第44話「覇王、侵入者を迎え撃つ」
──キトル太守領地 とある館で──
「末の妹シルヴィアが、辺境の者と盟を結んだと?」
「はい。レーネス姫さま」
館の応接間。
キトル太守の次女、レーネスはお茶を飲みながら、部下の報告を聞いていた。
「辺境か。あの地に、頼れる者などおらぬと思っていたのだが」
「シルヴィア姫さまの配下だった、ディムスという剣士からの情報です。彼の者は末姫さまの元を解雇され、レーネスさまにお仕えすることを希望しておるようですな」
レーネス姫の前には、白髪の老人が立っていた。
裾の長い衣を身にまとい、白木の杖を手にしている。
「それで爺よ。ディムスとやらは、他になにか言っておったか?」
「辺境に強力な王が出現した、と」
「ぶっ!」
レーネス姫は思わず、飲みかけのお茶を噴き出した。
「盗賊の親玉でも辺境に居座ったのか!? 頭の悪い亜人どもが、それを王だと勘違いしたとでも?」
「どうも、そうではないようです」
「と、申すと?」
「近ごろ領土を騒がせていた黒魔術結社『陸覚教団』の一軍が、亜人に倒されたという報告が入っておりますからな。末姫さまはその報告を耳にして辺境の王とやらに興味を持ったようです」
「ふむ……」
レーネス姫はビスケットをつまみながら、首をかしげる。
彼女は他の姉妹と同じ、金色の髪をゆるゆるとなでながら、ほおづえをついた。
その身にまとっているのは、深紅の衣。ただし袖はなく、動きやすいように、腰にはスリットが入っている。
『キトル太守』家は常にこの国『アリシア』において、宰相、大将軍、大臣を出してきた名家だ。
『アリシア』の権威がゆらぎ、乱世となった今も『キトル太守』家の名声は変わらない。その名を慕って仕官してくる者も多い。
その父に育てられた『キトル太守家3姉妹』も、常に人材を集めるようにしている。武術の腕も鍛えある。
偉大なる父の後を継ぐ者としての、自負があるからだ。
だから、末の妹であるシルヴィアが亜人の王を配下にしたというなら理解できる。
けれど、自ら会いに行くというのは予想外だ。亜人の王には、それほどの価値があるというのだろうか……?
「ディムスは自分に兵を与えて欲しいと申しております。将来の障害とならぬよう、今のうちに亜人の王を除いておきたい、と」
「シルヴィアの味方となる者をか? よくもそこまで考えたものよ」
くくっ、と、レーネス=キトルは笑った。
「ディムスとやらはどれほどの兵を求めておる?」
「20人と」
「なるほど。シルヴィアに気取られずに動かせるのはそのくらいであろうな。いいだろう。くれてやれ」
「よろしいので?」
「兵は金で雇えばいい。こちらの素性がばれぬようにな。統括役を2人つけよ。ただし、暗殺は許さぬ。戦闘能力を奪い、人質とすればよかろう。亜人の王がどのような者なのか、私も興味があるのでな」
「ディムスとやらは亜人の王に恨みを持っているようで……こちらの命令に従いますかな?」
「従わないのなら、それは奴の罪だ」
そういってレーネス=キトルはあくびをした。
「どのみち、辺境に時間をかけてはおられぬ。父はこれから都に向かうつもりであられる。こんな些事に兵力は裂けぬよ。ふふふ」
──数日後。深夜。『ハザマ村』近辺──
「……辺境は人がいないからな。夜に動くようにすれば、隠れて近づくなどたやすい」
剣士ディムスは言った。
全身を黒ずくめの彼は、木の陰から駆け出し、すぐに伏せる。
周囲を見回す。人の気配はない。
ここから先は、『ハザマ村』を囲むように作られた畑が広がっている。畑を取り囲むように設置された木製の柵を見て、剣士ディムスは苦い顔になる。
「……誰もないようだ。よし。全員、ついてこい」
ディムスは手を振る。
それを合図に、森から十数人の男性が現れる。全員、ディムスと同じく黒装束で、手にはダガーを持っている。
城壁を乗り越えるためのロープも、かぎ爪も準備してある。彼らの目的はひとつ。『ハザマ村』に忍び込み、可能ならば『辺境の王』を無力化する。それが難しい場合は、得られるだけの情報を得て帰る。それだけだ。
「いいか。あの木製の柵には触れるな。あれには魔法がかかっている」
「……魔法が?」
「ああ。ただの柵だと思って斬りかかったらえらいめにあったのだ。まぁ、触れなければどうということはないのだが」
「ディムス殿」
「なんだ」
「あの石塀には、どんな魔法が?」
男の一人が、畑を指さした。
作物が生えた地面のあちこちに、適当に石を積み上げて作られた塀が、ぽつん、ぽつん、と立っていた。
「動物除けでしょうか?」
「亜人の考えることはわからぬ。が、用心のためだ。決して触れるな。触れなければどうということはない」
「了解です」「承知した」「問題ない」「行きましょう」「気をつけて」
