第19話「はじめての『城主認定』」
「「おぉ…………」」
ハルカと、いつの間にか戻ってきたリゼットが、感心したような声をもらした。
「本当の魔法陣って、こういうものなんですね」
「ボクの村にも魔物除けの魔法陣はあるけど……これに比べたら落書きだよ……」
そうなの?
「竜帝さまの時代のものは失われて久しいですから」
「村にある魔法陣も、かすかに残ってたものをなぞっただけのものなんだよ。王宮に行けば詳しい資料はあるかもしれないけど、こんな辺境でこれほどの魔法陣はないよね……」
見えてる魔法陣をなぞっただけなんだけど。
途切れてるところは、俺の知識で補って。
元の世界でもこっちの世界でも、魔法陣のというものの基本は変わらないらしい。
魔力、スキル、異能──そういうものの概念が同じだから、魔法陣もそこそこ類似してるのか。
「念のため、動作確認してみますね」
リゼットがしゃがんで、魔法陣に指で揺れた。
ゆらり、と、魔力が彼女の指から流れ出す。
一瞬、光る粒子が空間に散って、すぐに消えた。
「はい。浄化の魔法陣として成立してます。しかも、すごく効率がいいものです」
リゼットはおどろいたようにうなずいて。
「おおー」
ぱちぱちぱち、ってハルカが手を叩く。
……まさか中二病時代にたくわえた知識が役立つとは。
よろこぶところなんだろうけど……なんか複雑だ……。
「リゼットの方は、『邪結晶』の浄化は終わったの?」
「はい。ショーマ兄さまからいただいたもの、無駄にはしません」
そう言ってリゼットが取り出したのは、無色透明の水晶玉だった。
ときどき、表面が虹色に光ってる。これが浄化された『魔力結晶』らしい。
「これを魔法陣に乗せれば、たぶん、150日くらいは保つと思います」
「……150日か」
そのあと、また魔物を倒して『邪結晶』を回収して、浄化しなきゃいけないのか。
面倒だな。もっといい方法があればいんだけど。
「あのさ、リゼット」
「はい。ショーマ兄さま」
「『竜帝』さんが、どうやって結界に魔力を供給してたかって、わかる?」
「……リゼットも、母から聞いただけですけど……」
リゼットは銀色の髪を指にからめながら、首をかしげた。
「大地を流れる魔力を──直接、魔法陣に繋いでいたそうです」
「繋ぐ、って?」
「詳しいことは……今の皇帝陛下──『捧竜帝』さまか、十賢者じゃないとわからないと思います。ただ、土地と魔法陣を繋ぐために『城主』を指定していたってことは、昔話でよく聞きます」
「城主さん、か……」
どういうシステムなんだろうな。
「では『結界』を起動しますね」
リゼットは魔法陣の中央に、魔力結晶を置いた。
地面がかすかに、震えた。
「……やっぱり、結界の魔力効率がすごいです」
「……見て、兄上さま。結界の光が広がってく」
俺にも見えてる。
魔法陣からあふれ出した光の粒子が、『廃城』と、そのまわりを包み込みはじめてる。
すごいな……魔法陣が実際に起動するのをはじめて見た。
魔力がある世界ってこういうものか……。
光の粒子は城を包み込んで、すぐに消えた。
結界は見えないけど──なんとなく、空気がちょっとだけ澄んでるような気がする。
こうやって城や町に『結界』を張っていけば、魔物の侵入を防ぐことができるのか。
ってことは、結界の範囲を広げれば……魔物をこの地域から追い出すことができるかもしれないな。これも後の課題か。
できるだけ楽にのんびりしたいから。そういうのも研究しておこう。
「もうちょっとここを調べてみてもいいかな?」
俺はリゼットとハルカに向かって言った。
「こういう城跡を見るのははじめてだから、興味があって」
「いいよ。ボクは、ガルンガおじさんたちを呼んでくるね」
「では、リゼットは塔の前で見張りをしていますね」
ハルカは手を振って出て行った。
リゼットの方は──塔の前で、びしっ、と直立不動だ。
「……いや、そこまでしなくても」
「お兄さまをお守りするのは、義妹の大事なお仕事です!」
「……義兄は義妹の将来が心配になってきたよ」
大丈夫かな。リゼット。仕事のストレスと緊張で潰れたりしないかな。
元の世界にもそういう人がいたから心配だよ……。
「まぁいいや。手早く済まそう」
もっと効率いい『結界』が作れれば、リゼットたちの仕事も楽になるはずだ。
手がかりは、いくつかある。
まず、この場所には、かつて竜帝さんが結界を張っていた。
竜帝さんは、魔力の結晶体なしで結界を張り続けることができた。
そのために城主を任命していた。
最後に、竜帝さんのスキルは「名前をつけること」が関係している。
「……そこから考えると……」
わかる……わかるぞ。
つまり──竜帝は大地の精霊を呼び出して名前をつけ、それを城主の助手にしていた。その助手とはつまり世界の根源にまつわるもので。地にありては生命を、天にありては死をつかさどる第8天のさらに上位に位置する女神の従者でうわああああああ!
