第46話「覇王と義妹、演技する」
──ショーマ視点──
「待て待て、我が妻よ。そう急かすものではない。客人がおびえているではないか」
「旦那さま!」
「「「「「「王さまのおでましだ!!」」」」」」
俺が村の門を出た瞬間、村人と子どもたち、それにハルカがひざまづいた。
「「「「「「いぎょうのはおう、きりゅうおうしょうまさまにはごきげんうるわしく!!」」」」」」
つらい。
今すぐ頭を抱えて転がりたい。
身につけた黒いコードが (精神的に)重い。
左腕と額を隠す包帯が (精神的に)痛い。
右腕につけたブレスレットが、(精神の動揺に合わせて)発光するのがきつい。
俺の目的は、辺境には力があることを示すこと。触れたら危険な存在がいることをわからせて、手出しする気をなくすこと。
それでいて、その『力のある存在』は、辺境の外のことには興味がないってことを知らしめることにある。そのために「覇王」「暴君」「暗君」の演技をする。外の人間が、手出ししてこないように。
『グォオアアアアアアアアアア』『グルラァァァァァァァァァ』
頭上では『双頭竜』が飛び回ってる。
「静まれ、我が使い魔『双頭竜』よ。たわむれに喚んだ者よ」
俺は手を挙げ、使い魔を黙らせた。
『『────グルルルル』』
漆黒の竜が、俺の頭上で螺旋を描く。
「ひいいいっ。はおうさまが!」「そうとうりゅうにいかりをむけられている!」「あらぶっておられる」「われら、なにかそそうをいたしましたか?」「お怒りならば、どうぞ罰をお与えください、異形の覇王さま!」「さらってー」「つれてって、はおうさま」『へーい』
鬼族の人たちが土下座し、子どもたちがはしゃぎ回る。
打ち合わせで『魔種覚醒した俺が鬼族を威圧する』って言ったからだ。土下座しろとまでは言ってないが。
「……『辺境の王』よ。お詫びにうかがいました」
シルヴィア姫が馬車を降りた。
彼女はドレスの裾を持ち上げ、深々と頭を下げる。
「我が配下、ディムスがあなたの領地を侵したこと、すでに聞き及んでおります。すべては部下の管理がゆきとどかなかった、このシルヴィア=キトルの罪。お詫びのため、わたくしはここに参りました」
「部下……ああ、あの下郎どものことか」
俺は、ぱちん、と指を鳴らした。
『『キュルォオオオオオオオオ────ッ』』
『双頭竜』の身体が砕け、消えていく。
「あんなつまらない者のために、シルヴィア姫みずから辺境までいらっしゃるとは、慈悲深いことだな」
「お詫びの言葉もありません。『辺境の王』よ」
「こちらの被害はなかった。あやつらの罪といえば、妻との時間を邪魔したくらいだ」
『覇王』の口調で、俺は言った。
「奴らは姫に引き渡そう。煮るなり焼くなり、存分にされるがいい」
俺は手を叩いた。
『双頭竜』の滅びる声が準備の合図。
手を叩いたのは、仕上げの合図だ。
「侵入者をお連れしました。旦那さま!」
「ほーら、さっさと歩くといいよ。悪い侵入者さんっ」
再び、村の門が開いた。
リゼットとユキノが剣を手に、侵入者たちを連れてくる。
剣士ディムスをはじめとした男たちは、全員、縛り上げられている。「塀の兵士」にやられて、手足が折れてる者もいる。そいつらは荷馬車に乗せている。
シルヴィア姫ご一行は人手もあるし、怪我人を運ぶくらいはできるだろう。
いいからさっさと連れ帰って欲しい。
「『辺境の王よ』」
「なにか不審な点でもおありか? シルヴィア=キトル姫さま」
「彼らが縛られているのはわかりますが……どうして皆、固く目を閉じているのでしょうか?」
「気になるようなら、目を開けるように命じればいいのではないかな」
「はぁ」
シルヴィア姫は不思議そうな顔をした。
が、すぐに威厳に満ちた表情になり、
「わたくしはシルヴィア=キトルである! あなたたちを引き取りに参った。
なのに……我が顔さえも見ようとしないのは無礼であろう。
命じる。罪をもって『辺境の王』に捕らわれた者たちよ。目を開け、わたくしを見なさい。
そして、慈悲をもって汝等をお返し下さる『辺境の王』に礼をなさい」
「……あ」「……シルヴィア姫、さま?」
男たちが目を開け、シルヴィア姫に一礼する。
そして振り返り、俺の方を見て……視界に入ってしまった、城壁を見て、
「か、かべだああああっ!」「いやだ。壁が来る。おそってくるっ!」「嫌だ。闇夜に壁に──塀に襲われるのは嫌だあああああああっ!!」
一斉に身をよじって、絶叫した。
塀と壁がトラウマになったようだ。
「……彼らになにをなさったのですか『辺境の王』よ」
