第43話「覇王、村の戦闘力について考える」
シルヴィア姫との同盟が成立した翌日──
「俺たちは出かけるけど、リゼットはどうする?」
「……そっとしておいてください。しんでしまいます……」
だめかー。
部屋をノックしてみたけど、小さな声が返ってきただけ。
「……し、したぎもつけずにおそらをとぶなんて……リゼットがあんなはしたないまねを……しかも、にいさまのうでのなかで……」
「まわりに誰もいなかったから大丈夫だろ」
「兄さまがいました!」
「なんかごめん」
「……も、もちろんショーマ兄さまは家族です……家族なんですから、肌を合わせるくらいなんでもないです。なんでもない……はずです」
ごめん。俺は『なんでもない』ことなかった。
服の面積がだんだん小さくなっていくリゼットを抱えて飛んでる間……あちこち見てしまったし色々こっちも緊張しまくりだったんだけど……義理とはいえ妹にそういうのはその……こっちの世界ではどうなんだろう。
わからん。
誰かに聞けることでもないからなぁ。
「……と、とにかく、今のリゼットは少し変な感じなんです……すぐに落ち着きますので、もうちょっとお待ちください。兄さま……」
そう言ってリゼットは黙ってしまった。
というわけで、リゼットは不参加だけど──
俺は散歩がてらに、魔法の実験に出かけることにした。
「兄上さまとおさんぽだ! やったーっ!!」
大きな胸を揺らして飛び跳ねるハルカ。
少しは緊張感を持ちなさい。鬼族最強。
あと、服の帯はちゃんと締めるように。色々危険だから。
「ユキノも、いいよな?」
「いいでしょう」
ユキノは慌てて右腕に包帯を巻き付けながら、言った。
肘まで巻いたところで、上手く固定できなくて──俺の方に腕を差し出す。はいはい。中二病コスだね。結び目作って、あまりを少し流すようにして。先端にほつれを作って戦った感を出して、っと。
「あ、ありがとうございます」
ユキノは深々とお辞儀をしてから、
「それは改めて……こほん。
──ふふふ。あたしの『深淵なる凍結の力』。『辺境の王』にお見せしましょう」
包帯を巻いた腕を顔の前にかざして、ユキノは宣言した。
ポーズを決めるのに意外と時間かかるんだよな。
中二病って。思い出したくないけどよくわかる。
出かける前に、もう一度リゼットの部屋をノックしたけど、反応はなし。
「はいぃっ」と驚いたような声と、ベッドから落ちるような音がしただけ。
とりあえず、リゼットはそっとしておくことにして、俺はハルカとユキノを連れて出かけることにしたのだった。
「このあたりでいいか」
森のはずれで、俺たちは足を止めた。
ここは、森の中にある空間だった。
目の前には、壊れた家や、崩れかけの石塀が点在してる。
「かなり昔に放置された廃村だねー。100年くらい経ってるんじゃないかな」
ハルカは言った。
「辺境にはこういうものが結構あるよ。『廃城』もそうだし、他の亜人が住んでて、魔物が増えたせいでいなくなったところとか」
「その人たちはどうなったんだ?」
「人間に化けて、人の世界で暮らしてると思う。ご先祖さまは『ハザマ村』で一緒に暮らそう、と言ったりしたけど、異種族を嫌う亜人もいるからね……」
辺境もいろいろだ。
「それじゃユキノ。ここで魔法を使ってみてくれないか。ユキノがどんな種類の魔法が使えるか、確かめておきたい」
「ふっ。我が…………仮の主の命令となれば、拒めませんね……」
ユキノは謎のポーズを取ろうとして──止めて、俺に向かって腕を差し出す。
はいはい。また包帯がほどけたんだね。