ぶんぶんぶんぶんっ!
……いかん。中二病的な設定を作り上げそうになった。
常識的に行こう。だてに10年近くも社会人をやってたわけじゃない。
この場は、会社員時代に手に入れた『現実処理能力』の方を使った方がいい。
「大地の魔力を、城主さんを通して結界用に変換してた、で、いいんじゃないかな……?」
この世界は魔力にあふれてるんだから、そういうものもあるんだろう。
で、大地の魔力といえば、やっぱりあのスキルだろうな。
「スキル発動。『竜脈』」
俺はスキルを起動した。
元の世界では『竜脈』というのは、土地の『気』の流れなんかを意味してたはず。
でもって、昔の城や町は風水的に『気の流れのいい場所』に作られていた。いわゆるパワースポットみたいなものだ。昔、本を読んで勉強したことがあるから、わかる。そういうところに行って覚醒の儀式をしようと思って、弁当代を削って旅費を作って………………いやいやいや。それはこの際どうでもいい。
とにかく『竜脈』なんてスキルがあるってことは、こっちの世界ではその『気』が『魔力』に変わってる可能性があるわけで──
当然、城や町が『魔力』を持つ土地に建てられてることは充分に考えられる。
「…………これかな?」
『竜脈反応あり』
静かに待っていたら──頭の中に文字が浮かんだ。
『命名属性追加』もそうだけど、竜帝関係のスキルはこういうふうになってるらしい。
『城を支える大地に、魔力の流れを感知しました。目覚めさせるために、城主を指定してください』
「リゼット、ちょっといい?」
「どうしましたか? ショーマ兄さま」
「このお城、俺がもらっていいかな?」
「はい、どうぞ」
「……あっさりだね」
「黒騎士メセトラトを倒したのは兄さまですよ?」
不思議そうな口調で、リゼットは言った。
「そして、魔法陣を直してくださったのもショーマさまです。ショーマさまが、この城を欲しいと言うなら、誰も文句なんか言わないと思いますよ」
「そういうことなら」
遠慮なく、実験に使わせてもらおう。
元々魔物が使ってた城だし、所有権は誰にもないとは思ってたんだけどね。
「じゃあ、城主指名。ショーマ=キリュウ」
『王は城主にはなれません』
「……は?」
『王は城主を統べるもの。城主を指名するものが指名されるのは矛盾』
王さまは城主たちの主君であって、城主そのものにはなれない、ってことか?
