第69話「ミルバ、留守番する」
──ショーマたちが『ハザマ村』に帰ったあと──
夜。
「……あんなところに城があったか?」
馬を走らせていた男たちが、ふと、速度をゆるめた。
彼らは腰に血のついた武器を提げ、馬の後ろに金と食料が入った袋を積んでいる。
男たちは『キトル太守領』と辺境の境界で活動する盗賊団だ。
その名を『血盟の旋風団』と言う。
彼らは近くの村を荒らしてきたばかりだ。
抵抗されたため、長居はできなかった。金と食料を奪うのがやっとだった。
『陸覚教団』が滅んでからというもの、このあたりの村は盗賊たちに激しく抵抗するようになった。小さな村ばかりなのに。
それに、村人たちが口走っていた「悪いことすると覇王さまが来るぞ!」というセリフは、どういう意味なのだろう?
まさか伝説の竜帝の再来を、本気で信じているとでもいうのだろうか。
「まぁいい。庶民がなにを考えてるかなんて、おれらには関係ないからな」
盗賊団の頭は、岩山の前にある城に視線を向けた。
小さな城だった。
このあたりは何度も通っているはずなのに、はじめて見る。
それに、人の気配がしない。
この時間でも、人が住んでいるなら、灯りか煙くらいは見えるはずだ。
話し声や、馬のいななき、家畜の声。それさえも一切ないというのは異常だ。
「一人行って見てこい。本当に誰もいないようなら……」
「我々の拠点にしますかい。お頭」
「ああ。どこかの間抜けな領主が、空っぽの城をおれらにくれるというのだからな」
追従するように、盗賊団の男たちが笑い声をあげる。
岩山の側にあるのは、中央に見張り塔があるだけの、小さな城だ。
しかも、その見張り塔にも誰もいない。
丸い置物が置いてあるだけだ。兵士の姿さえも見えない。
「おそらくは間抜けな領主が『陸覚教団』対策に、大慌てで造ったものだろうよ。教団が滅んだんで、必要なくなったってわけだ。ここは亜人どもが住む町にも近い。お上品なキトル太守家の方々だって、こんな場所には住みたくないだろうよ」
彼らが話す間に、偵察に言っていた者が戻ってくる。
「お頭──っ! 近づいてみましたが、城壁の上には兵士ひとりいませんぜ!」
「そうか」
盗賊の頭は、考え込むようにうなずいた。
彼ら『血盟の旋風団』は、徐々に人数を増やしている。
人数は現在50名を超えている。それを食わせるだけでも大変だ。
盗賊団は兵士の討伐を受けやすい。だから、対策として拠点を次々と変えている。が、それにも限界がある。移動しながらの生活は、お頭である自分にとっても、仲間にとってもストレスだ。
「強力な拠点があるに越したことはねぇよな」
盗賊団の頭は、にやり、と笑った。
本当に無人──あるいは人が少ないなら、あの小城を乗っ取るのは難しくない。
城壁を乗り越え、町に侵入するのは盗賊団の得意技だ。
仲間は皆、かぎ爪のついたロープを持っている。
城壁に見張りの兵士はいない。だったら好都合だ。一斉に近づき、ロープを投げて城壁を登る。城壁を乗り越えればこっちのものだ。
火を点けて混乱させたところを、金を奪って逃げればいい。
本当に無人の城ならば……そのまま占領して、拠点にすればいいだけだ。
仮にここが『キトル太守』の城だとしたら、盗賊団に城を奪われたなどとは公表できるはずがない。
もしも向こうが『明け渡せ』と言ってきたなら、交渉して金を巻き上げればいい。
堂々と兵が攻めてきたのなら逃げるだけだ。『キトル太守領』の城を占拠したとなれば、盗賊団としてハクがつくのは間違いない。どちらにしても悪くない。
