第33話「覇王、人の世にその名をとどろかす」
──隣村にて──
「素直に従うのだ村の者! 新たな王朝の樹立を目指す、我ら『陸覚教団』に!!」
村の中央に集まった人々に向けて、黄色いローブを着た男が叫んだ。
背後には、鉄の鎧をまとった男性が、約20人。全員が武器を持っている。
まわりでは数件の家が炎を上げている。突然やって来た教団の者たちが、火を放ったのだ。それを消す暇もなく、教団の男たちは武器を手に、村人たちを脅迫していた。
『陸覚教団』の名前を聞いた村人たちが震え出す。
村を焼き、作物を奪う教団のことは、村人たちも知っている。
奴らへの対策が足りなかったのは情報不足と、『キトル太守』が教団討伐に動いていたからだ。まさか、その状況で堂々と村を襲いに来るとは、村人たちも考えてはいかなかった。
「偉大なる大導師さまは、腐りきったアリシア王国に絶望されている!」
そんな村人たちの内心など知らず、教団の男は叫び続ける。
「大導師さまは『古き魔法を用いて新王朝を開くべし』とのお告げを受けたのだ。我々はその大義に従って行動している! それに抵抗する者はすでに『悪』であるのだ!!」
「……あいつら大層なこと言ってるけど、どうするよ?」
集まった村人の中で、大柄な男が、ぽつり、とつぶやいた。
「もちろん、わしら『ハザマ村』は教団にくみするつもりはない。あんたらが教団に従うというなら、このまま帰ることにするが?」
鬼族の男性──ガルンガは、村人の方を見て言った。
「……我らも、教団に従うつもりはないのじゃ」
彼の背後にいる白髪の男性──村長は、首を横に振った。
「……お主らがいて助かった。我々だけでは、震え上がってしまったかもしれない」
「こっちは木材の取引に来ただけなんだがな」
ガルンガたち鬼族は、村人を守るように隊列を作っている。
彼らが木材の取引のため、この村にやってきたのは、約1時間前。
その頃にはもう、村は『陸覚教団』の襲撃を受けていた。
ガルンガたちの使命は、木材の取引の他に、もうひとつある。
その使命を果たすために、ガルンガたちは村人の間にひそむことにしたのだった。
「力を貸してくれるのか? 鬼族の方々よ」
村人はガルンガの背中越しに声をかけた。
「亜人を辺境に追いやったのは……アリシアの大臣とはいえ、我々と同じ人間なのに……」
「気にするな。人間を見捨てましたなんて、王さまに言えねぇからな」
「……王さま?」
「いずれわかるさ。教団なんか問題にならねぇ、オレらの王の力をな!」
鬼族は武器を構えた。
少し離れたところで『陸覚教団』たちは、不敵な笑みを浮かべている。
「亜人、か」
黄色いローブをまとった教団の男性は、吐き捨てた。
「我らが軍門に下るのなら、新王朝の末席に加えてやってもいいが?」
「ちょっと待て、ひとつ、確認することがあるんでな」
ガルンガは懐から、小さな木の板を取り出した。
村を出るときに、彼がショーマから預かったものだ。
『ガルンガさん、万一、旅の途中で「陸覚教団」に出会うことがあったら、とりあえずは逃げる方向で。
ただ、相手が話し好きで、口が軽そうで、乗せたら調子に乗りそうな奴だったら、この質問をぶつけてみて欲しい。奴らの情報がつかめるかもしれない』
鬼族ガルンガはショーマから、そう言い含められていたのだ。
「……『聞こう。教団に入ると、どんないいことがあるのだ?』」
「……あぁ?」
ローブの男が、不審そうに目を細めた。
「『なにもメリットがなければ、人を誘っても来るはずがないだろう。人集めをしているからには、教団に入ることで、少しくらいはいいことがあるはずだ』」
男の表情には気づかず、鬼族ガルンガは続ける。
「『もしも教団の人間が、自分たちの目的を偉そうに語る奴なら、調子にのってこういう質問にも答えてくれるはず。試して見る価値はある』──ああ、ここは読まなくて良かったのか」
