第27話「転生者(仮)ユキノ、その実力におどろく」
「やれやれ……また魔物が来てるな」
『ハザマ村』の近くまで来た俺たちは、『結界』のまわりにやってきている魔物を見て、ため息をついた。
村を囲む『結界』は、目には見えない。
だからときどき魔物がやってきて、結界の壁にぶつかり続けてる。
見た感じ「あれーおかしいな進めないよー」って感じで。夏場の網戸に体当たりを続ける虫みたいに。
ちなみに今日の魔物は『ダークベア(身長約3メートルの大熊)』が3体だ。
「ダークベアは毛皮が取れるけど、傷つけずに倒すのが難しいんだよな」
「失敗すると『邪結晶』しか取れませんものね」
「結晶はさっき売ってきたばっかりだもんね。二度手間だよねぇ」
「「「はぁあ」」」
俺とリゼット、ハルカは再びため息をついた。
「……あの。ちょっと待ってください」
「どうした。ユキノ」
振り返ると、ユキノが額を押さえて考え込んでた。
「ここ、辺境じゃなかったですか?」
「辺境だけど」
具体的には魔物が大量に出没する場所で、人が住める限界地域だ。
「だから強力な魔物がいるんだが」
「ですよね。『ダークベア』は、兵士十数人がかりで倒す魔物ですものね」
「そうなのか?」
俺はリゼットとハルカを見た。
「『ハザマ村』の人なら、5-6人がかりですね」
「リズ姉の魔法があれば、4人でもいけるね」
たくましいな。亜人。
そうでもなきゃ、辺境でなんか暮らせないか。
「それが通れない結界って……どんだけ強力なんですか」
「ほめて」
「ほめますけど! そういう問題じゃないんです!」
ユキノは結界の先にある森、その向こうを指さした。
「あの城壁に囲まれてるのが村ですよね?」
「そうだよ」
「まわりにあるのが、畑ですよね」
「まだ作りたてだけどな」
そんなに苦労はしなかった。
『命名属性追加』で『貫通属性』を与えた斧は、木をサクサク切り倒せた。
鍬は、木の根っこをやっぱりサクサク切り裂いて、堅い土をあっというまに耕してくれた。
だから今も絶賛開拓中だ。ハイスピードで。
「あたし……この数ヶ月間、ずっと旅をしてました」
「そうなのか?」
「はい。都から辺境まで、この世界に来てから、ずっと」
「がんばったな。ユキノ、ちっちゃいのに」
「子ども扱いしないでください! あたし、前の世界では14歳だったんですから!!」
14歳か……小学生くらいだと思ってた。
というかユキノ、異世界人ってのを隠す気ないだろ。「この世界」「前の世界」って言っちゃってるし。
ユキノの話によると、彼女は数ヶ月前に召喚されたらしい。俺とは少し、時間がずれてる。
女神さまは、時間感覚がアバウトなのかもしれない。俺を召喚した女神さんも、中二病時代のことも「ちょっと前のこと」って言ってたから。
「都からここまで、色々な場所を見てまわりましたけど、こんなきれいに並んだ畑は見たことがないです。普通は魔物除けや盗賊避けで、柵で囲まれてたりしますから、こんな大きな物は作れないはずなんです」
「すごいだろ。ほめて」
「ほめますけど! 辺境にこんなすごい場所があるなんて……聞いてない」
ユキノは水色の髪を手で掻きながら、考え込んでしまった。
「あのさ、ユキノ」
「なんでしょうか。ショーマさん」
「突っ込むところはそこだけ?」
俺は自分の背中にある、白い翼を指さした。
てくてく歩くの面倒だし、ユキノも疲れ気味だったから、ここまで『翔種覚醒』して運んできた。ハーピーは2人しか手配できなかったから、俺が二往復してハルカとユキノを運んだんだ。結構がんばった。
「俺の翼とか、ハーピーのこととか、突っ込まなくていいのか?」
