第68話「覇王、兵を増やす」
俺たちは、岩山の前で馬車を止めた。
ここはハザマ村のみんなが使ってる採石場だ。
家や塀を作るとき、地面に落ちてる石を集めたり、岩を切り出したりしているらしい。
採石場のまわりは草原が広がってる。
緑色の草が生えた、ただっぴろい平野だ。民家どころか、人ひとりいない。
ちょっと前までは魔物がよく出る地域だったから、放置されているようだ。
「辺境で放牧ができそうなのは、このあたりか」
「はい。ショーマ兄さま」
俺の質問に、リゼットが答えてくれる。
「このあたりが一番、柔らかい草が豊富な場所です。ショーマ兄さまの『結界』のおかげで、草の生長も早いです」
「となると、シルヴィア姫からもらう『羊』の居場所はここだな」
「問題は『ハザマ村』から遠すぎることですね」
「羊の見張りは、ミルバにやってもらおうと思ってる」
『ワガハイであるか。王よ』
巨大な目玉──人造生物ミルバが、ふよふよと俺の前にやってくる。
『フム。ワガハイが羊の面倒を見ればヨイノダナ?』
「できるか?」
『デキル』
「要は、昼間は羊に草を食べさせながら、遠くへいかないように見張っていて欲しい。夜は囲いの中に追い込んでくれればいい。羊が外に出ている間は、野生動物が近づかないように注意してくれ」
『承知デアルヨ』
ミルバは大きくうなずいた。
最初のうちは『ハザマ村』から人が来てくれることになってる。
水場の位置はわかってるし、結界の中だから魔物は出てこない。
慣れたらミルバがひとりで、羊飼いと牧羊犬のひとり二役を担当することになる。
『それで王よ。羊を囲う柵はドウスルノダ?』
「それは、よろしければリゼットが用意したいと思います」
リゼットは胸に手を当て、俺を見た。
「すぐに準備します。ちょっとお時間をいただいていいですか?」
「その必要はない。ここで調達する」
「……え」
そういえばリゼットには説明してなかったっけ。
彼女にはミルバを迎えに行ってもらっていたから、話す時間がなかったんだ。
「石切場に来たのは、羊の囲いを作るためだよ。リゼット」
「草原の下見だけじゃなくて、ですか?」
「ああ。見てもらえればわかると思う」
俺は岩山の正面に移動した。
「ユキノ、プリム。準備はいいか?」
「はい。わたくしの方は、設計が完了しております」
プリムが立ち上がり、地面を指さした。
ずっとしゃがみこんでいた彼女は、土の上に設計図を書いていた。
建物の分解図だ。
それを見れば、俺がどんなふうに石を切り出せばいいかすぐにわかる。
「それじゃユキノ。岩壁に線を引いてくれ」
「わかりましたショーマさん! 『氷の魔女』奥義! 『氷結万針』!!」
ぱしゅ。ぱしゅぱしゅっ。
ユキノの指先から、氷の針が飛んだ。
針は岩壁に当たって、細い、氷の線を作り出す。
1分足らずで、岩壁には設計図通りの『氷の線』が引かれていた。
あとはこの通りに、岩を切り出すだけだ。
「みんな。危ないから下がってろ。『竜種覚醒』! 『竜咆』!!」
俺は口をすぼめて、『竜咆』を放った。
ぼ、しゅ────っ。
細めの火炎が深紅の糸のように伸びて、岩壁に突き刺さる。
『竜咆』は金属製の鎧さえも溶かして、吹き飛ばすことができる。
細く長く噴き出せば──こんなふうに、岩を裁断することもできるんだ。
俺が顔を動かすと、ユキノが引いた線に沿って岩壁が切れていく。
ほどよく切り込みを入れたら、ちゃんと四角形になっているか確認してもらう。
ユキノとプリム、リゼットの3人で、近くと遠くから見てもらって、OKが出たら、俺は岩壁の横に移動する。
今度は、厚みの調整だ。均一じゃないと、できあがりのバランスが悪くなる。
