第49話「異形の覇王の小旅行と、結界外での拠点作成」
数日後。
俺とリゼット、ユキノは、都に向けて出発した。
荷物は収納スキルの『王の器』の中に入れた。着替えも食料も、旅の間に使えそうなものも、全部。『遠国関』に近づいたら取り出して、商人に偽装するつもりだ。
移動は空路。
『翔種覚醒』した俺とハーピーが、リゼットとユキノを運ぶことになる。
曲がりくねった街道や森、湖をショートカットすれば、陸路よりはるかに早い。
俺の魔力が少なくなったら休んで、のんびり歩いて 、時々魔物を討伐して──
数日後、俺たちは『遠国関』が見えるところまでたどりついた。
「……あれが都の守り『遠国関』か。げほげほ」
空を飛びながら、俺はその建造物を眺めていた。
遠くに見えるのは、焦げ茶色の岩山に挟まれた、巨大な城壁。
元の世界で言えば、8階建てのビルくらいはある。城壁の周囲には見張り塔。その上で動いているものが、かすかに見える。見張りの兵士だろうか。
城壁の前には、町が広がっている。その前には更に、低い城壁。
つまり『遠国関』を通り抜けるには、最初に町の城壁を抜けて、その後に本命の巨大城壁を通り抜けなければいけないわけだ。
「リゼットも初めて見ました。すごいですね……ごほごほ」
俺の身体にしがみつきながら、リゼットが言った。
何度も一緒に飛んでるから、運ばれるのも慣れたものだ。
銀色の髪を風になびかせながら、遠くの関をじっと見ている。
「あれが……『遠国関』なんですね。さすがは都の守りと言われるだけのことはあります」
「この世界の技術で、あんな巨大なものが造れるのか?」
「おそらくは……竜帝さまの時代に作られたものでしょう」
リゼットは言った。
「竜帝さまの能力と人徳なら、あれくらいのものを造れるかもしれません」
「ってことは、あれも竜帝さんの遺産か」
「魔法陣もあるかもしれませんね」
「と、言ってもなぁ」
俺は顔を上げ、もう一度『遠国関』を見た。
まだ距離があるけれど、その大きさは十分にわかる。関の前にある町の規模もかなりのものだ。この世界の基準で言えば、大都市って言ってもいいだろう。
そこに押しかけて「すいません。ちょっと魔法陣使わせてもらえませんか?」って言っても通じるわけがない。
許可されたら、逆に罠だって思うレベルだ。
そもそも、『遠国関』と、その南北の町を治めてるのは、帝のまわりにいる『十賢者』の血族って話だ。いきなり俺が訪ねたら、良くて門前払い。悪ければ牢獄送りだろうな。
「あそこは俺の領土にはならないだろ。たぶん」
「ええ、リゼットもそう思います。まだ」
……なんか不穏な一言を付け加えなかったか?
「ユキノはよく、あの関を通ってこれたな」
「出るのは簡単なんですよ。ショーマさん」
翼を広げて、ハーピーのルルイとロロイが近づいてくる。
彼女たちが支える籠に乗ったユキノは、布で顔をぬぐいながら、俺を見た。
「『遠国関』の南と北に、それぞれ町があるのはお話したでしょ?」
「ああ、こっち側──北が庶民の町で、南が高級住宅地と商業地域だろ?」
「そうです。北側が『キトル太守領』や辺境向き。南側が都に向いてるわけです。だから、警戒が強いのは都に向かう方になります。都から出る方は、ぶっちゃけ都会から田舎に出て行くわけですから、それほど厳しくないんです……くしゅん」
「やっぱり都方面に向かうのは難しいのか……へっぷし」
「あたしが会った人の話では、門番さんに銀貨を何枚か……くしゅっ!」
「おうさまー!」「おうさまのごかぞくさまー!」
ハーピーたちが声をあげた。
「「そろそろ降りて身体を洗いませんかー。ここ、ほこりっぽいですーっ!」」
「……だな」
俺はふたりにうなずいた。
なんというか、まわりの空気が黄色くなってる。
『遠国関』の左右にある、焦げ茶色の岩山から、砂が飛んできてるんだ。地上はそれほどでもないけれど、上空はかなり風が強い。そのせいか、山の上から飛んできた砂が、風にまじって飛んでくる。俺もリゼットもユキノも、ハーピーたちも砂まみれだ。それが鼻に飛び込んでくるもんだから、さっきからくしゃみと咳が出てる。
「ルルイ、ロロイ、人目につかない水場を知らないか? この近くで」
「ありますー!」「高台の湖があるのですー!」
「案内してくれ。そこで一休みしよう」
「「はいですー」」
