第66話「覇王、辺境の紋章(真)を決める」
「……布と染料を?」
俺はリゼットの方を見た。
「はい。3人で『遠国関』に行ったとき、辺境の旗『鬼竜王旗』のお話をしていましたよね? だからリゼットはずっと、準備をしていたんです」
リゼットは銀色の髪を揺らしながら、うれしそうに話してくれた。
「なるほど。あのときユキノが、地面に『鬼竜王旗』のデザインを描いてたっけ」
「はい。それと、ショーマ兄さまも、正しい紋章を教えてくれました」
……え。俺が教えた……?
いや、確かにあのとき、俺は地面に『鬼竜王翔魔』の紋章を描いたけど。
まさか、覚えてるのか? 描いて、1分くらいですぐに消したあれを?
「『辺境の王』の紋章ですか。興味がありますね」
「恐れながら、シルヴィア姫さま。兄さまの配下であるリゼット=リュージュが、『鬼竜王旗』の紋章をお見せすることをお許しいただけないでしょうか?」
「もちろんです。ぜひ、拝見いたしましょう」
「私からもお願いします」
シルヴィア姫と将軍ヒュルカさんがうなずいた。
話がトントン拍子に進んでる……。
どうする?
シルヴィア姫は、キトル太守領の自由な通行権をくれようとしている。
それを断る理由はない。
シルヴィア姫の保証付きで、辺境の民が自由にキトル太守領の人たちとやりとりができるようになるなら、それは辺境にとってはいいことだ。商売だってスムーズに行くだろうし、食べ物や服だって進歩していく。俺がのんびり生活していくにはちょうどいい。
で、辺境の民が俺の関係者だってことを示すために、目印が必要だというのもわかる。
それには『旗』がふさわしいというのも理解できるんだけど……。
「兄さま。よろしいですか?」
リゼットが、許可を求めるように俺を見た。
俺は覚悟を決めた。
「いいよ。あの紋章で」
俺は言った。
でないと、あれになるからな。竜の頭から角が生えて王冠がついてる奴。
あれはない。あれはカオスすぎる。
それに、リゼットに俺の紋章を見せたのは数分だ。
辺境に住むリゼットは、絵を描いた経験なんてないだろう。仮にあの紋章を見ていたとしても、再現度は低いはず。別物になるはずだ。
だったら、別に気にすることもないだろう。
「許可する。リゼット=リュージュよ。俺が描いたあの紋章を、辺境の旗とするがいい」
「ありがとうございます! ショーマ兄さま!」
「そういうわけだから、すまないがシルヴィア姫、羊皮紙を──」
「いえいえそれには及びません」
リゼットはさっと、懐に手を突っ込んだ。
「こんなこともあろうかと、準備しておきました」
「早いな」
「はい。とっても素早く描いてくれました。ユキノさんが」
…………え。
「ユキノさんってば、すごかったです。こういう紋章を書き慣れているみたいでした。本当に素早く、兄さまが地面に描かれた紋章をそのまま再現してくれて──」
「待って」
うん。そうだよな。ユキノならそういうの描くの、上手いよな。現役の中二病だもんな。
『真・斬神魔城』で魔法陣描くのがうまかったし、ああいうの書き慣れてるもんな。
ってことは──
「ごらんください! これが、我が辺境の旗印『鬼竜王旗』に図案です!!」
そう言ってリゼットは、懐から羊皮紙を取り出した。
そこにあったのは──5本の武器が描かれた紋章だった。
互い違いに並ぶ、5本の武器。
その上下には円形の『門』が描かれている。
武器の名前は『鬼神刀』『竜鳴槍』『覇王剣』『翔雷針』『魔霊杖』。
そうだ。あれは武器の姿をしているが、実は人界のものではない。
大いなる精霊、あるいは王の従者が上位世界に向かうため、姿を変えたもの。
それはまさに、異形の覇王の最終決戦のために。
つまり──5本のキーアイテムが揃ったとき、上天への門が開くのだ。
そして俺は第8天の女神との最終決戦に向かうという設定が────っ!
