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第38話「異形の覇王による砦攻略と、辺境領地浄化作戦」

 ──数日後、『陸覚教団』の砦にて──





「農民兵に伝えよ! 『きさまらにはもう戻るところはない。我らが天下を実現するため、この砦を守る兵士となれ』と!!」


 教団幹部の男性は剣を振り上げ、叫んだ。

 砦にいる者たちは手を掲げ、その声に応える。

 時刻は夜明けの直後、この(とりで)で行われている、毎朝の儀式(ぎしき)だ。


「さぁ、地上にいる農民兵をさっさとたたき起こせ! 導師『グリア=トレジャー』さまが訓練を始められる時刻だ! 遅れは万死に値する!」


 幹部の声を聞いた部下の一人が走り出す。

 それを見た幹部は満足そうな笑みを浮かべ、肩に乗る巨大なトンボをなでた。


「だが……導師『グリア=ピラー』さまが倒されたという(うわさ)は本当なのだろうか」


 辺境近くの村を襲った部隊からは、いまだになんの応答もない。

『教団』の本隊は、『キトル太守』との決戦のために移動している。救援の兵士を回すことはできない。自分たちは、砦を守るのが精一杯だ。


「もっとも、ここまで登ってくる敵もいないだろうが」


 (とりで)は切り立った岩山の上に建っている。頂上へ通じる道はひとつしかない。そこには柵を作り、何人もの見張りを置いている。正規軍の兵士が来たところで、そう簡単には攻略できない。


 人間の領域と、亜人と魔物が住む辺境の間にはいくつもの岩山がある。

 岩山が中央と辺境をへだてているのだが、そこには使われなくなった砦もあったのだ。その数は5を数える。教団はそこに目をつけ、利用することにした。小さな(とりで)なので、立てこもれるのは十数人程度。それでも、下っ端に立場の差を思い知らせるにはちょうどいい。


 地上には見張り小屋と兵舎を作った。下っ端はそこに押し込めてある。見張りには直属(ちょくぞく)の部下をつけてある。命が惜しい下っ端の農民兵たちは、それこそ必死で戦うだろう。自分たち幹部が戦うのは、一番最後だ。それでいい。


「我々の役目は兵糧(ひょうろう)の確保。それと、いざというときに正規軍の背後を突くことだ。それまでにあの農民兵どもを、使えるようにしておかなければな」


「守備隊長どの!」


 伝令に行っていた兵士が戻り、幹部の前にひざまづいた。


「下の者が騒ぎはじめております。アリシアの正規兵とは別に、この砦を攻める動きがある、という情報が入っているようでして……」

「またか」

「はい。知らないうちに、文字が書かれた布が()かれているのです。『教団はまもなく滅びる。逃げろ』と」

「南西にある『キトル太守(たいしゅ)』──やつらの手の者の仕業だろうな。姑息(こそく)な」

「ですが、無視はできません」

「まったく……ザコはすぐに慌てふためくから困る」


 幹部は笑い飛ばした。

 その声に応じたように、肩の上のトンボが、ぎぎぎ、と笑う。

 足下をはいずるのは、黒い殻をまとったムカデだ。魔物だけに固く、剣も矢も通りにくい。人間よりも忠実で、使える戦力だ。


「ここには導師『グリア=トレジャー』さまがいらっしゃる。腐った国の正規兵など、おそるるに足りぬわ」

「しかし農民兵は強引に連れてきた者たちで……村に戻りたがっている者ばかりです。いざ戦闘になったとき、士気が保てるかどうか」

「成果を示せば、不安など消えるだろうよ」


 部下の不安を吹き飛ばすかのように、幹部は両腕を広げ、声をあげる。


「砦へと通じる道はひとつだけ。いざとなれば、そこを塞いでこもればよい。兵糧(ひょうろう)は村から奪ったものが充分にある。我々は上から矢と、火と、岩を降らせればいいのだ。なにを恐れることがあろうか!」

「た、確かに」

「まぁ、信仰の薄い者が不安に思うのはわかる。砦にいる上級兵を数名、下の兵舎におろすがよい。騒いでいる者をだまらせろ。そして地上の守りを固めるのだ。そうすれば不安も消えよう」