ハーピーのルルイとロロイが指さしたのは、山の中腹にある湖だった。
木々に隠れているせいか、人の気配はない。というか、そこまで登る道がない。
湖から伸びた川が山をくだり、地上の大きな川に繋がっている。ふもとのほうに村があるから、そこの水源になってるらしい。大きな湖だから、水浴びくらいしても水質に問題はないだろう。
「降りるよ、リゼット。しっかり捕まってて」
「は、はい。兄さま」
俺は『翔種覚醒』の翼を止めて、滑空をはじめる。
それからゆっくりと高度を下げ、湖のほとりに降り立ったのだった。
「水浴びするのはいいけど……」
視界をさえぎるものがなにもないな。
目の前には穏やかな水面が広がってる。人が来ないんだから、建物なんかどこにもない。
魔物や野生動物が現れることを考えると、お互い遠くに離れるわけにもいかない。
かといって、俺がリゼット (年齢的にはJK)とユキノ (年齢的にはJC)と一緒に水浴びするわけにも……。
「ひゃっほー!」「きもちーのです!」
ハーピーのロロイとルルイは、すっぱだかで湖に飛び込んでるけどな。
「……えっと。どうしましょう」
「……あ、あたしは……その、あんまり自信がないので……」
リゼットとユキノは真っ赤になって、あさっての方向を向いてる。
見た目ちびっこのハーピーはともかく、俺とリゼットとユキノが堂々と一緒に水浴びするのは……なんというか、どうなんだろう。
それと、水浴び中に、魔物や野生動物が出てくる可能性もある。
ここは対策をしよう。
「ちょうど『結界』の外でも『意思の兵』が使えるか実験するつもりだったからな」
そのために、収納スキル『王の器』に、エンチャントした『塀』を入れて来た。
サイズは大小、取りそろえてある。
『意思の兵』は結界内なら稼働時間無限だけど、外では俺の『王』の魔力を消費する。
長時間の稼働は無理だし、激しい運動もさせられない──けど、使えないわけじゃない。
そのへんを結界の外で、実際に試してみようと思っていたのだ。
「とりあえず、塀。出てきてくれ」
『ヘイ!』『ヘイヘイ!』『ヘイイイイイイっ!』
「えっと……我が兵よ。我が家族のための風呂場となれ」
『『『…………ヘイ?』』』
兵たちは首をかしげた……ように見えた。
この世界の塀にはわかりにくいか。
「『異形の覇王』の名において命ずる! 全員整列!」
『『『ヘイッ!』』』
「お前こっち。お前は……こっちかな。そうそう、ちょっと詰めて。隙間がないように。うん。うまいうまい。あ、動かないで。指示を出すまでそのままで……よし。いいかな」
そうして、我が家族のための水浴びスペースが完成した。
湖
─┬─
│
シ │リ ユ ハ
──┴───
「「「「お、おぉ────っ」」」」
リゼット、ユキノ、ルルイとロロイは (壁の向こうで)感心したような声をあげた。
我が塀は優秀だった。
完璧な陣形を取り、見事な男女別水浴びスペースを形成してる。
『王』の魔力は、ほとんど減っていない。
『王の器』から呼び出して、陣形を整えただけだからか。ほとんど動いてないからな。
塀たちは湖の浅瀬に立ってる。地面がやわからいからか、揺れながらバランスを取っている。そのたびに魔力がちょっとずつ減っていく。このあたりは、まだまだ研究が必要だな。
「リゼットとユキノ、ルルイとロロイはそっちな。俺はこっちで身体を洗うから」
「は、はい」「気を遣っていただいてごめんなさい」「えー」「むー」
壁の向こうから返事が返ってくる。
リゼットとは義兄妹だし、気にしなくてもいいのかもしれないけど……でもなぁ、一応、俺はアラサーの大人だからな。年齢的に女子高生……ユキノは女子中学生だ。そのへんは気を遣った方がいいだろう。たぶん。
「……よっと」
俺は上着を脱いだ。服についた砂はしょうがない。逆にきれいすぎると旅人っぽくない。ここは身体だけ洗っておこう。下着も脱いで──まとめて『王の器』に入れて、と。
俺はふと、塀たちの方を見た。
「……そういえばお前たちって、性別あるの?」
『ヘイ?』
「とりあえず、リゼットたちの方は見ないようにな。念のため」
『ヘーイ』
塀たちはうなずいた(俺の主観)。
俺は『王の器』からタオル代わりの布を出して、塀の上に掛けた。
「身体を拭くやつ、上に掛けたから使うように」
「「……はい」」
しゅる、と、布が向こう側に消えた。
