第50話「覇王、道をあやつる」
2018.10.31 おしまいの方にシーンをひとつ、追加しました。
2018.12.19 アスキーアートはレイアウトが崩れることがあるので、一部変更しました。
「キトル太守当主のアルゴス=キトルは『十賢者』の弟君であるザッカスさまのお屋敷の新築工事に、費用と人員を出すのを拒んだ。
『十賢者』は皇帝陛下にお仕えする重鎮。ザッカスさまのお屋敷に陛下をお迎えすることもあろう。協力を拒むのは、陛下への反乱も同じである!」
「「「…………えー」」」
俺とリゼット、ユキノは一斉にため息をついた。
兵士はさらに叫んでる。
『十賢者』の独自調査により、キトル太守が『陸覚教団』と繋がりがあるという疑いが見つかったこと。
都にいるアルゴス=キトルに兵士を差し向けたところ、間一髪で逃げたこと。逃げる際に荷物も私財もすべて持ち去ったこと。この準備の良さこそが、疑いを認めた証拠である、ということも。
「キトル太守家って『陸覚教団』の討伐もしてなかったっけ?」
「リゼットたちが砦を落としたあと戦ったって聞いてます」
「だから教団は滅んだわけですから、理屈がおかしいですね……?」
「キトル太守家は教団との繋がりを消すため、自ら教団を滅ぼしたのだ。教団を滅ぼしたことそのものが、奴らの反逆の証拠である!」
「「「…………えー」」」
俺たちは再び(まわりに聞こえないように)ため息。
よく見ると、叫んでる兵士も汗をぬぐってる。
言ってることには無理があるって、自分でもわかってるんだろう。
「キトル太守家に反逆の疑いあり!」
「太守家に関わる者は、いますぐ名乗り出よ!」
「名乗りでないことが反逆の証拠である!」
物売りたちが叫び始める。
それに合わせて声をあげる人たちもでてきてる。
……まずいな。
シルヴィア姫配下のドルス隊長と、そのおつきの少女はどうするんだろう。
俺たちはシルヴィア姫と同盟を結んでる立場だ。
隊長たちがこのまま誰にも存在を気づかれないのなら、なにもしなくていいんだろうが……。
「……(ぺこり)」
隊長ドルスが、俺を見て、会釈をした。
物売りたちが離れたタイミングで、彼らは列を離れた。
列の先には『遠国関』の南側に通じる門がある。。門を通るとき、持ち物検査くらいはされるだろう。自分たちが『キトル太守』家の者だってばれるのはまずい、ってことだろう。
「……どう思う? リゼット。ユキノ」
「キトル太守家は大臣と宰相を輩出した名家ですから、現在の竜帝さまに刃向かうということはないと思います。おそらく『十賢者』の一人が……いいがかりをつけたんでしょうね」
「でも……『太守家』の人を探してるとなると、関所の検査が厳しくなるはずね」
リゼットとユキノも不安そうだ。
『遠国関』の南側に通じる門に並んでいた列は、いつの間にかちりぢりになってる。
『関所の検査が厳しくなる』って、ユキノの意見は正しかったようで、そのまま町の外に出ようとしている者もいる。
小声で人が話してる。「こういう時は荷物どころか、服の中まで調べられるからな」って。
これは……もう、都見物どころじゃないな。。
「……兄さま」
不意に、リゼットが俺の耳元でささやいた。
手元を隠しながら、町の路地の方を指さす。
隊長ドルスと、部下の少女が入っていた路地に、物売りが向かっていた。兵士も一緒だ。
隊長さんの顔を知ってる奴がいたのか。
「……シルヴィア姫とは、同盟を結んでしまったからなぁ」
シルヴィア姫のことは信用している。
彼女なら、辺境をほっといてくれるだろう。『キトル太守』が辺境になにかしようとしても、意見くらいは言ってくれると思う。
逆に彼女がいなくなって、『十賢者』の配下がキトル太守領を治めるようになったら……。
「……嫌な予感しかしないな」
ここは隊長ドルスたちをうまく逃がして、シルヴィア姫に情報を伝えてもらった方がいい。
俺たちだけだと、姫はともかく、配下は信用してくれないからな。
「ユキノは前にこの町に来たことがあるんだよな。道はわかるか?」