「よし。あの城を乗っ取る。全員、馬を降りろ! 足音を殺して徒歩で近づき、城壁を乗り越える。誰かいたら、お宝を貰ってずらかる。以上だ!!」
「「「「おおおおおおおっ!!」」」」
盗賊たちが声をあげる。
誰もいない城を奪う、あるいは、のんきに寝とぼけている兵士を城を襲う。こんな血のたぎる仕事はない。
盗賊たちは武器と、かぎ爪ロープを手に、一斉に馬から降りた。
そして早足で城に近づいていく。
城壁の上に、兵士の姿は見えない。そもそもかがり火さえ焚かれていない。
信じられないが……本当に無人なのだろう。
「……面白ぇ」
盗賊の頭はつぶやいた。
これだから盗賊はやめられない。放置された城を見つける……こんな幸運があるんだから。
「いいか。敵兵の数が多かったら、すぐに逃げるんだぜ」
「「……承知です。お頭」」
「……兵士が少数なら皆殺せ。住民がいたなら、家に火でもつけりゃいい。そうすりゃ慌てふためいて、おれらが入り込んだことなんて気づかねぇだろ。あとは住民が逃げるのに合わせて、城門から堂々と出ればいい」
「「承知です!」」
「誰もいないなら乗っ取ればいいさ。留守にしてる持ち主が悪いんだ。この『血盟の旋風団』が、そこいらの兵士より強いってところを見せてやる。いくぞ!!」
「「応!!」」
盗賊たちは一斉に走り出す。
めざすは城壁だ。かぎ爪のロープを投げて、一気に駆け上がればいい。
城壁はだんだん近づいてくる。
彼らは名うての盗賊たちだ。本気になれば、足音を立てることはない。
城までは、あと数十歩。
敵にはまだ動きはない。
「……もしかして、おれらに怖じ気づいてるのか?」
盗賊の頭は小さくつぶやいた。
「こんな小城、村と変わらねぇからな。おれらが来たってわかれば、怯えて門を開くだろうよ」
ぎぃぃ。
盗賊団の頭の言葉が聞こえたかのように、正面の壁が動いた。
城壁に細い隙間が生まれ、そして──
じゃきんっ!!
そこから、尖った丸太が突き出した。
「「「「……は?」」」」
盗賊たちは慌てて立ち止まる。
気のせいか……城壁が動いたように見えたからだ。
いや、気のせいではない。壁は確かに動いた。
正面の壁がまるで寄せ木細工のように移動し、小さな隙間を空けた。そこから、尖った丸太が突き出しているのだ。その向こうで誰かが、丸太を構えているかのように。
「……お、おい。なんだこれ。誰かいるのか!?」
『ヘイ』
『……オロカナ』
『へい』
「……え」
声が響いた。
人のものとは思えない、無機質な声だ。
『我が王の不在時に、コノ城を奪おうトハ、人はかくもオロカナモノカ!?』
「ひ、ひぃっ!!」
突然聞こえた声に、盗賊たちは顔を上げる。
塔の中にあった置物が、彼らを見ていた。
「──違う。あれは置物なんかじゃねぇ!!」
塔からこちらを見下ろしているのは、月明かりに照らされて光る、巨大な目玉だ。
置物に見えたのは、それが目を閉じていたからだ。
今は違う。
巨大な目玉は文字通り、かっ、と目を見開いて、盗賊たちを見下ろしている。
『確かに聞イタゾ! 貴様ラは、近くの村を襲った盗賊団ダナ!
我が主君、キリュウオウショウマの名において!! このミルバが貴様らを成敗シテクレルワ!!』
『ヘイッ!』『ヘイッ!』『ヘイッ!』『ヘイッ!』『ヘイッ!』
「ひっ。ひいいいいいいいいいっ!!」
『ヘイッ!』『ヘイッ!』『ヘイッ!』『ヘイッ!』『ヘイッ!』
「に、逃げろ! 全員逃げろおおおおおおっ!!」
ダダダダダダダッ!
盗賊たちは城に背中を向け、一斉に走り出した。
ザッザッザッザッ、ザザザザザザザ!!