めんどくさいな……竜帝さんのスキル。
「あのね、リゼット。前言撤回だよ」
「どうしました? ショーマ兄さま」
「このお城、リゼットにあげていい?」
「はいいいっ!?」
おどろかれた。
「確かにこんなボロボロの城をもらっても困るよね……」
「いえ、そういうことじゃなくて、一体なにをなさろうとしてるんですか?」
リゼットが塔の中に入ってくる。
いつもの、まじめそうな顔で、俺の方をじーっと見てる。
……どう説明したらいいんだろう。
「……実は、俺は『竜帝廟』で竜帝っぽいスキルをもらったらしいんだ」
「はい。知ってます」
リゼットはあっさりとうなずいた。
「武器を強化していただいたときに、気づきました。『王とは、名付ける者である』というのが、竜帝さまの伝説に残ってますから」
「うん。そして、それとは別に、誰かを城主に指名するスキルを持ってるらしいんだ」
「城主を指名、ですか」
「たぶん、それをすると、その人は土地の魔力を使えるようになるんだと思う。竜帝さんはその力で、魔物除けの結界を張り続けてたんじゃないかな、というのが俺の予想だ」
「それで、リゼットを城主に……?」
「試してみたんだけど、俺は城主にはなれないみたいだ」
「わかります」
「わかるのか?」
「王というのは、城主を統べるものですから」
スキルと同じようなことを言うなぁ。
「でも……そうなったら、リゼットはずっと住まなきゃいけないんでしょうか?」
「たぶん、それはないと思う」
なんとなくだけど、わかる。
このスキルはそういうものじゃない。
というか、それじゃ城主を人柱にするのと同じだし。夢の中で竜帝さんっぽい人の顔を見たけれど、そんな人には思えなかった。竜帝は黒炎帝と違って名君だったらしいから、そういうことはしないだろ。
それに、スキルは『眠ってる魔力を目覚めさせる』って言っていたから。
「わかりました」
気づくと、リゼットが俺の服の裾をつかんでた。
「お願いします。ショーマ兄さま。リゼットを、城主に指名してください」
……なんでそんなまっすぐな目で見るのかな。
アラサーの元社畜には、まぶしすぎるんだけど。
「リゼットは、竜帝の地を引く者として──いえ」
なぜか、不思議なくらい優しい笑顔で、リゼットは俺を見てた。
「ショーマ兄さまの義妹として恥ずかしくないよう、この地を守りたいと思っているんですから」
「俺がこの地を守りたいのは、のんびり平和に暮らすためでもあるんだけど」
「では、ショーマ兄さまを、のんびりさせるために、です」
「じゃあいいかな」
「はい、いいです」
手にやわらかい感触があった──と思ったら、いつの間にか俺はリゼットの頭に手を乗せてた。
慌てて引っ込める。いや、いいのか?
……こっちに来てまだ数日だけど、元の世界の距離感がわからなくなってるような気がする。
俺の精神が『鬼竜王翔魔』の方に引っ張られてるんだったら困るな……。
「どうしました、ショーマ兄さま」
「……なんでもないです。早く終わらせて帰ろう」
「はい」
リゼットは笑った。
俺はスキルを再び起動した。
『大地の魔力を目覚めさせるために、城主を指名してください』
「城主が危険になったりしないだろうな?」
『城主を指名してください』
「…………鬼竜王翔魔の名において聞いているのだが」
『──────』
「異形の覇王の名にかけて、仮に城主に危険があった場合、どんな手段を使ってでもこのスキルを破壊して廃棄することを宣言する。それが嫌なら語るがいい。竜帝のスキルよ」
俺は言った。
スキルは一瞬、沈黙して──
『────王──皇帝のお言葉を拝命……「王の器」を……再確認……かつての竜帝にも似たお言葉を……受領』
よくわからないメッセージを吐き出した。
『「竜脈」の能力解説。
土地に眠る魔力を目覚めさせ、城主に使用権を与えるもの。
ただし通常では、土地の魔力を移動させるのは不可能。主に土地の魔力は、結界などに使用される。また、城の周囲にいる王や、城主の仲間に支援効果を与えることができる。
城主が城にいる間は、魔力が増大する。
具体的には魔法の威力の上昇。持続時間の上昇など。
結界使用に城主が常駐する必要はない。
ただ、年に1度の割合で、魔法陣に魔力を流す儀式が必要となる』
そして一気に、ウィンドウに情報が流れ出す。
