第47話「リゼットと姫君、対陣する」
2019.08.28 陣形図をイラストに変更しました。
──シルヴィア姫視点──
「なにを考えているのですか、レーネス姉さま!!」
馬車の中に飛び込んだシルヴィア=キトルは、姉に向かって叫んだ。
4人乗りの狭い馬車の中。
姉が侍女の服を脱ぎ、鎧に着替えているのを見て、シルヴィアはさらに問いただす。
「なにをなさっているのですか……姉さま」
「この姿を見ればわかるであろう? 我が配下の兵と共に、『辺境の王』の兵との模擬戦に臨むつもりだ」
「なんのために!?」
「シルヴィアよ。お前は偉大なるキトル太守の娘であることを忘れたのか?」
むしろ不思議そうに、レーネス=キトルは妹の顔を見返した。
「辺境に来てから、我らは『辺境の王』におどろかされているだけだ。キトル太守家の者としての権威さえも示せていない。帰る前に、こちらの力も見せつけておかなければなるまいよ」
「わたくしたちは謝罪に来たのですよ。父の名を誇るのならば、別の機会にすべきでは?」
「今ならば勝てる」
革鎧を身につけたレーネス=キトルは、窓の外を示した。
「シルヴィアよ、気づかぬか? 彼らの弱点に」
「……弱点?」
「村のまわりをよく見よ。力を示しているのは『辺境の王』だけだ。他の村人たちは武装もしていない。我らが兵を引き連れてきているというのに、防衛のための兵士さえいないではないか」
言われるまま、シルヴィアは、村の門の周辺に視線を向けた。
姉の言うとおりだ。まわりにいるのは王と、その妻たち。畑仕事をしている男女と、子どもたち。剣や棍棒を持っている者さえいない。
「つまり、戦う力があるのは『辺境の王』だけということだ。かの者の力だけで、この辺境は我々と対等の立場まで上がってきている。ならば、王とは戦わぬ。『配下の方と、兵を率いて模擬戦』と言えば、現れるのは弱兵のみ。容易に勝利し、こちらの力を示せよう」
「兵がいないのはわたくしたちを歓迎しているからでは?」
シルヴィアは応えた。
「それに、夜中に村に侵入しようとしたディムスたちは辺境の兵に倒されたのですよ。姉さまにもお伝えしたはずですが」
「さきほど私は聞いた。ディムスと、その配下の者たちがうわごとのようにつぶやくのを」
誰かに聞かれることを恐れるかのように、レーネス=キトルは妹の耳元に顔を寄せた。
「奴らはこのように言っておった。
『この村の兵は足下を攻撃すると倒れてしまう』
──と。鬼族は力はあるがおおざっぱだと聞く。足下がお留守なのも無理はない。この情報、使わぬ手はあるまい?」
「逆に『辺境の王』に、我らの戦い方を教えるだけのことかもしれませぬよ?」
「お前はずいぶん『辺境の王』に肩入れしているのだな、シルヴィア」
「……それは」
シルヴィアは『辺境の王』と出会ってからのことを思い出す。
会談の場所に、文字通り配下2人だけを連れてきた、あの勇気。
かと思うと、あの場所に現れる魔物を放置し、こちらの兵の抑えに使うという知謀。
キトル太守側が村にスパイを送り込んだというのに、シルヴィアを責めることもなかった。ただ、引き渡し、連れ帰ってくれという。
そして、彼の使うあの超自然の力も、鬼族が恐れ、従っている様子も、かと思うと妻たちに溺愛されているところも……シルヴィアの理解を超えている。
彼は乱世で我々が失った大切なものを、まだ持っているのかもしれない。
「わたくしは……『辺境の王』を、見ていたいだけなのです」
シルヴィアは言葉を選びながら、つぶやいた。
「感傷的になったものだな。我が妹ともあろうものが!」
レーネス=キトルは唇をゆがめて笑った。
「まぁいい。『模擬戦』が『辺境の王』に戦い方を伝えることになるなら、彼の利益にもなるであろう。そうであればシルヴィアも異論はあるまい? 兵の指揮は私が取る。私を──そうだな。副官の『レーネス』……いや『レイン』として紹介してもらおう」
「──姉さま」
「心配するな。父の名に恥じるような戦いはせぬ」
そう言ってレーネス=キトルは馬車の扉を開けた。
「それに、辺境の亜人どもと戦っておくのも、父の覇道への足しになるだろう? 大陸にはさまざまな化け物がいるのだから。なぁ、シルヴィアよ」
──ショーマ視点──
