第41話「辺境の王と、姫君の会談(準備編)」
シルヴィア姫からの書状に書かれていたのは次の3点。
・亜人を統べる王と対等な同盟を結び、不戦を盟いたい。
・同盟の条件については当日、話し合って決める。
・会談の場所は、お互いに中立の場所が望ましい。
・同行者はお互い2名のみ。
──以上だ。
要は、権力者にアポを取って面会して契約内容を決めるような感じか。
元の世界でもやったことがないハイレベルなイベントが来たな……。
正直、面倒だから断りたい。けれど、相手は権力者だ。向こうが下手に出てきてるのに断ったら、それを理由に『ハザマ村』へ侵攻──なんてこともありうる。難しい。
「みんなの意見を聞かせてもらえるだろうか?」
そんなわけで、俺はリゼット、ハルカ、ユキノの意見を聞くことにした。
「ボクはあの人たち嫌いだから反対」
「いきなり直球すぎる回答だな。ハルカ」
「だって、兄上さまに剣を向けた人たちの主君だよ? 信用できないよ!」
ハルカは拳をテーブルにたたきつけた。
力は加減してる。ハルカがまともに叩いたら、天板が割れるからな。
「ガルンガ叔父さんたちも同意見だと思うよ。そりゃ『キトル太守』さまに認められたとなれば、亜人の扱いも良くなるかも知れないけど……ボクは、兄上さまに剣を向けた人の主君に頭を下げるのは嫌だよ」
「話だけ聞きに行くとしたら?」
「ボクは問答無用で棍棒を振るっちゃうと思う」
ハルカは留守番だな。
ハーピーたちにも話を聞いてみたけど、シルヴィア姫の情報はなかった。ハーピーたちは外見が人間と違いすぎるせいで、町や村には入り込めない。ただ、空の散歩をしてるとき、『キトル太守』の軍勢っぽい集団が演習をしているのを見かけたと言っていた。わかるのはそれくらいだ。
「リゼットの意見は?」
「ショーマ兄さまとシルヴィア姫が会うことには賛成です。領主の娘さんと会う機会など滅多にありませんからね。味方にできる機会を逃すのはもったないと思います」
テーブルの向こうで、リゼットがうなずいた。
「ただ、やはり相手がどんな人物かわかりませんので、それなりの準備をしていくべきかと」
「シルヴィア姫は昔、亜人に親切だったという噂はあるんだよな?」
「確信はありません。まずはショーマ兄さまの身の安全が最優先ですね」
「やっぱり……情報がなさすぎるか」
人の領域の情報は、この辺境までは届かない。
元の世界で戦争時代、スパイが重要だったってのもわかるな。
「ユキノは都から旅してきたんだろ? そういう情報は持ってないか?」
「あたしは『真の主』を探すのでせいいっぱいだったから……」
ユキノは申し訳なさそうに言った。
「それに、子どもっぽいせいで、酒場みたいに情報集まるところには入れなくて」
確かに。
テーブルから出ているユキノの身体は、リゼットやハルカより頭2つ分くらい低い。
子どもっぽいせいで、情報が集まる場所には行きづらいか。
「やっぱり、味方になってくれる人間を探すしかないな……」
そう考えると、シルヴィア姫の提案は俺たちにとってありがたい。
問題は、向こうを信用できるか、ということだけだ。
「姫さまの力なんか借りることないよ、兄上さま!」
ハルカが声をあげた。
「亜人の誰かに、人間に化けてもらって、人の世界に入り込んでもらうという手もあるんだからね!」
「不可能ではありませんね。ただ、亜人が人間に溶け込むのは難しいと思います……」
俺とリゼット、ハルカは考えこんでしまった。
「占い師に化けるのはどうですか?」
不意に、ユキノが言った。
「都であたしを占ってくれた人が言ったの。占い師は人の話を聞く機会が多くて、情報収集にはもってこいだって。その人もあたしと同じくらいの背丈で、子どもっぽかったんだけど、ローブを着て『そういう能力がある』って顔をしてれば問題ないって」
「一理あるな」
「あとは占いの技術が必要になりますけど……そういう人って身近にいますか?」
「ハーピーはそういうの得意だよ?」