情報を見ると……うん、危険性はなさそうだ。じゃあ、大丈夫かな。
「じゃあ、リゼット、そこに立って」
「はい。ショーマ兄さま」
俺の指示に従い、リゼットは魔法陣の中央に移動する。
「──異形の覇王の名において、汝を廃城の城主に──」
……いや、別の名前をつけた方がいいな。
義妹を城主にするのに、城の名前が『廃城』(ぶっこわれた廃墟の城)じゃあんまりだ。
竜帝の末裔のリゼットにふさわしい名前にしよう。
「リゼット=リュージュ、汝を『竜樹城』の城主に任ずる」
俺はリゼットの額に触れて、告げた。
「汝はこの地に眠る魔力を使うことができる。それをもって、汝を信じる者たちを守るがいい。めざめよ──『竜脈』!!」
「──んっ」
リゼットの身体が、ぴくん、と震えた。
同時に、床に描かれた魔法陣が、さっきとは比べものにならないほどの光を放つ。
魔法陣からあふれた光が、リゼットの身体の表面を流れ出す。
まるで彼女の肌が輝いてるみたいで──服が透けて、身体のかたちがはっきりと見えてる。光の線がリゼットの肌を這い、彼女はなぜだか頬を赤くして、目を閉じて唇を結んでる。
「……大丈夫?」
「だいじょぶ、です。兄さま……」
光の線がリゼットの胸の中央で、ぱちん、とはじけた。
「リゼット=リュージュ──我が兄さま『ショーマ=キリュウ』さまの命により──『竜樹城』の城主を拝命します!」
リゼットが宣言した瞬間──
光の粒子が、地面から浮かび上がった。
大量に、次から次へと。
まるで、真上に向かって、雪が降ってるみたいだ。
「あ、兄上さま! リズ姉!! 外が真っ白だよ。なにしてるの!?」
「リゼットを城主にしてみたんだ」
「なにしてるの兄上さま!?」
ハルカ、びっくりしてる。
でも、俺もびっくりしてるからおあいこだ。
「とにかく、来て。見て! すごい光景だから──」
「うん。リゼットも、もう動いてもいいよ」
「は、はいぃ」
ハルカと俺、リゼットは、なんとなく手を繋いで、外に出た。
森が、光に包まれてた。
地面から魔力がわき出して、空へのぼっていく、そんな感じだ。
森の方からは、魔物の悲鳴のような声が聞こえる。目をこらすと、ゴブリンっぽい影が、光の外へと逃げていくのが見えた。
魔物は他にもいる。逃げ遅れたのか、黒くて大きな犬が、突っ立ったままぴくぴくと身体を震わせてる。魔力に絡みつかれて動けないみたいだ。逃げることも、戦うこともできずにいる。それを見つけたガルンガさんが「さくっ」と倒してる。
これが『結界』か。
竜帝が使っていた、人々を守るための魔力空間……これが。
……すごいな。リゼットたちが、竜帝さんをあがめるのもわかるよ……。
しばらくして、光は消えた。
でも、魔物が戻ってくる気配はない。魔物除けの『結界』は効果を発揮し続けてる。
ガルンガさんたちが「ひゃっはー」って叫んでるのは、逃げ遅れた魔物を狩ってるんだろうな。
「上手くいったみたいだね。結界」
「……そんなレベルの話じゃないよ、兄上さま。このお城は……まわりの森も含めて、ボクたちにとって安全な場所になったんだよ?」
ハルカが目を丸くして、俺の方を見た。
「魔物が近づけないエリアが、半永久的にできるってことがどういうことかわかる?」
「どういうこと?」
「ごはんがたくさん食べられるってことだよ!」
わかりにくいよ。ハルカ。
「だから! お城のまわりでは狩りが安全にできるようになったんだよ。それに、結界の外にいる魔物だって、もうそんなに怖くない。いざとなったら結界まで逃げればいいんだから。逆に攻撃するときは、魔物を結界に向かって追い詰めるようにして、結界の外と中からはさみうちにすればいいんだからね」
「それだけじゃありません」
ハルカの言葉を、リゼットが引き継いだ。
「このお城のまわりでは、武装する必要もありません。木の実だって自由に獲れます。まわりの森を切り開いて、畑にすることもできるかもしれません。つまり……」
リゼットはまぶしいくらいの笑顔で、俺を見て、言った。
「つまり、ショーマ兄さまは、リゼットたちの村を進化させてくださった、ってことです」
そして3人は、はじめての領地を手に入れたのでした。
もしもこのお話を気に入っていただけたなら、ブックマークをいただけたら嬉しいです。