第28話「主(あるじ)の名は『有機栽培の竜王』」
「ユキノ=クラウディ=ドラゴンチャイルドです! お、お世話になります!」
『ハザマ村』にやってきたユキノは、村のみんなに、ぺこり、と頭を下げた。
彼女のことについては、ハーピーたちにお願いして、先に村に伝えてもらってある。俺も村に世話になってる身だからね。一応、礼儀として。
ユキノについては、俺が面倒を見る、ということ。
彼女が人間だということ。都からやってきたばかりで、身寄りがないこと。
そしてユキノには俺の客として、一緒に働いてもらうことを。
だから村のみんなは、城門の向こうで俺たちを待ち構えていて──
「『ハザマ村』にようこそ!」
「遠路大変だったね! すぐにごはんの用意をするからね!」
「ショーマさまの客なら大歓迎だよ」
「都のお話きかせてー」「ショーマ兄ちゃんの彼女?」「さらってきたの?」「りゃくだつこん?」「えいゆうはいろをこのむんだってねー!」
──みんなそろって、ユキノを歓迎してくれた。
「……あわ、あわわ」
ユキノは目を白黒させてる。
「み、みなさん鬼族。角が生えてる……かっこいい。ちっちゃい子もいる……かわいい……」
……うん。意外と早くなじめそうだ。
ユキノはしばらくの間、村長の屋敷にいてもらうことにした。
同居するのはリゼットとハルカ。その間、俺はリゼットの家に住むつもりでいる。
リゼットもハルカもユキノの実力は認めてるし、彼女のことを気に入ってる。
女の子同士だし、2人が一緒にいた方がいいだろう。
同じ異世界から来た者──もう確定でいいだろ──として、俺も面倒を見るつもりではいるけどね。
「それでユキノ、これからどうする?」
「は、はい! なんでしょうか、ショーマさん?」
「長旅で疲れてるだろ? 眠るなら屋敷に案内するけど。先になにか食べる?」
「えっと、えっと……あたし」
ユキノは自分の手足を見て、細い指で顔をなでた。
それから、砂ぼこりのついた服を、ぱんぱん、と払って、
「長旅で汚れてるので、もしよければ、先に身体を洗いたいです」
俺たちに向かって、ぺこり、と頭を下げた。
「お世話になるのに、おうちやお布団を汚したくないですから」
「それなら、いい場所がありますよ?」
リゼットがユキノの手を取った。
「最近、竜帝時代の湯浴み場が使えるようになったんです。結界内ですから魔物は来ませんし、この前、リゼットとハルカで掃除したからきれいです」
「村では『家族風呂』にしようって、話がついてるんだよ?」
リゼットの言葉を、ハルカが引き継いだ。
「良かったら、そこでご一緒しない?」
「リゼットとハルカも、ちょうど身体を洗いたいと思っていたところですから」
「え、えとえと」
2人にじーっと見つめられたユキノは、恥ずかしそうにうつむいた。
それから、顔を上げて、
「よ、よろしくお願いします!」
「はい。よろこんで!」
「それじゃさっそく行こう! ねっ!」
そう言ってハルカはユキノの手を握り──
なぜか反対側の手で、俺の手をつかんだのだった。
「えー。兄上さまは一緒に入らないの!? せっかくの家族風呂なのに……」
「はしたないですよ、ハルカ!」
「あ、あたしもそれはさすがにちょっと……」
当たり前だ。
というか、一緒に入る気だったのかよ、ハルカ。
「……だって兄妹だもん」
ハルカは不満そうにほっぺたを膨らませてたけど、結局、俺を除いて湯浴みすることに同意した。
まぁ、3人が身体を洗ってる間、俺が見張りをすることにはなったんだけど。
湯浴み中は無防備になる。防具どころか、服さえ身につけてない。
その状態だと、野生動物だって脅威になるからな。仕方ないよな。
そんなわけで、俺たちは村から徒歩15分のところにある、湯浴み場にやってきた。
そこは滝の側にある岩場で、まわりを木々に囲まれた場所だった。
「……おぉ」
俺は思わずため息をついた。
実は、ここに来るのははじめてだ。リゼットとハルカには「きれいになったらご招待します」っていわれてたから。
ユキノも目を見開いて、目の前の光景を見つめてる。
木々に囲まれた、静かな森の中。鳥の声と、流れ落ちるお湯の音だけが響いてる。
まるで元の世界の秘湯に来ているようだった。
目の前には岩場があって、そこはちょうど、浴槽のように大きなくぼみになっている。
浴槽の脇には小高い岩山。岩壁のまんなかにはいくつかの穴があり、そこから温かいお湯が流れ落ちてる。長年、水流で削られているからか、浴槽の壁も床もなめらかだ。広さは、十人が入れるくらい。
こんなものがあるなんて、竜帝さんの時代は、本当に平和で豊かだったんだろうな。
ここが使われなくなったのは魔物が出没していたから。でも、結界のおかげで、その危険もなくなった。