シルヴィア姫は俺の方を向いて、目を見開いた。
「お知りになりたいのですか、本当に?」
俺はできるだけ不敵に笑ってみせた。
演技するんだよな。「覇王と暴君」だよな。侵入者と、人間の世界の人を威圧するんだよな……。
──深呼吸して自分に言い聞かせる。よし。
「彼らが目にした深淵を見たいと仰せか? 止めはせぬが、戻れなくなっても責任は持てませぬぞ」
「……深淵、と?」
「常の世界の者が目にすることはない……人の器には耐えきることのできぬ深淵。されど異形の覇王にとっては日常。この辺境に住まう者たちも、耐えられぬ深淵を目にすることへの恐怖から俺に屈服し、服従している。
だが、そのような深淵など、我が仇敵が住まう天界の領域には遠く及ばない。姫のごとき高貴なお方ならば、深淵を目にしても正気を保てるかもしれぬがな。その覚悟がおありなら我が翼で導くものやぶさかにあらず。この『異形の覇王 鬼竜王翔魔』と同等の世界を目にするげほんげほんごほんっ!!」
「ショーマ兄さ……じゃなかった王さま!?」「いかがなされましたか? 兄上さま陛下!」「かっこいいですショーマさん!」
「だ、大丈夫……」
あっぶねー……コート着て包帯なんか巻いてるから、中二病時代の感覚が戻りそうになってた。
俺が演じるのは『暴君』で『覇王』だ。元中二病のアラサーじゃないんだ。
……でも、このまま演技を続けるのは危険だな。
「……リゼットがリクエストした役に切り替えよう」
『双頭竜絶対封滅斬』は使った。ユキノのリクエストは果たした。
鬼族のみんなは屈服(お願いした演技)してる。だめ押しはあとでするとして、ハルカのリクエストはOKだ。
残るのはリゼットのリクエスト『女にだらしない暗君』だな。
「我が妻よ。ここに」
「はい! だんなさまっ!」
ハルカが俺の隣にやってくる。
彼女が着てるのは、胸元が大きく開いたドレス──村にあった一張羅──だ。それを昨日、ハーピーの村に行ったときにもらった『長老ナナイラの羽根』で飾り立てている。
「今日は一段と美しいな……妻よ」
「お褒めの言葉、感謝いたします。旦那様」
ハルカは服の裾をつまんで、一礼した。
「されど、我が身では旦那さまのすべてを受け止めるのには不足。至らないこの身をお詫びいたします。我が主君たる覇王には高位の身がふさわしく、姉上やユキノさまに比べれば、このハルカ=カルミリアはもの足らぬかと」
「……なにを言うか」
いや、本当になに言ってるんだ。
どんな練習したんだ、ハルカ。「暗君の妻」の演技、うますぎだろ。
俺の『暗君』の演技よりもよっぽどさまになってる。
「汝は常に我をいやしてくれて──」
「いいえ、旦那様のそばにいるだけで、ボクはすでに夢見ごこち。我が魂は旦那様と溶け合うために生まれてきたもの。旦那様を受け止める器であることに喜びを感じております………」
「…………」
「……旦那様」
ハルカは俺の腕に頬をこすりつけた。
演技だけど、人前でこれは気恥ずかしい……。
「……ショーマ兄さま。ハルカ」「──な……な、な」
俺の後ろで、リゼットとユキノが声をあげた。
昨日、リゼットとユキノとハルカは、ハーピーのナナイラから色々な話を聞いていた。
女にだらしない暗君を演じる──といっても、この世界のそういうものについて、俺には知識がない。
だから情報通のハーピーに話を聞きに行ったんだ。
事情を聞いたナナイラは、ハルカ一人を選んで「知識を伝える」ことにした。
ナナイラの見立てによると、この役はハルカが適任だそうだ。
だからハルカはがんばって、「暗君の妻」を演じているわけだが。
「……えへへ。うまくできてるかな。兄上さま」
自分がなにを言ってるのかは、あんまりわかってなさそうだった。
「……ハルカにこんな才能があったなんて」
「……すごい演技力ですね」
リゼットもユキノもおどろいている。
俺だってびっくりだ。
というか、これ『キトル太守』の姫君の前で宣言してるんだよな。対外的には公式情報になるんだよな……。
「……『魔種覚醒』しといて良かった……」
今の俺は中学生時代そっくりの『中二病スタイル』。
黒いコートを着込んで、腕には包帯、鎖やパワーストーンがじゃらじゃら鳴ってる。不自然に伸びた前髪は俺の顔を半分隠してくれてるし、額の包帯をほどけばもっと隠れる。というか、すでに『魔種覚醒』してる段階で羞恥心はカンスト状態だ。この上ハルカがなにを言っても恥ずかしく──
