第48話「姫君たちの帰り道と、覇王の首都見学計画(実行編)」
「このシルヴィア=キトル、辺境の強さを骨の髄まで思い知りました。偉大なる王のお膝元を我が配下が騒がせたこと、改めてお詫びいたします。もしも我が姉──レーネス=キトルがこの場にいたら、同じことを申し上げるでしょう」
シルヴィア姫はスカートの裾をつまみ、深々と頭を下げた。
その後ろには、キトル太守家の兵士たち。
半分はひきつった顔で、シルヴィア姫の左右に控えてる。
もう半分は……あさっての方向を見ながら、がくがく震えてるな。侍女レイン──いや、レーネス姫は、兵士の隊長の背中にしがみついてる。「レーネ──いえ、レインさま。終わりました。終わりましたから!」って言われても顔を上げない。「こわいよー。おやしきの壁、全部取り払わないとねむれないよー」って繰り返してる。悪いことしたなぁ。
「へ、辺境の王の戦術は、隊長たるわたしにとっても、おどろくべきものでした」
レーネス姫を背負ったまま、隊長のドルスは言った。
「塀の真価は、その運用にあり。弱塀であっても強兵を無力化し、封じ込めることができるのですな! ここが辺境であるのが残念です。都にいる兵法家が王の塀力運用を見れば、兵法書に塀法の新たな1ページを加えることでありましょう! ヘイッ!」
兵と塀の意味が混乱しまくってるな、隊長さん。
レーネス姫も、隊長も、すっかり怯えきってる。
まぁ、同数の兵と塀を指揮して、あんなにあっさり追いつめられたんだから仕方ないか。それにしても──
「……リゼットの指揮ってすごいな」
「…………ごめんなさい。ショーマ兄さま」
リゼットは俺の後ろでうつむいてる。
「兄さまの兵を動かせるのがうれしくて、やりすぎてしまいました」
「はいはい! 次、ボクも模擬戦やりたい! 再戦しよう!」
「あたしも、兵の運用は練習しておきたいです!」
「「ひいいいいいいいいいいいっ!!」」
キトル太守側から悲鳴が上がった。
模擬戦をやってなかった兵士たちは、青い顔でシルヴィア姫を見てる。
『ヘイ?』『ヘーイ』『ヘイヘイヘイヘイ!』
「いいから、お前たちは休んでて」
『『『……ヘーイ』』』
城壁に立てかけた塀たちが起き上がろうするのを、俺は止めた。
一応、俺は元の世界では『現実処理能力』のあるリーマンをやってたからな。兵士たちの顔を見れば、仕事ができる状態かどうかわかる。やりすぎは禁物だ。村に侵入してきた奴らは叩き返したし、お詫びの品ももらった。模擬戦に付き合ってもらったし、これ以上は余分だろう。
「こちらとしては、名高い『キトル太守家』と手合わせできただけで十分だ」
俺は言った。
「また、今回はこちらに地の利があったこともある。武門をもってなるキトル太守家の兵士の方々であれば、次に戦えばこちらも苦戦することだろう。貴重なる戦闘経験をいただけたこと、感謝する」
「「「…………ほっ」」」
シルヴィア姫、隊長ドルス、他の兵士たちも一斉にため息をついた。
ちなみにレーネス姫は、さっきハルカが「再戦しよう」って言った時点で気絶してる。問題ないな。
「それでは、わたくしたちはこれで失礼いたします」
「たいしたおもてなしもできず、申し訳ない」
シルヴィア姫が礼をするのに合わせて、俺も礼を返す。
「再び会えることを願っている。道中、お気を付けて」
「…………はいっ!」
ぎこちなく笑ってから、シルヴィア姫は馬車に乗り込んだ。
こうして、キトル太守の3女と次女(一応秘密)の行列は、南に向かって去って行ったのだった。
──シルヴィア姫視点──
「ああああああっ! 馬車。馬車の中にも壁がある。塀が、塀があああああ!」
「はいはい。恐くないですよ。レーネス姉さま」
鎧を脱ぐことも忘れて震える姉の背中を、シルヴィアはなでた。
こうしていると、小さな頃を思い出す。
まだ父の後継者としての勢力争いも、自分たちを推す派閥のことも知らなかったころだ。年上だった長女を別として、シルヴィアとレーネスは仲良しだった。その当時に戻ったような気がして、なんだか心が温かくなる。
