第5話「リゼットの戦いと、彼女の主(あるじ)」
『ギィアアアアアアアア!!』
リゼットの剣が、黒い魔物の喉を貫いた。
文字通りに血を吹き出して、小型の魔物『黒ゴブリン』が地面に倒れる。
残りはあと、10体だ。
「リゼットさまぁ!」
魔物の群れの向こうから、子どもの声がした。
思った通りだ。村の子どもたちが、『黒ゴブリン』に取り囲まれている。
リゼットがいるのは、森のはずれにある岩場だった。
ここは背の高い岩山のふもとで、近くには滝がある。
滝のまわりは、大きな魚が捕れる穴場になっているのだ。子どもたちはたぶん、家族のために魚を釣ろうとここに来たんだろう。今は大事な時期だから、家族に美味しいものを食べさせたいという気持ちはわかる。
でも──
「子どもだけで滝に近づいてはいけないと言ってるでしょう!?」
それとこれとは話が別だ。
叱らなきゃいけないときは、ちゃんと叱らないと。
「大人たちがいないときは、リゼットがみんなの保護者です! あとでたっぷり叱りますからね。いいですか!? お返事は!?」
リゼットは胸を反らして叫んだ。
「「「ごめんなさい!」」」
「いいお返事ですっ!」
『グガラッ!?』
子どもたちが声をそろえて謝ると同時に、リゼットは魔物の身体を足場にジャンプ。
そのまま、子供たちの前に着地する。
「怪我はありませんね? 無事ですね!?」
「「「はい、リゼットさま!!」」」
「よろしい」
子どもたちにうなずきながら、リゼットは剣を構えた。
彼女は子どもたちを心配させないように、笑顔を浮かべている。
けれどその額には──汗が伝っていた。
リゼットは魔物たちの輪を飛び越え、子どもたちに合流した。
当然、今は彼女も魔物に囲まれる格好になっている。
(村のひとたちが来てくれるまで、時間をかせがないと──)
敵の数はあと9体。
うち1体は、さっき足場にしたついでに耳を切り落とした。そいつは地面に転がって、激痛にみもだえしている。戦闘力は削いだ。
「……それと、手負いの魔物がもう一体、ですね」
リゼットは魔物の中心にいる敵に視線を向けた。
ゴブリンにしては大きい。手足も太く、頭には金属製の飾りをつけている。それに気配が違う。他の魔物よりもより強い、漆黒の──闇色の気配を漂わせている。見ているだけでわかる。相当に強い魔物だ。
ただ、その魔物には、左腕がなかった。
「あれは『黒ゴブリン』のロード。奴の腕を断ち切るほどの手練れが?」
今は非常時だ。村の男性たちはほとんどが出払っている。
『黒ゴブリン』ロードの腕を切るほどの強者は、リゼットの他には一人だけだ。彼女は鈍器を好むから、この場合は外してもいいだろう。あとは──
「……もしかして……ショーマさま?」
リゼットの頭に、さっき出会ったばかりの男性の姿が浮かんだ。
不思議な人だった。
あの人が『竜帝廟』から出てきたとき、本当に竜帝の生まれ変わりかと思った。
竜帝はリゼットと同じ銀色の髪と、紫の色の瞳の持ち主だったと言われている。ショーマさまとは似ても似つかないはずなのに……。
なのにあの人が、竜帝の再来だと感じたのはどうしてだろう。
ショーマさまが『竜帝廟』から出てきたから?
それとも──リゼットが、なぜか彼を身近に感じているから……?