それを追って、城が走り出した。
「ひいいいえええええええええええっ!?」
「な、なんで、城が!? 城がああああああっ!!?」
「嘘だ。悪夢だ。おれらは夢を、夢を見てるんだあああああっ!!」
盗賊は逃げる。
城は追う。
大地は揺れて、取り残されていた馬は怯えて走り出す。
静かなはずの辺境の夜に、阿鼻叫喚が響き渡り──
──数日後──
「シルヴィア姫に『羊は岩山近くの城に届けてください』って、言っとけばよかったな」
「ミルバさんと『意思の兵』だけの場所に姫さまを送り込むのは厳しいと思いますよ。ショーマ兄さま」
俺たちは馬車で、ミルバの管理する城に向かっていた。
後ろには、20頭の羊たちが続いている。羊を追ってくれているのは、リゼットとハルカだ。
シルヴィア姫は約束を守ってくれた。本人自ら、羊を届けてくれたんだ。ちなみに技術者の方は、もう少し後になるらしい。向こうも大変だからな。しょうがないか。
「そういえばシルヴィア姫さま、兄上さまにお礼を言ってなかった?」
「あー、あれか。俺も意味がわからないんだよな……」
姫さまの応対をしてくれたのはリゼットとハルカだから、直接俺が聞いたわけじゃないんだが。
「ハルカが言ってるのはあれだろ? 『辺境の王』のおかげで『血盟の旋風団』を捕らえることできました、って奴」
「そうそう。名うての盗賊団がズタボロになって、近くの村に逃げてきたんだって」
「『バチが当たった。もう盗賊団はやめる。夜なんか怖くて歩けない』と泣き叫んでいたそうですよ。なにがあったんでしょうね」
「……なんだろうな」
見当もつかない。
盗賊たちが泣き叫ぶほど恐ろしいものというからには、魔物だろうか。
『キトル太守領』にそんなものが出るというなら、俺たちも警戒しなきゃいけないな。
「そういえば兄さま。この前、あの杭って、どうなったんでしたっけ?」
「ミルバが『まずは普通の柵で、羊を慣らした方がヨイ』って言ってた、あの杭?」
「そうです」
「あれはこないだ俺が『翔種覚醒』して運んどいたよ」
「ですよね」
「なにか気になることがあるの、リズ姉」
「いえ……盗賊たちが見た『恐ろしいもの』の正体が分かったような気がして」
「…………ああ、俺もわかった」
ミルバの城が見えてきたからな。
というか、城がいつのまにか分離して、大きな囲いになってるからな。
でもって、その囲いの中に、馬が50頭ほど閉じ込められるから……。
「盗賊団って、馬に乗ってるんだよな」
「そうですね」
「馬に乗ってないと、すぐに騎兵に捕まっちゃうもんね」
「で、あそこに、鞍のついた馬がいるよな」
「荷物も乗ってますよね」
「じゃらじゃら音がしてるね。中身、お金だね。持ち主さがすの大変そうだね」
俺とリゼットとハルカは、そろって額を押さえた。
『オオ! 我が王とゴカゾクの皆さまデアルカ!』
塔の上で、ミルバがこっちを見てた。
『ゴランアレ! 治安を乱す悪者ドモを成敗シタノデアル!! ここにあるのはその収穫!! ササ、ご自由にされるがヨイノデアル!!』
「ミルバ」
『ナンデアルカ、王よ!』
「とりあえず、なにがあったのか聞かせてくれないか」
その後、俺とリゼットとハルカは、ミルバから詳しい話を聞いた。
ほんの少しだけ、盗賊団に同情した。
「なるほど。城壁に隙間を空けて、横にした杭を挟み込んで、突撃……か」
「夜中にそんなものが追いかけてきたら、盗賊団さんたち、トラウマになりますよね……」
「……それはいいんだけど、兄上さま、リズ姉」
不意に、ハルカがぽつり、とつぶやいた。
「ボク……『遠国関』を陥落させる方法がわかったような気がするんだけど」
「言わなくてもいい。俺もわかったから」
確かにこの手なら『遠国関』を物理的に突破できる。
やったら『十賢者』との全面戦争になるけどな。
「それには辺境から『キトル太守領』、それと『遠国関』までを繋ぐ『結界』が必要になるけどな」
「それと『キトル太守領』を通過する許可も必要ですね」
「え? 兄さまの旗を掲げれば通過できるんじゃないの?」
いや、城ごとは無理だろ。
『遠国関』を陥落させる方法、それは──
『遠国関』に、杭を構えた『意思の兵』の城をぶつけて、物理で突破する方法なんだから。
いつもこのお話を読んで読んでいただき、ありがとうございます。
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