シルヴィア姫が血相変えて馬車に飛び込んだあと、俺は兵士の隊長さん(ドルスという名前だった)から『模擬戦』のルールを聞いていた。
・各チーム10名ずつの集団戦。
・武器は柔らかめの木剣。
・それぞれのチームの大将が、頭の上に旗を立てる。それを取られたら終わり。
・制限時間は1時間。
・うらみっこなし。
なるほど。元の世界の棒倒しや騎馬戦の原型みたいなものか。
キトル太守の領土では、これが兵士同士の紅白戦として行われていて、それぞれのチームの戦術や、集団戦の技術を競うのがメインらしい。
「ショーマ兄さま。その役目、ぜひリゼットにやらせてください!」
リゼットが俺の前にひざまづいた。
「これは、人間の世界の戦い方を知るための貴重な機会です。お願いします!」
「俺が出るのは駄目かな」
「兄さまが出たら5分で終わると思います」
かもな。
『翔種覚醒』して、リーダーの頭上から旗を奪って終わりだからな。
「それに、リゼットは最近、配下の『へい』に色々陣形を仕込んでいるのです」
「そうなのか?」
「はい。ですので、ぜひともそれを試す機会を下さい」
リゼットは真剣そのものだった。
彼女の意気込みに、キトル太守兵団のドルスも満足そうな顔をしてる。
俺としても、この世界の人間の戦術や集団戦のやりかたは知っておきたい。安全な『模擬戦』でそれを経験できるなら助かる。
それと、この役はリゼットが適任だ。
ハルカはすぐに熱くなるし、白兵戦前提なら、魔法使いのユキノは不向きだ。
鬼族の人たちは戦闘になると熱中しちゃうから、模擬戦には向いてない。
となると、リゼットに『へい』を率いてもらうのがいいな。
「……ただ、我が領土の『へい』は少し特殊だからな」
「そうなのですか? 『辺境の王』よ」
俺の言葉が聞こえたのか、隊長のドルスが聞いてくる。
「やはり、『辺境の王』の直属となると、普通の兵とは違うのでしょうな」
「ああ。俺の『へい』は普段、我が家のまわりを囲んでいる」
「兵が王の住処を守るのは普通だと思いますが」
「いや、『へい』といっても『いしをもったへい』なのだ」
「なるほど。王を守る意思にあふれた兵ということですな」
「というか、『いしでできたへい』なのだが」
「その身は『王を守る意思』で作り上げられていると。素晴らしいですな!」
……どう説明したらいいのだろう。
仕方ない。こちらの手の内を明かすのは気が進まないが、あとで言った言わないの問題になっても困るからな。シルヴィア姫は大事な同盟者だ。我が『へい』の秘密を教えよう。
「実は我が『へい』は『まりょくでうごくへい』なのだ」
「なんと! 『動く鎧』のようなものを使っておられると!?」
「もうそれでいいや」
どうせあとで本人たちが来るからな。
詳しい事情はそこで説明しよう。
「とにかく、我が『へい』は、普段は我が家のまわりで風や砂ぼこりを防ぐ役目をしている。それに『へい』がいないと、子どもたちが勝手に窓から入ってくるからな。いや、『へい』がいても、子どもたちはその守りを乗り越えて遊びにくるのだが」
「…………辺境の子どもというのは強いのですな」
「ああ、俺もいつも手を焼いている」
慕ってくれるのはうれしいんだけど。
「とにかく、我が『へい』はそういう特殊な『へい』なのだ。今、こちらが用意できるのはそれらの『へい』だけだ。そのような者と戦って、シルヴィア姫の兵を傷つけてしまっては申し訳ない。『模擬戦』は、こちらに普通の兵が調ってからにした方が……」
「『辺境の王』のお心遣いに感謝いたします」
シルヴィア姫兵団の隊長、ドルスは俺の前で膝をついた。
「ですが、我らは誇り高きキトル太守家の兵であります。負傷を恐れ、こちらから申し出た『模擬戦』を避けたとあっては、我らの名折れ! どうか『辺境の王』よ。我らに『模擬戦』の機会をお与えください!」
「王よ!」「お願いいたします!」「我らに戦う機会を!!」
隊長さんが叫び、兵士たちがそれに唱和する。
これは……戦わないと収まらないか。
というか、ここで戦いを避けたら、せっかく『暴君』を演じたのが無駄になる。鬼族を恐れさせる暴君が、他の領主の挑戦を避けることはありえない。あんなに恥ずかしかった演技を無駄にしたくはない。
「わかった。ならば、我が兵よ。ここへ!」
「挑戦を受けていただけるか、『辺境の王』よ!」