「ちょうどあそこに石の塀が残ってるから、あれを撃ってみてくれないか?」
「いいけど……動かない標的じゃ、練習にならないかも」
「そうか?」
「あたしは『ユキノ=ドラゴンチャイルド』……全てを凍り付かせる、氷結の魔女。我が罪業は天土よりも深く、そのはじまりは宇宙創成にも似て──」
「その名乗り、最後まで聞いた方がいいか?」
「いえ、フルだと15分かかるので」
ユキノは首を横に振った。
「短く言うと、気分が出ないということね」
「ただの壁相手じゃ全力を出す気にならないのか……」
それは困るな。
いい機会だから、ユキノの最大攻撃力を確認しておきたかったんだが。
『ハザマ村』の弱点は、人が少ないことだ。
俺の『命名属性追加』で武器もエンチャントできるし、『結界』のおかげでステータスも上がるけれど、兵力の少なさはどうしようもない。数で押されたら最悪だ。
だから召喚者である俺のスキルや、ユキノの魔法でカバーするしかない。
そのためにもユキノの最大攻撃力を確認する必要がある、というわけだ。
「兄上さま! ボクが標的になるよ! 要は魔法をばばーんっ! と跳ね返したり避けたりすればいいんだよね!!」
「「却下!!」」
「えー」
「大事なお友だちに魔法を撃てるわけないでしょう!!」
「大事な義妹に危ないことさせられるか!!」
「……えへへー」
怒鳴られたのに、なぜかほっぺたを押さえるハルカ。
「兄上さまが……ボクのこと『大事ないもうと』って言ってくれた……えへへ」
「あのー。あたしもハルカさんのこと『大事なお友だち』って言いましたよね?」
「えへへ。えへへ」
聞いちゃいない。
とにかく、問題はユキノの方だ。
動かない標的じゃ本気を出せない。かといってハルカに魔法を撃つわけにもいかない。
となると、動く標的を作るしかないか。
どうせ放棄された廃村だ。所有者なんかいないし、使えるものは使わせてもらおう。
「発動──『命名属性追加』」
俺は、標的にしようと思っていた壁に手を当てた。
壁の材質は石。つまり、こいつは『石の壁』──いや、違うか。
『コの字』に残る壁の中心には、家の土台が残ってる。
つまりこいつは家を囲んでいた、『石の塀』だ。
「『石の塀』──転じて『意思の兵』と為す。王の命名を受け入れよ。『命名属性追加』!!」
ぎぎぎ。
石の塀が、動いた。
成功だ。
ここは『結界』の中。地面の下には魔力の『竜脈』が通ってる。
『石の塀』に『意思』を与えて、『兵』にするには十分だったようだ。
『…………へーぃ』
「返事をした!?」
さすが『竜帝』スキル。
石の塀を、一時的に俺の使い魔にしてしまったようだ。
「これならいいだろ。ユキノ」
「あ、はい」
ユキノもハルカも、ぽかんとしてる。
「それじゃお前も、できるだけ物理で耐えてみてくれ」
『へぃへぃへぃへぃ!』
石の塀は挑発するように、身体(?)を左右に振ってる。
たとえるならアメリカンでノリのいい『ぬりかべ』だ
「い、いきます! 『氷結の魔女の名において』……」
『ヘーィヘィヘィヘィ!!』
「──うーっ。なまいきな! 『|永劫に流転する氷結王朝の柱』!!」
ユキノの前に、長さ約5メートル。直径数十センチの『氷の槍』が現れた。
数は5本。ドリル状に高速回転してる。
「行きなさい! 『(前略)氷結王朝の柱』!!」
『ヘイヘイヘイヘイッ!!』
ごすっ!
「「おおおおおおっ!?」」
ユキノが放った『氷の槍』を『石の塀』が、受け止めた。
だが、そこまでだ。『氷の槍』は、ドリルのように高速回転している。
石壁はあっという間に削れていく。穴が空く。貫通する!