ハルカが手を挙げた。
「ハーピーには風を読む能力があるからね。それと、夜に飛ぶときは星を見て行き先を選ぶそうだから。時々、占いの能力を持つ子どもが生まれてくるんだって」
「それは初耳ですよ。ハルカ」
「最近、ハーピーの子どもたちに服を縫ってあげてるうちに仲良くなったんだよ。ボクは、叔父さんちの子どもに服を作ってあげたりしてたからね。そういうのは得意なんだ」
意外な特技だった。
ハルカっておおざっぱだけど、意外と家庭的なんだな。初めて出会ったときも、子どもの面倒を見たりしてたから。
「わかった。シルヴィア姫の件が片付いたら、ハーピーの長老に相談してみよう。ありがとう、ユキノ」
「……お、お礼は、あたしを占ってくれた占い師さんに言ってください」
ユキノは照れたみたいに、顔をそらした。
「辺境に行くなら……って、親切に色々教えてくれた人ですから。あたしの『ドラゴンチャイルド』と名前が似てるたから、意気投合したんです」
「へー。なんて名前?」
「プリムディア=ベビーフェニックス、って言ってたの」
……聞き覚えがある名前だった。
プリムディア=ベビーフェニックス。略称プリム……か。
「ハーピーじゃねぇか」
「長老ナナイラさんの孫娘さんですね」
「探すの、依頼されてたもんね……」
俺とリゼット、ハルカは顔を見合わせた。
プリムはハーピーの長老さんの孫娘で、人とハーピーのハーフ。翼を持たないハーピーだ。
翼の代わりに腕があって、完全に人の姿をしている。好奇心が旺盛で、世界のことを知るために旅に出たって、長老さんは言ってた。
そうか……プリムディアは都で占い師をやってるのか。
「ありがとう、ユキノ。おかげで重要な情報がわかった」
「そ、そうなの? だったらうれしいけど……」
「シルヴィア姫をスルーして、今すぐスカウトに行きたいくらいだ」
プリムディアは占いスキルを持っていて、都の事情も知っている。
知識欲が旺盛というからには、太守や関係者のデータも持ってるだろう。
辺境に住む俺たちにとっては、今すぐ欲しい人材だ。
「プリムディアを配下にするのは……難しいかも」
ユキノは真剣な顔で、うつむいてる。
「彼女は言ってたの。『星が許すとき、自分は主君を見つけるでしょう』って」
「……難しい相手のようだな」
「こうも言ってたの。『べ、別に天下泰平のために情報収集と修業をしてるわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよねっ!!』って」
「……おっそろしく難しい相手のようだな」
というか、誰に向かってツンデレってるんだ、その人。
とりあえず、プリムの件については保留。
都で占い師をやってたことは、あとでハーピーの長老に伝えることにしよう。
「となるとシルヴィア姫との会談は……受けるしかないか」
面倒だが、ここで一度片をつけておきたい。
この件をいつまでも引きずってると、都へ行くこともできないからな。
「会談は受ける、と返信する。それまでにできるだけの対策をしておこう。まずは……ハルカ」
「はい! 兄上さま!」
「あとで魔法陣の部屋に付き合ってくれ」
「もちろんいいよ。でも、なにするの?」
「『結界』の調整をためしてみたい」
現在、魔法陣は最大サイズの『結界』を作り出してる。
これのサイズを変えることができるか。サイズを変えると『結界』内部にどんな影響があるかを調べておきたい。
「わかったよ。兄上さま。いつまでだっておつきあいするよ!」
「竜帝さまのスキルの実験ですね? それなら……」
なぜかリゼットが胸に手を当てて、俺の方を見た。
「よければ、リゼットからもお願いがあります」
「お願い?」
「ショーマ兄さまの『命名属性追加』を、リゼットにも試して欲しいのです」
リゼットはまっすぐに俺を見て、言った。
「あのスキルはアイテムを強化することができますよね? もしかしたらリゼットに新しい名前をつければ、力やスキルを強化することができるかもしれません」