馬車から飛び出してきた女性が、叫んだ。
金色の髪を後ろで結んで、手には木剣、身体には革製の鎧をつけている。
「私はシルヴィア姫の副官にして、レーネ──いえ、レインと申す者。辺境の蛮族と手を合わせる機会はめったにないため、ぜひ参加させていただきたい」
「……お願いいたします。『辺境の王』よ」
シルヴィア姫は金髪の女性──レインの後ろで、疲れた顔をしている。
「隊長どのにも申し上げたが、我が領土の『へい』は魔力で動く特殊なものだ。それでもいいのか?」
「構いません。兵団には魔物──ゴーレムと戦った者もおります。キトル太守家の兵士の名はだてではありませんよ」
「そうか。ならば、来るがいい……『我が塀』!」
『へい!』『へい!』『へいへいへいへい』『ヘーイ!』
ず、ずずん。
城壁によりかかっていた『意思の兵 (石の塀)』たちが動き出した。
「「「「は? はああああああっ!?」」」」
姫とレイン、兵たちが変な声をあげる。
うん。まぁ、そうだろうな。
こんなところに『塀を伏せて』いるとは、普通は考えないだろう。
俺だって馬鹿じゃない。武装した兵士の集団がいるのに、無警戒ってことはありえない。
村人たちを守れるように『意思の兵』たちを配置しておいたのだ。
塀を城壁に寄りかからせておけば、一体化して見分けがつかなくなる。『意思の兵』の数は20人──じゃなかった、20枚。シルヴィア姫の兵が敵対行動に出たら、いつでも動けるようになっていた。
『模擬戦』に9枚投入しても、残りは11枚。
村の守りとしては十分だ。
「我が兵はこれだ。どうする?」
「……う。あ、ああ」
「当方はこの『意思の兵』9体と、リゼットがお相手いたそう。こっちは攻めるよりも守り重視になると思うが」
『意思の兵』は魔力を食うため、結界内でしか使えない。動きもそれほど速くない。
だから敵の領土を攻めることはありえない。防衛戦オンリーになる。
そう考えると、今回の『キトル太守』の兵との『模擬戦』は、ちょうどいい訓練になる。
大将であるリゼットをどう守るか。防壁──文字通りの──を、どう展開するか。ここで学んで、次に活かそう。
「……敵の兵の弱点はわかっている。敵の兵の弱点は……」
「レインどの?」
「ここで逃げることなどできない!」
敵の副将、レインは木剣を振り上げ、叫んだ。
「『辺境の王』の兵──いえ、塀との『模擬戦』、お願いいたす! この『キトル太守家』の名誉にかけて、実力を示して帰るといたそう!!」
というわけで、俺たちとキトル太守の兵たちは、10対10の『模擬戦』をやることになったのだった。
──『ハザマ村』周辺。更地にしたばかりの平原──
「うん。この木の上からなら、『模擬戦』の様子がよく見えるな」
俺とシルヴィア姫は、平原の隅に残しておいた木の上にいた。
もちろん『模擬戦』の様子を見るためだ。
『翔種覚醒』して空から眺めてもよかったが、それだと『キトル太守』側が警戒する。俺がいつでも手を出せるからだ。だから、木の上で眺めることにした。
シルヴィア姫がここにいるのは本人の希望。
ハルカとユキノが地上にいるのは、俺が姫を人質に取らないという証明のためだ。2人は今、俺の愛妻ということになっているからな。まぁ、2人を止められる奴が兵士にいるとは思えないが。
「ご迷惑をおかけします……『辺境の王』よ」
シルヴィア姫は言った。
彼女はドレスから普段着に着替えて、太い枝に腰掛けている。
「気づいていらっしゃるのでしょう? レインが、わたくしの姉だということを」
「……なんとなくだが」
兵士が『金髪の少女』の言葉を聞いて『模擬戦』を言い出したこと。
シルヴィア姫が血相を変えて馬車に飛び込んだこと。
その後、姫よりも先に、レインが馬車を降りてきたこと。シルヴィア姫の前に立っていたこと。
「そこから考えられるのは、レインが姫と同等か、上位の存在だという可能性だった」
「姉とわたくしは……父の後継者の地位を争ってきました」
シルヴィア姫はため息をついた。
「わたくしは『辺境の王』と出会って変わりました。ですが、姉は……父の後継者として名をなすこと。『キトル太守』の娘であることに、捕らわれているのでしょうね」
「話は後にしよう」
俺は手を上げ、シルヴィア姫の言葉を止めた。
