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第42話「辺境の王と、姫君の会談(遭遇編)」

 ──会談当日 辺境近くの平原にて──




 俺たちが街道を歩いていると、向こうから2台の馬車がやってきた。


 1台は、木材を積んだ荷馬車。


 もう1台は、屋根と窓がついた箱馬車(はこばしゃ)だった。(よろい)を着た兵士たちが、その横を歩いている。


 向こうが俺たちに気づくと、荷馬車の方が、すぅ、と、停まった。


 老人が御者(ぎょしゃ)をしている箱馬車だけが、ゆっくりとこっちに近づいてくる。


「……御者の方、こないだ村に来たご老人ですね」


 隣を歩くリゼットが言った。


「ということは、あれがシルヴィア姫の馬車でしょうか。兄さま」

「たぶんな。商人に偽装してくる、って手紙には書いてあったから」


『シルヴィア姫』はお忍びでここに来ることになっている。

 そのため他の太守や、シルヴィア姫の姉妹にさとられないように、変装してくることになっていたのだ。


「馬車を守るのは御者が1名、兵士が1名。同行者2名だから、数は合うな」


 つまり、シルヴィア姫は約束を守った、ということになる。

 意外だった。


「近くに伏兵は……いませんね」


 リゼットが左右を見回して、首を横に振る。鬼族のガルンガさんも同じようにする。

 俺たちがいるのは、辺境と『マワリ村』の中間地点だ。


 街道の左右には、見晴らしのいい平原が広がっている。視界をさえぎるものはなにもない。兵士が隠れていればすぐにわかる。平原のさらに先には森と、背の高い草が生えた河原がある。だが、ここからは距離がある。異常があったら、こっちはすぐに逃げられる。


 箱馬車が、俺から10数メートル離れたところで、停まる。

 馬車の扉が開き、白い服を着た少女が降りてくる。


 最初に目に入ったのは、白いドレスだった。刺繍(ししゅう)のほどこされた、高級そうなものだ。元の世界の写真で見たことはあるけれど、こういうのを目の当たりにするのは初めてだ。それはリゼットも同じみたいで、彼女は自分の普段着と見比べて、はぅ、と、ため息をついてる。


「偉大なる父上『キトル太守』の末娘、シルヴィア=キトルです。はじめまして『辺境の王』よ」


 少女は馬車を降りて、軽く俺たちに頭を下げた。

 少しつり上がった、きつい感じの目でこっちを見ている。


 俺たちは、互いに距離を取って向かい合っている。

 お互い、完全に信用したわけじゃない。なにかあったらすぐに対応できるように。


「初めてお目にかかる。俺は辺境に住まう者でショーマ=キリュウ。皆からは『辺境の王』という過分な名で呼ばれている」


 俺はシルヴィア姫に向かって、告げた。


「わざわざここまでお越しいただいたこと、感謝する。シルヴィア姫。辺境まで来てくださったあなたの勇気に、敬意を表する」


 王っぽい話し方って、こんな感じでいいのだろうか。

 人間の権力者に対して、卑屈になるわけにはいかないけれど、高飛車に出て相手を怒らせたらなんにもならない。

 その辺のバランスが難しいな。こんな感じでいいのか……?


「……『辺境の王』こそ、わたくしを過分に評価しているのではなくて?」

「会談に応じてくれたことへの感謝のようなものだ」

「それはそれは」

「あなたは同行者2名という約束を守り、俺の目の前に立っている。『辺境の王』の前にな。その勇気をたたえるのは当然であろう。もしも姫が望むのであれば、仇敵の女神さえも恐れた我が力をあなたには振るわないと『異形(いぎょう)覇王(はおう) 鬼竜王翔魔(きりゅうおうしょうま)』の名において約束をげふんげふんごほんっ!」