「なにを言っているのだ? 鬼族」
「繰り返そう。『村を焼き、人を強引に集めているとはいっても、最初に集まった者たちにはメリットがあったはずだ。それを聞き出すことで奴らのじゃくて』……うむむ。王さまの文章は読みにくいな……ああ、こう言えばいいのか」
鬼族ガルンガは手を挙げ、他の鬼族と呼吸を合わせ、せーの、で、
「『すごいな! 教団に入るとどんないいことがあるんだろう!?』」
鬼族たちは真顔で、武器を構えたまま、ローブの男に向かって問いかけた。
「……いいだろう。教えてやる。村人たちもよく聞くがよい」
ローブの男は自慢げに胸を反らした。
「我ら『陸覚教団』は、大導師『グレート・ホーン』さまのお力により、虫を操ることができる!」
「それは知ってるから聞かなくていい」
「黙ってろ! そして刮目せよ! これが教団の力だ!!」
ローブの男は、後ろに向かってめくばせをした。
兵士たちの中にいた、小柄な男が、杖で地面を突いた。
『ヴウウウウヴヴヴヴヴヴヴッヴ』
羽音が、響いた。
虫の羽音だった。
男のマントの中から、巨大な虫が出現したのだ。
大きさは、子どもの身長ほど。長い身体と、発達した顎、それと長い羽根を持つバッタ──いや、イナゴだった。
「『漆黒の炎より召喚せり。大いなる使い魔』」
杖を持つ小男がつぶやくたび、マントの奥から巨大イナゴが次々に出現する。
数は、15体。
それを左右に従えて、ローブを着た教団幹部は高笑いする。
「見よ! この虫型の魔物を。これを使えば、あっという間に田畑を食い尽くすことができる。食料を奪えるのだ。意図的に飢饉を発生させることもできる。人の食料を支配できるということは、人を支配できるに等しい。それが『教団』に従うことのメリットだ」
「そうか、よくわかった」
ガルンガはうなずいた。
「帰ったら王に伝えよう」
「王だと?」
教団の男は、首をかしげた。
「鬼族の王……? 何者なのだ。そやつは」
「お前ら、邪悪な教団などは触れることもできないお方だ。不毛だった辺境の地を沃野に変えてくださったお方。世界の深淵を見通し、上天に座する第8天の女神さえも恐れさせるお方だ!」
「な……なに!?」
「教団の『虫』など、王の領土には踏み込むことさえできねぇよ。いずれわかるだろうよ。わしら亜人が待ち望んだ、すべての種族を統べるであろうお方の前では、お前らなど無力だということが!」
ガルンガと鬼族たちは声をそろえて、叫んだ。
村人たちが、ざわつきはじめる。
「亜人の王……だと」
「すべての種族を統べる……つまり、人間も?」
「虫の魔物が踏み込むこともできない……って?」
「それが本当なら、教団を恐れる必要など……」
おびえていた村の男たちが、武器を手に取った。
彼らは一斉に、抵抗を叫びはじめる。背後にいた村人たちも声をあげる。
教団には従わない。強引に人を従えるやつらなどには、屈しない、と。
「それが貴様らの結論か……!」
ローブの男は腕を掲げた。
「ならばここでたたきのめす! その後、使えそうな者だけを連れて行くとしよう! 兵士どもよ、かかれ!!」
「「「応!!」」」
ローブの男性の合図で、背後の兵士たちが走り出す。
彼らが手にしているのは、長い柄の先に斧と穂先のついたハルバードだ。
兵士たちは村人を威嚇するような叫び声をあげ、その武器を振り上げる。
村人をかばうように、鬼族の5人が前に出る。
彼らが手にしているのは、木製の棍棒だ。それを見た兵士たちが歪んだ笑みを浮かべる。棍棒など、ハルバードの斧でたたき割れると思ったのだろう。
「身の程を知れ! 亜人ども!!」
兵士たちはまっすぐ、鬼族たちにハルバードを振り下ろした。
鬼族はそれを木製の棍棒で迎え撃つ。彼らは声をあげない。笑いもしない。
ただ、王を信じて、鬼の怪力で武器を振り上げただけ。
そして鉄製のハルバードと、木製の棍棒が激突し──
ばっきいいいいいんっ!!