「始まるようだ。この戦い、互いに見届けよう」
審判役の兵士が、笛を吹き鳴らす。
それを合図に、キトル太守家の兵と、リゼットが率いる『塀』が動き出す。
模擬戦の開始だ。
────────────
『辺境の王の直属部隊』対『キトル太守兵団』
『模擬戦』
勝利条件:相手のリーダーの頭の上にある『大将旗』の奪取。または破壊。
『辺境組』
リーダー:リゼット=リュージュ
以下:『意思の兵 (石の塀)』9枚
『キトル太守組』
リーダー:副官レイン(レーネス=キトル)
以下:兵士9名 (全員、革の鎧と木剣で武装)
「突撃の陣形を取る!」
レーネス姫は叫んだ。
彼女の声に合わせて、兵士たちが動き出す。
「臆するな。敵の動きは遅い。側面を突けば容易に倒せる! 兵を2隊に分け、左右より敵を挟撃する!!」
訓練された兵たちは、素早く陣形を整えた。
4人と6人の2部隊。
人数の多い側の後方に、レーネス姫を配置している。
「突撃!!」
そして兵士たちは走り出す。
対するリゼットは──
「方陣を組みます!」
リゼットは配下の『塀』に向かって叫んだ。
「兄さまと話し合って決めた陣形です。あなたたちはこの形が一番強いと! さぁ、お願いします!!」
『ヘイ!』『ヘイ!』『ヘイヘイヘイッ!』
そうして『意思の兵 (石の塀)』たちが取った陣形は──
「「「「箱だ!!?」」」」
レーネス姫の陣から、叫び声が上がった。
「なにそれ! おかしいであろう。完全な正方形ではないか!」
「ですから、方陣です!!」
「「「「そうだけど! 確かに正方形だけど!!」」」」
レーネス姫の陣からは、叫び返すリゼットの姿は見えない。
高さ2メートル近い『石の塀』は正方形を為し、リゼットの姿を完全に隠していた。
「ひ、姫さま!」
「副官レインと呼べ!!」
「レインさま!? 側面ってどっちですか!?」
「……どっちと言われても」
走りながらレーネスは、目線で壁の隙間を探す。
ない。
いや……敵はおそらくこっちを見ている。のぞき見用の隙間くらいはあるのだろうが、ここからは位置がわからない。9体の『石の塀』はがっちりと組み合い、重なり合い、堅い箱形になっている。もはや陣というよりも、あれはひとつの城壁だ。
「だが……それでは向こうも攻め手があるまい。時間切れ狙いか……?」
向こうは確か『防衛戦』と言った。
となれば、守り切った向こうの勝利ということになるのだろう。
「いや……甘く見るべきではない。なにか策があるのだ」
「あの塀、移動はできるものの、動きは鈍そうですな」
隊長ドルスが、姫の声に答える。
「となると、大将旗を取りに出られるのは少女ひとり。彼女がレインさまを狙うという戦術でしょうか」
「なるほど……奴らの作戦が読めたぞ」
レーネス=キトルは、思わず手を叩いた。
彼女も乱世の姫君だ、歴史書くらいは読んでいる。
過去の戦いのことも知識もある。これと同じような戦術の記録を読んだこともある。
たしか、一方の城門に敵を引きつけて、反対側の城門から打って出る。あるいは、逃走するという作戦だった。実に当たり前の、よくある方法だ。
「これは歩兵同士の『模擬戦』というよりも、攻城戦の訓練と考えるべきだろう」
レーネス=キトルは笑った。
面白い。さすが『辺境の王』の配下だ。こんな戦術があったとは。
だが、相手方の作戦は読めている。
「2隊に分けた兵を、北側と南側に移動させる。その上で北側の隊には城壁──いや『塀』を乗り越えさせる。もう1隊は背後に回り、あの少女が飛び出してきたところを押さえ、旗を奪う。これで詰みだ」
「承知いたしました!」
「ふふ。亜人の考える戦術などこの程度よ」
そうして、レーネス姫の作戦は実行された。
──10分後──
『ヘイッ!』『ヘーイ!』『ヘイヘイ!』
「こ、こいつら。お互い寄りかかって──ドアのように展開を!?」
「は、速い!? 重い! お、思ったより、かしこいっ!?」
「姫さま! 開いてる方より脱出します!」
「待て! こちらと同じ作戦かもしれぬ。様子をうかがうのだ! 開いてる方で待ち伏せしてる可能性も──」
「そんな時間は……ああっ。塀が! 塀がああああっ!!」
──15分後──