「かっこいいからいいです」
ユキノは当たり前のことのように、答えた。
それから彼女は、リゼットとハルカを見て──
「おふたりの角も、かっこいいから別に気にならないです。というか、さっきそういうのは気にしないって言いましたよ。あたし」
「……そうだった」
飛んでる間、ユキノは翼に触りたそうにしてたもんな。
彼女が転生者で、俺の世界から来た人間なら、世界がまるごと変わってることになる。だったら、翼や角が生えてることくらい、小さなことなのかもしれないな。
「……亜人の住む村……大規模な開拓と、豊かな土地……そうか。だからこそこの地に、あたしの『真の主』が……」
彼女はしゃがみこんだまま、つぶやいてる。
……『真の主』か。
そういえば結局、彼女の求める『真の主』の正体については聞けなかったな。
死ぬとき笑ってた──なんてのは、元中二病のおっさんが触れるには重すぎる。
考えてみれば、俺以外の召喚者は全員、死んでからこの世界に来てるんだ。どんなトラウマがあるかわからない。落ち着くまで、うかつに触れない方がいいだろうな。
「ショーマ兄さま。熊はリゼットとハルカが倒します」
「兄上さまは、ユキノちゃんを守ってあげてね!」
リゼットとハルカが、それぞれ剣と棍棒を手に取った。
どっちもエンチャント済みだ。ハルカは町では剣を持ってたけど、今は棍棒に切り替えてる。
ふたりはまっすぐ、『ダークベア』に向かって走り出そうとして──
「待って。リゼットさん、ハルカさん!」
不意にユキノが、ふたりを呼び止めた。
「ここは新参者のあたしに任せて! てんせ──いえ、仲間にしてもらうからには、力量を見せておきたいの!」
ユキノが槍を手に、駆け出す。
口元が小さく動いてる。なにか呪文を詠唱しているようだ。
『グォア?』
『ダークベア』たちがこっちに気づいた。
ユキノは魔物たちから距離を取り、立ち止まる。
そして彼女は、魔法を発動させた。
「ここから先は通さないわよ! いきます! 『氷結の壁・強!!』」
「「「おおおおおっ!!」」」
ユキノと『ダークベア』の間に、氷の壁が生まれた。
高さは3メートル弱、幅は──8メートルくらい。厚さはここからじゃわからない。
『グアアアアアアアォォ』
「──ちっ。狙いが甘かったわね」
ユキノは2体の魔物を、『氷結の壁・強』と結界の間に挟み込んだ。
だが3体目がフリーのまま、彼女に向かって行く。
「こっちくんな! 『氷結の矢・連』!!」
ひゅんひゅんひゅんっ!!
氷の矢が5発、『ダークベア』に向かって飛んでいく。
矢は『ダークベア』の左腕を貫通し、凍り付かせた。だが、止まらない。
ユキノは片方の腕を『氷結の壁』に向けたまま、「ぐぬぬ」ってうなってる。魔法の維持には集中が必要なようだ。ユキノは長旅で消耗してるから、まだ本調子じゃないらしいな。
「リゼット、ハルカ、援護を」
「「了解!!」」
『ダークベア』の前に、リゼットが飛び出した。
「ショーマ兄さまが認めた方を傷つけることは許しません! 『浄炎』!!」
リゼットは浄化の炎を『ダークベア』の顔にたたきつけた。
『グアアアアアアアォォォ!!』
「ていっ!!」
そのままリゼットは長剣で『ダークベア』の胸を突く。
『ダークベア』は真後ろに跳ぶ。剣は、毛皮に包まれた胸を浅く切り裂く。
リゼットは連続して剣を繰り出す。『ダークベア』は後ろに下がり続ける。
『グォア?』
熊の背中が『結界』の壁に当たった。
熊が振り返る。目を見開く。怯えた悲鳴を上げる。
「この先は『ハザマ村』の領土だ。寸土たりとも踏み入れることは、城主であるボクが許さない」
