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第7話「リゼットの願いと、彼女の提案」

 ──リゼット視点──



 出発前に、リゼットたちは、黄色い布を結びつけた矢を打ち上げました。

 魔物は撃退(げきたい)しました。無事です、という合図です。

 村の人たちが心配するといけませんからね。


 そうして、リゼットたちは『ハザマ村』に向かって歩き始めました


「ショーマさまは、この世界の現状について知りたいのですよね?」

「うん。歩きながらでいいから、教えて欲しい」

「わかりました」


 なにから話せばいいでしょうか。

 少し、悩みます。


「リゼットの住んでいるのは、フィーザ大陸の『アリシア』という国です。

 そしてこのアリシアは現在、ぐちゃぐちゃに乱れています」


 ショーマさまの隣を歩きながら、リゼットは言いました。

 子どもたちも茶々を入れずに真面目に聞いています。みんなショーマさまのことを、尊敬しているようです。


 ショーマさまは異世界から来た方です。

 しかも、とても現実的です。

 リゼットの知識がショーマさまの助けになるのは、とてもうれしいです。


「『アリシア』は竜帝さまが作った国です。ずっと竜帝さまの子孫が治めてきたのですが……ここ数十年は、竜帝さまの子孫──現在の皇帝陛下を支える賢者たちが権力を握るようになったんです。地方の領主たちも中央の言うことを聞かなくなり、乱世になった影響で、魔物たちも暴れ回るようになった、ということですね」

「俺たちがいる、ここは?」

「アリシアの領土内です。その西のはずれの境界地域──リゼットたち『亜人(あじん)』の自治区になります」

「『亜人』?」

「普通の人間とは違う姿をした者のことです。リゼットのこれなんか、亜人の特長のひとつです」


 そう言ってリゼットは、耳の後ろにある角に触れます。

 そこには水晶のような角があるはずです。自分ではほとんど見たことがないですけど。


「これは竜の血を引くあかしです。もっとも、傍系(ぼうけい)も傍系、いとこのまたいとこの子孫、って感じですけど」

「でも、竜の血を引く者は竜帝さんの子孫でもあるんだよね? それが亜人なら、人々から大事にされるものじゃないの?」

「……竜帝の直系の子孫は、完全な人の姿を取っているんです」


 竜帝さまも、完全な人の姿をしていたと言われています。

 角が出てしまうのは、力を使いこなせていない証なんです。


「……悪いこと聞いたかな。ごめん」

「いえ、気になさらないでください」

「……それで、ずっと気になってたんですけど」


 ショーマさまが首をかしげてこちらを見ています。

 来ました。リゼットはこの質問を待っていたのです。

 髪を整えます。背筋を伸ばします。さぁ、ここが正念場ですよ。リゼット。


「その『竜帝(りゅうてい)』さまって──」

「この大陸を最初に統一されたお方でひゅっ!」


 かみました──っ!

 どうしてこんな大事なときに!? しかもショーマさまの質問がまだ途中なのに!!


「りゅ、『竜帝』さまは、この大陸を最初に統一されたお方です」


 言い直します。

 うぅ。恥ずかしくて、ショーマさまの顔が見れません。


 リゼットはうつむいたままで説明を続けます。

 数百年の昔、この世界が魔物によっておびやかされていたこと。

 魔物を従え、禁断の暗黒魔法を使って天下を狙っていた『黒炎帝(こくえんてい)』という暴君がいたこと。その『黒炎帝』が作った帝国を、『竜帝』が滅ぼして、一時はすべての魔物が追い払われたこと。


 その『竜帝』が亡くなったあと、アリシアがだんだん衰えていったこと。

 もともと『竜帝』は亜人を含めたすべての種族を平等に扱っていたけれど、彼亡き後は差別が始まり、亜人は辺境の一角でだけ、自治を許されていること。


「つまり、皇帝が力を失って、配下がのさばって乱世になった、ってことか。世に言う『君側(くんそく)(かん)』ってやつか。君主制の国にはよくあるよな……」

「おわかりになるんですか?」

「俺の世界でも歴史上、似たようなことがあったから。なんとなくだけど」

「……すごい」


 これだけの説明でわかるなんて、やっぱりショーマさまは……リゼットが待ち望んでいたお方なのかもしれません。

 リゼットは胸を押さえます。

 心臓が高鳴っているのがわかります。

 リゼットは、本当に仕えるべき相手を、やっと見つけ出したような気がします。


「ショーマさま」


 だからリゼットは、ショーマさまの耳に、そっとささやきます。


「ショーマさまが『竜帝廟(りゅうていびょう)』の扉を開けたとき、リゼットはショーマさまを『竜帝さま』って呼びましたよね?」

「……うん」


 ショーマさまは困ったように頭を掻きました。

 なんだかその表情が妙に優しくて、リゼットはまた、胸を押さえます。


「あの場所は『竜帝』の後継者を選ぶための、大切な場所だって言ってたよね」

「はい。『竜帝廟』の扉には魔力で封印がされていて、開けられるのは竜の血を引くものだけです。そして、ショーマさまはリゼットと同じ、竜の鱗をお持ちです。リゼットより強い火炎さえも使いこなしています」


