が平気な人」だったけど、意外と希望者が多かったらしい。
出城の分だけ、村が広がるようなものだからな。みんな喜んでくれたみたいだ。
そうして俺たちは、村に戻ったあと──
「お疲れさま。大変だったね。リズ姉、兄上さま」
「やっと仕事が終わった感じだな」
「ハルカも、お留守番ご苦労様でした」
やっと、落ち着いて休むことになった。
久しぶりに戻った家は、なにも変わってない。
家のまわりには子どもたちが集まってきてるし、門番代わりの塀がその相手をしてくれてる。
『意思の兵』が子守をしたり、荷物を運んだり、日差しに合わせて移動する物干し台になってたりする、いつもの『ハザマ村』の光景だ。
「ユキノは大丈夫か。戻ってきてから、ずっと眠ってたようだけど」
「……大丈夫です。起きてます。あ、あ、あたしの、しんの……あるじさま」
寝室からユキノの声がした。
振り返ると、寝間着姿のユキノが起きてくるところだった。
今回の戦闘で魔力を使いすぎたユキノは、しばらくお休みしてもらってたんだ。
「お仕事、ご苦労さま……でございました。我が真の主。また、お休みをいただいたこと、感謝申し上げます。このユキノ=クラウディ=ドラゴンチャイルド、改めて『異形の覇王 鬼竜王翔魔』さまの手足となって働くことを──」
「……どしたの。改まって」
「だ、だぁってぇ……」
ユキノはうらめしそうな顔で、俺を見てる。
「ショーマさんは、前世であたしを助けてくれた……『真の主』さまなんですよね」
「……そうだね」
「ショーマさんは、前世であたしを助けてくれた……『有機栽培の竜王』なんですよね?」
「そうだけど、その二つ名はやめてね」
「……あたし、うすうすわかってましたけど。改めて確認しちゃうと……照れくさいというか……ショーマさんを見てると落ち着かなくなるというか……その」
「えー!?」
不意にハルカが、ばん、とテーブルを叩いて立ち上がった。
「兄上さまがユキノさんの『有機栽培の竜王』だったの!?」
……そういえばハルカには教えてなかったっけ。
リゼットは……思いっきり目を逸らしてる。気づいてたな、リゼット。
「すごい運命だよ。兄上さまがユキノさんの『真の主』だったなんて」
「そ、そうなんです」
「すごいなー。もう、兄上さまったら、どうして隠してたの? ユキノさんが可哀想じゃない」
「いえ、ショーマさんにも事情があったんでしょうから」
「でも、やっぱりすごいよユキノさん。兄上さまが、あこがれの人だってわかっちゃったら、ボクなら顔を合わせることもできないもん」
ハルカはユキノの肩に手を乗せて、言った。
「だって、前世からの運命の人が目の前にいるんだよ? ボクがユキノさんの立場だったら、兄上さまと目を合わせるだけでドキドキだよ。ときめいちゃうよ。兄上さまを捕まえて、前世からの思いのたけを伝えちゃうよ。でも、ユキノさんは平気なんだよね。すごいね!」
「…………え、ええっと」
「やっぱり異世界の人は違うなぁ。ユキノさん。すごく落ち着いてるんだもん。文明世界の人って冷静なんだね。あ、せっかくだから、兄上さまの隣に座って座って。今、お茶を持って来るね。つのる話もあるだろうから、兄上さまとお話するといいよ。ボクとリズ姉のことは気にしないで」
「ちょ!? ハルカさん!?」
ハルカは鬼族の怪力でユキノを、ひょい、と抱え上げ、俺の隣の椅子に座らせた。
「し、失礼します。我が主」
「いいよ。別に……いつも通りで」
……気まずい。
正体を明かしただけで、俺とユキノが変わったわけじゃないんだけど。
なんだろう。この緊張感。
「……わ、我が主、ショーマさん! 『有機栽培の竜王』!! 『異形の覇王 鬼竜王翔魔』さま!! 『上天の女神の仇敵 鬼竜王翔魔』さまぁ!!」
「なんで俺の異名を連呼してるの!? ユキノ」
「あ、あたしは、ショーマさまの配下として、これからもがんばります!」
「別に配下じゃなくていいよ」
ユキノ、動揺しすぎだ。
……俺だって、それなりの覚悟をして正体を明かしたけど。
でも、俺にとってのユキノは配下じゃない。たとえて言うなら──
「俺たちは……家族みたいなものだ」
「家族?」
「俺とリゼットとハルカは義兄妹だ。ユキノとは義兄妹の儀式はしてないけど、同じ世界の住人で……印象的な出会いをしてるから、幼なじみみたいなものだって思ってる。だから、身内。この世界基準で言えば、家族でいいだろ」
「はい! ユキノ=クラウディ=ドラゴンチャイルドは、ショーマさんの家族です!」
「俺は自分がこの世界にいる限り、ユキノの保護者をやる。リゼットとハルカにとってもそうだし、ハザマ村のことも面倒を見る。そういうことで、いいだろ」
──自分がこの世界にいる限り、か。
乱世が終わったら、俺は元の世界に戻ることになってる。
召喚されたとき、女神ルキアは『乱世が治まったらあなたを元の世界に戻す』と言った。
そのとき、俺に選択権があるかどうかは、言わなかった。
もしも、時がきて、俺が強制的に元の世界に戻されるのだとしたら──
俺は本物の『女神の仇敵』にならなきゃいけないかもしれない。
「それはそうと、プリムは?」
「ハーピーのルルイとロロイにて、ハーピーの村まで連行されていきました」
「長老のナナイラさんにお説教されてるんじゃないかな」
「……え、まだ戻って来てないのか?」
プリムはずっと、王都のあたりをさまよってた。
ぶっちゃけ家出だ。
王都にいた彼女は、今回の事件を機に『遠国関』に移動して、そこでリゼットと出会った。
キトル太守領での戦いでは俺の軍師役をやって、一緒に辺境に戻ってきた。
その後、ルルイとロロイに村まで連行されたのは知ってるけど。
……それって、5日くらい前じゃなかったか?