「わかります。路地の向こうにある、安宿に泊まってたから」
「では、ふたりの脱出を援護する」
この騒ぎだ。俺たちのことなんか誰も見ていない。無名だからな。
リゼットは頭に帽子を被ってる。竜の角は見えない。
俺も同じだ。だから、覚醒しても問題なし。ユキノを背中に背負って、と。
「…………『異形の覇王』の名において『竜種覚醒』」
まずはゆっくりと路地まで移動。
人気がなくなったのを確認して、竜の機動力で走り出す。
「でも、兄さま。この町は敵地です。2人を追っている者は何人もいます。どうやって助けるつもりですか?」
「問題ない」
俺は言った。
「俺たちには心強い仲間がいる。町で人を助けるくらい、余裕だ」
──隊長ドルスと、部下セーラ視点──
「ドルスさま! 馬は!?」
「路地に入る前に放した。あちらに人を回してくれればいいのだが……」
シルヴィア姫配下のドルスとセーラは、路地を走っていた。
まさか、こんなことになるとは思わなかった。
彼らの使命は、都にのぼっている主君『キトル太守』に、辺境の王との関係について伝えること。辺境が良き味方になったことを告げることだった。
だが、まさかその途中で、追われる立場になるとは思いもよらなかったのだ。
「『十賢者』のうちザッカス家と、アルゴス=キトルさまは犬猿の仲であったが……」
「『十賢者』が当家を取り潰しに? 兵を向ける可能性も!?」
「わからぬ。とにかく、シルヴィア姫さまとレーネス姫さまにお伝えしなくては……」
だが、それは可能だろうか。
この町には主君の使いで何度も来ている。キトル太守家のドルスの顔を覚えているものもいるだろう。現に、数名の兵士が追ってきている。荷物を調べられれば太守家の者だということがわかってしまう。
「ドルスさま。あの『辺境の王』を頼るわけにはいかないのですか?」
「馬鹿を申すな、セーラ」
隊長ドルスは、部下の少女をたしなめるように、
「『辺境の王』はシルヴィア姫さまの同盟者だ。我ら配下の都合で迷惑をかけるわけにはいかぬ。仮にお力を借りたとして……あれほど巨大な力をお持ちの方だ。この町の兵があの方の怒りを買ってしまったら、この地は焦土と化すかもしれぬ。それがわからぬのか、ヘイッ!」
「ヘ、ヘイッ」
「それに、我々は追われている身だ。『辺境の王』が、敵に見つからずに我々のところに来るのは無理だろう」
隊長ドルスは、道の角で足を止めた。
敵の足下に耳を澄ます──いる。数名の足音。それと、なにか重いものが動くような音もしている……。
ドルスは胸に手を当て、祈る。
『辺境の王』が、我らを味方だと思ってくれていることを。
そして、シルヴィア姫との同盟に、価値を見いだしてくれていることを──
「ああ。偉大なる『辺境の王』よ。どうかこのことをシルヴィア姫さまにお伝えください……」
「それは自分の口で伝えるがいい。勇気ある兵よ」
声がした。
道の角の、その向こうからだ。
シルヴィア姫の配下が忘れるはずがない。
恐るべき異能を持ち、されどこの敵地では誰よりも頼もしい、その声を。
「ああ、『辺境の王』!」
「『異形の覇王、鬼竜王翔魔』殿!」
ふたりの兵士は道に飛び出し、ひざまづいた。
まさしく『辺境の王』にして『異形の覇王』『鬼竜王翔魔』が、目の前に立っていた。
なんだかとっても、複雑そうな表情で。
──ショーマ視点──
定着しちゃったかー。
そうだよなー。シルヴィア姫の配下の人たち、さんざん脅しちゃったもんな。
そっか……『キトル太守』の領土では、俺は『異形の覇王』確定なのかー。
……いまさらだけどさ。いいけどさー。
「……まずは着替えるがいい。その姿では、追っ手をごまかせまい」
俺は収納スキル『王の器』から、予備の服を取り出した。
隊長ドルスさんには、俺の普段着を。配下の兵士──セーラと言うらしい──には、リゼットの着替えを与える。
「脱いだ鎧は俺が預かる。あとで間違いなく返すと約束しよう」
「し、しかし、着替える時間などありません!」
隊長ドルスが振り返り、声をあげる。