言葉を交わしながら、ディムスたちは畑へと侵入を開始した。
周囲は星明かりだけが頼りの、暗闇。
城壁の上に見張りはいるようだが、この暗さではわかるまい。あとは見張りの少ない側の城壁を登り、村に侵入すればいい。無力化できなかったとしても、村に火を付けるくらいのことはできるだろう。
「……おれに恥をかかせた罰を受けてもらうぞ。亜人の王よ」
ディムスは歯がみして──それから笑った。
それにしても、なんという亜人の愚かさか。動物に作物を荒らされないようにとはいえ、視界をこんな石塀でふさいでしまうとは。
畑に設置された石塀はその下に、影を作り出している。
そこを選んで進めば、なんなく城壁にたどり着ける。
「こんなこともわからないとは、やはり亜人はただの蛮族なのだろうな。そうだろう。皆」
「まったくです」「同感です」「話にもなりませんな」「その通りです」『ヘーィ』
闇の中、部下たちの返事が返ってくる。
黒装束の集団だ。何人ついてきているかは、声でしかわからない。返事をしない者もいるが、気にしてはいられない。とにかく先に進まなければ。
「……夜は短い。全速で進むぞ」
「わかりました」「承知しました」「がんばります」『ヘーィ』『へいへい』
そうしてディムスたちは進み始める。
すでに畑の3分の1を踏破した。
重要な使命だ。慎重に進めなくてはならない。
「……絶対に、失敗はできぬのだ」
自分はすでに、シルヴィア姫から解雇されている。レーネス姫に拾ってもらったのは、
この上ない幸運だ。次もチャンスがあるとは限らない。絶対に使命を果たさなければ。
さっ。
ディムスは腕を上げる。集合の合図だ。城壁の上を見上げても、見張りの姿はない。反対側の壁に移動したのだろう。そろそろ、走り出してもいい頃だ。
「行くぞ」『へいっ』『へいっ』『ヘーィ!』『ヘイヘイヘイヘイ!』
「馬鹿者。大声を出す奴がいるか。いいか、ここは慎重に──」
剣士ディムスが振り返る。
「…………え?」
彼の背後に、部下は誰もいなかった。
ぐるんぐるん。どっすん。
闇の中に、重そうな音が響いている。
まるで、影絵が動いているようだった。
ディムスたちが横を通り抜けてきた、石塀。
それが元気にステップを踏みながら──回転、転倒、起き上がりを繰り返していた。
「────な? ななななななな!?」
『へい』『へいへい』『ヘーイヘイヘイ!』『ヘイッ!』
闇の中、ときの声をあげる『石塀』たち。
ディムスの部下は、その足元で倒れ、ぐったりしていた。
「──ひっ」
『ヘイ!』『ヘイイ!』『ヘイヘイヘイ!!』
「──く、来るな。来るな。おれを取り囲んでどうする気だ!? やめろ。来るな! くるなああああああ────!!」
『ヘイ!』
『ヘイイ!』
『ヘイヘイ!!』
『『『『ヘイヘイヘイヘイヘイヘイ!』』』』
「ぎぃやああああああああああああああっ!!」
深夜の村に、剣士ディムスの絶叫が響き渡った。
──翌 日──
「覇王さまの使い魔が侵入者を捕らえたぞ!!」
「なんと!? 自動で村を守る使い魔など、聞いたことがない!!」
「さすがショーマ兄ちゃん!」
「……我らが王、『異形の覇王』が守る村に忍び込もうとするなんて……命知らずな……」
朝から、村は大騒ぎになってる。
俺が侵入者についての報告を受けたのは、朝起きてすぐ。
リゼットが朝食を届けに来るついでに教えてくれた。
「侵入者は全員、塀さんが無力化しました」
「あれは動物避けのつもりだったんだけな……」
ユキノに協力してもらって実験した『強化型、石の塀』が意外と便利だったから、村のまわりにも配置してみた。
結界のおかげで魔物はいなくなったけれど、野生動物は来るからな。作物を荒らされないように。
カカシ代わりのつもりだったんだけど、まさか侵入者が引っかかるとは思わなかった……。
「さすが兄さまの使い魔。優秀ですね!」
リゼットは目を輝かせて、俺を見てる。
「昼間は動物避け。夜は侵入者退治。みんなが畑仕事をするときは、畑の外で待っててくれるすぐれものですからね。あんな使い魔、都にいる魔法使いさんだって作れないですよ」
「……そうなのか」
「そうです!」
……おかしいな。
俺はユキノの魔法実験用に、動く標的を作りたかっただけなんだけどな……。
「で、侵入者は武装した男性21名。人を麻痺させる薬草と、城壁乗り越える道具を持参。率いてるのは、こないだシルヴィア姫に解雇された剣士さん……か」
迷惑だな、まったく。
「どうしますか? ショーマ兄さま」
「シルヴィア姫の部下だった奴だろう? 引き渡してあっちで処分してもらおう。面倒だから」
シルヴィア姫とは個人的に同盟を結んだばかりだ。それでいきなり、スパイを送り込んでくるというのは考えにくい。
だとすると、姫さまの敵対勢力が動いたか。あるいはあの剣士さんの独断ということになる。
