第21話「これからの領地運営計画」
村に帰ったあとは、お祭り騒ぎだった。
『ハザマ村』は、ずっと森の魔物におびやかされていた。
廃城に『黒騎士』とその一味がすみついてからは、魔物の攻撃は、さらにひどくなってた。
それが一気に解消されたんだから、みんなが喜ぶのも無理はないよな。
今は村の広場に大きなたき火が作られて、その周りでみんなが騒いでる。
鬼族の大人たちは穀物を発酵させた酒を飲みながら笑ってるし、子どもには果汁たっぷりの木の実をすすりながら走り回ってる。祭りのメインディッシュは、ノリノリで狩りにでかけていった大人たちが仕留めた巨大イノシシだ。
切り身にして焼いて、穀物の粥と一緒に食べるのが『ハザマ村』の流儀らしい。
俺はといえば……村のすみっこで、みんなが盛り上がってるのをぼーっと見てた。
この村には飲めない酒をむりやり勧めるって風習がないようで、俺が「疲れたんでぼーっとしてます」と言ったら、「気が変わったらきてねー」と答えて、放っておいてくれるようになった。いい人たちだ。
「そういえば……『竜帝廟』。だめだったな」
俺とリゼットとハルカは、帰りに『竜帝廟』に寄ってきた。
リゼットに、竜帝のスキルがあげられるかどうか、確かめるためだ。
でも、リゼットは中に入れなかった。扉は俺が開けたけど、まるで見えない壁があるみたいに、進むことができなかったんだ。
「リゼットには竜の血はあるけど、王の器はないってことなのかもしれません」
そんなふうに、リゼットは言ってた。
本人は気にしてないふうだったけど、やっぱり竜帝のスキルはリゼットが持つべきだって俺は思ってる。なんとかして彼女に王の資格を与える方法を考えた方がよさそうだ。
「……皇帝の位をリゼットに譲ってもらう……ってのは無理があるか」
とにかく、竜帝のスキルは、もうしばらく俺が持ってるしかなさそうだ。
それまでに、使い方をもっと研究しておこう。気づいたこともあるし。
「『命名属性追加』を起動」
宣言すると、目の前にウィンドウが浮かび上がった。
エンチャント済みのスロットは3つ。
『長剣』──『超堅』
『棍棒』──『金棒』
『正拳』──『聖剣』
そして、空きスロットが3つ増えてる。
レベルが上がった、ってことらしい。
その影響か『鬼・竜・王・翔・魔』それぞれの魔力ゲージも長くなってる。
より多くの魔力を取り込むことができるようになったらしい。
レベルアップの条件は──
(1)『黒騎士』を倒した。
(2)『城主』を任命した。
──このどっちかだろうな。これもあとで調べておこう。
「ショーマおにいちゃん!」「お茶のおかわりをおもちしましたぁ!」
子どもたちが俺のまわりにやってきた。
手に、お茶の入ったカップを持ってる。急いで来たのか、だいぶこぼれてるけど。
「ありがと」
「今日はおまつりさわぎです」「ショーマおにいちゃんは、なにしてますか?」
「さぼってるんだ」
さすがに疲れたからな。
アラサーの俺に、鬼族の体力に付き合うのは無理だよ……。
「リゼットとハルカはどうしてる?」
「おふたりとも、ガルンガさまと話をしてます。これからのことを、って」「それと、ショーマおにいちゃんにどんなお礼をすればいいかって」
「……お礼ねぇ」
俺としては、この村に住まわせてくれるだけで充分なんだけどな。
お礼といえば……そうだね。
「そうだな。あとで、スキルの実験に付き合って欲しい、って言っといて」
「すきるのじっけんー?」「なにするのー?」
「この村をひかぴか光らせてみたいんだ」
俺は言った。
「わかんない」「でもわかったー」
子どもたちは、手をつないでみんなのいる方へと走っていった。
さてと。俺は部屋でひとねむりしますか。
次の日。
俺は村長さんの家で、ハルカの叔父のガルンガさんと向かい合っていた。
「提案があるんです」
「提案ですとな?」
ここは村長さんの家の、応接間。
といっても、大きなテーブルがあるだけのだだっ広い部屋で、まわりの椅子に俺とリゼットとハルカ、ガルンガさんが座ってる。
リゼットとハルカは緊張した顔だ。
ふたりには、これから俺がどんな提案をするのか話してあるから。
「2人に確認したんですけど、この村も、竜帝時代の城壁を利用してるんですよね?」
「そ、そうですな。ここは『廃城』を守るための小さな城だったという伝説があります」
ガルンガさんはごつい肩を上下させて、うなずいた。
「我らの祖先が大陸の中央から追われたとき、城壁と数個の家が残るこの場所を見つけた、と聞いております」
「鬼族のひとたちが『廃城』じゃなくてこっちに住んでるのは、人の領域に近いからですか?」