『『『『『ヘーイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘ────イッ!!』』』』』
「どうしてこうなった!?」
レーネスは叫んだ。
兵たちは一人も倒れていない。けれど、ぎゅうぎゅう詰めの密集隊形。
前後左右から迫ってくる壁のせいで、狭いスペースに全員、押し込められていた。
「も、申し訳ありません……ですが、あの塀は動く上に兵士を振り落とすもので……」
兵士たちは震える声で叫んだ。
訓練を受けた兵士ならば、こんな塀は簡単に乗り越えられる。
だが、それも相手がじっとしていればの話だ。
この塀は動く。しかも叫ぶ。迫ってくる。
端をつかんで登ろうとすれば避ける上に、前の兵士を踏み台に上ろうとすれば距離を取る。
『『『ヘ──────イ? ヘイヘイヘイ?』』』
しかも『ヘーイ。兵士さんたち、びびってるー? ヘイヘイ!』って感じで叫んでいる。
叫びながら四方を囲み、ゆっくりと迫ってくる。
兵士たちはそれを押し返すのが精一杯だ。もはや塀を乗り越える余裕もない。そのようなスペースさえない。塀の隙間は段々狭くなり、レーネスも兵士も、もはや手足を上げることさえできない。
「……シルヴィアは……正しかった」
自分は『辺境の王』を甘く見ていた。超常の力を持つことを知っていながら、見下していた。
配下に兵なし──など、よくもそんなことを思ったものだ。
こちらの兵士は9人。いずれも腕利きで、魔物を倒したことさえある。なのに、それが塀を乗り越えることさえできない。囲まれて、圧迫されて、もはや身体を動かすことさえ難しい。姫も兵士もいっしょくた。狭い箱のなかに閉じ込められているようなものだ。
この『塀の兵士』の守りは、まず破れない。
その上、敵はほとんど攻撃らしいこともしていないのだ。
「だが、足下を狙えば倒せる! ディムスが教えてくれた弱点だ! 足元を狙え!」
「だめです! 奴ら、こっち向きに倒れてきます!!」
塀が揺れた。
それを見て、レーネスはディムスたちの言葉の意味に気づいた。
『この村の塀は足元を攻撃すると (物理的に、こっちに向かって)倒れて (きて)しまう』
(しかも「起き上がらない」とは言ってない)
だから──足元を攻撃してはいけない──そういう意味だったのだ。
『ヘーイ』『ヘイ』『ヘイヘイヘイ!!』
「あああああっ!」「いやだ、来るな。来るなあああああっ!!」
ぐらり。
目の前の塀が、レーネス姫を見たようだった。
やがて、狙いを定めたように、ゆっくりと倒れてくる。
「…………そ、そんな…………」
『模擬戦』──だが、事故はいつでも起こりうる。
彼女の父の領土でもそうだった。白熱した『模擬戦』で、数人の死者が出たこともある。だが、これは違う。自分はこんな辺境で、『塀』に──『ヘーイヘイヘイ』と押しつぶされる立場の人間ではないはずだ。なのに──
「ていっ」
声がした。
軽やかな、少女の声だった。
彼女は斜めになった塀の上に立っていた。まるでステップを踏むように、とんとん、と塀を蹴り、ジャンプ。レーネスの上を通り過ぎる。反対側の塀の上に着地する。
振り返ると、その手にはレーネスの兜についていた大将旗。少女は銀色の髪をひるがえし、優しく微笑んで、告げる。
「『異形の覇王』の配下。『竜将軍』のリゼット=リュージュ。大将旗をいただきました!!」
『ヘイ!』『ヘイヘイ!』『ヘーイ!』『ヘイッ!!』
塀たちは勝ちどきを上げながら、囲みを解いていく。
レーネスが顔を上げると、向こうには彼女と同じく、塀に閉じ込められた部隊の姿。彼女が6枚の塀に囲まれていたのとは別に、向こうは三角形を描く塀に囲まれていたらしい。全員、青ざめて震えている。責める気にもならない。気持ちはわかる。
「……完敗だ……辺境に手を出すべきではなかった」
レーネス=キトルはがっくりと肩を落とし、つぶやいた。
「二度と辺境には手を出さない。私がしたことをすべて告げて、謝罪する。持ち物をすべて差し出しても構わない……だから……どうか、敵対しないで……お願いだから……。辺境こわいわこわいこわいこわい……」
彼女と兵士たちは、膝を抱えて震えるばかりだった。
そんなわけで『意思の兵 (石の塀)』たちは、陣を組んで戦うことを覚えました。
圧倒された、キトル太守家の姫たちは……。