さらに土地の魔力が活性化したせいで、お湯の量も増えて、完全に全盛期の姿を取り戻したらしい。
それをこないだ、リゼットとハルカがきれいにした。
そして、村のいこいの『家族風呂』として使うことにしたそうだ。
がんばった2人には一番湯の権利と、なにか特典をあげるべきなんだけど──
「ですから命名権としてリゼットは、ここを『覇王の湯』にしたかったんですけど」
「ボクは『ショーマの湯』がいいと思うんだけどなぁ」
……終わった話だからね。それは。
「兄上さまもあとで入ってよー! 絶対だよー!」
木々の向こうから、ハルカの叫び声が聞こえる。
バタ足でもしてるのか、派手な水音も。
俺は木に背中を預けて、ぼーっとその声を聞いてた。
ここは、湯浴み場の側にある林だ。俺はそこで見張りをしてる。
ハルカの声がはっきり聞こえるのは、すぐそこで湯浴みしてるからだ。俺がいるのとは反対側、木々を挟んだ向こうにある岩場で。
「……アラサーの理性を試してるのか、ったく」
異世界に来たばかりで義妹の風呂をのぞく気にはならないけどさ。そんなことができるほど、まだこの世界になじんでないし、落ち着いてもいない。いろいろと。
「なにか言ったー? 兄上さま!」
「なんでもねぇよ」
……ったく。ハルカは無邪気すぎる。
もうすっかり俺のことを、血のつながった兄みたいに思ってるみたいだ。
「まったくもう……なんでボクが苦労してこの湯浴み場をきれいにしたと思ってるの?」
「なんのためですか? ハルカ」
「兄上さまと背中を流しっこするためだよ!」
「……知ってました。聞いてみただけです」
はぁ、と、リゼットがため息をつく気配。
「少しは慎みを覚えなさい。そういうことをするのは、ショーマ兄さまのお気持ちを確かめてからでしょう?」
「えー。なんでー? ボクたち、家族じゃないか」
「……まったく、子どもなんですから」
リゼットが言葉を切った。
それから、少し間があって──
「おっきくなったのは胸ばっかりですか……まったく……もう」
「ん? なにかな。リズ姉」
「なんでもありません。それより、ユキノさまの背中を流してさしあげなさい」
「はーい」
ハルカのバタ足が止まる。
それから、水を掻いて移動する音がして、
「じゃあユキノちゃん、あっち向いて。よければ足もあらってあげる。この『ヨルマルトの草』は、清めにも使えるからね。泥地によく生えてるから、覚えておくといいよ」
「は、はい。背中を向けます……ね」
ぽつり、と、ユキノがつぶやく気配。
「……ハルカさんのたわわなそれは、あたしには目の毒ですから」
「そういえば、ユキノちゃんは『真の主』を探してるんだよね?」
無邪気な口調で、ハルカが問いかける。
「はい。この村の開拓の様子を見て確信しました……ここにいれば『真の主』に会えるって、でも、どこにいるのか……」
「そっか……辺境といっても広いからね」
……『真の主』か。
転生の事情を知ってる俺からは、重すぎて聞けなかった。
でも、今はお湯につかってるせいか、ユキノもゆったりと話をしている。
この様子なら『真の主』のことを、自然に聞き出せるかもしれない。
詳しいことがわかれば、その人を探すのに協力できるからね。
「ボクたちと同盟関係にあるハーピーは事情通だからね。どんな人かわかれば、手がかりくらいはつかめると思うよ」
「そうなんですか?」
「ハーピーさんたちは、兄上さまのこと尊敬してるから、きっと協力してくれるよ」
「ショーマさんって、やっぱりすごい方なんですね」
「言うまでもないよ」
「言うまでもないことです」
唐突にリゼットが話に混ざった。
「ショーマ兄さまは、この地の王さまで、リゼットの家族ですからね。ユキノさんの『真の主』さんがどんなお方であれ、ショーマ兄さまには敵わないと思いますよ」
「それは聞き捨てならないですよっ!」
ばしゃん。
……なんかユキノが立ち上がったっぽい音がした。
ばしゃん。
……リゼットも立ち上がったのかな。
「「むむむーっ」」
……にらみあってるな、きっと。
ケンカするなら服着てからにして欲しいな。
この状態じゃ。俺が割って入るわけにいかないんだから……。
「兄上さま! リズ姉とユキノさんがにらみあってるよ! こっち来て止めて!」
無茶言うな。
……でも、しょうがないか。
「ユキノ。俺も聞かせて欲しい。お前の『真の主』について」
俺は声だけで介入することにした。
「リゼットも、少し落ち着け。どんな人か知らなきゃ比べようもないだろ。ここはユキノの話を聞こうよ」
「……ショーマ兄さまがそうおっしゃるなら……くしゅん」
ちゃぷん。
小さなくしゃみと共に、リゼットの身体がお湯の中に沈んだ。たぶん。