「そうですな。それと、城壁が残っているというのも理由のひとつです。『廃城』は結界が張れますが、魔力結晶が切れればまるはだかです。それに、黒騎士のようなものが現れることを考えたら……とてもとても」
まぁ、そうだよな。結界が切れて孤立したら、下手したら全滅だ。
「この村は城壁で守られてる……結界はないんですね」
「そうですじゃ」
「でも……この村が古い城跡を利用して作られるとしたら」
俺は少し考えてから、言った。
「もしかしたら、『竜樹城』のように結界が張れるかもしれないんです」
「おお!」
ガルンガさんはぶっとい腕をテーブルについて、身を乗り出した。
「……確信があるわけじゃないんですけど」
でも、的外れでもないと思う。
俺の『竜脈』には『竜樹城』のパラメータが表示されてる。
そこには『連鎖:なし』の文字がある。竜帝さんのスキルは言葉を扱うものだから、こういう言葉にもなにか意味はあるんだと思う。
でもって、この『ハザマ村』が『廃城』を守るための小さな城なら──
『廃城』の結界が活性化したことで、なにか反応があったかもしれないんだ。
「だけど、そのためには、俺がこの村の頂点に立たないといけないんです」
俺は『廃城』の魔法陣を再生したときのことを、改めて説明した。
「『竜脈』スキルは『城主』を指名することで、大地に眠る魔力を呼び覚ますことができるんです。その魔力を利用すれば、より強力な魔物除け結界を張ることができます」
「『廃城』……いえ『竜樹城』のようにですな」
「そうです。ただ、魔法陣を強化するためには、俺がこの村を城に見立てて、城主を任命する必要があるんです。つまり、俺がこの村の名義上の王さまになって、その命令によって、城主が結界を張る、ってことになります」
「ショーマどのが、王さまに!?」
「もちろん名義上のもので、別に権利を主張するつもりはないです」
俺は慌てて手を振った。
「この村を支配するつもりもないです。これは、リゼットとハルカの家族として、約束します。ただ、俺は楽をしたいだけなんです」
俺はそのまま説明を続ける。
今のところ『竜樹城』に張った結界は、森の半分くらいを覆ってる。
結界の中は安全だけど、『ハザマ村』からそこに行くまでの間は、結界のない森を通らなければいけない。『ハザマ村』の魔物除け結界は、城壁のすぐ外くらいまでしか覆ってないから。
かといってみんなそろって『廃城』に移住するわけにもいかない。
あっちは建物がなんにもない。畑もない。家畜を連れて移動するのも大変だ。
その上、『ハザマ村』をからっぽにしてしまったら、今度はこっちに魔物が住み着いてしまう。そしたら人間の領域との間のルートがふさがれてしまう。
城の結界も、なかなか使い方が難しいんだ。
「でも、もしも『ハザマ村』に、同じレベルの結界が張れたら──城と村の間に安全地帯ができるんです」
ふたつの結界がつながるから。
城と村の間を、自由に移動できるようになる。森を切り開くこともできるし、狩りや採取にだって行ける。子どもたちが魔物に襲われることもなくなるはず。
「うまくいけば、ですけどね」
一応、付け加えておく。
期待させて「だめでした」ってのも、悪い気がするから。
「うーむ……」
ガルンガさんは腕組みをして、天井を見上げた。
「リゼットさまと、ハルカの意見を聞かせてもらえぬか?」
なんだか苦笑いしてるよ。ガルンガさん。
そんなに変なことを言ったかな。俺。
「義妹としては、リゼットは兄さまを全面的に信じています」
リゼットは、なぜか笑いをこらえてるような顔で、言った。
「この村の守り手としても、兄さまの提案は素晴らしいと思いますよ」
「ボクも賛成。兄上さまがみんなに理不尽なこと言ったりするわけないよね? だって兄上さま、みんなに武器を配ったとき、なにも要求してないもん」
ハルカは、しゅた、と手を挙げて言った。
リゼットは満足そうに──
「城主候補がそう言っているようですし、リゼットは賛成ですよ。ガルンガさま」
「え? 城主候補? 誰が?」
「ハルカに決まっているでしょう?」
「他に誰がいるというのだ?」
「……もしかして、わかってなかったの?」
リゼットとガルンガさんと俺の注目を浴びて、ハルカの目が点になる。
そして──
「無理無理無理無理無理!」
ハルカは激しく首を横に振った。
「む、むりだよ! ボクが城主なんて、できるわけないよ! リズ姉でいいじゃない!」
「それ、指揮系統がめんどくさくなるから駄目だよ」
俺は言った。
ただでさえややこしいんだ。城主と王さまがいる『村』って。
これで村長まで別人にしたら、指揮系統がこんがらがる。
「『竜樹城』を手に入れた記念に『ハザマ村』を城に昇格。でもって、ハルカが城主になるってことでいいんじゃないかな?」
「……兄上さまは、ボクにできると思う?」
