第67話「覇王、王都の話を聞いた後で、新入りの仕事について考える」
──プリムディア=ベビーフェニックスの話──
王都の名前がダルグルアというのは、王さまもご存じでしょう?
……いえ、知らなくても問題はありません。
考えてみれば、生きるのに必要な知識ではありませんからね。王都はこの大陸にただひとつ。名前など意味はないでしょう。
さてさて。
王都には2つの区画があります。
ひとつは外縁部。庶民の住むエリアです。
……そうですね。わたくしとユキノさんが出会ったのもここです。
もうひとつは、高い城壁の内側にある中枢部。
そちらには貴族や諸侯、『十賢者』──そして『捧竜帝』さまがいる『王竜の塔』があります。
現在の皇帝である『捧竜帝』さまは『王竜の塔』の頂上で、国のすべてを見通している──と、言われています。
もちろん、これは伝説です。
ただ、王都で堂々と「ただの伝説だ」と言ったら捕まりますので、ご注意を。
え?
『捧竜帝』さまがどんなお方か、ですか?
存じません。
だって、人前には出てこないんですもの。
先代の皇帝陛下は正月になると、中枢の城壁の上に立ち、国民に向かって花を撒く、という行事を行われていました。ですが、『捧竜帝』さまになってから、そのようなことは行われていません。
わかるのは、『捧竜帝』さまがまだ若い女性であるということ。
病弱だということ。
お身体にさわらないように、俗事はすべて『十賢者』が行っているということだけです。
『十賢者』は文字通り、十人の賢者のことです。
魔法使い。神官。学者。さまざまな人間が揃っています。
彼らは皇帝陛下の命令という『権威』を自由に使うことができます。
今回、キトル太守領に攻めてきたのも、兵を動かす権利を使ったからですね。その目的は──おそらく、太守の力を弱めるためでしょう。
さきごろ『陸覚教団』という組織が暴れ回っていたのは、王さまもご存じでしょう?
ええ、それを退治するのに、王都の正規兵は、ほとんど役に立ちませんでした。
実際に教団を討伐したのは、各地の太守です。
そのことで太守たちの名声は上がり、逆に正規兵の上司である『十賢者』の評判は落ちました。
だから、攻める。
なんともばかばかしい話ですけれどね。
王都での暮らしは、楽ではありません。
税金も高いですし、役人はいばっています。特に、亜人は住みにくい場所です。わたくしは人間とほとんど見分けがつかないので、普通に占い師をやっていましたが、他の亜人が王都に住むのは難しいでしょう。
兵士の数は多いです。
というより、『十賢者』は太守に対抗するため、盗賊あがりの人間なども将軍に取り立てるようになりました。トウキ=ホウセが将軍になったのも、おそらくはそういうことなのでしょう。
乱世ではありますが、王都は一番安全な場所です。
あの場所を攻め落とすのは難しいでしょうね。庶民区画を囲む城壁を乗り越え、さらに中枢を囲む城壁を乗り越え、ふたつの門を開けて兵を呼び入れる──まさに至難の業です。
ですので、税金は高くても、人が集まるようになっているのです。
さらに、四方の街道は『遠国関』を含めた4つの関に守られています。
王都のふたつの城壁と、4つの関。
『十賢者』を倒すには、それらすべてを乗り越えなければいけないわけです。
さてさて。
わたくしプリムがお話しできるのは、このくらいです。
その上で……わたくしは、王さまにおうかがいしたいことがあります。
王さまは、なにを目指していらっしゃいますか?