「……ぐはっ」
俺は額を押さえた。
いかん。久しぶりにクリティカルが入った。
あの頃の自分を思い出したら頭がくらくらしてきた……。
ただ、元の世界で思い出したときよりは、ショックが少なくなってきてる。前みたいな激しい拒否反応はない。どうしてだろう……。
……こっちの世界をスキルを使ってるうちに、中二病がぶり返してたりしてないよな……?
「すごいなユキノ……あの一瞬で記憶したのか……」
しかも、地面に描いたときに省略したものまで書き足してある。
あのとき描いたのは武器のおおまかな形だけだったのに……。
さすがユキノ──いや、ユキノ=クラウディ=ドラゴンチャイルド。
『真の主』である『有機栽培の竜王』が描きそうなことを、完全に理解してる。現役中学生の記憶力と想像力ってすごいな……。
「おお……。なんと奇妙な……」
「これが『辺境の王』の紋章……」
「なるほど、武をもって事をなす、という意味ですね」
シルヴィア姫も、将軍ヒュルカも、プリムまでびっくりしてる。
どうしよう。
俺が『やめろ』と言えばリゼットもユキノもプリムも『鬼竜王翔魔』の紋章を使うのはやめるだろう。みんな素直だし、俺のお願いは聞いてくれるだろう。
だけど、『キトル太守領』で交易をするためには、俺たちの旗印は必要だ。
別にあれでもいいんだけど……せめて……もう少しなにか安全策を……。
「シルヴィア=キトル姫よ。確認させていただきたい」
俺は言った。
「我と、我の配下の者がキトル太守領を通行する場合、この旗を見せれば、兵士に見とがめられることはないということでいいのか?」
「は、はい! そのように、兵を指揮する者たちに通達いたします」
「我と、我の配下の者がキトル太守領を通行する場合、この旗と同じデザインの布をこっそり見せれば、兵士に見とがめられることはない、ということでいいのだな!」
「え、あ。はい」
よし。言質取った。
シルヴィア姫は旗と言った。しかし、旗のサイズは指定していない。
それが卒業式に飾られる校旗サイズであろうと、ポケットに入るハンカチサイズであろうと関係ない、ということだ。
可能な限り見えにくいようにしよう。
最初はハンカチサイズ。次は眼帯サイズ。最終的に10円玉くらいにするのを目標に。
「まずは小さい旗から作ることにしよう。リゼット、プリム」
「小さい旗から、ですか?」
「ああ。キトル太守領で大きな旗を掲げては、兵士や住民を驚かせてしまうからな。まずは小さな旗と、我々がシルヴィア姫の許可をいただいているという書類を見せる。そうして徐々に、キトル太守領の者たちに『鬼竜王旗』に慣れてもらう。ほどほどに馴染んだところで、堂々と大きな旗を立てるようにする、ということだ」
「……なるほど。よい考えだと思います。ショーマ兄さま」
「…………さすがです。我が王」
リゼットはうなずいた。
プリムは……なんだか悪いこと考えるような顔をしてるけど。
「辺境では布は貴重品だ。失敗がないようにしたい。まずは小さな旗から、ということで、ご理解いただけるだろうか。シルヴィア姫」
「心得ました。旗に添える書類も、すぐに用意いたしましょう」
「私ヒュルカも、後ほど部下に『通行権』のことを伝えておきます」
「感謝する」
結局、俺たちがもらうことになった報酬は次の通り。
(1)リゼットとユキノとプリムが、将軍ヒュルカさんと一緒にショッピングする権利。
(2)宿を使う権利と、俺の着替えと下着。
(3)羊 (メーヨー)、20頭。職人数人。
(4)キトル太守領内の通行権。
この4つだ。
俺としては、(1)と(4)が大きい。