その向こうではハルカが、棍棒を構えていた。
「土地の魔力をこの身に宿し、ボクは君をほふる」
『グガアアアアアアアァ!?』
『ダークベア』が絶叫する。その前方にいたリゼットが真横に飛ぶ。
ハルカの身体から、魔力があふれだしたからだ。
エンチャントした『棍棒』の威力。村の結界内に入ったことによる、腕力の上昇。さらに城主特典で、ハルカは土地の魔力を使うことができる。
その結果、強化されたハルカの必殺技は──
「威力を一点集中! いくよー。『無尽槌・改』!!」
どぉん
『ダークベア』が吹っ飛んだ。
「……え?」
ユキノがぽかん、と口を開けた。
身長3メートル超の『ダークベア』は宙を舞い、地上に落ちて3回転。樹に当たってやっと止まる。そのときには、すでに絶命している。というか、胴体に大穴が空いてる。
ハルカの技『無尽槌』は、元の世界でいえば拳法の『発勁』『寸勁』のようなものだ。至近距離から猛烈なダメージを与えることができる。ただし、こっちの世界でたたき込むのは運動エネルギーじゃなくて、魔力だ。
だから結界内にいるハルカは、『城主特典』で得られた魔力を、技の威力に上乗せできるわけだけど──
「やりすぎだ、ハルカ。あれじゃ毛皮も採れないよ」
「ごめんねー」
「まぁいいや。採取はあきらめてさっさと帰ろう」
俺は『氷結の壁』に挟まれた2体の『ダークベア』に向き直る。
「ユキノ。確認だけど、この壁を壊してもユキノにダメージが行ったりしないな?」
「し、しません。でも、無理です」
「無理?」
「この壁は壊せないんです。あたしが魔力を注いでる限り。街道でもっと大きな魔物に襲われたことがあるけど、そいつらだってこの壁は破れなかった。そうじゃなきゃ、対『陸覚教団』の切り札なんて言えないでしょ?」
「わかった。じゃあ『竜種覚醒』──魔力全開『竜咆』!!」
ごぉん。
俺は火を吐いた。
ぼしゅっ。
氷の壁が蒸発した。
『────ァ!?』
2頭の『ダークベア』が灰になった 。
「…………はい?」
「おつかれさま。ユキノ。疲れてるのに、がんばったね」
「ユキノさん、すごいです。あの氷の矢がなければ、もっとてこずってました」
「ボクたちが『ダークベア』に集中できたのは、ユキノさんが他の2体の動きを止めててくれてたからだよ。すごいよ。ボクと友だちになってよ!」
俺とリゼット、ハルカはユキノをかこんでほめちぎる。
やっぱりユキノは正式な転生者なのかもしれない。本当にすごい。
俺の『竜咆』だって、ユキノの壁のせいで多少減衰してた。壁の強度はあの『黒騎士メセトラト』の鎧くらいはありそうだ。ほんとに使えるな、彼女の力は。
「ほんとに、いい人が仲間になってくれてよかったよ。これからよろしくな、ユキノ」
「…………はぁ」
俺とユキノは手を握り合う。
あれ? どうしてうつむいてるんだ?
なぜか肩が震えてるし、どうした、ユキノ。
「とりあえず村に戻って休もう」
俺は提案した。
「『陸覚教団』対策はそのあとだ。できれば結界をもっと広げて、他の亜人たちも仲間にしたいからな」
「そうですね。平和のためにがんばりましょう!」
「あとで結界内を案内するよ。水浴びできる場所もあるから、一緒に入ろうね。ユキノちゃん!」
「…………あれ? あれれれー? あたし……チート……じゃないの? あれれ? それに、ショーマさんのその……竜っぽい力は? あれ──っ?」
そんなわけで、俺たちは4人そろって村へと向かったのだった。
いつも「覇王さん」を読んでいただき、ありがとうございます。
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