『ヘイヘイヘイヘイ!』
『ヘイヘイヘイヘイ!』
「──な、なんでえええええっ!?」
ユキノが叫んだ。
俺もハルカも目を見開いて、目の前で起きている光景を見つめていた。
家の土台を囲んでいた塀が、動き始めていた。
石でできているとは思えない素早さで、『氷の槍』を受け止めている塀に駆け寄る。
そうか。
石の塀は『コの字』を描くように残っていた。俺が『強化』した塀は、他の2枚と繋がっていたんだ。俺は気づかずに3枚の『石の塀』に『命名属性追加』を使っていたことになる。
だから1枚目の『石の塀』のピンチに、他の2枚が駆けつけたのか。
『ヘイヘイヘイヘイヘイ!!』
『ヘイヘイヘイヘイヘイ!!』
『ヘ────イっ!』
ごすぅっ!!
貫通されかかった1枚目の壁の後ろに、他の2枚が重なる。
3枚分の防御力で、なんとかユキノの『氷の槍』を防ごうとする。
「すごいよ兄さまもユキノさんも! 伝説の宮廷魔術師だって、こんなことできないよ! ああでもっ、ボクはどっちを応援すればいいの!?」
塀でいいと思うよ、ハルカ。
あいつらもがんばってるけど、結局、ユキノの相手にはなってないから。
べきいいいっ!
『石の塀』が魔法に耐えたのは、一瞬にも満たない間だった。
ユキノの槍はすぐに、3枚目の塀まで貫通し──そして、
『『『ヘ──────ィ…………』』』
『石の塀』は3枚とも、砕け散った。
サムズアップでもしてるみたいな、見事な最期だった。
「…………なんであたし……敗北感を感じているの……」
ユキノは悔しそうに、唇をかみしめてる。
いや、ユキノの魔法は一瞬で石壁3枚を貫通してるから、チートなのは間違いないんだが。
「もう一度やらせてくださいショーマさん! 次はあたし、『ヘイヘイの塀』を秒殺してみせるから!」
「といっても、原型が残ってる塀はもうないからなぁ」
「だったら、村に戻ってからもう一度!」
ユキノは空に向かって拳を突き上げた。
「これは『ハザマ村』を戦闘力を測るために大切なことなんでしょ? だったら、納得いくまでやらせて! あたしの魔法でみんなを守れるってことを証明してみせるから。『氷結の魔女』ユキノ=ドラゴンチャイルドの名にかけて!」
「いや、ひとんちの塀を破壊するのはどうかと」
「村を守るためでしょ! ショーマさん!」
「あのー。ふと思ったんだけど」
不意に、ハルカが手を挙げた。
「塀を壊してユキノちゃんの魔法を試すより、村にある塀を全部『意思の兵』にした方が、村の戦闘力は上がるんじゃない?」
「「あ」」
盲点だった。
「というか、2人とも、自分たちがどれほど桁違いにすごいことしたか、わかってないよね? 兄上さまがみんなの家にある塀を全部『強化』すれば、1軒あたり3枚で、300体の兵士を作れるんだよ? それが並んでダッシュしてくるんだよ? そんなの……ボクが敵なら、見ただけで全面降伏するよ。どーやって戦えばいいのさ」
「…………確かに」
「ユキノちゃんもユキノちゃんだよ。あんな魔法を使われたら、ボクだって相打ち覚悟じゃないと近づけないよ。あの槍を破壊するのは、全力じゃないと無理だからね。自分がすごいことしてるんだって自覚持ってよ」
「……全力だったら壊せるんだ……」
「リズ姉だって『魔法無効化能力』使わないと消せないんだからね!」
「……リゼットさんには通じないんだ……」
「というわけで」
ハルカは、ぴん、と指を一本立てて、告げた。
「とりあえずおうち帰って、リズ姉に相談してみよ?」
そういうことになった。
そうして、村に帰ったあと──
「わかりました。村の皆さんは、リゼットとハルカで説得します」
昼食の席で、リゼットは言った。
『命名属性追加』で『石の塀』を兵士にできること。
いざというときの戦力になること。
『ハザマ村』は古い城の跡地だから、家を囲む塀が結構残っていること。
そんな話を聞いたあと、リゼットは少し考え込むような顔になり──