「今、まさに追っ手が迫っております。助けに来てくださったことには感謝いたしますが、どうか、お逃げください。そしてこのことをシルヴィア姫さまに!」
「それはお前自身の口で、と言ったはずだが」
時間がない。
ここは『異形の覇王』モードで押し通そう。
「それとも──我が同盟者シルヴィア姫の配下は、我に直言できるほどの権限を持っていると?」
俺はにやりと笑って、告げる。
「それに、お前はこの『鬼竜王翔魔』が、この場を切り抜けられぬとでも思っているのか? 我が宿敵『第8天の女神 (設定)』は、その指先で町ひとつを蒸発させるほどの者だった (設定)。その女神でさえ恐れさせた我が──今は力の一部しか使えぬとはいえ (今考えた設定)、たかが人間の兵士におくれを取るとでも。馬鹿も休み休み言うがよい!」
「ははっ!」
隊長ドルスは、地面に額をこすりつけた。
──すまん。やりすぎた。
「同盟者の配下さえも救われる、その義に応えさせていただきます。このドルスと、配下のセーラは、今この時、『異形の覇王』にすべてを委ねましょう」
「わ、わたくしも。身を委ねさせていただきます」
「よい。さっさと立ち上がり、着替えるがよい」
「「はいっ!」」
隊長ドルスと配下のセーラが立ち上がり、背中合わせになる。そのまま鎧を脱ぎ始める。
俺は左右を見回した。
ここは路地。まわりは住宅地で、壁や塀に囲まれている。人の気配はまったくない。
関わり合いになりたくないのか、それとも働きに出かけているのか、どっちにしても好都合だ。
ここに来るまでの間に実験は済ませた。
隊長ドルスと兵士セーラが一般人に化けるまでの間くらい、時間をかせいでみせよう。
「兄さま。兵士たちがこちらに来ます」
道の角で耳を澄ませていたリゼットが言った。
「足音が早いです。たぶん、脇目も振らずに全力疾走してます」
「わかった。俺がなんとかする。ユキノは万が一のために、魔法を準備」
俺はユキノに指示を出す。
「万が一って、ないですよねー。ピンチになったことないですもん。あたし、魔法使って戦ったことないですよねー」
「いいから。念のため」
「はいっ。我が主君」
ユキノが目を閉じ、精神統一に入る。
「……兵が近づいてます。こっちに来るようです」
リゼットが合図した。
兵士数名が、まっしぐらに路地を走ってきてるらしい。
「よし。近づかれる前に偽装する。頼むぞ、我が兵」
俺は『王の器』から『意思の兵』を呼び出した。
『ヘイッ!』
「よし。通り過ぎたな」
「「………………」」
おいこら。ぽかーんと口を開けてないでさっさと着替えてくれ。隊長さんにセーラさん。
せっかく『意思の兵』を使って、通路を一本道に偽装したんだから。
『意思の兵』はサイズを大中小とりそろえ、いろんな色のものを連れてきた。
道幅に合わせた塀を呼び出せば、まわりの塀に合うように、勝手に自分で位置を微調整してくれる。十字路を一本道にするのも、行き止まりを作るのも──まぁ、場所によるけど──自由だ。
これで俺たちは兵士をやり過ごし、隊長ドルスまでたどり着くことができた。
さすが辺境が誇る正規塀。優秀だ。
「すごいです。兄さまの『意思の兵』には、こんな使い方もあったんですね」
「ああ。そのためにいろんなサイズの塀を持って来たからな」
「ショーマさん。『キトル太守家』の人が見てます。『覇王モード』でお願いします」
「ふっ。この『異形の覇王』にかかれば、町を迷宮に変えるなどたやすいことよ。愚かなる敵の兵など、混乱と混沌にたたき落としてくれる」
「「「おー」」」
感心された。
俺の精神にダメージが入った。
あと、ユキノ。隊長さんたちと一緒に目を輝かせてるんじゃない。
「……足音が遠ざかっていきます。敵の兵士は、向こうの角を曲がっていったようです」
「隊長さんたちの着替えも終わりました」
「よし、こっちも移動する」
俺はリゼットとユキノに指示を出す。
「お待ち下さい『辺境の王』よ。追っ手は、この町に慣れた兵士たちです。もう少し慎重に──」