 俺は思わず口を押さえた。

 あっぶねぇ……。開く扉を間違えた。

 開くのは『中二病の扉』じゃない。『現実処理能力の扉』だ。

『辺境の王』なんて呼ばれたせいで『鬼竜王翔魔』が顔を出しかけてた。やばい。


「とにかく、交渉のテーブルに着いてくれたことに感謝している。それだけだ」

「……こちらには、部下が無礼を働いたという弱みがありますので」


 シルヴィア姫は上目遣いに俺を見て、告げた。


「……ディムスは解雇いたしました。すでにわたくしの元にはおりません」

「ディムス……?」


 ああ、いたなそんな奴。

 柵を壊しそこねて、ハルカに吹っ飛ばされた奴だ。

 そうか、奴はクビになったのか。


「お気遣いなく。それより、同盟の条件について確認させていただけるだろうか?」

「条件は簡単です。『シルヴィア=キトルとの不戦協定』『シルヴィア姫の領地と、ハザマ村との情報共有』ですわね」

「簡単に言うと『互いの領土には攻め込まない』『重要な情報は共有する』ということだろうか」

「ええ。その通りです」


 俺は肩越しにリゼットの方を見た。

 彼女は、ぶんぶんぶん、と、勢いよくうなずいてる。

 亜人(あじん)のみんなから見ても、なかなかの好条件のようだ。


 特に『不戦協定』は重要だろうな。『キトル太守』の息女が、亜人の村を対等の相手だと認めたことになるから。

『情報共有』もありがたい。

 辺境には人間社会の物価とか、物流などの情報が入ってこない。

『ハザマ村』周辺の開拓が進んで、作物がたくさん採れるようになったとき、その手の情報が重要になるはずだ。


 こっちとしては問題はない……のだが。

 元の世界の常識として「うまい話には裏がある」っていうのがあるからな。

 一応、確認しておくか。


「そこまでの好条件を出される理由を教えていただけるか?」


 俺は言った。


「ご不満か?」


 シルヴィア姫は首をかしげた。


「……確かに、あなたをスカウトして、断られたらすぐに同盟に応じるというのは、不可解に思われるかもしれませぬが……」

「不快に思ったのであればお詫びするが」

「いえ、もっともな疑問だ。人間が亜人を辺境に追いやった歴史は、わたくしも存じているので」


 シルヴィア姫は、少し考え込むような顔をしてから、


「同盟を急ぐ理由は、我が父が背後を狙われないためです」


 日傘の影から、一歩、前に出て、そう言った。


「『キトル太守』と呼ばれる我が父上には大望があるのです。この乱世を鎮め、新たなる王朝で高位につくという大望が。わたくしは娘として父を助けるため、人材を集め、戦略を練っている。それだけなのですよ」

「……なるほど」


 わかりやすい。

 要するに、このシルヴィア姫の父親『キトル太守』は天下を収める目標がある。それを助けるため、このシルヴィア姫は人材を集め、裏で根回しをして、いざ戦乱になったときに背後を突かれないようにしている。そのために亜人を味方につけようとしている、ということか。


「で?」

「で、とは?」

「いや『キトル太守』が天下を取ったあと、辺境に攻めてきたりしないだろうかと思ってな」

「…………」

「『キトル太守』が天下統一を成し遂げたら、当然、辺境も自分の領土にしようと思うだろ? 天下がそっちの領土になったとき、辺境だけ独立を保つということは可能なのか? それまで不戦同盟は有効ということでいいのか?」

「…………」


 ちょっと待て。なんで目をそらした。


「言っておくがこの場所は、人の手に余るぞ」


 俺は言った。

 シルヴィア姫は、少し眉をつり上げて、


「あなたの手には負えるのですか?」

「……『辺境の王』だからな」

「不思議ですね。わたくしは、あなたを信用したくなってまいりました」

「なぜ?」

「かつて、わたくしには亜人の友だちがいたのです。小さい頃……3姉妹それぞれに派閥(はばつ)ができて、ピリピリしていた頃。はぐれたハーピィを助けたことがございました」


 シルヴィア姫は、遠い目をしていた。


「けれど、すぐにいなくなってしまった。そのとき、わたくしにはわかったのです。亜人は人の(ことわり)に捕らわれないものだと。あなたもそうなのでしょう? 『辺境の王』」