静かだな。
塀の向こう──リゼットたちの様子はどうなってるんだろう。
──リゼットたち視点──
「「……はぁ」」
リゼットとユキノはため息をついた。
服は、とっくに脱いでいる。下着もまとめて、ショーマからは見えない位置──陸側の塀に引っかけてある。
空は少し曇っているけど、時折、日差しがのぞいている。
水浴びをして、そのまま座っていれば身体も乾くだろう。
「き、緊張します」
リゼットは手で水をくみ、ぱしゃ、と、身体にかけた。
水温はちょうどいい。水も澄んでいる。上空を舞う砂も、ここには落ちてこない。
リゼットは膝まで水に浸かって、身体についた砂を洗い流していく。
「……きもちいい、ですね」
なのに身体はぎくしゃくしている。手足がうまく動かない。
塀の向こうで『ショーマ兄さま』が水浴びをしていると考えただけで、体温がぐんぐん上がっていく。
「……この向こうに、ショーマ兄さまが」
「……リゼットさん?」
「はぅっ!?」
不意に声をかけられて、リゼットは思わず飛び上がる。
助走なしの垂直ジャンプ。竜の血を引くリゼットの跳躍力はすばらしく、頭の半分くらいは壁の上。一瞬だけ、ショーマの背中が見えたような気がして、体温上昇が加速する。銀色の髪から水滴を散らしながら、素裸のリゼットはそのままうずくまる。
「い、いえいえ。なにも見てません。リゼットはなにも見てません……」
「……リゼットさんは……スタイルいいですよね。いいなぁ……」
「はい?」
顔を上げると、ユキノが塀に手をついてうなだれていた。
「あたし、元の世界では病気がちで……あんまり成長しなくて……そのまま転生しちゃったから……」
ユキノは胸を押さえた。
あるかないかのふくらみを押さえて、横目でリゼットの方を見る。
「……あたし、ハーピーに転生すればよかったのかな。だったらお子さま体型でも『仕様です』って言えたのに」
「い、いえいえ。大丈夫です。ユキノさんはこれからですよ。これから!」
「んー」「おふたりとも、どうしましたー?」
ぱしゃぱしゃと翼を洗いながら、ハーピーのロロイとルルイが振り返る。
幼児体型の2人は元々そういう種族で、年齢的にはもう大人。
自由きままな2人だけど、王様の命令には従うのか、素直に塀のこっちがわで身体を洗っている。
「体型なんか気にしないのですー」「重要なのは愛です。忠誠なのですよー」
「……女神さま。あたしを今すぐハーピーに……」
「わぁっ。だめですユキノさん。万が一実現しちゃったらどうするんですか!?」
リゼットは思わず声をあげた。
彼女はユキノの手を握り、彼女の目をじっと見た。
「…………リゼットだって、ユキノさんがうらやましいんですよ?」
言葉が、勝手に流れ出た。
「ユキノさんには……兄さまと、元の世界での思い出があるじゃないですか」
お互い、裸だからかもしれない。
ずっと秘めていた言葉を、リゼットは口にしてしまっていた。
もちろん、ショーマには聞こえないように、ユキノの耳元で、ひっそりと。
「……リゼットだって、兄さまがきっかけの覚醒──してみたかったです。同じ世界に、生まれてみたかったです。も、もちろん、この世界で義兄妹になれたのもうれしいですけど……でもでも、ユキノさんは、リゼットには想像もつかない世界で、兄さまと出会っているんですから。共通の思い出が、あるんですから……」
「……えっと」
「つ、つまり、自信を持ってください。ということです」
リゼットは強引に、話をまとめあげた。
ユキノの肩に手を乗せて、うんうん、と、うなずく。
「その……ユキノさんは十分魅力的です。肌もきれいですし、青色の髪もかわいいです。こないだシルヴィア姫さまをお出迎えしたときも、お姫さまみたいでした。この世界の人間であるリゼットが言うんだから、間違いないです。絶対です」
「は、はいっ」
ユキノは、ぐっ、と拳をにぎりしめた。
「そうですよね。せっかく転生したんだから、自信を持たないと!」
「はい!」
「元の世界では早死にしちゃったあたしですけど、これから成長するんですから!」
「そうです!」
「ですよね。むしろ成長の過程を確認してもらいたいくらいです! 我が主君に!」
「はい。その意気です! リゼットも応援します!!」
ユキノが声を上げ、リゼットがうなずいた。
『『『ヘイッ!!』』』
塀たちもうなずいた (リゼットの主観的に)。