「わかりました!」


 伝令の兵士が立ち上がり、走り出す。

 幹部が窓の外を見ると、伝令と数名の兵士たちが、山道を下っていくのが見えた。


「すでに、天命は我らに下っているのだ!」


 幹部は地上に向かって、声をはりあげる。


「我ら『陸覚(りっかく)教団』がアリシアに代わり、この大地に新たなる王朝を作る。その創世の現場に貴様らは立ち会っているのだ。命よりも名を惜しめ! 未来永劫へと続く王朝の、最初の時に居合わせたという名をな! ふは、ふはははははははははははっ!!」




「あのー。盛り上がってるとこ悪いんだけど、ちょっといいかな」




 声がした。

 幹部と信徒の、背後からだ。


 振り返るとそこには、顔に青い布を巻いた人間が数名、立っていた。

 どう見ても不審者(ふしんしゃ)だった。


「しばらく観察してたんだけど、砦にいる人、10人を切ったみたいだから、そろそろいいかなー、って」


 いつの間に現れたのだろうか。

 砦の見張り台──西側に張り出したベランダに現れた人間たちは、静かに教団幹部の男性を見ていた。

 顔はわからない。明け方のぼんやりした光のせいか、姿かたちさえもぼやけて見える。


「情報は村を襲った兵士から聞かせてもらった。砦の位置も、戦力も。教団の毎日のスケジュールもな。だから、夜明け前のこの時間に訪ねさせてもらった」


 青い布で顔を隠した男性は、淡々とつぶやいている。


「それで頼みなんだけど。ここ、竜帝(りゅうてい)時代の古い砦の跡地って聞いてるんだけど、調べさせてもらっていいか?」

「な、な、な、な、なにものだああああああっ!?」

「そういうのは気にしなくていい」


 先頭にいる男性は、幹部をたしなめるように言った。


「俺たちは、この施設を調べたいだけだ。もちろん、抵抗するなら滅ぼすけどな」

「ここは岩山の頂上だぞ! どうやって入ってきた!?」

「ん」


 顔を隠した男性は背中を指さした。

 男性の背中には、真っ白な(つばさ)が生えていた。


 幹部は思わず目を見開く。空を飛ぶ亜人のことは知っている。が、奴らは腕が翼になっている。背中に翼を生やした亜人などは知らない。


 それに、その後ろにいる少女たちはなんだ? 彼女たちはそれぞれ、剣と棍棒を持っている。その背後には倒れた兵士たちがいる。こちらが気づかないうちに空から侵入したのだとしても……兵士を、声を出すまもなく気絶させるなど……ありえない。