「おそらくは」


 俺たちは、しばらく無言で立っていた。

 シルヴィア姫は少し考え込むようにうつむいて、それから、左右いる部下の顔を見た。

 老人と、日傘を持った兵士──2人の表情は変わらない。


 リゼットが俺の手を握っている。

 細い指で、俺の手のひらに文字を書いてる。「いざとなったら、あの力を使います」って。

 俺は即座に指で「バツ」を作って見せる。


 先日与えたあの力はかなりやばいから、ここでは使用禁止って言ってあるのに。


「繰り返しになるが、俺の望みは──いや、辺境の望みは放っておいてもらうことだ」


 俺は言った。


「その確認のために、俺はここに来た。シルヴィア姫はどうお考えか?」


 できれば早く決めて欲しい。この口調、かなり疲れるんだ。


「いいでしょう。わたくしとあなたの恒久的(こうきゅうてきな)な不戦同盟を結びましょう」


 しばらくして、シルヴィア姫が口を開いた。


「あくまでもシルヴィア=キトル個人として、あなたと同盟を結びたい。仮に父が辺境に兵を向けることになった場合、わたくしは兵を出さないことを約束します。……3姉妹の3女として、暗殺におびえてきた直感が言うのです。あなたを敵に回してはいけない、と」

「同盟は文書にして?」

「文書で。シルヴィア=キトルがそう望んでいることが、皆にわかるように。後ほど、清書して使者に届けさせる」

「感謝する」


 そうして俺とシルヴィア姫は離れた。

 同時に、彼女が大きく息をつくのがわかった。


 兵士を間に挟んでいるとはいえ、亜人の王が側にいたのだ。そりゃ緊張するよな。

 向こうにとってみれば猛獣と一緒にいたようなものだろうから。


「ひとつ、お詫びを申し上げておかなければいけません」


 不意に、シルヴィア姫がこちらを見た。


「万が一、あなたがわたくしに害を成そうとした時のことを考え、兵を伏せてあります」


 シルヴィア姫は平原の向こうにある森と、河原を指さした。

 