「ボクはすでに『異形の覇王』の……とりことなっております。この身も魂さえ、王のために差し出す覚悟です。王の仇敵、第八天の女神との戦まで、この身は王と溶け合い、ともにあらんことを……」
──いや、やっぱり恥ずかしい。
ナナイラがハルカを選んだ意味がわかったよ。
こんなの、天然のハルカじゃなきゃ無理だ。
「──ゆえに、ボクの主君『異形の覇王』さまは、その魂の安らぎを与える女性を常に求めているんだ──いるのであります。シルヴィア姫が望まれるなら、その席を用意いたしましょう」
そう言ってハルカはひざまづいた。
皆、沈黙していた。
リゼットとユキノは真っ赤な顔で、村人たちは感動したように──
そして、シルヴィア=キトル姫とその兵士たちは呆然と。
これで『暴君』『覇王』『暗君』はすべてクリアした。
「見ての通りだ。俺は妻を構うのに忙しくてな。辺境の外のことまで手が回らないのだ。シルヴィア姫との同盟を受け入れたのも、辺境を平穏に保つことで、妻との時間を増やすのが目的」
だったら、このまま押し通す。
話をさっさと終わらせて、シルヴィア姫ご一行にはお帰りいただこう。
「されど、辺境に悪意を持って踏み込んでくる者に、容赦をするつもりはない。再び侵入者がこの『ハザマ村』に現れたときは、我が配下の『双頭竜』がお相手いたそう。賢明なるシルヴィア姫には、おわかりいただけることと思うが、どうだろうか」
「……承知いたしました」
シルヴィア姫はドレスの裾をつまんで、頭を下げた。
「侵入者のためにその……愛する方とのお時間が減ってしまったのであれば……お怒りもごもっとも。『辺境の王』のお考えも理解いたしました」
目を伏せて応えるシルヴィア姫。
いいから早く帰ってくれ。こっちの羞恥心も限界だ。
「繰り返すが、俺は辺境で静かに暮らしたいだけだ。キトル太守さまへの敵対の意思はない」
「心得ております」
「レーネス=キトル姫にも、そのように伝えてくれるよう願う」
俺は言った。
シルヴィア姫が固まった。
「……? レーネス姫はシルヴィア姫の姉君なのであろう? その方が今回、侵入者を送り込んできたことは、当人から聞いている」
話したのは剣士ディムスと、その上司の男性だった。
他の者はやとわれただけらしく、なにも知らなかった。
レーネス=キトルの情報はハーピーたちからもらったものだ。彼らは事情通だから、すぐ隣の領土にいる有名人のことくらいは知っていた。
「ここは遠く離れた辺境。ゆえに、なにかの行き違いがあったのであろう。こちらに敵対の意思がないこと、くれぐれもシルヴィア姫からお伝えいただきたい。これで今回の話は収める、ということで、いかがだろうか」
「……ええ、それは願ってもないこと──」
「『辺境の王よ』!! われらキトル太守家兵団より、お願いがございます!!」
不意に、馬車のまわりを囲んでいた兵士たちが、叫んだ。
今、一瞬だけ、馬車の窓から金髪の女性が顔を出していたような。
その横に控えていた兵士がしきりにうなずいていた。誰だ、あの少女は。
「先刻より『辺境の王』の武辺を拝見し、我ら兵士一同、感服いたしました!」
「また、力により亜人の方たちを掌握していること、亜人の少女に心より愛されていることに感動です!」
「『辺境の王』のように偉大な方、武に長けた方に出会う機会は、めったにないこと」
「また、亜人の方々の力を知ることで、皆さまが尊敬に値することもわかるでしょう!」
「どうか、『辺境の王』配下の兵たちとの、模擬戦の機会をお与えください」
馬車の隣にいた兵士たちが、次々に声をあげた。
「……模擬戦?」
「キトル太守家で行っている、互いの『大将旗』を奪い合う訓練のことです……でも」
シルヴィア姫がつぶやき、兵士たちの方を見る。
「お前たち、なにを言っているのです!? 『辺境の王』に直言するなど、無礼にもほどがあろう!!」
「お怒りはごもっとも、ですが、どうにも武心が騒ぐのです」
兜に飾りのついた兵士が前に出た。
鎧も、他の兵士たちより立派なものを身につけている。隊長だろうか。
「我らはレーネス=キトル姫に縁の深い者。『辺境の王』に一手ご指南いただければ、姫さまに王の強さをよりよく伝えることもできましょう。お願いいたします。どうか我らに、王の兵との模擬戦の機会をお与えください!」
馬車のまわりにいた兵士たちは、一斉に、拳を空に突き上げたのだった。
兵士たちの挑戦に対して、ショーマとリゼット、ハルカとユキノは……。
もうひとつのお話「異世界でスキルを解体したらチートな嫁が増殖しました」の、書籍版7巻が発売になりました!
こちらもあわせて、よろしくお願いします。