第3話「竜帝を継ぎたい者と、継いでしまった者」
ぱんぱんっ!
誰かが手を叩く音が聞こえて、俺は目を覚ました。
「…………ん……朝か……?」
目を開けると、窓からは光が差し込んでる。
……もう朝ですか……そうですか。
全然眠った気がしない。
なにか不思議な夢を見てた。でも、ほとんど内容を覚えてない。
銀色の髪の男性が出てきて、俺になにか呼びかけて、俺も適当に応じて握手をしたような……。
いや、俺は必死に「すいません不法侵入して申し訳ない。非常時だから許してください」って言い訳してたはず。たぶん。
でも……夢に出てきた銀髪の男性、何者だったんだろう。
ぱんぱん! ぱぱんっ!
また、同じ音だ。
誰かがこの建物の外にいて、手を叩いてる。
「朝早くからすいません。どうか、お話を聞いてください」
扉の向こうから、人の声がした。
……人の声……だよね。魔物じゃないよな。たぶん。
「……助かった……のかな」
やっと人間っぽい者と会えた。すぐに出て行って話を──
……いや、待てよ。
扉の外から聞こえてるのは、女の子の声だ。
アラサーの俺がいきなり出て行ったら…………驚かれるかもしれない。
この世界の人間と会うのは初めてだからね。警戒されたら困る。
…………ここは慎重に行こう。
それに、少女はこの建物に向かって、なにか呼びかけてるみたいだ。
緊張した声で、必死に。
この、竜の彫像が乗ってる建物は、お堂か神社のようなものなのかな。
だったら……邪魔するのはよくないよな
話が終わって、向こうが立ち去りかけたところで、偶然を装って出会うのがいいな。
できるだけ、驚かせないように。
「……よいしょ」
俺は身体を起こして、扉の前で正座した。
とりあえず、話が終わるのを待つことにしよう。
「……竜帝さま。お聞きください」
少女っぽい声が言った。
──竜帝さま、か。
そういえばこのお堂の名前は『竜帝廟』だったっけ。
ってことは、ここは竜帝という人の記念碑か、あるいはその人を祀る社のようなものなのかな。本人、中にはいないし。神社に近いのかもしれない。
「わたしは傍系ですが、竜帝さまの血を引くものとして、今は亡きあなたさまに誓います」
……ふーむ。
竜帝はもう死んでいるってことか。
でもって、外にいる少女はその血を引いている。
傍系ってのは、直系じゃないってことだよな。
複雑な事情がありそうだ。
いくつくらいの少女で、名前はなんて言うんだろう……?
「この私、リゼット=リュージュの、15歳の誕生日の誓いを、どうかお聞きください」
……名前はリゼット、15歳。
魔物がいる世界で、竜帝──王様っぽい血を引いているって、大変なんだなぁ。
女神さまはこの世界は『乱世』と言っていたっけ。
王の血を引くということは、それなりの責任感とかあるんだろうな……。
「……ほんとは、聞かない方がいいんだろうね」
隠れて聞いてるのは悪いような気がしてきた。
でも、ここで出て行くわけにはいかない。
この建物が重要な場所なら、不法侵入した俺は罪に問われる可能性があるし、それに──
「この『竜帝廟』は、可能ならば誰が開けて、入ってもいい場所……」
あ、そうなんだ。
よかった……。
「でも、入るのが難しい場所でもあります。誕生日のたびにリゼットも、この扉を開けようとがんばってますけど、いまだに開けられずにいますから」
そっか。この扉、意外と重いもんな。
「けれど……力不足はわかってますけど、リゼットは竜帝の血を引く者として、この乱世を鎮めたいと思っています!」
少女は叫んだ。
……すごいな。志が高い。
声はまだ幼いのに。
ほんとすごいな。俺にはそんな気力も、能力もないからなぁ……。
「今は竜帝さまの直系である皇帝陛下は力を失い、陛下を利用する『十賢者』たちが権限をふるっています。さらに陛下の命令を無視して、各地で王を自称する者たち──『偽王』が自立し、魔物がはびこり……怪しい教団が人々をまどわしています!」
なるほど……女神さまが『乱世』って言ってたのはそういうことか。
王様が力を失い、まわりの人間が好き勝手するのは、こっちの世界でも変わらないのか。
物語だと、こういう時に天下を治める英雄ってのが出てくるんだけど……そっか、女神さんが、この世界に人間を召喚してるのはそのせいか。そいつらが王様になって、この乱世を治めることになってるのかもしれないな。
「けれど、竜帝さまは亡くなられたとき、言葉を残されました。
『この世が乱れたとき、竜帝の後継者が現れ、この地を平和に導くであろう』……って」
……そっか。だったら安心だ。
きっと『竜帝』って存在に選ばれた者が、この世界を治めてくれるんだろうな。
竜帝の後継者か。会ってみたいな。
きっと神々に選ばれた、すごい力を持ってる少年とかなんだろうな。
「そしてこの『竜帝廟』の扉を開けられる者こそが、竜帝さまの後継者!」
………………待って。
ちょっと待って、この建物の扉を開けられる者が『竜帝の後継者』?