これも (自称天才軍師)プリムに見てもらって、ユキノに線を入れてもらう。最後に、ちゃんと幅が均一になってるか、リゼットが指で確認したら俺の番だ。
「口をすぼめて──『竜咆』!!」
ここは『結界』の中だ。魔力はいくらでも補給できる。
失敗したら何度でもやり直せばいい。見てるのは身内だけだからな。
「大丈夫ですショーマ兄さま。そのまままっすぐ下に!」
「あたしが身体を支えます。ショーマさんは、しゃがむのに集中してください!」
「では、反対側はわたくしが」
「リゼットは?」
「「ちゃんと直線になってるか見ていてください」」
「そんなぁ!?」
『大丈夫デアル。王さま。人造生物ミルバの巨大な視力をもってしても、ちゃんとまっすぐになっているのが見えるノデアル』
「そのままです。おうさまー」「ルロイとロロイも見てますよー」
「……リゼット、いらない子ですか……」
「リゼットは馬車を岩山の近くに移動させてくれ。急いで」
「は、はい! 兄さま!」
リゼットが走り出す。
俺はゆっくりと、でも、線が歪まないように手早く、『竜咆』を撃ち続ける。
地面すれすれまで頭を下げてから、炎を吐くのを停止。
これで岩が切断できたはずだ。
がこんっ。
音がした。
切り出された岩が、壁から剥がれる音だ。
「そこに馬車がある! お前は馬車の横にいる。つまり、お前は馬車を守る塀だ!」
俺は素早く岩壁に触れて、宣言する。
「『命名属性追加』! お前は塀だ。石で出来てて四角形なんだから塀だ。ゆえに『石の塀』を『意思の兵』となす。王の命名を受け入れよ!!」
『…………ヘーイ』
『ヘイィ』
『ヘーイヘイッ』
切り出された石の塀が、ゆっくりと動き出す。
成功だ。
俺が『竜咆』で切り出した石は、6枚。
多少いびつなものもあるが『強化』してるから崩れたりはしない。
6枚すべてが『意思の兵』となって、俺たちの前に並んでいる。
「「「「「『お、おおおおおおおおおおっ!!』」」」」」
リゼット、ユキノ、プリム、それにミルバにルロイとロロイまで、目を輝かせて『意思の兵』たちを見つめてる。
「さすがです兄さま! こんな短時間で『意思の兵』を作り出してしまうなんて!」
「『上天の女神』がショーマさんを恐れるのも当然ね」
「……王さま。いますぐ『キトル太守領』を乗っ取りに行きませんか?」
「おうさまー」「すごいですー」
『竜帝さえも恐れるデアロウ。我が王の力を……』
いや、ユキノとプリムには前もって説明しておいたよね?
この石切場を『意志の兵』の生産場にするって。
今さらびっくりすることじゃないだろ。まったく。
俺の目的は辺境を豊かにすること。羊の放牧もその一環だ。
ミルバは空飛ぶ目玉だから、羊を追い込むことはできても、野生動物を追い払ったりはできない。羊用の囲いを作ったとしても、それを閉じる作業はできない。
だから、囲いの方に、自分で動いてもらうことにした。
『意思の兵』なら、絶対に羊を守ってくれる。羊たちがまわりの草を食べ尽くしたら、群れと一緒に草のある場所に移動できる。
ここは『結界』の中だから『意思の兵』に使用制限はない。
ミルバと『意思の兵』に任せておけば、オートで羊の面倒を見てくれるはずだ。
「我が兵よ。全員、こっちに来て」
『ヘイッ!?』
「ごつごつしてるところを削ってやる。できるだけなめらかな方が動きやすいだろ」
俺は右手の拳を握りしめる。
「『命名属性追加』。『正拳』転じて『聖剣』となす! ほら。全員、ちょっと斜めになって。削りやすいように」
『『『『『『ヘイッ!!』』』』』』
ざーり。ざりざり。ざりざり。
俺は右手の『聖剣』で、塀たちのごつごつしたところを削っていく。
剣を立てて、変なところを斬らないように。
さすが『聖剣』だ。石の兵もきれいにけずれていく。