「わかっているとも。『キトル太守』の忠実なる隊長ドルスよ。まだ我の偽装工作は始まったばかりだ」
俺はいったん、『意思の兵』を『王の器』に収めた。
それから角を曲がって一旦停止。リゼットが足音に耳を澄ませていると──
「おい。ここ、確か曲がり角があったよな!?」
「オレもおかしいと思ってた。どうして間違えたんだろうな」
「おかしい……本当にここはオレらの町なのか……?」
遠くから、また声が聞こえた。
兵たちが戻って来るようだ。
まだ距離がある。通りに出ても、姿は見えない。今のうちに角を曲がって、こっちに移動して、と。
「仕方ない。もう一度だ」
『ヘーイ』
よし。頼むぞ。我が『意思の兵』よ。
「ほーら、曲がり角があったじゃねぇか。お前らが否定するからだ」
「オレがいつ否定した!? 何時何分何秒。太陽が何回昇るころだ!?」
「…………なぁ、オレらはどこに迷い込もうとしているんだ……?」
追っ手の声が遠ざかっていく。
「よし、今だ。みんな急いで」
「「「「……はい」」」」
そして俺たちは気づかれないように、追っ手の兵の背後を突っ切ったのだった。
しばらくして──路地を抜けて。
別の通りに出たところで、俺たちは立ち止まった。
追っ手はもういない。
隊長ドルスも部下セーラも、辺境の一般人スタイルに変装している。さっきと同一人物だと気づかれることはないだろう。
まわり者も、誰もこっちには注目していない。
俺たち、みんな似たような服を着ているからな。田舎者の行商人とでも思われているのだろう。
「……これから、どうするつもりだ。ドルスよ」
「……この町には、『キトル太守家』出身の者がやっている宿があります」
「そこを頼ると? だが、『十賢者』の配下が目をつけているのではないか?」
「そこは正確には、祖父母が『キトル太守家』出身の者の宿なのです。当家との関わりを知るのは、太守家の上位の者だけです。時折、隠れて文のやりとりをしているだけでしたので。基本的には都の情報収集と、緊急時の避難先としての役割をつとめております」
俺と隊長ドルスは、声を潜めて語り合う。
「……我々は数日間そこに身を隠し、その後、この町を出ます」
「……本当にありがとうございました。『辺境の王さま』」
兵士セーラも、俺に向かって頭を下げた。
俺たちは……どうするかな。
おそらく『遠国関』は通れない。普段とは違う厳戒態勢だから、リゼットが亜人だということもわかってしまうだろう。そうなる面倒なことになる。
というか、そこまでして都には行きたくないな。観光と人捜しが目的だからな。
「俺たちは明日、辺境に戻る。今日は宿を取り、休むことにするよ」
俺は答えた。
せっかくだ、宿で都の話を聞いて帰ろう。
「預かった服はどうする? 剣はここで返すが、鎧は?」
「どうか、そのままお持ち下さい」
隊長ドルスと兵士セーラは、俺たちに向かって頭を下げた。
「そして……機会があれば、この事態をシルヴィア姫さまにお伝えいただければと。鎧を持っていることが、ここで我らと出会ったことの証明になるでしょう」
「承知した」
そうして俺たちは別れた。
宿の場所は聞かなかったし、話さなかった。
さすがに『キトル太守家』の秘密の隠れ家まで知るのはまずいだろう。
シルヴィア姫はともかく、レーネス姫に文句を言われても困る。
俺たちは辺境の人間だ。こっちはこっちで、やるべきことをやろう。
「……大変なことになったね。ショーマさん」
宿の部屋で、ユキノは言った。
関所の警戒が厳しくなったことで、この町に留まる者が増えた。
そのせいか宿は大混雑で、結局、1部屋取るのがやっとだった。元々、村では同じ家に住んでるようなものだから、今さら気にしてもしょうがないけどな。
着替えるときだけ、部屋を『意思の兵』で仕切ることにしよう。
「元の世界の物語だったら、『十賢者』に立ち向かう英雄が出てくるんだろうけどなぁ」
俺は言った。
「過去の英雄の血を引いてたり、聖剣に認められたり」
「そうそう。旅立ちは辺境の村だったり!」
「最初の戦闘ではまだ覚醒しない。友だちや、英雄だと思われてた兄弟のピンチに異能が覚醒めて──」