「きさまら……何者だ!」


 教団の幹部は叫んだ。


「通りがかりの覇王(はおう)と」「その義妹(いもうと)だよ!」


 男性の後ろにいる少女たちが声をあげた。


「村を(おそ)う教団を倒すため」「あと、兄上さまの安定した生活のために」

「「異形(いぎょう)覇王(はおう)の名において、この砦を攻略に参りました!!」」

「ふざけるなああああああっ!!」


 幹部は剣を振り、叫んだ。


「覇王だと!? ふざけるな! 王がこんなところを通りがかるものか!! ばかにするなぁっ!!」

「ほら怒られた」


 男性がため息をつき、ふたりの少女の方を見た。


「だから、その名乗りはやめようって言ってるだろ?」

「でもでも兄さま!」「兄上さまを自慢するのは、義妹(いもうと)の本能なんだよ!」

「そのうち、もっといい名乗りを考えるから」

「「はぁい」」

「ふざけるなと言っている!! 来い、虫ども!!」


 幹部が腕を振る。

 その声に応じて、周囲から虫型の魔物が集まってくる。

 人が両腕を広げたよりも大きな翼を持つトンボたち。(よろい)よりも固い殻を持つ大ムカデ。どちらも、彼が導師から預かった切り札だ。


 砦にいる兵士のほとんどは地上へと送ってしまった。

 山道に作った柵があだになった。あれでは、一度に大量の兵士は通れない。

 さらに、ここはいざという時のための兵糧庫であり、農民兵を教団の一員に仕立てるための訓練施設だ。兵士の数も少ないし、戦闘力も低い。


 だが、問題はない。敵はたったの3人。

 しかも、こちらには大導師から預かった、虫型の魔物がいるのだから。


「我が『陸覚教団(りっかくきょうだん)』をあなどったこと、後悔するがいい」

「黒魔法か……」


 青い覆面(ふくめん)の男性がため息をついた。


「黒魔法は使うと世界の歪みが増えて、魔物がまた増えるって聞いてるんだけどさ。やめない?」

「うるさい! その頭を()らってやる!!」

『ギギギギギギ!!』


 大トンボたちが、まっさきに敵に向かっていく。

 トンボの姿をしていても、魔物だ。頭部だけで人の胴体よりも大きく、その顎は人の頭をかみ砕くことができる。


「その頭を潰したあとで、どんな顔をしているか見てやろう! ゆけい!!」

「焼き払います! 『浄炎(クレイル・フレア)』!!」


 バンダナの男性の後ろで、銀髪の少女が腕を振った。

 そしてその指先から青い炎が生まれて──


『ギギギガガアアアアアアア!!』


 トンボたちの羽根に、燃え移った。


「ま、魔法!? 腐りきったアリシアの正規兵に魔法使いが!?」

「ああ、俺たち、国の兵士さんじゃないんで」

「兄上さま。トンボにとどめをさしてもいい?」

「よろしく。エンチャントはしてあるから」

「うん。じゃあ、えい」


 ぐしゃあ。

 赤い髪の少女が振り下ろした棍棒が、トンボの頭をたたきつぶした。


「なんで? 木製の棍棒で!?」

「た、たいちょおおおおおおっ!」「なんなんですかこいつら、どうすれば!!」


 幹部の左右に控えていた兵士たちが震え出す。

 使えない奴らめ──教団の幹部は吐き捨てる。村を襲うときも、領主の兵士と戦うときも、先頭に立っていたのは幹部が操る虫たちだ。兵士たちはその後ろから叫び声を上げ、突撃(とつげき)していた。本拠地に攻め込まれたのは初めてだ。


 しかもこの場にいるのは、幹部の自分を除けばふたりだけ。

 そのふたりも、すでに逃げ腰になってしまっている。


「いいから呼び子を吹け! めいっぱい吹き鳴らせ!」


 幹部の男性は叫んだ。


「そうすれば下の農民兵どもが来る! こいつらが虫に食われるところを見せれば、やる気のない農民兵どもへのみせしめになるだろうよ!!」


 虫はまだ、6体残っている。黒い殻を持つ長虫たち。本命はこっちだ。


「こいつの(から)は普通の剣では貫けぬぞ。ゆけい、大ムカデブラック・センチピード!!」

『シュシュシュシュシュ────っ!』


 幹部の足下から、6体のムカデが這い出る。

 大きい。全長は大人2人分くらいはあるだろう。

 無数の脚が不気味にうごめき、身体の表面は黒光りする殻でおおわれている。


「守備隊長!」

「なんだ?」

「よ、呼び子だと聞こえないかもしれねぇので、直接呼んできます!」「いいですか、いいですね!?」

「……逃げる気だな。お前ら」


 幹部が指先を、配下の男性たちに向けた。

 その合図で、2匹のムカデが動き出す。


「ひぃぃぃっ!」「ひぁあああああ!」


 がいいんっ!


 配下が剣を振り下ろす。が、ムカデの殻はびくともしない。傷さえもつかない。

 そのままムカデは、配下を押し倒し、ぎしぎし鳴る牙をその身体に当てる。

 魔物に押し倒された配下の2人は、泡を吹いて気絶する。それでも幹部は、虫を退かせようとはしない。


「どうしてオレと一緒に戦うと言わない? 臆病者(おくびょうもの)が生きる場所など、教団の天下にはありはしない!」

「配下をそのように扱うのは感心しないよっ!!」


 ごすっ。


 赤い髪の少女の棍棒(こんぼう)が、大ムカデを叩いた。

 衝撃(しょうげき)で、ムカデの身体が真横に転がる。が、それだけだった。ムカデは無傷のまま、赤い目を光らせて、怒りの声をあげる。


「兄上さま。棍棒、効かないみたいだよ? 兄上さまの剣、貸してくれる?」

「わかった。はいこれ」

「『ちょうかたい』?」

「うん。超堅(ちょうかた)い」

「あ、ずるいです。義妹(いもうと)として、私も兄さまの剣を所望(しょもう)します!」

「姉さまは元々『超堅い長剣』持ってるでしょ?」

「兄さまから直接手渡されることに意味があるんです! もーっ!」


 侵入者の3人は、笑っていた。


「……なんだこいつら」


 教団幹部の額を冷や汗が伝えう。

 ムカデたち近づいているのに、まるで恐れていない。


「どうして怯えない!? 追いつめられてるのはそちらだというのに!?」


 幹部には、奴らがなにをしているのかさえわからない。

 ただ、危険な気がした。『彼らには絶対に関わってはいけない』──そんな根源的な恐怖を感じた。でも、ここは退けない。だから幹部は自分の感覚より、目に見える戦力を信じた。