「と、ところで兄さま」
「ん?」
「この『村長の屋敷』と、兄さまのいる家は、別々の塀で囲まれていますね?」
「そういえばそうだな」
「ご近所さんですよね。まわりには、他に家、ないですよね?」
「ああ」
俺はうなずいた。
リゼットは満足そうな顔で、ハルカとユキノの方を見てから、
「それともうひとつ、兄さまが強化した塀には、リゼットたちが命令することもできますか?」
「……したいのか?」
「非常時にはなにがあるかわかりませんから」
「確かに……俺が村にいないこともあるからな」
「そうですそうです。実験した方がいいと思います」
リゼットが言うのももっともだ。
シルヴィア姫と同盟したとはいえ、まだまだ安心はできない。なにが起こるかわからない。
石の塀を『強化』したのはいいけど、いざという時に動かなかったら困る。
予行練習くらいは、しておいた方がいいな。
「確かに、その通りだな」
「それではそれでは! 試しに、リゼットのおうちと、この村長のお屋敷の塀を『強化』していただけませんか!?」
「わかった。やってみよう」
やってみた。
次の日の朝。
起きたら俺の住んでいる家と、村長の家の塀が合体してた。
というか、移動して、二つの家を囲むかたちに変化してた。
…………おやぁ?
「「「おはようございます!!」」」
家の窓からリゼットが手を振ってる。
ユキノは恥ずかしそうに、玄関からこっちを見てる。
ハルカは寝間着姿で、魔力を取り込む体操をしてる。動くたびに帯がほどけてるけど、いいのかそれで。いいんだろうな、家族だから。
「よく考えてください、兄さまは『辺境の王』なんですよ?」
リゼットは腰に手を当てて、宣言した。
「王の住む家は、この村の中枢です。一番、守らなければいけないところです。ゆえに『石の塀』を兵士として使えるのならば、最も多くの兵に守られている場所でなければなりません。この状態なら、2軒分の兵を合わせて6枚。通常の倍の兵力に守られていることになります。最強です!」
つまり、俺に塀を強化してくれって頼んだのはそういうことで。
家を囲む塀も、素直にリゼットの言うことを聞いてしまった、ってことか。
敷地はひとつになり、リゼットの家は村長の屋敷の『離れ』に変わった。
通りかかる村人さんたちは「おーっ」と感心するだけ。「すごい、覇王さま!」「こんなことができるなんて、覇王さまのお力にびっくりです」って。やったのはリゼットだけどな。
「考えたな、リゼット」
「え?」
「村の人たちに、自分ちの『石の塀』を『強化』するよう説得するには、こうするのが一番だよな。俺たちがまず、『強化』するとどうなるのかを見せる。そうすると村の人たちも結果がわかるわけだから、安心して『強化』を受け入れることができる。そのためにこうしたんだろう?」
「…………そうです」
なんだ今の間は。
「……そういうことなら仕方ないか」
結局、なしくずしに同居みたいな形になってしまったけどな。
あとで村の人たちを集めて、塀の『強化』について説明しよう。そうして村にある塀を全部、強化すれば、俺も安心して旅に出られるからな。
「ありがとな、リゼット」
「…………そんなそんなこまります。ほめられると……ほめられるとリゼットはぁ…………」
そんなわけで、いつの間にか集まって来た村人たちにより、家のまわりは大騒ぎになり──
「……ごめんなさいショーマ兄さま。家族は一緒に暮らすものだと思って塀を勝手に動かしましたごめんなさい。他の理屈は全部あとづけなんですごめんなさいいいいいいいい」
リゼットが小声でつぶやきつづけている言葉について、俺がハルカから教えてもらうのは、ずっと先のことになるのだった。
いつも「覇王さん」を読んでいただき、ありがとうございます。
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