「「「「な!?」」」」
兵士たちのハルバードが、砕けた。
「ま、そうなるわな」
鬼族たちはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「……おれらが『結界』から出て、どのくらい経ってる?」
「……6時間です。ガルンガさん」
「……王さまの『強化』は、あと1時間は保つな」
武器の強化時間は、村の開拓をしたときに確認した。
結界内では『強化』用の魔力は、土地の魔力をそのまま使用できる。そのためか『強化』が解けないのだ。
その後、結界を出ても、約半日は効果が続く。
だから村を出るときに、彼らの王は棍棒を『強化』してくれたのだ。
彼らが持つ棍棒は、今も『金棒』──金属のような強度と粘りを持つ状態のままだった。つまり、軽くてむちゃくちゃ堅いのだ。
「し、仕方ありません。導師さま! もういちどお力を!!」
ローブの男が、杖を手にした小男に向かって叫んだ。
「虫を! 奴らを食い尽くし、畑をまるはだかにすれば抵抗も止むでしょう!!」
「『…………黒き炎の名のもとに』」
マントの男が杖で地面を突いた。
『ヴヴヴヴヴウヴヴァァァァァァァァァ!!!』
虫の羽音が、高くなる。
羽根をはばたかせ、宙に浮き上がったイナゴが、鬼族たちに向かって飛んでいく。
「──ぐっ!?」
鬼族たちは棍棒を振った。
が、宙を舞うイナゴたちには当たらない。
虫たちは後足で鬼族を引っ掻き、腕に食らいつく。
「ひ、ひぃぃっ!」「イ、イナゴが田に! 麦がああああっ!」
村人たちが絶叫を上げる。
鬼族がひるんでいる間に、数匹のイナゴが村の田に向かったのだ。
田では、収穫前の麦が穂をつけている。
人間サイズのイナゴは麦に目を光らせ、それに襲いかかろうとしていた。
「教団に逆らうとこうなるのだ……!」
教団の幹部は喉を押さえて、笑った。
「亜人どもの田畑も食らいつくしてやる。飢えの中、教団に逆らったことを後悔して、短い余生を送るが──」
「射線確認。出力調整完了。『竜種覚醒』──『竜咆』!!」
村の中央を、火線が走った。
赤い──人の腕ほどの太さがある、灼熱の火炎。
それは田んぼに入り込もうとしていたイナゴたちの頭を、すべて吹き飛ばした。
「来て下さいましたか! 我らの王よ!」
鬼族ガルンガが、叫んだ。
まわりにいる同族も、村の者たちも一斉に、顔を上げた。
いつの間にか田の近くに、黒髪の男性が立っていた。
上着をひるがえし、地面に膝をついている。
村人たちは目を見開く。その人物がいつ、現れたのか、誰ひとりとしてわからなかった。空でも飛んでこなければ、誰にも気づかれずに田を守るなんてことはできるはずがない。
それに、虫を焼いたあの炎。
一瞬のできごとだった。『──ブレス』という声と共に、膨大な火炎がイナゴを焼き尽くしたのだ。
信じられない。虫は教団の切り札だ。教団が勢力を伸ばしているのも、あの虫の力があってのこと。
それがあの人物にとっては……敵ではないとでも言うのだろうか……。
「なんて……なんてお方だ」
まるでその男性が神々しい光をまとっているかのように、村人たちには見えた。
「我らが王だ! 異形の覇王が助けに来てくださったぞ!」
鬼族ガルンガたちが、叫んだ。
その声を聞いて、村人たちもざわつきはじめる。
「異形の覇王だって!?」
「あの方が、世界の深淵を見通す王だというのか!?」
「上天に座する女神の仇敵と呼ばれる方だと!?」
「ああ、確かに、宙から舞い降りるあの姿は、覇王の名にふさわしい!」
「竜の娘を連れているぞ! 竜の血に認められたお方なのだ!」
「我らの声を聞いて……小刻みに震えていらっしゃる。賞讃が足りぬのだ!!」
「怒りを買ってはいけない。もっとたたえるのだ────っ!」
そして鬼族──村の老若男女すべてが、黒髪の男性に向かって叫びはじめる。
「覇王! 覇王! 覇王!」
「覇王! 覇王! 異形の覇王!」
「はーおう! はーおう! いぎょうのはおう!」
「はーおう! はーおう! いぎょうのはおう!」
「はーおう! はーおう! いぎょうのはおう!」
「はーおう! はーおう! いぎょうのはおう!」
「じょうてんにざするめがみのきゅうてき、いぎょうのはおうっ!!」
「うがあああああああああっ!」
「ああ、覇王が頭を抱えていらっしゃる!」
「教団に対する怒りで、頭に血がのぼっているのだ!」
「教団めーっ! 異形の覇王を怒らせるとは、なんて命知らずな!!」
そうして──
救援に到着──即『覇王コール』のコンボを喰らったショーマがもだえるのを尻目に──
覇王の到着に勇気をもらった鬼族と村人たちは、教団への徹底抗戦のために駆け出したのだった。
いつも「覇王さん」を読んでいただき、ありがとうございます。
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ただいま (別のお話の)原稿修正作業等のため、更新ペースがちょっと遅くなっております。
間もなく元のペースに戻ると思いますので、もう少しだけ、お待ちください。