「はい! あたしは火炎系の異能がいいと思う!」
「甘いな、ユキノ。火炎系だと、その時点で英雄だってばれるだろ。最初は才能の片鱗でいいんだ」
「というと?」
「そうだな。最初は、光を放って敵の目をくらませるぐらいがいいんじゃないか?」
「ふむふむ。その隙に敵に剣を突き刺して──」
「ああ。それから敵の侵攻を防ぐ砦を──」
──1時間後──
「……兄さま……ユキノさん。なんの話をされてるんですか?」
「「はっ」」
俺とユキノは顔を見合わせた。
部屋に戻ってきたリゼットは、不思議そうな顔をしてる。
「大英雄の天下統一ですか。もしかして、兄さまがこの乱世を鎮めるための?」
「はい。あたしとショーマさんで、そのシミュレーションをしてました」
「初耳だけど!?」
道理で3軍を率いて君側の奸を征伐する話になってると思った。
「その話はあとで詳しくうかがうとして──酒場で、噂話を聞いてきました」
リゼットはお茶が入った筒と、握り飯の入った包みを、俺たちの前に置いた。
「『キトル太守』アルゴス=キトルさんと、その長女のミレイナ=キトルさんは、最近まで都にいたそうです。現在の竜帝さま──『捧竜帝』さまに訴えたいことがあったという噂ですが……今は逃亡して、行方知れずだとか」
「ってことは、『キトル太守家』の現在の最高責任者は、次女のレーネス=キトルってことか」
「そうなりますね。あと、これも噂なのですが……」
リゼットはお茶を一口飲んでから、
「『十賢者』の身内であるザッカスという方が、兵を集めているそうです。キトル太守領に攻め込むのかもしれない……そんな話をしている人がいました」
「……大変だな」
俺には、それくらいしか言えない。
シルヴィア姫と同盟は結んでいるけれど、俺は無名だ。『異形の覇王 鬼竜王翔魔の名において、戦いをやめよ!』──なんて呼びかけても、通じるわけがない。
「……ただ、辺境のお隣さんは、シルヴィア姫の方がいいよな」
得体のしれない『十賢者』と、人の金で屋敷を作ろうとしている権力者ザッカス。
そんな奴らが、俺たちのお隣さんになるようだったら──
「少し……シルヴィア姫の手助けをするくらい、いいか」
「ショーマ兄さまのお心のままに」
「あたしも賛成です。協力はおしみません。我が王」
俺たちは小声で、そんなことを話し合ったのだった。
──都にて──
「……ここもそろそろ潮時ね」
流れる雲を見ながら、少女はぽつり、とつぶやいた。
都に来て、数年。
見るべきものは見た。この王朝はそろそろ寿命だ。皇帝への忠誠が厚い者を次々と追い落としているのだから仕方ない。天命、というものだろう。現在の竜帝国家アリシアは、それを使い果たしたのだ。
「次に来るのは……『キトル太守』あるいは『忌まわしき双子』か『南の猛虎』か」
「おや、今日の仕事は終わりかい?」
「うん。そーだよおばちゃん! いつもおかしをありがとー」
少女の口調が変わる。
まるで見た目通りの幼女のような口調で、通りかかりの女性に答える。
「小さいのに一人で占い師なんかやってるんだもんねぇ。生き別れのお父さんには会えたのかい?」
「うーん。それはもういいかなー」
女性から果実のハチミツ漬けを受け取りながら、少女は答える。
荷物はもう、まとめてある。旅立つ支度は完璧だ。
だてに一族の中で「ものしり」と呼ばれていたわけではない。都で得た知識もある。占いの技術もある。自分がどこへ行けばいいのかわかっている。
「やりたいことが、できたから」
「ほー。なにかなぁ」
「私が仕えるべき王を探しに」
「……え?」
不意に壮大なことを口にした少女に、女性がぽかん、と口を開ける。
一瞬、見せた少女の表情は、見た目とはうってかわって、知性に満ちたものだったから。
「なにを言ってるんだい、プリム。王を探しにって、どこへ」
「北へ」
少女は答えた。
「まずは里帰りかな。おばあちゃんなら、王の器量を持つ人を知ってるかもしれないから」
そう言って少女プリムは、笑った。