「なにをしたってもう遅い! 食われてしまえよ。侵入者!!」

「「「てい」」」


 さくん。


 覆面(ふくめん)の3人が振った長剣が、大ムカデの身体を切り裂いた。


『シュギャアアアアアアアアア────っ!!』

「…………へ?」


 傷ついた虫の絶叫と、幹部の、間の抜けた声。

 侵入者たちの剣は大ムカデの外殻をあっさりと貫通していた。ムカデの魔物は、今まで傷つけられたことなどなかったのだろう。目の前の敵のことも忘れて、のたうち、叫び続けている。


「もう一回です。『浄炎(クレイル・フレア)』!!」


 裂けた黒い殻に向かって、銀髪の少女が魔法を飛ばす。

 青い火炎がムカデの体内に飛び込み──内側から魔物の肉を焼いていく。


 男性も炎を()いているような気もしたが、あれは恐怖が見せた錯覚だっただろうか。見る間にムカデは全滅し、問答無用で斬りかかった幹部も、あっさりと武器を破壊された。というか、業物の剣をすっぱり切り落とす長剣ってなんだろう? そう思った瞬間──頭の中が真っ白になった。


「……ど、どうしてオレが……こんな目に……?」


 気がつくと幹部は縛り上げられていた。

 侵入者たちはそれでもう、幹部には興味をなくしたかのように、彼の部屋からは立ち去っている。

 そして──しばらくすると砦の他の場所から「なんだ!?」とか「ぐぎゃ!」とか悲鳴があがりはじめた。


 そしてあちこちさぐるような気配と、人が倒れるような音。

 砦は幹部の直属の配下が固めている。それが全滅すれば、残るのは強引に集めてきた農民兵だけだ。とてもあの侵入者に敵うとは思えない。


 この砦が壊滅(かいめつ)したら、大導師に合わせる顔がない。

 教団は徹底した実力主義だ。砦をうしなった自分に、他の幹部は容赦しないだろう。




「あった。魔法陣だ!」




「……魔法陣、だと?」


 教団の幹部は思わずつぶやいた。

 そういえば、砦の倉庫の床に、奇妙な模様が描かれていたような。意味もわからないし、役にも立たないので放っておいたのだが……奴らの目的はそれだったのか? でも、何の意味が?


「……じゃあ、待機させておいた……を」

「……氷魔法の出番ですね」

「……ちゃんを城主にするんだね」


 奴らはなにかを話している。外から、もう一人がやってくるような気配がする。

 床に倒れた幹部が、必死に耳を澄ましていると−−





 砦が、白い光に包まれた。






「……なんだ。これは」


 大気中を、清らかな光の粒が待っている。

 奇妙だけれど……不快ではない。むしろ安らかな光だった。


 その光を浴びて、虫たちの死骸(しがい)が消えていく。

 まるで溶けていくようだった。体液も、千切れた脚も、かけらさえも残らない。




「終わった終わった。じゃあ、帰るか」

(帰ってくれるのか!?)


 幹部は声に出さずに叫んだ。

 よかった。これでこの砦を立て直せる。

 地上には2人目の導師『グリア=トレジャー』さまがいる。あの方に虫をいただけば、また元通りだ。農民兵を恐怖で支配することができる。教団はまだまだ終わらないぞ……。




「これからどうしようか。一旦、帰るか?」

「ほとんど戦ってませんからね。次の砦も探してみましょう」

「そうだよ兄上さま。他にも魔法陣があるかもしれないからね」

「あたしも賛成。残りの砦はあと1つです。片付けて帰った方が楽だと思うの」



「…………はい?」


 いま、残りの砦はあと1つって言った?

 教団の砦は4つしかないんだけど……ここを除いてあと2つはどうなったの!?