「約束はあくまでも『同行者2人』。この場にいるのは2名です。間違ってはいません。このことを伝えるのは、律儀に約束を守ったあなたたちへの敬意、と考えてください」

「なんですかそれは!」


 リゼットが剣の柄を握りしめ、声を上げた。


「ショーマ兄さまはあなたを信用してここまで来たのですよ!?」

「ですから、お詫び申し上げております」


 シルヴィア姫は金色の髪をかきあげ、言った。


「『辺境の王』が、どのような方かわかりません。供の者に勧められ、どうしても、と」

「提案したのは、(わし)だ。不快に思われたのなら斬り捨てるがいいでしょう」


 御者をしていた老人が、前に出た。


「ですが、シルヴィア姫さまは幼少の頃から暗殺者(あんさつしゃ)に狙われており──」

「よせ、ドーガル。姉妹のことを話しても『辺境の王』が不快に思われるだけだ」

「……失礼いたしました」


 老人ドーガルは動かない。こっちに首を差し出してる。


「いざとなったらこちらを射殺すつもりだったと?」

「殺すつもりはない。動きを封じて、わたくしたちが立ち去る時間を作るだけ」


 俺の問いに、シルヴィア姫は目を伏せて答えた。


「だが、飛び道具ではあなたも被害を受けるのでは? シルヴィア姫」

「そのための対策はしてあります」


 シルヴィア姫が言うと、日傘を持っていた男性が、小さく呪文を唱えた。

 同時に、日傘をこちらに向けて倒す。表面に、半透明の盾が浮かんでいる。


「……防御魔法です。ショーマ兄さま」

「魔力を凝縮(ぎょうしゅく)して半透明の防御フィールドを張る奴か」

「わかるのですか!?」


 そりゃ元の世界でイメージトレーニングしてたからな。

 すぐに飽きて、攻撃系に切り替えたわけだけど。


「なるほど。飛び道具を防ぐ準備はしてあるわけだ」

「重ねて失礼をお詫びする。『辺境の王』」

「それはいい。だけど、ひとつ確認させてくれ」


 俺は言った。

 大事なことだからな。ちゃんと確認しておかなければ。


「姫さまの兵士は、本当に森と、河原の草の中に隠れているのか?」

「いかにも。数名ごとに分散して配置しております」

「少人数で分散している? 10名ずつくらいか?」

「3名ずつ。合計30名ほど」

「合図かあるまで、動かないように命令してある?」

「厳命を」

「わかった。今すぐここに呼び集めろ。死人が出るぞ」


 俺は言った。

 周囲に、沈黙が落ちた。

 リゼットとガルンガさんは、俺の言いたいことがわかったのだろう。口を閉じて、耳を澄ましている。

 シルヴィア姫と兵士たちは、きょとん、としている。

 だが、その顔が徐々にこわばっていく。俺に聞こえたものが、彼女たちにも聞こえたのだろう。


「……ぐぁ。く、来るな」「……辺境の魔物は一掃されたのでは……?」「固い……なんだ、このゴブリンは……」


 河原と森から聞こえる、兵士たちの悲鳴が。


「魔物!? どうして!?」

「辺境に魔物が多いことは『キトル太守』のご息女なら知っているはずだろう?」


 魔物は基本的に──誰かに操られているなら別だが──自分より強い集団は狙わない。

 その辺の習性は野生動物と変わらないらしい。

 だから、20名近くの兵士に囲まれている『シルヴィア姫』は狙われなかった。

 俺たちが狙われなかったのは、すぐ近くまで飛んできたからだ。


 だが、森や草むらで孤立している兵士は違う。

 3人1組なら少人数だ。普通に魔物は攻撃してくる。

 しかも兵士は動かないように命令されている。声も出せない。魔物にとっては格好の獲物だ。


「魔物がいる辺境に、兵士を分散して配置したら、そりゃ(おそ)われるだろうよ」

「……あなたは『辺境の王』ではないのですか?」

「それが?」

「あなたは言ったはずです。辺境の魔物は、自分が駆逐(くちく)したと。ならば、こんな場所に魔物がいるはずがないではありませんか!!」

「『中立の場所』で会談しようと言ったのはそちらだろう?」

「──!?」

「だから、この周囲の加護を解除した。ここは現在、俺の領土ではない。だから魔物が現れた。それだけのことだ」


 昨日、ハルカと一緒に『結界』の調整をしたのはそのためだ。

『結界』は大地の魔力を利用して展開している。だから魔力切れになることはないし、結界内部にいる間は、武器や道具の『強化(エンチャント)』も継続する。魔物も入って来ることはない。


 けれど、シルヴィア姫が要求したのは、あくまで『中立な場所』での会談だ。

『結界』があったら、そこは俺の領土扱いになってしまう。だから『ハザマ村』の『結界』を変化させて、このあたりだけ欠けた形にしてみた。そしたらできた。


廃城(はいじょう)』と『(とりで)』の結界はそのままだから、ハーピーと『マワリ村』に魔物が出ることはない。『ハザマ村』の人たちには、外に出ないように言ってある。街道を進むキャラバンがいるかどうかは、ハーピーたちに確認してもらった。


 あとは会談を済ませて、さっさと『結界』を最大に戻すだけだったのだ。


「『辺境の王』は約束を守った。魔物が戻ってきたのは、ただの結果だ。そちらが兵士を伏せておいたりしなければ、なにも起こらなかったんだよ」

「あああああああっ!!」


 俺がそう言ったとき、絶叫が起こった。

 河原から数名の兵士たちが駆けだしてくる。身体がぐにゃぐにゃしている。目が、ぐるぐる回っている。


「『ブラックセンチビード』の毒です!」


 リゼットが声をあげた。


「河原には幻惑(げんわく)系の毒を持つ大ムカデ『ブラックセンチピード』がいるんです! だからこの季節は、辺境の者だって河原には近づかないのに!」

「まずいな。あれじゃ同士討ちになるぞ!」


 俺は姫さまに向かって叫んだ。


「兵士たちに告げる! あの兵士たちを押さえよ! 他の者は河原と森へ! 襲われているものたちを救出に向かえ!」

「いや、半数は残れ、姫さまの護衛だ!!」


 シルヴィア姫と、おつきの老人が指示を出す。

 兵士たちは武器を手に、すぐに動きはじめる。


「……こんなことが……まさか……」

「ここが辺境なのですよ。シルヴィア姫」


 震えるシルヴィア姫に、リゼットが言った。


「ショーマ兄さまがそのお力で平穏にしてくださっているだけなのです。本来は魔物がはびこり、街道を行くのにも危険がともなう。それがこの場所なのです。おわかりになりませんか? シルヴィア姫さま」