「まったく……姉さまったら。辺境に手を出してはならないと申し上げたではありませんか」
シルヴィアは姉の背中を軽く叩きながら、言った。
けれど、怯えるレーネスはパニック状態で、
「父上とミレイナ姉さまに伝えなくては。辺境に手を出してはならぬと。手を出せば……父上の覇道のさまたげとなると! ああ、私はなんということを──っ!」
「落ち着いてくださいレーネス姉さま。父上もミレイナ姉さまも、今は都にいらっしゃいます。辺境に手を出したりはしませんよ」
「ならば、今すぐ手紙を出すのだ。なにをしているシルヴィア、羊皮紙を持て! 羊皮紙を!」
「はいはい。屋敷に戻ったら代筆いたします」
駄々っ子のような姉の姿に、シルヴィアは思わす顔をほころばせた。
とはいえ、キトル太守家の領土は、まだ遠い。
辺境はすでに遠ざかり、馬車は街道を進んでいる。途中の村で一泊して、屋敷に着くのは明日の夕刻だろう。いや、天候も悪くなっているから、到着は夜になるかもしれない。
「……この雨も『辺境の王』の怒りなのかもしれませんね」
シルヴィアは屋根を叩く雨の音に、耳を澄ませた。
少し前から雨が降り始めている。兵士たちは足を速め、馬は鼻息を荒くしている。このあたりに雨宿りできそうな場所はない。外を歩く兵士の苦労を考えて、シルヴィア姫は申し訳ない気分になる。
シルヴィアが窓を開くと、雨の音が強くなる。
進行方向に向かって左は平原。右は岩場だ。やはり雨を防げそうなものは見えない。
そういえば往路で、このあたりに奇妙な石の壁を見たような気がする。『辺境の王』が街道に設置するために運んだ、と、近くの民は言っていたっけ。
「……もしかしたらあれは、王の使い魔だったのかもしれません」
「レーネス姫さま、シルヴィア姫さま。雨が強くなってきました。申し訳ありませんが、しばらく雨宿りすることをお許し願えますか」
外を歩く兵士が、窓越しにシルヴィア姫の顔を見た。
兵士の髪も、鎧も、雨でぐっしょりと濡れている。やはり、このまま外を歩くのは大変そうだ。
「構いません」
シルヴィア姫はうなずいた。
「しかし、このあたりに雨宿りできそうな場所などありましたか?」
「逆方向から来た旅人が『この先に屋根付きの休憩所がある』と言っておりました。突き出た岩が、ちょうど屋根になっているらしいです。馬車も入れられるほど広いとか」
「わかりました。任せます」
シルヴィアは兵士に手を振った。
それを合図に、行列が速度を上げる。跳ねた泥が、シルヴィアの側まで飛んでくる。
窓から顔を出したシルヴィアの目に、奇妙な屋根が見えてくる。
岩場に斜めに立てかけられた、大きな板のようなもの。その下で旅人が休んでいる。確かに、あれは休憩所だ。屋根になっているのは、頑丈そうな石の壁。それがしっかりと雨を防いでくれている。旅人はその下で火を焚いて、濡れた服を乾かしている。
シルヴィアは兵士たちに指示を出す。キトル太守家とはいえ、雨で難儀しているのは他の旅人も同じ。非礼のないように。旅人たちを怖がらせないよう、兵士たちは順番に暖を取るように。
「──辺境とは、不思議な場所ですね」
シルヴィアは目を輝かせて、近づいてくる休憩所を見つめていた。
やがて、その場所がはっきりと見えてくる。
斜めになった巨大な石の壁がある。魔法で守られているのか、たわみもしなければ歪みもしていない。
その屋根の下で旅人たちは、笑顔で酒を酌み交わしている。
みんな『辺境の王』をたたえている。「たいしたお方だ」「こんなところを作ってくださるなんて」「王の使い魔らしいが、なんと優しい」──って。
「──え?」
シルヴィアは休憩所の屋根を見た。
休憩所の屋根も、シルヴィアを見た……ような気がした。
思わず手を振ってみた。
返事が返ってきた。
『────ヘイッ!』
「ひぃええええええええええええっ!!」
「ぜ、全速前進!! 姉さまが限界です! 申し訳ないがこのまま最高速度で領土に向かう! はやく! はやくこの場から離れてええええええええっ!!」
だだだだだだだだ!!
がらがらがらがらがらがら!!