しゅぱっ、と、塀がスライドした。
「「…………え?」」「え?」「「わーいっ! おうさまー」」
湖
───
シ リ ユ ハ
──┬───
│
│
忠誠心にあふれた『意思の兵』たちは、城主少女たちの言葉を素直に受け取った。
ぶっちゃけ、応援してくれた。
ショーマと、リゼットたち。
水浴びスペースを男女に分けていた塀が移動して、境界が消えた。
お互いの、視界がひらけた。
ハーピーのロロイとルルイが、ショーマの方へと駆け出す。
ショーマが、彼女たちの方を見た。
リゼットとユキノも、ロロイとルルイを目で追ってしまった。
互いの視線が、ぶつかりあった。
そして──
「「「──────っ!!!?」」」
王と城主少女たちの声にならない声が、湖に響き渡ったのだった。
──ショーマ視点──
「じゃあ、私たちがいったん帰りますー」「あとでお迎えに来ますから」
「おうさまー」「ショーマおうさまー」
「「よいものを見せていただきました! ごほうびでしたー!」」
そう言って、ハーピーのロロイとルルイは、辺境に向かって飛び去った。
「……お、おぉ」
いかん。語彙が死んでる。
山を下りてからこっち、まともな言葉が出てこない。
「…………うぅ」「…………お、お見苦しいものをお見せしました」
リゼットもユキノも、真っ赤になってうつむいてる。
…………気まずい。
裸で水浴びしてる状態で、正面から向き合ったからなぁ
正確に言うと、俺は下だけ穿いてた。髪と身体をさっと洗っただけだったから。
リゼットとユキノは……その……えっと。
「……2人とも、気にすることはない。い、『異形の覇王』の名において」
ええい。このままじゃ間が持たない。
一瞬だけ出てこい『鬼竜王翔魔』。中二病時代の俺。当時だったらなんと言う? うっかり女の子の裸を見てしまったら……そうだな。
「我が仇敵たる上天の女神。さらにその上位世界では、衣服など無用! 俺がかつて目指していたのはそういう世界なのだ」
「……え?」「……そうなの?」
「ああ。己の真なる魔力を覚醒させ、上位世界への移行を果たした暁には、衣服な己を制限する鎖でしかない。考えてもみろ。精神が服を着るか? リゼットよ。竜が服を着るか? 氷を鎧としてまとえるようになれば、ユキノにも服など必要はない。それに、2人とも上天の女神のごとく美しかったか。ゆえに、今回のことは上位世界に移行した際の予行練習と思えばいい──」
──と、中二病時代の俺なら言うんじゃないかな、と最後に付け加えようとしたところで──
「わかりました!」「承知です!」
2人は目を輝かせて、俺を見た。
「つまり、『意思の兵』さんは兄さまの意図をくんだのですね!」
「真の──いえ、今の主であるショーマさんが目指すところがそこなら、し、仕方ないですよね」
「……いや、そういうことじゃなくてね」
「兄さまの理想とする最上位の世界に、衣服はないのですね……」
「ふむふむ。覚醒の果てに至る場所がそこなんですね……」
「ちょっと待ってやりなおさせて!」
結局、俺が誤解を解き、リゼットとユキノが通常状態に戻ったのは、『遠国関』が間近になってからだった。
中二病を説得に使うのは控えよう……。
「……『結界の外』でも『意思の兵』が使えることはわかった」
トラブルはあったけどな。
『王の器』から塀を取り出して、ちょっと動かすくらいなら『結界』の外でも十分に使える。
この前のような対陣戦闘は無理かもしれないが、短時間の拠点づくりなら十分だ。
せっかくの機会だ。町中での使い道も考えてみよう。
こっちから他の町に攻め込むことはないけど、逆に攻め込まれることはあるかもしれない。
町中での『塀力運用』も想定しておくべきだろうな。うん。
そんなわけで、俺とリゼットとユキノはハーピーたちと別れて、歩き出した。
街道を進むうちに、人がだんだん増えてきて、それが列になり──
俺たちはついに『遠国関』の、北側の境界にたどりついたのだった。
すぐ側で見る『遠国関』は、本当に大きかった。
7階か8階建てのビルくらいの高さがある石壁。それが巨大な岩山の間に広がっている。横幅は学校の校舎の、2倍から3倍くらいだろう。色は漆黒。壁と一体化した塔が、均等なスペースを開けて並んでいる。
城門は木製で、その前に堀の代わりの川が流れている。
川をわたる跳ね橋は、今は降りている。