「…………あ、あ、あああ」

「『キトル太守』さまが辺境をご自身の領土にしようとするなら、リゼットたちはどこまでも逃げるでしょう。

 もちろん、侵略者に兄さまの加護は与えられません。太守さまの軍は魔物の群れの中を進むことになります。

 ゴブリンがうろつく森で天幕を張り、人食いの『ブラックハウンド』が群れを作る中で眠る。そんな状態で戦争ができると、本当にお思いなのですか?」

「…………」


 シルヴィア姫は言葉をなくしている。


「……兄さま。リゼットは怒っています。人間の姫の嘘に」


 リゼットが強い視線で、俺を見た。


「ショーマ兄さまは、約束を守り、リゼットとガルンガさんだけを連れてここに来ました。なのにシルヴィア姫は、兵士をたくさん連れてきた。それだけならまだ許せました。でも、兄さまを射るための兵士まで伏せさせていたんです。義を重んじるリゼット=リュージュの名にかけて、この嘘を、見逃すわけにはまいりません」

「どうしてもか?」

「どうしてもです」

「……わかった。ただし、見せるだけにしときなさい」


 俺は言うと、リゼットは真剣な顔でうなずいた。


「なにをする気だ。亜人の娘!」

「なにもしません。ただ、その『防御フィールド』を、こちらに向けてはいただきたいだけです」


 リゼットの言葉に、シルヴィア姫がうなずく。

 姫の側に控えていた兵士が、こっちに『日傘(ひがさ)』を向けた。


「……ふっ」


 日傘を持つ兵士は、笑っていた。


「亜人ごときが、これをどうにかできると? やってみればいいさ」

「ひとつお教えしましょう。あなたたちがもし、ショーマ兄さまに矢を向けていたとしたら……傷つくのはあなたたちだけだったということを」



 リゼットはそう言って、足元にあった枝を拾い上げた。


「兄さまにいただいた新しい名前がある限り、リゼットに一切の魔法は通じないのだと!