今は乱世です。
仮に王さまが、皇帝として辺境に国を打ち立て、自立を宣言したとしても、『捧竜帝』や『十賢者』はなにもできないでしょう。辺境に兵を入れるには、キトル太守領を通過しなければいけません。ですが、キトル太守と『十賢者』は完全に敵対しています。それに、2人の姫君も王さまの力を知っています。
表立って敵対はできません。だから、王さまが国を打ち立てるのは難しくありません。
逆に『十賢者』を討伐し、国を平和にするとなれば、難易度は上がります。
空から王都に忍び込み、『十賢者』を暗殺するなら話は別ですが。ただ、それをしてしまうと亜人と人間の戦争になりかねません。王道ではありませんし、人の支持は得られないでしょう。
おすすめは、シルヴィア姫と政略結婚し、隙を突いてキトル太守領を乗っ取ることです。
徐々に、権力を姫さまから王さまに移して、いつの間にか──という感じですね。
どの道も一長一短です。
ですが、わたくしは王さまの軍師です。
『辺境の王』の4人の部下の一人──『翔軍師』として、王さまの選ぶ道を実現するために、策を立てることを約束いたします。
さて。
王さまのお考えや、いかに。
──ショーマ視点──
「まず、俺が皇帝になるというのは無しだ」
プリムの話を聞いたあと、俺は言った。
「これは俺が間違いで召喚された者で、乱世が治まったら元の世界に戻すという約束をしているからだ。例えば俺が異能をふるって皇帝になったとして、その後急にいなくなったらどうする?」
「大パニックになりますね」
「だろう?」
「子どもがいれば別ですが」
「相手がいねぇよ」
「え?」
なんで目を丸くする、プリム。
「それと、仮に子どもがいたとして、その子が成人するまで俺がこの世界にいるとは限らない。俺としちゃ、竜帝の血を引くリゼットを皇帝に打ち立てたいくらいなんだが」
「リゼットは、兄さまの配下です」
御者台でリゼットが宣言した。
「それに、キトル太守領での戦いを見て、リゼットが兄さまの上位者だと思う人はいないでしょう」
「だよなぁ」
実は俺の力はすべてリゼットが与えたもので、彼女を皇帝に押し立てるための力、という設定も考えたんだが。ちょっと無理があるか。
「だから、俺にできるのは、乱世をできるだけ早く終わらせるための下地作りだ。『キトル太守領』との同盟と、辺境の開発と発展。それと──」
「それと?」
「可能なら、『捧竜帝』に会ってみたい」
乱世を終わらせるには、今の政治システムを立て直すのが一番早い。
竜帝って権威はまだ残ってるなら、それを利用しない手はないわけだし。
『十賢者』さえいなくなれば、少しは国も安定するんじゃないのか?
「あと、純粋に興味がある」
「そうですね。リゼットも兄さまと同じです」
「わたしも、ドラゴンの名前を持つ者として」
「わかりました。では『捧竜帝』さまを拉致して、辺境にお迎えする計画を立てましょう」
「待って」
「いえ、わたくしとしては、亡国の王をお迎えして辺境王朝を立てるというのは、非常に燃える展開だと思うのですが」
そりゃ燃えるけど。
「大乱になったら辺境が物理的に燃えるだろ」
「では、王さまとしては『捧竜帝』と出会って、『辺境の王』と皇帝との2巨頭会談をお望み、ということで?」
「まぁ、機会があればな」
「わかりました。策を立てましょう」
「まじか」
「まじです」
「すげぇなプリム」
「それはもちろん、天才軍師ですから」
プリムは、へへん、と鼻を鳴らした。
「おーさまー!」「おかえりなさいー!」
そしたら馬車の外から、声がした。
ハーピーのルルイとロロイだ。迎えに来てくれたらしい。
「…………(いそいそ)」
「ちょっと待てプリム」
「なんでしょうか。王さま」
「どうして俺の服の中に隠れる」
「プリムは放蕩娘なので、家族と顔を合わせるのは気まずいのです」
「天才軍師ならなんとかしろよ」
「策とは時間をかけて作るもの。まさか王さまも、明日『捧竜帝』に合わせろとは言いますまい」
うまいこと言うなぁ。
「覚悟決めろよ。どうせ、ここで一旦馬車を降りることになるんだから」
「……うぅ」
「ユキノも、準備はいいか?」
「はい。ショーマさん……ていっ!」
合図とともに、ユキノが馬車の荷物をほどいた。
一番大きな荷物──ちょっとしたタンスくらいのサイズのものだ。
実は、馬車で移動しなきゃいけなくなったのは、こいつのせいでもある。
「もう出てきてもいいぞ。ミルバ」
『意外と……きゅうくつデアッタ』
ふろしき包みの中から出てきたのは、大きな目玉だった。
『残魔の塔』──もとい『真・斬神魔城』で出会った、人造生物ミルバだ。
大きな目玉のかたちをしていて、結界の中なら自由に動ける。
今回、こいつを辺境に連れて来て、新しい仕事をしてもらうことにしたんだ。
「で、ここが辺境の採石場でいいんだよな? リゼット」
「はい。『ハザマ村』で使う資材なんかは、ここで切り出しています」
俺とリゼットは馬車を降りた。
ここは、細い街道の先にある岩山。道の脇には、切り立った岩壁がある。
辺境に帰る前に、ここで色々実験してみることにしたんだ。
「このあたりの草原は、『羊』を放牧するのにちょうどよさそうだよな」
「はい。でも、野生動物が出るので対策をしなければいけません」
「見張りと囲いが必要ですね。ショーマさん」
俺とリゼット、ユキノは顔を見合わせた。
ちなみにプリムは地面に棒で図形を書いてる。なにかを設定しているようだ。
『我の新しい仕事場カ? 王よ』
「ああ」
俺はミルバにうなずき返す。
「まだ実験段階だけどな。ここに出張所を作ろうと思ってるんだ」
切り立った岩壁を眺めながら、俺はそんなことを告げたのだった。