辺境の者であるリゼットとプリムが将軍ヒュルカと仲良くしているところを見れば、住民も亜人を警戒しなくなる。今回の戦で、俺たち『辺境の民』が太守領を守るのを助けたことは、やがて領内に広がっていくはず。
その後で、シルヴィア姫から通行権をもらって自由に交易をするようになれば、このキトル太守領の人たちは、リゼットたち亜人を仲間だと思ってくれるようになるかもしれない。
女神は俺に『乱世を鎮めろ』って言ったけど、さすがにそれはハードルが高すぎる。
だからせめて、辺境くらいは平和にしておこう。
俺にできるのはそれくらいだ。元中二病が背伸びしてもしょうがないからな。
翌日、リゼットとユキノとプリムは、将軍ヒュルカさんと一緒に買い物に出た。
辺境では手に入らないような服を、たくさん買ってきた。もちろん、辺境で留守番してるハルカの分も。
俺が希望した『下着と着替え』は、シルヴィア姫が直接届けてくれた。
キトル太守家領主、アルゴス=キトルさん御用達の職人に手配をお願いしたそうだ。別にそんな高級品じゃなくていいとは言ったんだけど──
「父は領主です。あなたは『辺境の王』ですよね?」
──すごく不思議そうな顔された。
というか、国が認めた北の地の領主と、民が認めた『辺境の王』って、どっちが偉いんだろう。
そんなことをシルヴィア姫と話しているうちに、時間は過ぎて──
翌日、俺たちは辺境に帰ることになった。
荷物が多いから、帰りは馬車だ。
『翔種覚醒』して帰ることできたけど、姫さまたちと兵士たち、住民たちが見送りに出てきたから、そういうわけにもいかなかった。
ギャラリーの前でひとりずつ抱えて飛んで帰るのも、ハーピーたちを呼ぶのも、目立ちすぎだからね。
そんなわけでリゼットが御者となり、俺とユキノ、プリムは馬車の荷台の中。
買い込んだ服の包みをクッションに、のんびりと腰掛けてる。
ちなみに『メーヨー』20頭と、機織りの職人は、あとで来ることになってる。
「さてと」
城が見えなくなったところで、俺は身体を起こした。
リゼットにも聞こえるように、御者台の近くに移動して、ユキノとプリムを手招きする。
「辺境に戻る前に話をしておきたいことがある」
俺はプリムの方を見て、言った。
「プリムは、少し前まで王都にいたんだよな?」
「はい。我が王」
「じゃあ、教えてくれないか。王都が今、どんなことになってるのか。『十賢者』がどんな連中なのか、現在の帝『捧竜帝』についても、知ってたら教えて欲しい」
今回の戦いが落ち着いたら聞こうと思ってた。
『遠国関』は閉鎖されている。王都から辺境側には行けるけど、逆は無理だ。俺たちはしばらく、王都には行けない。
だから、プリムからの情報はとても貴重だ。
城でこの話はできなかった。この時期に『王都から来た』といったら、『十賢者』のスパイ扱いされかねない。シルヴィア姫やヒュルカ将軍は大丈夫だろうけど、兵士や住民たちは戦の前でピリピリしてたからな。
だから、プリムから聞いた情報は、あとでそれとなくシルヴィア姫に伝えることにしよう。
「元々、俺たちは王都に情報収集するのに合わせて、プリムを迎えに行くつもりだった」
「はい。それはリゼットさまから聞いてます」
「だけど、しばらく王都側には入れない。だからプリムに話を聞いておきたいんだ」
「わかったわ。お話します」
馬車の床に、ちょこん、と座ったまま、プリムは俺に頭を下げた。
「わたくしの知る限りのことを、王にお伝えします。聞いてくださいね。わたくしの知識が、我が王が目指す道をゆくよすがとなることを願ってますよ……」
そしてプリムは、少しずつ、言葉を選ぶようにして──王都のことを話し始めたのだった。
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