 目覚めなさい。リゼットのもうひとつの名前──その名は『理絶途(リゼット)流呪(リュージュ)』」


 リゼットは小枝を振り下ろした。


 さくっ、と。


 日傘の前に展開されていた『防御フィールド』が、まっぷたつに裂けた。


「……え?」

「亜人め!! 姫さまになにを!!?」


 遠目で見て、かんちがいをしたのだろう。

 シルヴィア姫が襲われてると思ったのか、ローブを着た兵士がリゼットに向かって小さな火球を放った。


「通じませんよ」


 リゼットはそれを、手にした小枝ではたき落とした。

 次々と。

 まるで高貴な舞を踊るように、飛んでくる魔法を消していく。


 これが、俺がリゼットにかけた『命名属性追加(ネーミングブレス)』の力だ。

 俺は『リゼット=リュージュ』という名前に、新しい属性を与えた。


 いろいろ考えたんだが……本人の希望により、つけた名前は『理絶途(リゼット)流呪(リュージュ)』。

 見た目は中二病を通り越していびつだけど、能力は高い。


 なにせ、すべての『(ことわり)』を『途絶(とぜつ)』させて、『呪文』を『流し去る』力を得たのだから。


 これにより、リゼットが触れた魔法はすべて無効化される。

 防御魔法も、攻撃魔法も。

 兵士たちがどんな魔法を使おうが、リゼットには通じない。


 ……ただ、リスクがあるから『使用禁止』にしていたんだ。


「やめなさい!! こちらに非があるのです。やめなさい!!」


 シルヴィア姫が叫んだ。


「『辺境の王』よ!」


 がばっ。


 いきなりだった。

 シルヴィア姫が、俺の目の前で頭を下げた。


「わ、わたくしが間違っておりました! 辺境は手を出せる場所ではなかった!」


 その声に、兵士たちが動きを止めた。

 全員黙って、震える姫さまを見つめている。


「ぜひとも『恒久的な不戦同盟』をお願いします。父はわたくしが説得します。どうか……お願いします」

「もちろん。同盟を望んだのは、こちらなんだから」


 俺とリゼットとガルンガさんは視線を交わした。

 別にこっちは『キトル太守』と敵対したいわけじゃない。

 こっちに敵対するつもりがないとわかってくれれば、それでいいんだ。


「──『竜種覚醒(りゅうしゅかくせい)』──『竜咆(ブレス)』!!」


 街道に、炎の柱が立った。

 兵士も、魔物さえも、一瞬、動きを止めた。

 俺が真上に向かって放った、最大出力の『竜咆(ブレス)』は巨大な狼煙(のろし)となり──




 ──同時刻、『ハザマ村』──




「ハルカさん! 巡回に出てたハーピーのロロイさんから連絡よ! ショーマさんの『竜咆(ブレス)』の炎を確認したって!」

「よっし。じゃあ、魔法陣の『結界』を最大出力で展開するねー!」




 ──同時刻、辺境近くの平原で──




『オオオオオオオオオ』『ギャアアアアアアアアアア!!』『グォアアアアアア!!』


 魔物たちの絶叫が上がった。

 俺たちの周囲を、光の粒子が舞っていた。ハルカが『結界』を展開しなおしたんだ。

 光はすぐに消えて、周囲は元の景色を取り戻す。


 そして『結界』の中にいた魔物たちは──


『……グァ』『……キュウ』『(シュン)』


 一匹残らず、消滅した。

 低レベルの魔物ばかりだったからな。仕方ないな。


「……はぁ」「な、なにが……」


 兵士たちは荒い息をついている。

『幻惑の毒』を喰らった者は、まわりの兵士に取り押さえられている。問題ないな。


「それでは姫さま。俺たちはこれで」


 俺は言った。


「同盟の文書が届くのをお待ちしている。本日は遠くまでご足労、感謝する。帰路に魔物は出ないはずだが、どうか、お気をつけて」

「兵士のみなさま、先ほどは失礼しました。ご無礼をお許しください。それでは」

「失礼する」


 そう言って、俺たちは足早にその場を立ち去って──




「リゼット、大丈夫か?」

「だ、だいじょぶですけど……兄さま。できれば、急いで村に帰りたいです……」


 リゼットは赤い顔で、俺に寄りかかっている。

 足元がぎこちない。胸を押さえて、なんとか歩くのがやっとだ。


「わしは走って戻りやす。王さまは、リゼットさまを空路で運んであげてくだせえ」

 

 しゅた、と、手を挙げて、鬼族のガルンガさんが走り出す。

 その言葉に甘えよう。リゼットには時間がない。なにせ──




理絶途(リゼット)流呪(リュージュ)』の力は、リゼットが触れているものの(ことわり)を途切れさせる。

 そのため、発動の後遺症(こういしょう)として、リゼットの着ている服の繊維(せんい)を途切れさせてしまうのだ。


 影響を受けるのは、リゼットの肌に触れた服、すべて。

 あらゆる布地は解けて糸になり、結び目はひとつ残らずほどけてしまう。

 だから──




「ちょ……お願いです。ショーマ兄さま、もっと……ゆっくり」


 俺の腕に、リゼットがしがみついてる。

 俺は『翔種覚醒(しょうしゅかくせい)』して飛び上がり、そのまま『ハザマ村』に向かっている。空路なら1時間もかからない。けれど、その間にもリゼットの服はどんどんほどけていく。


「……だからあの力は使うなって言ったんだ」

「『()』のためです! 約束を破って兵を伏せるような相手を、リゼットは許せま……あぁっ、ス、スカートが端からほどけていきます! は、はしたないです……こんな、兄さまのお側で……」

「今度から、俺がいいって言うまで使わないようにな」

「時と場合によります!」

「ぶれねぇな、リゼット」

「『義』と兄さまの名誉のためです。こ、これくらいのこと、へっちゃら……あぁ、兄さま大変です!」

「今度はどうした」

「下着がほどけて落ちそうです! ショ、ショーマ兄さま、ちょっと押さえていただいても……うわああああん。リゼットはなんてはしたないことを! 竜帝さま、ごめんなさいいいいっ!!」

「がんばって、あとちょっとだから……」


 ……アラサーの社会人として、ほどけた白い布が地上にひらひら落ちていくのは……見ないことにして。

 俺は全速力で『ハザマ村』を目指したのだった。


 対人用の『命名属性追加(ネーミングブレス)』は、もうちょっと研究が必要だな。







 ──そうして、残されたシルヴィア姫たちは──




「……辺境に手を出してはならぬ」


 馬車に乗り込みながら、シルヴィア姫は言った。


「『辺境の王』を敵に回してはいけない。皆に厳命(げんめい)するのだ。あの者は……父の宿敵と同等か……あるいはそれ以上の力を持っている。いいな。『辺境に手を出すな』これを、『キトル太守家』の座右の銘とする!」


 そうして、城に戻るまでずっと、姫は同じ言葉を繰り返し、兵たちに伝え続けたのだった。





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