……それって、まさか。
「この大陸の数カ所にあるという『竜帝廟』──その扉を開けた者は、いまだかつて誰もいないとされています。『竜の血を引き』『王たる器を持つ者』にしか、開くことができないからです。そして『竜帝廟』の扉を開いた者は、竜帝さまの『王の力』を受け継ぎ、『言葉の力』と『地脈の力』を得ることができるんです。
…………だから…………」
『言葉の力』と『地脈の力』?
そんなもの俺が手に入れてるはずが──
俺はスキルを確認した。
『王の器』
王の度量を示すスキル。
さまざまなものを受け入れることができる。
言葉を受け入れ、自動的に翻訳する能力も持つ。
──王の器の内包スキル──
『命名属性追加』
『竜脈』
……『王の器』が新しいスキルを飲み込んでいるんですが。
『竜帝廟』が竜帝を祀る場所で、そこを開けた者はスキルをもらえるとしたら……。
もしかして夢に出てきた銀髪の男性が『竜帝』だったの?
このお堂の扉は『竜の血』と『王の器』がないと開かない……らしい。
でもって、この扉を開けたとき、俺はまだ『竜種覚醒』を使った状態だった。
もしもだけど……『竜種覚醒』してて、『王の器』を持つ俺を、『竜帝』が自分の後継者だと勘違いして力を与えてしまったとしたら…………。
まずい。
それって、この少女が欲しがってたものを、俺が横取りしたことになるんじゃ……?
「このリゼット=リュージュは義を重んじる者です」
少女は扉の外で叫んでる。
「ハザマ村のみんなのためにも、この乱世を鎮めて、みんなが平和に暮らせるようにする──それが竜帝さまの血を引く、リゼットの使命であり、夢なんです!」
まいったな。
こんなに必死に欲しがってたものを、奪ったら駄目だよな……。
俺はアラサーだけど。我慢できずに勢いで仕事を辞めるような、だめだめな社会人だけどーーそれくらいはわかる。
……なんとかしないと。
「確か、女神さんが『スキルについて聞きたいことがあったら』……って、手紙に書いてたっけ」
一度だけ。
最高神の目に触れないように、俺は女神さんに質問ができるはずだ。
俺のスキルを放棄できないか聞いてみよう。
とりあえずこの場は…………様子見で。
話が終わったら見つからないように出て、さりげなく合流しよう。
でも、少女が移動した気配はまだない。
かすかなため息を、泣き声が聞こえる。まだそこにいるみたいだ。
「………………ここからは、ないしょ話、です」
少女は震える声で言った。
「…………本当は、リゼットは、こわいです。戦うのも、乱世に立ち向かっていくのも、すごく……こわい、です」
言葉が、泣き声混じりになった。
「だけど……リゼットは、村のみんなにお世話になってて……竜帝さまの血を引く者として、期待されてて……」
がしっ。
少女が扉の取っ手を、掴む音がした。
「だからリゼットは、挑戦します! 今年こそ『竜帝廟』の扉を完全に開けてみせます! 去年は拳がひとつ入る分くらいは開きましたから! 今年こそっ!」
ぎぎっ。
扉が動いた。
──って、今はまずい!
異世界の人間が勝手に『竜帝廟』に入って、しかもスキルを手に入れたってなったら、大騒ぎになる。他の召喚された連中に目をつけられるかもしれない。『偽王』とかも黙ってない。
それ以上に、少女──リゼットの夢をぶっこわすことになる。
どうしよう、まずは隠れる場所を──ない。
他に出口は──ない。
「だったら……扉を内側から押さえて──」
『竜帝廟』の扉の内側には、つかむところがなかった。
だから俺が伸ばした手は空を切った。
でも、覚醒してない状態の俺は、バランスを崩して──
そのまま、『竜帝廟』の扉を、内側から押し開ける格好になった。
「……え?」
そして俺は、銀色の髪と紫色の瞳を持つ少女と、間近で顔を合わせることになったのだった。
この世界の少女と、はじめての出会いです。
今日は2回更新します(明日まで、1日2回更新する予定です)
次回、第4話は今日の夜7時くらいに更新します。
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