それは……考えたことがなかった。
『竜帝スキル』の『命名属性追加』は、アイテムに同じ音の文字を当てはめることで、属性を追加することができる。たとえば『長剣』に『超堅』って文字を付け加えれば、超堅くなる。
「だが『命名属性追加』できるのは、俺の所有物限定だ。リゼットは俺の所有物じゃないだろ?」
「でもショーマ兄さまは『異形の覇王』ですよね?」
「…………」
「?? 兄さま?」
「んん?」
「…………あの、兄さま?」
「なにかな? リゼット。よくきこえなかったなー」
「…………あの……」
「……んん?」
「…………ショーマ兄さまは『辺境の王』ですよね?」
リゼットのセリフに、俺は深呼吸を一回。
ちょっと呼吸を整えてから、答える。
「…………まぁ、そうなるかな」
「そ、そして、リゼットは『廃城』の城主ですから、その配下にあたります。支配下にあることは間違いないと思います」
「一理あるな」
「さらに兄さまは『キリュウショウマ』であるご自分に『鬼竜王翔魔』という名前を当てはめることで、己を超絶強化されています。だからこそ兄さまに『命名属性追加』という能力が宿ったとも言えるわけですが……」
リゼットはなぜか目を輝かせて、俺を見た。
「だから、リゼットにも同じことをして欲しいのです。お願いですショーマ兄さま! リゼットにも、兄さまのように『かっこいい名前』をつけてください!!」
「…………」
「あの、兄さま?」
「…………」
「あのあの、どうして死んだ魚のような目をされてるんですか? リゼット、なにか悪いことを言いましたか? リゼットは兄さまのように『かっこいい名前』を──って、ああっ、兄さまがうつむいていらっしゃいます! えっと、えとえと……」
「…………」
「お、お願いです兄さま! リゼットにも兄さまのように『素敵な名前』を──って、えええっ!? これでも駄目ですか!? どうして椅子からずるずると崩れ落ちていくんですか!? え? 異世界の人にも感染したのがショック!? いえ、リゼットが申し上げているのはそういうことではなく………………えっと、えとえと 兄さま!」
気がつくと、リゼットの顔が目の前にあった。
彼女は大きな目を見開いて、きっぱりと、
「お願いですショーマ兄さま! この乱世を生き残るため『やむを得ず』! リゼットに『恥ずかしい名前』をつけてください!!」
「……んー」
……そうか。『命名属性追加』の話だったっけ。
で、リゼットが自分を強化するために、俺に「恥ずかしい名前」をつけて欲しがってる、ということだった。
なにかこう、異世界の人にも中二病を感染させたような気がしたけど……気のせいだったようだ。よかった。
「『恥ずかしい名前』か」
「はい。『恥ずかしい名前』です!! 恥ずかしいのは間違いないのですけれど、リゼットもみんなを守るために強くなりたいのです! すっごく恥ずかしいですけれども、兄さまにならいいです。兄さまの言葉で、リゼットをはずかしめてください!!」
……そういう誤解を招くようなセリフもどうかと思うが。
リゼット、顔から湯気が出そうなくらい真っ赤になってるからな。
「わかった。リゼットに『命名属性追加』を使ってみよう」
俺は言った。
恥ずかしい名前って自覚があるならいいだろう。
リゼットに『鬼竜王翔魔』と同等の力を持つ名前をつけてみようじゃないか。
自覚があるなら……いいよな。
リゼットなら中二病時代の俺みたいに、夜の無人駅のホームで『天神地神よ、我が名を聞くがいい! 我が力により異界への扉は開いた! さあ、我を異界へと導く列車よ、第6天の亜神の元へと続く道をたどるため、来たれ!!』
──なんて叫ぶこともなさそうだ。
…………だったら、いいだろう。
リゼットとユキノ、それにハルカは、顔をくっつけてぼそぼそと話し合ってる。
俺の位置からじゃわからないけど、リゼットの顔が真っ赤になってる。
中二病ネームが恥ずかしいという自覚はあるようだ。
……あるんだよな?