「敵対勢力のしわざなら、その配下を渡すことでシルヴィア姫に貸しを作れる。今回はそれでいい」
「そうですね。いいお考えだと思います」
「それで、侵入者とは話せるか?」
「はい。かなりの怪我ですけど、命に別状はありません。石の塀さんがいい仕事をしたようです」
「なんで侵入者なんか送り込んで来るんだろうな。俺は辺境を豊かにして、乱世が終わるまで生き延びることしか考えてないんだが」
俺はため息をついた。
「仕方ない。侵入者の奴らには『辺境に手を出すとやばい』というのを、骨の髄まで思い知ってから帰ってもらおう」
「兄さまのお力が見られるのですね!」
リゼットは叫んだ。
すごい食いつきだった。
「よいお考えだと思います。今回の侵入者のように、力しか信じない者もいますからね。ここは兄さま──いえ『異形の覇王 鬼竜王翔魔』さまのお力を示して、無法な侵入者などでは絶対に敵わないことを示すべきでしょう!! その上でシルヴィア姫に引き渡せば、彼らの恐怖が伝染し、ひいては辺境に侵攻しようとする者への抑止力となるかと!!」
「……なるほど」
リゼットの言うことももっともだ。
両目を輝かせて、ふんふん、って感じで鼻息荒くなってるからな。よっぽど自信があるんだろう。
「それで、どんな感じにすればいい?」
「相談しましょう。ハルカとユキノさんも呼んできますね」
そう言ってリゼットは駆け出して行った。
──数分後──
「はいはい! 侵入者をおどすなら、兄上さまがボクを屈服させるのがいいと思うよ!」
「屈服?」
「うん。『異形の覇王』がその力で、亜人のみんなを従わせてるって演技するんだ。鬼族の力でも、兄上さまには敵わないってところを見せれば、侵入者たちも恐れおののくと思うよ!」
一理あるな。
亜人は人間からはさげすまれているけど、力は強い。
その鬼族をあっさりと屈服させるところを見せれば、『鬼竜王翔魔』の強さも伝わるはずだ。
「では、ユキノの意見は?」
「あたしはもう一回『双頭竜絶対封滅斬』が見たいです!」
「……いや、ユキノが見たい技の話じゃないからな」
「でもでも、あの技は『双頭竜』で敵の注意を引くものですよね? だから『双頭竜』はかなり迫力もあり、敵を圧倒することができるんでしょ? つまり『超絶の力を持つ覇王』として、相手の度肝を抜くには一番いいってことよね?」
一理あるな!?
ユキノ、小刻みに身体を揺らして──絶対、わくわくしてるだろ。
それはわかってるが反論できない。確かに『双頭竜絶対封滅斬』は魅せ技──もとい、見せ技だ。相手をおそれさせるには一番いい。『辺境に手を出すとやばい』ってのを知らしめるのにも効果的だ。
「リゼットの意見は?」
「ハルカとユキノさんに賛成です。ただ、もうひとつ付け加えるのがいいかもしれません」
リゼットは手を当て、言った。
「いい機会ですから、兄さまが他者の領土に侵攻する気がないことも伝えたらどうでしょうか。たとえば……酒色におぼれたところを見せるとか」
……酒色?
つまり、酒と色──女?
「俺、酒は飲めないんだけど」
「辺境のお酒はそんなに強くないですよ?」
「体質的に駄目なんだ」
「そうですか……」
リゼットは、なぜか真っ赤な顔になり──
「で、で、では……『色』の方におぼれていただくことといたしましょう」
指先を、つんつん、と合わせながら、そう言った。
「ぐ、具体的には、ですね。リゼットを隣において、こう、肩など抱いていただくのがいいと思います。そして、それっぽい言葉を口にしていただきます。に、にいさまは、リゼットたちをかわいがるのにていっぱいで、へんきょうのそとに、へいをだすきはない……ってことを……わからせる……ように……」
「……リズ姉、真っ赤になってるよ?」
「……おだまりなひゃい……ひゃるか……」
舌も回らなくなってる。
よっぽど恥ずかしいんだな。リゼットは『義』を重んじる性格で、すごくまじめだからな。
そして、その提案には、一理ある。
俺が女にだらしない奴で、領土拡大にも軍事にも興味がないところを見せつければ、手を出す価値がないってわからせられるはずだ。
でも、だらしないだけだとなめられるから……。
「……全部やるか」
シルヴィア姫の家臣にも来てもらうつもりだからな。ちょうどいい。
『鬼族を屈服させる暴君』
『ど派手な力を振るう覇王』
『女にだらしない暗君』
すべてを演じて、『鬼竜王翔魔』に手を出すことがどれだけ無意味か、伝えることにしよう。
そうして『異形の覇王』さんは、様々な王を演じることになったのですが……。
いつも「覇王さん」を読んでいただき、ありがとうございます。
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