「王さまー」

「お仕事、お済みですか。お送りしますー」

「後詰めのひとたちも準備してましたけどー、いらなかったですねー」

「文字を書いた布は落としておきましたー。兵士さんたち、読んでましたよー」


 砦の外から、声がした。

 床に転がされた幹部からは、その姿は見えない。

 やがて大きな鳥がはばたくような音がして……侵入者の気配は完全に消えた。


「…………なんだったのだ……今のは」


 床に転がったまま、幹部はつぶやいた。


 縄で縛られた身体は、身動きひとつできない。砦の中は静まりかえっている。

 おそらく、直属の部下たちも、自分と同じように拘束(こうそく)されているのだろう。


 幹部は床をはいずりながら、虫に(おそ)わせた配下のところに向かう。奴は気絶しているようだが、その胸元には農民兵を呼ぶための呼び子──笛がある。ようやくそこにたどりついた幹部は、息を大きく吸ってから、一気に笛を吹き鳴らした。何度も。何度も。


 だだだだだだだだっ!!


 しばらくして、足音が聞こえた。

 現れたのは教団が村々を襲って集めた農民兵たち、数十名。

 彼らは床に転がっている幹部を前に、目を丸くしていた。


「よく来たな! 教団の勇敢なる兵士たちよ!!」


 幹部は叫んだ。


「謎の侵入者により、教主よりいただいた虫は倒され、オレもこんな目にあってしまった。このままでは我らの面目がまるつぶれである!」


 ぴくぴく。


 少しでも威厳(いげん)を保とうと、上体を起こしながら幹部は叫ぶ。


「これで終わるわけにはいかぬ! 我らの砦を侵したあの者たちの正体を調べ、生まれてきたことを後悔させてやるのだ! さあ、まずはオレの縄をほどけ。そして教団の誇りのために…………あの…………ちょっと!?」

「「「「………………」」」」


 農民兵たちは、全員、無表情。

 倒れた幹部を見下ろしながら、「へー」「ふー」「ほーん」とつぶやくだけ。


 数名が他の部屋へと走り出し、数十秒後に戻ってくる。全員、なぜかいい笑顔。両手で丸を作っている。他の農民兵たちが答える「そっかー。幹部(かんぶ)連中、全員無力化かー」って。


「なにをしている!? さっさと命令を果たせ! 逆らう者は導師『グリア=トレジャー』さまの虫の餌だぞ!!」


 声を張り上げてから−−幹部の男性は気づいた。

 農民兵たちは砦に上がってきている。けれど、導師の姿はどこにもない。

 おかしい。

 農民兵たちが逃げないように、導師グリア=トレジャーは地上の陣地に控えているはずだ。

 呼び子の音は聞こえたはず。なのに、どうして来てくれないのだ……。


「導師グリア=トレジャーは、消えたよ」

「−−−−は?」

「さっき、砦が光ったときに、蒸発して消えた。大きな結晶体を残してな。そいつは、空からやってきた人影が回収していった。我々をおどしていた虫も、全部消えた」

「ば、ばかな! そ、そうだ。倉庫を調べて見ろ! 侵入者がそこでなにかをしていったはずだ。それを破壊すれば、導師さまがよみがえって……」

「倉庫には、入れなかった」


 冷たい目で教団幹部を見下ろしながら、農民兵は答える。


「倉庫のまわりには巨大な『氷の壁』がはりめぐらされていた。近づくこともできない。もっとも、我々にはそんなことをする意味もないがな」

「導師も、虫も消えた。そしてあんたは、こうして縛り付けられてる」

「我々をむりやり連れてきて、戦わせていた教団の幹部がな」


 農民兵たちは、ゆっくりと近づいてくる。

 幹部の背中を冷や汗が伝う。状況が、理解できない。

 わかるのは、導師も虫ももう、この場にはいないということだけ。


 彼の背中に冷や汗が伝う。

 つまり……彼の味方はもう、どこにもいないのだ。


「…………あの……あのなぁ。オレは……その」


 幹部の顔が真っ青になる。


「「「「ふふ。ふふふふふふふ」」」」


 農民兵たちの口からは、不気味な笑いがもれはじめる。


「「「「よくも村を襲い、作物を奪い……我らをこきつかってくれたな……」」」」


「待って待って。それは教団の崇高(すうこう)な目的のために……そう、新王朝のため! 新王朝ってすごくね? 新王朝作ったら、お前ら英雄になれるから! え? 嫌? じゃあ将軍! えーい、大将軍はどうだ!? 兵士が全員大将軍の軍団って歴史的にも新しいと────あ」


 そして──




「ギャ────────っ!!」




陸覚(りっかく)教団』の砦に、教団幹部の悲鳴が響き渡ったのだった。




いつも「覇王(はおう)さん」を読んでいただき、ありがとうございます。

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