『…………ヘイっ?』
こうして、鼻血を噴き出しそうな勢いで、兵士たちと馬車はキトル太守領土に向かい──
「こわいこわいこわいこわいこわい辺境こわいいいいっ!!」
「ち、父上と姉さまに知らせなくては! あの王と、辺境の名所のことを────っ!!」
辺境に、キトル太守家公式認定の名所が誕生したのだった。
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『辺境の名所 そのいち「覇王の休憩所」』
辺境に続く街道の途中にある、屋根つきの休憩所。
岩場に立てかけられた巨大な塀で、晴れた日は起き上がって、魔物や盗賊が来ないか見張っている。
雨が降ると岩場に寄りかかって、旅人に屋根を提供してくれる、心優しい『塀』である。
旅人が「崩れてこないかなぁ。心配だなぁ」とつぶやくと『ヘイッ!(大丈夫だ!)』と、安心させてくれるという。「商売がうまくいくか心配」とか「恋人が心変わりしているようで……」なんて悩み事にも『ヘイヘイッ! (お前ならできる)』『ヘーイヘィ! (お嬢さんは十分に魅力的ですぜ!)』なんて元気づけてくれる、気のいい塀でもある (旅人の主観です)。
『ハザマ村』と『古き砦』の結界魔力で動いているので、稼働時間に制限はない。
雪が降ると滑り台にもなってくれるため、子どもたちにはとても愛されている。
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──ショーマ視点──
「「「「やっと終わった…………」」」」
俺とリゼット、ハルカ、ユキノはため息をついた。
シルヴィア姫の使者が来てから続いていた『キトル太守家』への対応が、やっと終わった感じだ。
「それにしても、意外と気前がよかったな、シルヴィア姫は」
姫君たちが置いていった品々は、村長の家に積み上げてある。
貴金属に反物などなど。どれも辺境では貴重品だ。
お詫びの品なんだから遠慮はいらないな。ありがたくいただいておこう。
「ここで使うのと、都に行って別の物に替えるのと、どっちがいいと思う?」
「ショーマ兄さまのお望みのままに」
「質問を変える。これを売って買えるもので、村に必要で、俺の生活が楽になりそうなものはあるか?」
「……家畜と……金属類ですね。あとは……この反物をもっと安い布と取り替えるといいかもしれません。たくさん布が手に入れば、兄さまやユキノさんの服も増やせますから」
リゼットは、しぶしぶ、って感じで答えた。
まったく。
義兄妹とか言うくせに、変なところで遠慮するからな。リゼットは。
俺の本拠地は『ハザマ村』だから、村を豊かにすることは、俺にとってもメリットがある。だからなにが必要なのかは、遠慮なく言ってくれた方が助かるんだが。
「じゃあ、少し休んでから、予定どおり都に向かう」
俺は言った。
「せっかく商品があるんだから、旅人に偽装していくのがいいだろう。メンバーは俺とリゼット、ユキノ。ハルカは悪いけど、村を守っていてくれ」
「……むー」
「……その間は、ハルカに『意思の兵』を任せる」
「…………むむむ」
「…………我が兵を任せられるのは、義兄妹であるハルカだけだ。リゼットに負けない戦術で、我が拠点を守ってくれ。この『ハザマ村』──いや『鬼王城』の城主、ハルカ=カルミリアよ」
「よーし、まかせてよ兄上さま!」
ハルカは立ち上がり、むん、と、拳を握りしめた。
兵を任せられるのがハルカしかいない、ってのは本当だ。
『意思の兵』は俺の『命名属性追加』で動いてる。基本的に俺と、俺に近しいものの命令しか聞かない。この場合は義兄妹のリゼット、ハルカ、それと『城主認定』されているユキノだけだ。
リゼットはこの世界の道案内としてついてきてもらわないといけない。
ユキノは、この中で唯一、都を知っている人間だ。
ということは必然的に、ハルカが留守番、ということになる。
「それでユキノ。ここから都まで、徒歩でどのくらいかかる?」
「だいたい2週間くらいね」
「飛んでったら?」
「ショーマさんの速度なら、3日くらいだと思うわ。ただ……」
ユキノは何かを思い出そうとするように、目を閉じて、
「途中、必ず立ち寄らなきゃいけない町があるの」