そこを通るには、やはり手続きがいるらしく、昼を過ぎた今は、通りに大行列ができている。
「ほんとに、都会に来た感じがするな」
町並みはしょぼいけど、人の数が本当に多い。
俺たちがいるのは『遠国関』の北側。
ユキノが教えてくれたとおり、巨大城壁の北側には町があった。低めの城壁で囲まれていて、入り口には検問があった。けれど、そんなに厳しいわけでもなく、粗末な包み (ダミー。中には作物が入っている。本当の商品は『王の器』の中)を見せて、商売のために都を目指していることを告げると、あっさりと通れた。
問題はこの先だ。
『遠国関』の南側は高級住宅地で、竜帝に仕える役人や、金持ちの商人の居住区だ。さらに言えば、都への玄関口でもある。だからチェックが厳しいのは当たり前で、さっきから行列はまったく進んでいない。
「『遠国関』名物の焼き菓子はいかがですかー」
「……両替するよー。貴金属を貨幣に変えたい人は、受け付けるよー」
並んでいると、物売りや両替商が寄ってくる。
「……関わったらだめですよ。ショーマさん」
ふと、ユキノが俺の耳にささやいた。
「都で聞いたことがあります。ここの物売りには『十賢者』の息がかかってるって」
「怪しい奴を見つけ出すためのスパイ──いや、諜報員か」
俺はリゼットにもわかるように言い直す。
「ありそうな話ですね」
リゼットはうなずいた。
まわりを見回すと、にぎやかなのは俺たちがいる大通りだけ。他は石造りの建物が密集してる。あちこちごちゃごちゃして、路地があったり行き止まりだったり、まるで迷路のようだ。
辺境や『キトル太守領』から見れば、ここが都の玄関口。だから人が集まってくるんだろうな。
「妙な疑いをかけられないようにしないとな」
当たり前だけど俺もリゼットも、この町に知り合いはいない。
怪しまれて、どこかに連れて行かれても、かばってくれる人はどこにも──
「「──あれ?」」
声がした。
行列の、前の方からだった。
男性と、少女のペアが、こっちを見ていた。馬を連れてる。俺たちと同じ商人に見える。
けど、どこかで顔を見たような。特に男性の方は、つい数日前に話をしたような……。
というか、シルヴィア姫と一緒にいたような。
「ドルスさんじゃないですか?」
「シルヴィア姫の部下の隊長さんだと思うけど……」
リゼットとユキノは首をかしげてる。自信はなさそうだ。
俺も正直、確信がない。
向こうとはちょっと話しただけだし、服装も違うからな。
かといって、ここで『辺境の王』と名乗るわけにもいかない。でも、気になるな。
「──ども」
俺は人目に付かないように、軽く手を振った。
「ヘ、ヘイッ!」「ヘイヘイ!」
ドルス隊長(仮)と、隣にいた少女も手を降った。青ざめてた。
確定だった。しかもいつの間にか『ヘイ』が合言葉になってた。
「あの人たちも都に向かってるのか」
「シルヴィア姫さまの使者でしょうか」
「あたしたちは空路できたけど、辺境からここまでは何日もかかるはずよね?」
ということは、あの人たちは辺境からまっすぐにここに来た可能性がある。
俺たちは森と湖をショートカットしてきたから、追いついちゃったらしい。
「シルヴィア姫の使いなら、領主同士の話とかだろ。俺たちが関わることはない」
俺はそう言って、列の前方にいる2人から視線を逸らした。
シルヴィア姫と個人的な同盟関係は結んでいるが、立場が違う。俺は辺境以外では無名で、向こうは高名な領主の姫君で、兵を動かせる立場。辺境でならともかく、人の世界で関わることはないだろう。
それに、隊長のドルスさんはこっちの力を恐れてたからな。むやみに敵対しようとはしないだろう。この町は俺にとっても、向こうにとっても領土というわけじゃないんだから。
無理に関わる必要はない。
俺たちは俺たちの仕事をしよう。
そう思ったとき──
だだだだだだっ!
『遠国関』の南に通じる門から、数名の兵が飛び出してきた。
「キトル太守アルゴス=キトルに、『十賢者』さまへの反乱の疑いあり!」
兵士は叫んだ。
「この『遠国関』の支配者であり、『十賢者』さまの縁者でいらっしゃるザッカスさまより命が下った。『キトル太守』の手の者を見つけ次第報告せよ! 捕らえた者には褒美を取らせる。繰り返す。キトル太守に『十賢者』への反乱──不服従の疑いあり! 関係者を見つけ次第、すぐに報告せよ!」