「あああー、はずかしいですー。りぜっとは、にいさまにはずかしいなまえをつけられてしまいますー」
「わかったから、こっち来て」
俺は立ち上がり、リゼットを手招いた。
リゼットは顔どころか手足まで真っ赤にして、俺の前にひざまづく。
隣ではハルカが指をくわえてて、ユキノはなぜか指で空中に文字を書いてるが、今は気にしない。
俺はリゼットの額に手を当て、スキルを発動する。
「『命名属性追加』──汝に新たなる属性を与える。王の命名を受け入れよ!」
「……つつしんでお受けします。ショーマ兄さま……我が王よ」
「汝に与える言霊を言霊は次の通りだ。『リゼット』転じて──」
そして実行『命名属性追加』。
「リゼットはしばらく休んでいてくれ。属性の実験は後で」
「じゃあ、まずは魔法陣の調整だね」
「そうなるな。ユキノは、リゼットの様子を見てて。なにかあったら呼んでくれ」
そう言って、俺はハルカと共に、魔法陣の部屋に向かったのだった。
──リゼット視点──
「……兄さまに新しい名前をいただいてしまいました」
『命名属性追加』を済ませたあと、リゼットはなんだかくすぐったいような気分で、ショーマを見送った。
ショーマとハルカは『魔法陣の部屋』に向かっている。これから『結界』の調整をするのだろう。
「……それにして、どうして兄さまは『鬼竜王翔魔』を『かっこいい名前』と言ったとき、ショックを受けたような顔をされていたのでしょうか……」
「あたしにはわかるような気がします」
「知っているのですか、ユキノさん!」
リゼットの言葉に、ユキノはうなずいた。
「……ショーマさんはきっと、真の名前を『恥ずかしい』と思うことで、自分に封印をほどこしてるの。己の、強すぎる異能が暴走しないように」
「……じゃあ『この世界の人に感染させた』というお言葉はどういう意味ですか?」
「……自分の運命に、人を巻き込みたくないんだと思うの。『宿命を感染す』ことを恐れているのよ」
「……なるほど!」
「……それに、ショーマさんは元の世界でもずっと『世界の敵』と戦ってきたはず。生き残るためには、自分の正体を隠す必要があるでしょ? おのれの真名を隠すことで、自分の存在をカムフラージュしてきたのかも」
「……そのときのくせが、まだ残っていらっしゃると?」
「……おそらくは」
「……兄さまがご自身の異名に拒否感を示されるのは、そういうわけなんですね……勉強になります」
リゼットとユキノは、顔を見合わせてうなずき合う。
「となると……リゼットたちにできることは、兄さまが『真の力』を発揮できるようにお助けすることですね。兄さまは『竜帝』さまに見込まれた後継者なのですから」
「そう。もはや『真の力』を隠す必要なんてないってことを、ショーマさんにわかってもらわないと」
気づかないうちに、2人は手を重ね合わせていた。
リゼットとユキノ──少女たちの目的が一致した瞬間だった。
──ショーマ視点──
それから数日後、
ふたたび『ハザマ村』に、シルヴィア姫の使者がやってきた。
俺が会談を受けるかどうかと、会談の場所を確認するためだ。
それまでの間に俺はハーピーたちと空を飛び、会談にふさわしい場所を決めていた。
それを伝えると、さらにもう使者が往復して場所の調整。
えらい人との会談は、本当に面倒だ。
また数日経って、使者が戻ってきた。
日程と場所の最終調整を終えて、俺とシルヴィア姫が会う日時と場所が決定。
会談の場所は『キトル太守領』と『ハザマ村』の中間地点の平原、ということになった。
そこが一番『中立な場所』らしい。
俺の方も、それで特に異論はなかった。
こちらの目的は、シルヴィア姫が亜人の味方かどうかを確認すること。
味方なら心強い相手だけど、いまいち信用できないからだ。
だから、一度だけ会ってみることにしたのだ。
シルヴィア姫と出会うのは、3日後。
それまでの時間は、魔法陣と結界の実験と、リゼットに与えた新たな属性の確認をしているうちに過ぎた。
同行者は2名まで可って書いてあったから、リゼットと、鬼族のガルンガさんに来てもらうことにした。
ハルカとユキノは、村で留守番だ。
「それじゃ、ハルカとユキノは手はず通りに」
「了解だよ。兄上さま」「気をつけてくださいね。ショーマさん」
そして当日、すべての準備を済ませた俺は、リゼットと鬼族のガルンガさんを連れて、徒歩で会場へと向かったのだった。
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