「思うよ」
「じゃあやる!」
ハルカは、びしっ、と手を挙げた。
「代わりに、兄上さまのことを『王さま』って呼んでいい?」
「……なんでまた」
「ボクとリズ姉……城主の2人にとっては、文字通り、兄上さまが主君だからだよ」
そう言って、ハルカは俺の前にひざまづいた。
リゼットも椅子から立ち上がり、同じようにする。
「わかったよ。じゃあ『王の器』を持つ者としてお願いする。ハルカは『ハザマ村』の城主になってください」
「違うよ。兄上さま」
「……違う?」
「違いますね。ショーマ兄さま」
ハルカもリゼットも、すごくいい笑顔で、首を横に振った。
「「城主任命するからには、できるだけ強そうに言っていただかないと」」
……なんとなくだけど、わかった。
そっか、2人の前では、何度もあっちの口調になってるもんな。
しょうがないか。
「……異形の覇王、鬼竜王翔魔の名において命ずる」
俺はハルカの肩に手を乗せて、告げる。
「我が義妹ハルカ=カルミリアに『竜脈』の力を貸し与え、城主となす。我が命を違えることは許さぬ。その力、村と、この異形の覇王のために使うがよい!」
「うけたまわったよ! 我が主、鬼竜王翔魔さま!!」
俺の腕に角をこすりつけながら、めいっぱいの笑顔で、ハルカは答えたのだった。
こっちはむちゃくちゃ恥ずかしかったんだけど。
それから俺とリゼット、ハルカは村を探索してみた。
というか、村長の家を物色してたら、それはすぐに見つかった。
物置の裏に小さな小部屋があって──そこで──
「……光ってるね」
「……光ってますね」
「……光ってるよね」
なんか魔法陣が光ってた。
「やっぱり、向こうの結界の影響を受けてるのかな」
竜脈の大本は『廃城』で、あっちが活性化したから、こっちも覚醒め──いや、めざめたってことかな。
『竜脈』──つまり『脈』って言うからには、順番に活性化させていかなきゃいけないわけだ。
めんどくさいけど、しょうがないか。
そんなわけで、俺は3時間くらいかけて、魔法陣を書き直して──
「ハルカ=カルミリア。汝を『鬼王城』の城主に任命する!」
ハルカを魔法陣の中央に座らせて、宣言した。
ちなみに『鬼王城』って名前はハルカのリクエストだ。鬼竜王から竜を抜いたものにしてみたらしい。
「汝はこの地に眠る魔力を使うことができる。それをもって、汝を信じる者たちを守るがいい。めざめよ──『竜脈』!!」
そしてまた、魔法陣からあふれた光が、ハルカの身体の輝かせる。
二度目だし、今度はリゼットが同席してるから、視線を逸らすくらいの余裕はあった。いや、横目で……ちょっとだけは見たけどね。
「……はふぅ」
儀式が終わったあと、ハルカは真っ赤な顔で座り込んだ。
小さく「……なんだか、兄上さまと溶け合ったみたいだよ」ってつぶやいてる。
とにかくこれで城主認定は完了。結界もできあがった。
確認しようと、俺たちが外に出ると。
「……ショーマ兄さま!」「兄上さま!」
村のまわりに、光が広がってた。
空中には、白い雪のようなものが浮かんでる。結界の光の範囲は、森を半分おおうくらい。『竜樹城』の結界と重なり合ってる。成功だ。
『王の領土「鬼王城」
城主:ハルカ=カルミリア
続柄:義妹(種族:鬼の血脈)
結界効果:魔物除け(結界重複部分は、上位の魔物も行動不能)
追加効果:腕力上昇15%
連鎖:1』
これでこの森は、俺たちの領土になった。よっぽど強力な魔物じゃないと入り込めないし、結界の重なり合った部分は、上位の魔物でさえ行動不能になるらしい。
そして『連鎖』って意味は──
「村から、光の道ができてるな……」
まっすぐに。『竜樹城』に向かって。
これが『連鎖』ってことか。
スキルで確認すると、この道も『結界』になってるらしい。
「つまり、城が3つになったら三角形の道ができて──」
その間の空間は、実質、魔物を閉じ込める格好になる。
周囲から狩り放題の安全地帯だ。
「なるほど。竜帝が魔物をどうやって追い払ったのかわかった」
「たぶん、城と城をたくさんつないで、大陸中に結界の網を張っていたんですね」
俺の隣で、リゼットがうなずいてる。
ハルカはよくわかってないらしくて、俺の手を握って飛び跳ねてるけど。
「大陸を支配したいとは思わないけど……もうひとつ城が欲しいね」
三角形を作れれば、その間の土地に人を住まわせることもできる。
そうすれば村の勢力も拡大するし、収穫だって増えるから。
「やってみるか。もうひとつ、空いてる城を探して」
俺はなんとなく、そんなことを考えていたのだった。
そんなわけで、今後の計画を立てました。
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