「『遠国関』ですね」
リゼットが話を引き継いだ。
「『遠国関』?」
「都の手前にある関所です」
「高度を上げて、通過するわけにはいかないのか?」
「……『遠国関』は、とても高い岩山の間にあるんです」
リゼットは指にお茶をつけて、テーブルの上に図を描き始めた。
「これを山だとします」
「猫かな?」
「猫だね」
「猫ね」
「山です!」
怒られた。
「と、とにかく、この山の間に、大きな関所があるんです。その壁は高く、周囲には見張り塔も控えています。飛んで通ろうとすれば、おそらく見つかってしまうでしょう。兄さまなら問答無用で突破することもできるでしょうけど……」
「帰り道が大変になるな」
俺の言葉に、リゼットはこくん、とうなずいた。
矢を射かけられても、『竜咆』を使えば弓兵ごと吹っ飛ばせる。ただ、それで突破してしまったら、帰り道はたぶん、厳戒態勢を敷かれるだろう。俺の正体がばれたら、辺境に兵を向けられるかもしれない。それは避けたい。
「山越えをするのは?」
「山の中にも砦があります。どっちにしても、見つかる可能性は高いですね」
「ってことは、普通に通過するしかないか」
俺はユキノの方を見た。
「ユキノは『遠国関』を通ってきたんだよな。どんなところだった?」
「関所と町が一緒になった、一大都市って感じだったわ」
ユキノはお茶をすすりながら教えてくれる。
「一般の旅人は通行料を払えば問題なし。ただ、領主や太守、兵を連れた人には厳しいみたい。あの町を管理しているのは、都にいる『十賢者』の身内だって噂を聞いたことがあるもの」
「『十賢者』。いまの竜帝のまわりにいる権力者か」
「うぅ。めんどくさいよぅ」
ハルカ、頭を抱えてる。
「ごめん。やっぱりボクは無理。そんなめんどくさいところに行きたくない」
「そんなことでどうするんですか、ハルカ」
「……リズ姉」
「いずれ兄さまの英名を慕って、この辺境に天下の人々が集まってくるのですよ。そのとき、あなたは『難しいことはわからない』と答えるのですか? 王の義妹は物知らずで力だけの豪傑だと、皆に後ろ指を指されてるもよいのですか? そんなことで兄さまの義妹が務まるとお思いですか!?」
「はっ!」
ハルカが目を輝かせ、顔を上げた。
──いや、そんな大層なことにはならないと思うんだけど──って言うけど、リゼットもハルカも聞いてない。ハルカは「ボクが間違ってたよ、リズ姉」と、リゼットは「さすがわが義妹です。ハルカ」と言いながら、がしっ、と手を握り合う。
どうしてリゼットは、すぐに俺を天下の英雄にしようとするの?
俺は辺境を治めるのが精一杯で、人の世界ではまだ無名。
人の世界のコネだって、シルヴィア=キトル姫ひとりだけだ。天下の人がここに集まってきたり、英名を慕ったりってのはないと思うんだけどなぁ。
「悪いけどユキノ、出発前に勉強会をやろう。ユキノの知ってる都と、そこまでのことをできるだけ教えてくれ」
「了解しました! 我が主──もとい『仮の主さま』」
それから俺たちは、ユキノを先生に勉強会をはじめた。
簡易地図に、ハルカのために残しておく資料。向こうで必要なメモまで。
シルヴィア姫の羊皮紙が役に立った。いろいろあったけど、物資をくれたことには感謝しないとな。
「兄上さま」
「どうした、ハルカ」
「ボク、シルヴィア姫さまにお礼が言いたい。みんなが出かけたあと、お手紙を書いてもいいかな」
「いいんじゃないか。礼儀は大切だからな」
「そうだね。いずれ互いの兵を連れて、模擬戦で熱く語り合いたいって書いておくよ」
「やめなさい怯えるから」
そんなわけで、都行きの準備は進んでいった。
俺たちは商人に化けて、リゼットは、帽子とバンダナで角を隠して行くことになる。目的は都の見学と、必要なものの買い出し。『遠国関』までは空路。リゼットは俺が、ユキノはハーピーに運んでもらうことになるはずだ。
荷物は『王の器』に収納できるから、ほとんど手ぶらの旅になる。
「……なにもないだろうな。ただの商売なんだから」
頭の中で、旅の経路をシミュレートする。問題はない。ないはず。ないといいな。
……大丈夫だろう。たぶん。
この世界に来て、初めての都行きだ。
魔物に注意して、のんびり行ってこよう。