「そうですねぇ。兄さまとリゼットとハルカが『羊』を運ぶ前からですので、そのくらいになりますね」
「……あとでちょっと顔を出してみるよ。相談したいこともあるから」
ぱたん。
不意に、家の外で音がした。
「いきだおれだー!」「覇王さまの家の前で、ひとが倒れてるよー」
『ヘイッ?』『ヘーイヘイ』
「……ちょっと行ってくる」
俺は外に出て、彼女を担いで家に戻った。
「相変わらず軽いな。おかえり、プリム」
「ただいまあもどりばじたあああああ。わがおおおおおおおおぅ!」
──ボロボロになった我らが『翔軍師』プリムだった。
「……なにがあったんだよ。プリム」
「わだぐじ……ナナイラおばあざまにせつめいしたんでずうう。ちゃんと、わがおうのやくにだったっでえええ。なのに、なのにいいいい」
「はいはい顔をふいて」
俺は布を濡らして、プリムの顔に当てた。
「で、ナナイラがどうしたって?」
「すっごく怒ったの。何年も手紙ひとつよこさないなんてどういうことだ、って。辺境が黒騎士に侵略されそうな時、覇王の力にさえなれなかったなど、うちの子じゃありません、って」
「意外と怖いんだな。ナナイラって」
「…………威厳と迫力がなければ、ハーピーの長老なんてできませんもの。それで、おばあさまはわたくしに罰として、ハーピー全員の巣と家をきれいにするように、と」
「それでそんなボロボロのどろどろになったのか」
「……御意でございますぅ。うわああああん」
プリムはまた泣きだしてしまった。
相当がんばったんだろうな。
顔も服も土まみれで、白銀色の髪にはホコリと葉っぱが大量にくっついてる。足はがくがく震えてて、立っていられないくらいだ。
じゃあどうやってここまで来たかというと……
「釈放ですー」「ふらふらせずに、王さまの役に立つのですー」
──ハーピーのルロイとロロイが運んできたんだろうな。
屋根の上から、歌うみたいな声が聞こえるから。
「……うぅ。わたくし、がんばりますから、ハーピーの村に送り返すのだけはごかんべんを……掃除は……村全部の掃除はもう嫌あああ。わたくし覇王さまの軍師として命がけで働きますからぁああああ」
「命はかけなくていいよ。ナナイラには……まぁ、俺から言っておく」
家出娘が戻ったようなものだから、怒られるのはしょうがないけどな。
それは俺を助けてもらうことで相殺してくれるように、話をしておこう。
「それよりプリムに相談があるんだ」
「な、なんなりとおっしゃってください」
「ちょっと耳をかして」
俺はしゃがんで、プリムの耳に顔を近づけた。
「……実は『遠国関』を陥落させる方法を思いついたんだけど」
「なんとすごい! というか、どうして軍師不在のときにそんなことを思いつくのですか!? プリム、いらない子ですか!? いらない子なんですか!?」
「いらないわけないだろ。だから、計画が実現できるかどうか、意見を聞かせて欲しいんだ」
「わかりました。しかしそれは極秘の話になります。場所を変えましょう」
「いいけど。どこに?」
「お風呂です」
「……プリムが入りたいだけじゃないの?」
「いえいえ。話によると、竜帝時代の湯浴み場を、リゼットさまとハルカさまが復活させたとのこと。あの場所は人気もなく、聞き耳を立てる者もおりません。内緒で天下を語るには、もってこいの場所かと」
「一理あるな」
さすが自称天才軍師。
自分が身体を洗いたいのと極秘の相談の必要性を、あっという間に結びつけたよ。この子。
「それに、身体を温めて心をゆるめれば、いい考えも思いつこうというもの」
「リゼットは賛成です。辺境に戻ってきたばかりですので、のんびり温まりたいです」
「ボクも異論はないよ」
「あ、あたしは、ショーマさ──し、し、しんのあるじにお許しいただけるのなら」
リゼット、ハルカ、ユキノも賛成のようだ。
俺も特に異論はない。
あの場所が人気がなくて、外部の者が近づけないことは間違いない。極秘の話をするのにも向いている。4人がお風呂に入っている間、俺が見張りをすることになるから、セキュリティも十分だ。
「わかった。今日は風呂場で天下について語るとしよう」
「「「「ありがとうございます。我が王!!」」」」
「みんなが入っている間、俺は見張りをしてる。それでいいよな」
「それなんだけど兄上さま、村のみんなが、男湯と女湯を分けてくれたんだよ」
ハルカが目を輝かせながら言った。
「いわゆる『家族風呂モード』と『男女別モード』で使い分けられるようにしたんだよ。危険な動物が近づいてこないように仕掛けもしてあるから、兄上さまも気兼ねなくお風呂に入れるよ。やったね!」
ぐっ、と親指を立てるハルカ。
……気のせいだろうか。
なんだか、不穏な気配を感じるんだが……。
そんなわけで。
俺たちは竜帝時代の湯浴み場を舞台に、極秘の打ち合わせをすることになったのだった。
いつもこのお話を読んで読んでいただき、ありがとうございます。
もしも、気に入っていただけたら、ブックマークや評価をいただけるとうれしいです。