 森の中。

 リゼットは立ち止まります。

 ショーマさまをまっすぐに見つめて、それから、頭を下げて。


「リゼットはやっぱり、ショーマさまこそが『竜帝』の後継者だと思うんです。ですから、リゼットと一緒に現在の皇帝陛下をお助けして、大陸の混乱を鎮めていただけませんか!?」

「……ごめん。難しいと思います」


 ぺこり。

 ……あれ?

 ショーマさまが頭を下げています。どうして?

 お願いしているのはリゼットなのに。


「どうしてですか……ショーマさま」

「理由その1。俺は間違いでこの世界に召喚されたものだから。スキルだってたぶん、他の召喚者より弱い。だからそんなに大きなことはできないと思う」


 ショーマさまは指を一本立てて、説明してくださいます。


「理由その2。俺は乱世が治まったら、元の世界へ戻されることになる。現在の皇帝さんを助けたとしても、その人間がいなくなったら、また混乱するだけだろ。仕事を放り出すようなものだ。残されたリゼットたちが困るだけだ。そんな無責任なことはできないです」

「……ショーマさま」


 リゼットは思わず唇をかみしめていました。

 ショーマさまのおっしゃることは、もっともです。

 浮かれていた自分が恥ずかしいです。

 ショーマさまには、ショーマさまのご都合があるはずなのに。


 リゼットはずっと、責任を感じていました。

 自分は『竜帝』と同じく、竜の血を引いているはずなのに、なにもできていない。

 自分で村を守るのが、ぎりぎり精一杯です。悪い側近に操られている『竜帝の子孫』を助けることもできません。そんなとき、ショーマさまが現れて……一撃で『黒ゴブリン』を殲滅(せんめつ)するのを見て……うかれてしまったのでしょう……。


「……すいません、でした。ショーマさま。無茶なことを、言って」

「…………この世界にいる間だけなら、いいけど」


 …………え?

 ショーマさま、今、なんて?


「俺はこの世界のことが、よくわからない」


 こほん、と、咳払いして、ショーマさまは言いました。


「でも、自分の居場所くらいは守りたい。この世界にいる間は、リゼットにもお世話になるわけだから、その分の借りは返したいと思ってるんです。だから、リゼットが村を守りたいっていうなら、それに協力する。皇帝陛下がどうとかっていうのは……よくわからないけどね」

「……ショーマ、さま」

「リゼットが本当に、皇帝さんを助けて乱世を鎮めたいっていうなら、協力はするけど……戦うのが恐いなら、無理はしない方が……」

「ショーマさま」

「ん?」

「『竜帝廟』で、リゼットの話をどこまで聞いてらっしゃいましたか?」

「…………さー」


 ショーマさまは真横を向いてしまいました。

 もしかして、ですけど。ショーマさまは『竜帝廟』の前でリゼットが話していたことを、すべて聞いていたのかもしれません。だから、黒ゴブリンとの戦いのとき、助けに来てくれたのでしょうか。

 本当はよわむしで、戦うのが恐い、リゼットのために。


「……でも……ショーマさまに甘えたらだめです」


 いくら『竜帝廟』を開けられたからといって、ショーマさまに使命を押しつけるわけにはいきません。

 竜の血を引くのはリゼットで、皇帝をお助けしたいと思っているのも、リゼット自身なのですから。


 リゼットにできるのは、ショーマさまがこの世界で安心して暮らせるようにお助けすることです。それと、まずはみんなが暮らすハザマ村を、魔物の脅威から救うことです。

 村ひとつを救えない者が、天下を救うなんてこと、できるわけないのですから。

 そして、村を救うのであれば、その前に人を救わなければいけません。

 ならばショーマさまが暮らせるようにするのも、その第一歩なのでしょう。


「あの、ショーマさま」


 だからリゼットは言いました。


「よろしければ、リゼットの家族になりませんか?」


 ささやかな願いを込めて。

 ショーマさまが村になじむための、一番わかりやすい手段を。


そんなわけで、そろそろ村に到着します。

次回、第8話は、明日の夜7時くらいに更新する予定です。


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