「……確かに、なにもお伝えせずに『すごい』と言っても、信じてもらえませんよね」
同じく、ちゃぷん、と、水音をさせて、ユキノが言う。
「そうだよ。まずはお話を聞かせてよ。あったまってから、ね」
「ハルカの言うとおりですね」
「そうですね」
……………………。
「「「はふぅ」」」
あったまったらしい。
「まずはじめに、あたしの秘密を……みなさんにはお話しておきたいと思います」
しばらくして、ユキノは話しはじめた。
「黙っていてごめんなさい。実はあたし、別の世界から来た人間なんです」
「そーなんですか」
「へー」
「反応薄っ!? あれ? あれれーっ!?」
……しょうがないよな。
ユキノ、異世界人としては2人目だし。
「あたしは、元の世界で『真の主』に命を救われたんです」
気を取り直したのか、ユキノはまた、話し始めた。
「元の世界で、あたし……身体が弱くて、入退院……お医者さんの施設に入ったり出たりを繰り返してました。難しい病気で……長くは生きられないって言われてたんです。やけになってたあたしに、その人は生きる使命をくれたんです。だから──『真の主』なんです」
「……そうだったんですか」
リゼットがつぶやいた。
「そうでしたか。その方は、ユキノさんにとっては大切な方なんですね」
「はい」
「その方のお名前はなんとおっしゃるんですか?」
「『有機栽培の竜王』です」
…………はい?
「おそらく『大地の力を活かす竜王』のことだと思います。そしてこの辺境では、大規模な開拓が行われていますよね。有機栽培のまっさかりです。そして、ここは『竜帝』さんのお湯です。竜にゆかりがあります。
だから、あたしは確認しました。この地にあたしの『真の主』が現れるって!」
…………『有機栽培の竜王』…………?
……なんか引っかかるな……。
頭の中で、ちりちりと音がするような。開けてはいけない扉が開きかけているような。
………………………………?
落ち着けー。落ち着け俺。
そうだ。まずはお茶を飲もう。村で水筒に入れてきたのがあったはず。
それを飲めば落ち着く。
こんな、記憶に妙に引っかかるものは消えて──
「あ、すいません。『有機栽培の竜王』はあたしが勝手に訳しただけです。本人は『オーガニックドラゴンキング』って名乗ってました!」
「ぶほがはごほごほがふんごほんっ!!」
「わぁっ! ショーマ兄さまどうしました!?」
「あ、兄上さま、大丈夫!!?」
ざばっ。ぱしゃ。ぴちゃぴちゃぱたぱたっ!
「だ、大丈夫だ。ってかハルカ! こっち来なくていい!」
「ハルカ! はだかで走り出すのやめなさーいっ!」
「え──っ」
「あわ、あわわ」
肩まで見せたハルカが、リゼットに引っ張られて戻っていく。
俺は口を押さえて、咳き込む。
……今、ユキノ……なんて言ったんだ? まさか……。
「……『オーガニックドラゴンキング』……『有機栽培の竜王』」
「……ショーマさん!? 心当たりが!?」
「…………い、いや……」
……俺だよ。
中二病時代の俺だよ!
『鬼竜王翔魔』の初期バージョンだよ!!
『竜の』が『ドラゴニック』だから、『鬼の』が『オーガニック』だと思って『鬼の竜王』って意味で『オーガニックドラゴンキング』って名乗ってたことがあったんだ。
あとで『オーガニック』が『有機栽培』って意味だってわかってからは使うのをやめたはず。というか、『オーガニックドラゴンキング』って名乗ったのは2回だけのはずだ。なのに──
「……まさかユキノが、あの名前を知ってるなんて……」
確定だ。
ユキノは俺の世界の人間で、俺が中二病時代に出会った少女だ。
「つまり、女神さまは、十数年のタイムスパンで『適格者の魂』を集めてるってことか」
これもまた重要な情報だけど……そんなことはどうでもいい。果てしなくどうでもいい。
……どうする? ユキノに俺のことを話すか?
彼女が求めてる『真の主』は、中学生時代の俺だ。若い俺だ。でも今の俺はアラサーだ。
……名乗っていいのか? 彼女の夢を壊すことにならないか?
…………なんだろう、この感覚。
ずっと会ってなかった幼なじみに再会して、でも自分が変わったことを知られるのが嫌で黙ってるような感覚。10歳以上年下の幼なじみってパワーワードすぎるだろ……?
「聞いて下さい。みなさん。あたしの『真の主』との思い出を……」
湯気の向こうで、ユキノは話し始めた。
「……あの方と出会ったのは、とある夜のことでした」
それは、俺も良く知る──こことは違う世界の物語だった。
いつも「覇王さん」を読んでいただき、ありがとうございます。
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