『われらの……楽しみを奪うな』
『黒ゴブリン』のロードが、口を開いた。
ざらついた声で、いまわしい言葉を吐き出す。
『ココハ、我が主の領土。踏み込む者は喰らう』
「ここはリゼットたちが住む──『ハザマ村』の領土です!」
『亜人が! 人間の下にいる者の言葉など!』
『ゴガァッ!』
ロードが叫ぶと同時に、『黒ゴブリン』が斬りかかってくる。
「──目覚めなさい……竜の血」
リゼットは息を吸い、魔力を右手に集中する。
「受け流せ! 『竜鱗』!」
『グググッガッッ!?』
魔物がおどろいた声を上げる。
リゼットがかざしたてのひらが、魔物の剣をそのまま受け止めていたからだ。
りぃん、と、澄んだ音がした。
リゼットの手のひらには、真珠色の鱗が浮かび上がっていた。『竜の鱗』だ。
それが『黒ゴブリン』の剣を受け止めたのだ。
錆びた剣で斬られても、『竜の鱗』は傷ひとつついていない。
リゼットはそのまま魔物の剣を受け流す。
体勢の崩れた『黒ゴブリン』の後頭部に、容赦のない回し蹴り。
がごっ。
『黒ゴブリン』は地面を転がり、滝つぼの中へ。その生死を確認する余裕はない。リゼットは返す刃で、次の敵に向かう。横目で子どもたちの無事を確認。彼らだって、乱世に生まれた子どもたちだ。全員寄り集まって、ゴブリンに向かって武器を構えている。
『どけと言ったゾ! 小娘!』
飛び出してきた『ロード』が大剣を振った。
リゼットを後にステップし、それをかわす。
威力が弱い。間合いが遠い。敵まだ、片腕での戦闘に慣れていないのだろう。
両腕だったら危険だった。リゼットでは、ロードの攻撃は受け止めきれない。
「魔を清める浄化の炎よ──ここに」
リゼットは呪文を唱えた。
魔力を込めた手に、青白い炎の球体が生まれる。
「受けなさい! 『浄炎』!」
リゼットはそれを、ロードの顔面に叩き付けた。
『ガハァアアッ!』
皮膚を焼かれたロードが悲鳴を上げる。
本来はアイテムの浄化に使う、弱い火炎だ。
炎はロードの皮膚を焦がしただけで、すぐに消えた。
でも、その隙にすこしだけ離れることができた。
「──リゼットが血路を開きます。その間に走りなさい。村まで、まっすぐに」
「リゼットさま……」
「迷っている暇はありません、急いで!」
リゼットは子どもたちに向かって叫んだ。
敵が次に動き出したときがチャンスだ。一番警戒しなければいけない『ロード』の視界はまだ、完全じゃない。その隙に突破口を開き、子どもたちを逃がす。
「……できます。やります。やらなきゃいけないんです」
リゼットは両手で剣を握りしめた。
『一度ニ、カカレエエエ! 逃ガスナアアッ!!』
『『『ゴブッ!!』』』
ロードの声が叫び、ゴブリン全員が動き出す。
リゼットはその手で、子どもたちの背中を押した。
「行きますよ、みんな」
「で、でも、リゼットさま」
「大丈夫です。リゼットの中にある、竜の血を信じてください」
「そうじゃなくて……」
「えっと……」
「あの……」
子どもたちがリゼットの背後を指さした。
正確には、ここから村まで続く、細い獣道を。
「「「あの、リゼットさま。あの人、誰でしょう……?」」」
そして──その獣道を全速力で走ってくる、黒髪の男性を──。
「──悪い。遅れた」
ごすん。
『ゴブッ!?』
問答無用の体当たり。
その人はむき出しの腕に青い『竜の鱗』の宿し、ゴブリン2体をまとめて吹き飛ばした。
『…………グガアアアアァ』
飛ばされたゴブリンたちは滝に落ち、そのまま流されていった。
「力の使い方になれてなくて、うまく走れなかったんだ。このへんの獣道はぐねぐねしてるし……全速力で走るとカーブを曲がれないし、勢い余って樹にぶちあたるし……」
ぶつぶつとつぶやきながら、その男性はリゼットの前にやってくる。
そして──どこからともなく剣を取り出し、振る。
腕を殴られたゴブリンが吹き飛び、そのまま動かなくなる。剣の使い方はうまくない。刃こぼれしている剣を、鈍器のように扱っている。力まかせだ。本人もそれがわかってるのか、リゼットと子どもたちに向かって苦笑いしている。
それでも、リゼットにとっては、涙が出そうなくらい頼もしく思えた。
「とりあえず……えっと。手伝いに来ました」
「ショーマ……さま」
リゼットは、彼の腕にある輝きを見つめていた。
あれは自分の手のひらにあるのと同じ『竜鱗』だ。しかも、彼の鱗は腕全体を覆っている。リゼットはあそこまで広範囲の展開はできない。それに、彼の動きはリゼットと同等以上だった。ということは、竜の血に匹敵する瞬発力を持っているということだ。
「……やはり、ショーマさまはリゼットの同族でした……」
「ごめん。ちょっと違う。でも、あとで説明します」
ショーマは困ったように頭を掻いた。
「あと、俺は戦闘に不慣れだから、戦い方を教えてくれると助かります。うまくできるかはわからないけど、手助けくらいはできると思うんで」
「はいっ!」
リゼットは──いつのまにか浮かんでいた涙をぬぐって、剣を握る。
同じ血を引いているかもしれない人に寄り添い、子どもたちを守る壁になる。
「このリゼット=リュージュ。ショーマ=キリュウさまに従います!」
今日は2回更新します。
なので次回、第6話は、午後7時ごろの更新を予定しています。