塀たちが並んだときに、ぴったりとくっつくように、側面をきれいにして、と。
「ほら。きれいになった。はい次」
『ヘイッ! (ぺこぺこ)』
「……兄さま。すごい」「細かいディテールにこだわるところは、元の世界と変わってないのですね。ショーマさん」
「配下の塀をいたわる。これぞ王の資質です!」
「感動してないで。まだ作業は終わってないからね」
6枚の塀をきれいに整えて、終わりというわけにはいかない。
羊を狙うのは野生動物だけじゃない。
食い詰め者の盗賊や、どこかの軍の兵士だって、家畜を奪っていくことがある。
羊を守る『意思の兵』は多いに越したことはない。
「もうちょっと『意思の兵』を増やそう。塀の高さは2メートル程度だから、二桁……いや、20枚あれば十分だろう。それだけあれば、羊と、ミルバを守る建物が作れるからな」
「「「「「『はーいっ!!』」」」」」
それから俺たちは、がんばって岩壁から塀を切り出し続けて──
「……すごい数になりましたね。兄さま」
「悪い。調子に乗りすぎた」
「いえいえ、これくらいあった方がいいですよ。ショーマさん」
「羊を増やそうという、王の心意気を感じます」
『ウムウム』
岩壁から切り出した『意思の兵』は、総勢数十枚。
俺たちの目の前には、高さ、厚さともに均一な塀が、10列縦隊で並んでる。
「プリム。この塀たちで建物を作るとすると?」
「再設計いたしました。2階建てにいたしましょう」
「2階建て?」
「王の塀は自分でバランスを取りますから、高さを増やしても問題ありません。何枚かの塀を組み合わせて柱とすれば、3階建てくらいは可能です」
「なるほど。2階建てにすれば、ミルバ用の見張り台ができるな」
「そうですね。敵襲に備えて、外壁も作るとなると──」
プリムは手早く、地面に設計図を描いた。
2階建ての羊小屋。外壁と見張り台つき。
俺は設計図に合わせて移動するように、『意思の兵』に指示を出す。
『ヘイッ』『ヘーイ!』『ヘッヘッヘイ!』
ガシーン! シュキーン! ガッキーン!!
『意思の兵』は、組み体操をするように折り重なり、建物を形作っていく。
そうして、できあがった建物は──
「…………城じゃねぇか」
「小さめですが、出城ですね」
「わたくしも設計しててそう思ったのですが……特に問題はないかと」
『なんと立派な城デアルカ!』
「住みたいです!」「かっこいいですー」
俺の目の前にあるのは、2階建ての城だった。
まわりは城壁に囲まれている。城門はない。塀が自動で開くから。
中に入ると、塀でできた母屋がある。
窓がない代わりに、塀が動いて明かり取りのスリットを作り出してる。日光が取り込めるように、屋根も開閉式だ。
中央には見張り台がある。2階建て、とプリムは言ったけど、高さは3階建てくらいだ。
ミルバはもう見張り台に入って、まわりを見回してる。
『なんと素晴らしい場所をクレタノデアルカ! 我が王ヨ!』
「気に入ったのか。ミルバ」
『ワガハイはずっと塔の中にイタカラ、狭い場所の方が落ち着くノダ!』
だ、そうだ。
まぁ、気に入ってくれてよかった。
「……すごいです。ショーマさん」
静かだと思ったら、ユキノは城を見つめて感動してた。
目がきらきらしてる。小さな身体が、震えてる。
「自動で変形し、移動する城。これぞ神話級の拠点です。移動城塞。動く城。つまり、これぞ『覇王のう── 』」
「じゃあ帰るか! ハルカが待ってるから」
羊を迎える準備は整った。
俺は『意思の兵』に、ミルバの指示に従うように伝えて、再び辺境に向かったのだった。
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